ロシア・トゥヴァ共和国出身のヴォイス・パフォーマーであるサインホ・ナムチラックの映像作品を入手した。『Sainkho Namtchylak』(Guy Girard、2008年)である。ウィリアム・パーカー(ベース)、ハミッド・ドレイク(ドラムス)との2004年の共演をおさめた記録であり、映像のほとんどがパフォーマンスであることに好感を持つ。
それにしても驚異の声だ。超低音を響かせるかとおもえば、小鳥か笛のような高音、それからガラスコップを擦るような音。さらにはトゥヴァのみならずモンゴル、ハカスなどのあたりに共通する、高音と低音とを同時に出す歌声(モンゴルではホーミー、トゥヴァではホーメイ、ハカスではハイと称する)。最近来日していないサインホだが健在ということなのだ。
この共演では、しばらくはウィリアム・パーカーのベースとの相性がとても良い。終盤になって、ドレイクの存在感が次第に際立ってくる。完全即興かとおもえばそうでもないようで、映像には楽譜の一部がうつし出される。五線譜と周波数のようなもの、さらにはアンソニー・ブラクストンの曲名を彷彿とさせるようなコンセプト図。聴いていると頭のてっぺんが痒くなってきた。
妙な楽譜
サインホが90年代後半に来日したとき、六本木ロマーニッシェス・カフェ(もうない)でのネッド・ローゼンバーグ(サックス)との共演、それから六本木の(夜は)トップレスキャバレーであるらしい「将軍」でのソロを聴いた。それぞれ素晴らしくて、聴いていると妙に覚醒する気分になった。特に、サインホのサックスとの共演は面白いので、いずれ改めて聴き込みたいとおもう―――ネッド・ローゼンバーグ、姜泰煥、エヴァン・パーカーとはそれぞれ特徴的な共演盤を残している。
その「将軍」でのライヴの時、宇都宮にある大谷石採石場跡でのライヴ映像も上映された。先日「現代ジャズ文化研究会」の際に、一連の「将軍」ライヴを企画したジャズ評論家の副島輝人さんに尋ねてみると、映像はあくまで私家版であって公表するつもりではなかったということだった。映像のクオリティが高かったと記憶している。重要な記録のひとつとして公開してほしいとおもっていると伝えたが、どうだろうか。
サインホの映像はもうひとつ観た。NHK『ロシア語会話』の中で、亀山郁夫氏がロシアの芸術家を紹介していた「ロシア芸術館」のコーナーだ(1999年)。まだそのときの録画を持っているが、大友良英(ターンテーブル)との新宿ピットインでの共演が紹介されており、このときも立ち会いたかったといまさら後悔するのだった。サインホは、「前衛芸術」と「伝統芸術」の両者が重要だという一見ステレオタイプな発言をしているが、実際に、トゥヴァの音楽をまとめたCDをプロデュースしてもいる。
新宿ピットインの楽屋