ロバート・J・フラハティ『極北のナヌーク』(1922年)が思いのほか面白かった(DVDを250円で買った)。最初の日本公開時には『極北の怪異』というひどい邦題が付いていたが、戦後、GHQの占領地政策の一環として東京で再公開されたときに、原題に近いこの邦題に変えられている。ドキュメンタリー映画史に名を残すサイレント作品である。
映画の舞台はカナダのハドソン湾岸の地域である。先住民族イヌイットはカナダ、アラスカ、グリーンランドの一部に居住しており、エスキモーという「生肉を食う者」という呼称を拒否している。そのため、この映画でも日本語字幕ではすべて「イヌイット」表記に変えられている。
とは言え、実際に彼らは昔も今もアザラシやセイウチの生肉を食べるのであり、このフィルムでも、銛で突いて殺したその場で解体し、凍る前に貴重な栄養源として食べている姿が捉えられている。もちろん問題はそれを特出させて呼んだ視線にある。当時、米国人フラハティが撮った同じ大陸の生活の様子を、米国人たちはどのように観たのだろう。
サイレントながら、目が釘付けになる映像の数々だ。セイウチが群れで眠っているとき、一頭だけ起きて見張りをしている奴に気付かれないよう近づき、銛で突く。あまりにも重く、大勢でその一頭のみを引きずりあげる(『おおきなかぶ』のようだ)。アザラシは定期的に氷の空気穴の下に寄ってきて呼吸するため、待ち構えて、やはり銛で突く。糸の先にセイウチの牙をルアー代わりに付け、鮭を引っかけて、これも銛で突く。そして毛皮が貨幣経済に取り込まれる。
イグルーという丸い家の作り方も面白い。ナイフで雪の塊を切りだして器用に積みかさねていき、隙間を雪で埋める。一か所だけ氷を使い、これが明り取り窓になる。これが1時間くらいで終わるそうで、寝るときには、飢えた犬が子犬を食べないよう、一緒に入れるのである。
ところで、カナダよりもさらに北、グリーンランドの地球最北の村に、日本人一家が住んでいる。NHKスペシャルで2011年8月に放送された『日本人イヌイット 北極圏に生きる』(>> リンク)で、その様子を紹介していて、かなりの驚きではあった。この人は、大学の探検部時代に訪れたこの地の生活の虜になり、猟師に弟子入りし、いまでは孫が小学校に通っている。
彼らはもはやイグルーではなく家に住んでいる。十年以上前に近くに発電所ができ、子どもたちは家の中でゲームをして遊んでいる。アザラシやセイウチを獲るのは銛ではなく銃である。そして最大の驚きは、なんと長い棒の先に付けた網で、岩場すれすれを飛ぶアッパリアスという鳥を獲る姿だった。
こんな生活を見せられると、もちろん苦しいことは多々あるのだろうけど、都市住民の自分は何をやっているのだろうという気になるね。