津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

『草枕』の那美と辛亥革命

2012-06-20 19:22:29 | 書籍・読書
           『草枕』の那美と辛亥革命
 
                     白水社

 6・17 朝日新聞「書評」  出久根達郎氏 

夏目漱石著『草枕』冒頭の一節。「情に棹(さお)させば流される」「兎角(とかく)に人の世は住みにくい」。三十歳の画家が東京を逃れて、那古井(なこい)温泉の志保田(しほだ)家に宿泊する。そこに那美(なみ)という、「悟りと迷(まよい)が一軒の家(うち)に喧嘩(けんか)をしながらも同居して居る体(てい)」の娘がいる。風呂上がりで素っ裸の画家に、初対面の挨拶(あいさつ)と共に、背後に回って着物を着せてくれる。画家は、どぎまぎしてしまう。
 彼女は短刀を素早く抜き、素早く鞘(さや)に納めたりする。結婚に破れ実家に戻った那美は、奇抜な言動をする女である。彼女にはモデルがいる。
 熊本五高教授だった三十歳の漱石は同僚と小天(おあま)温泉に旅行し、前田家に泊まる。この前田家の次女卓(つな)が那美である。卓の妹が中国革命運動を支援した宮崎滔天(とうてん)夫人だったので、卓のことは早くから知られていた。『草枕』の研究書には必ず取りあげられている。
 しかし、その生涯は略歴風に紹介され、伝聞が多く、「本当の姿」が見えなかった。何しろ本人が書いた文章や手紙が、一切無い。本書は卓の素顔を明らかにすべく資料に当たり、子孫のかたがたの証言を得て、まとめられたもの。卓がめざしていた生き方、理想としていた仕事などが、推理小説のように解明されていく。卓は晩年『草枕』のモデル問題で、出版社を訴える。その真意は、何だったのか。宮本武蔵の真筆『五輪(ごりん)の書(しょ)』を所蔵していた金持ちの前田家。お嬢様の卓は三度破婚、上京し、のちに民主主義革命を起こす孫文や黄興(こうこう)ら中国人留学生の世話をする。時には彼らの母親に変装して、尾行を煙(けむ)に巻いた。
 親分肌でこせつかぬ卓の性格は、奇妙なことに漱石夫人とそっくりだった。晩年の漱石は卓と再会する。そして。『草枕』冒頭の「情に棹さす」の棹の字は文豪の隠語、と某高校生の感想文にあった。漱石は卓に木(気)があった。ために流された、と。面白い!

     

   

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巨匠が甦らせた「永青文庫 紋様コレクション」

2012-06-20 11:22:50 | 熊本

地元のデパート鶴屋百貨店が、創業60 周年の文化的事業として、「細川家700年の歴史資料を収蔵している永青文庫の作品を、新たな作品として今日に甦らせるプロジェクトが完成」したとして同百貨店で展覧会が催される。

                          創業60周年記念 特別企画 いま甦る細川家の至宝永青文庫紋様コレクション

                             http://www.livikuma.com/up_data/kiji/2012623_1.pdf
                             http://www.livikuma.com/up_data/kiji/2012623_2.pdf
                             http://www.livikuma.com/up_data/kiji/2012623_3.pdf 

現代の巨匠たちが、永青文庫の至宝からすばらしいモチーフと対峙して新たな作品を生み出している。一見に値するユニークな催しである。

                   追記6/21  http://kumanichi.com/osusume/odekake/kiji/20120621001.shtml

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