Sightsong

自縄自縛日記

四方田犬彦『星とともに走る』

2008-12-31 00:38:03 | 思想・文学

愛着のある日記といえば、筒井康隆『日日不穏』ジョナス・メカス『メカスの映画日記』、それからこの四方田犬彦『星とともに走る』(七月堂、1999年)である。ときどき引っ張り出してきては手の届くところに置いておき、暇なときに任意に開いた頁を読む。

雑多そのものであるから、たとえば山田風太郎の日記のように戦争という時代とともに読むわけではない。もっとも、ひとりの文学者を通じた文化史の一断面という面もあるだろうが(実際に、ソウル滞在中の朴大統領暗殺前後の騒動は興味深い)、ここでは自らを分裂させて読むのが面白いだろう。

たとえば。サイードに会って、パレスチナのこと以外ばかりについての饒舌さに驚いている。タワーレコードでジャームッシュにばったり会い、陳凱歌の映画を薦める。メカスからマヤ・デレン研究書を貰う。何もせず砂浜にいて、つげ義春『海辺の叙景』を気取る。侯孝賢が遊びにくる。ブニュエル風の夢を見る。吉本隆明と百円のレバフライを6枚も食べる。マイケル・ホイにインタビューし、「Mr. BOO」と違って醒めた見方に驚く。マノエル・デ・オリヴェイラの映画を「発見」する。デレク・ジャーマン『ヴィトゲンシュタイン』について、「演出力の空疎な衰え」(笑)を見出している。タルコフスキー『ノスタルジア』の温泉を訪ねる。モロッコにあるボウルズのアパートを訪ねる。・・・など、ぱらぱらめくって拾ってみても、いちいち妙な話が出てくる。ドラムスのアンドリュー・シリルを成田空港で見かけるくだりも傑作だ。

まあ、言ってみればセレブ的であり、それをデコレートして開陳しているスノビッシュな本ではある。ことさらに声高に感激を叫ぶものものしさも鼻につきはする。短期間で情報を集め、文章や本にするという仕事は、浅く感じられることも多い(たとえば、勅使河原宏と対談した『前衛調書』には、ちょっとゆるしがたい箇所があった)。しかし、日記に関しては面白いのでなんということもない。ジョン・ゾーンは日本のライヴで「ジャズ・スノッブ、イート・シット!」と言ったというが(確かピーター・バラカンのコラムにあった)、この手のものにスノッブ色は欠かせないのだ。