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「山女日記」湊かなえ

2014年08月05日 23時12分28秒 | 読書(小説/日本)


「山女日記」湊かなえ

処女作「告白」から、何冊か読んできた。
やはり、「告白」がベスト。
それ以上の完成度は望めそうもない。
もう、湊かなえ作品を読むのはやめよう、と思っていた。
しかし、今回は山が舞台。
気になって仕方ない。
とりあえず購入して読んでみた。

結果から言うと、読む価値があった。
思った以上に面白かった。
しかも、これが湊かなえ作品か!って思うような新境地。
知らずに読んで、
・・・「これは柚木麻子さんの作品」とか、
・・・「宮下奈都さんの作品」と言われたら、
それで、納得するかもしれない。
悪意を徹底的に描いて、後味が悪い、ってのがいつもの湊かなえ作品。
それが、「癒やし」さえ感じられる内容となっている。
(湊かなえさんとカタルシスは無縁、と思っていたので驚いた)
次の7編収録されていて、「山ガール」が登場する趣向である。

妙高山
火打山
槍ヶ岳
利尻山
白馬岳
金時山
トンガリロ

それぞれヒロインは異なるが、微妙にリンクしている。
ある作品の脇役が、次の作品のヒロインだったりする。
しっかり読む必要がある。(私は何度もページを戻って確認しながら読み進んだ)
最初の「妙高山」で、ぐっと引きつけられる。
デパートに勤務する同期の女性3人で、山を登ることになった。
ところが、中心となる女性が突然行けなくなり、2人で行くことになる。
この2人の息が合わない。
いきなり言い争ってしまう。
しかも、言ってはいけないことを言ってしまう。

「言いたいことはわかった。わたしは、他人の立場になって物事を考えたり、相手のペースに合わせるっていう感覚が抜けているのかもしれない。だけど、不倫している人に言われることじゃない」

さて、この2人は、無事登頂して下山できるのか?
登山というのは、一種の極限状態。
すごく仲良くなることもあれば、最悪の関係になって、
下山してからも口をきかなくなって、不仲になったりすることがある。
そりゃ、一日中一緒に行動して、夜も一緒に休むのだから。
普段気にならないことが気になり、許せなくなったりする。
疲れているから、よけい許容範囲が狭くなる。

クライミングも同様だけど、登山より『生活』が占めるパーセントが低いので、まだましかも。
それでも、仲が良くても1週間くらいが限度。
毎週末一緒に行動していて仲が良いと思っていても、それは『勘違い』、である。
2週間以上行動を共にして、登り続けるには、よほど気が合わないと無理。
ついでに言うと、お互い一人一張のテントだと、夜はプライバシーが確保され、関係が長持ちする。
(さらに、食事も各人で作って食べるとなお良し・・・食べ物は、作り方も含め、トラブルの元だから)
アパートとか借りると、「逃げ場」が、(トイレ以外)ないので、しんどくなる。
食事、リズム、干渉、間合い、禁句・・・地雷を踏まないように、でも慎重になりすぎると、自分がまいってしまう。
ホント、年齢に関係なく、「人間関係」は、難しいものです。

話が、本作品から逸れた。
もう少し、文章を紹介する。

P39
「由美はどこを目指しているの?」
「・・・・・・は?妙高山の山頂でしょ」
「じゃなくて」
「あれ?もしかして、今日が火打山で明日が妙高山だった?」
「ううん。今向かっているのが妙高山。だけど、わたしが訊いているのは、部長と最終的にどうなりたいの?ってこと」
「・・・・・・わかんない」
「奥さんと離婚して自分と結婚してほしいなとか、今の関係のまま続けたいなとか」
「どっちも、深く考えたこと、ないな。じゃあ、りっちゃんのゴールは何?」
「わたしは当然・・・・・・」
結婚だろうか。わたしが目指しているところはそこなのだろうか。

それぞれの章で、ヒロイン達は山に登り、
登りながら、普段の生活を振り返り、内省する。
そこがポイントである。

山を舞台にした小説の書き手は何人かいる。
笹本稜平、樋口明雄、熊谷達也、谷甲州、真保裕一、夢枕獏、平山三男、大倉崇裕、堂場舜一・・・。
しかし、今回のような作品は、あるようでない。
(男性作家だと、主人公が人生に苦悩し、遭難者続出)
山が舞台なのに、アクションシーンがなく、心理劇となっている。
それじゃぁ、街を舞台にしたのと変わりない、と言われそう。
山を舞台にする意味ないじゃん、と。
でも、そこがいいのだ・・・私は、心理に徹底してこだわった点を、素晴らしい、と感じた。
拍手したい気分だ。

P260
神崎秀則さん、神崎美津子さん、太田永久子さん、牧野しのぶさん。最後に私の番が回ってきた。ロブに、Yuzuki、と伝える。

・・・何でもないシーンのように思えるけど、各章で登場した人たちである。
ニュージーランドのトンガリロに集結した。
感慨深いものがある。

P290
人は大なり小なり荷物を背負っている。ただ、その荷物は傍から見れば降ろしてしまえばいいのにと思うものでも、その人にとっては大切なものだったりする。むしろ、かけがえのないものだからこそ降ろすことができない。だから、模索する。それを背負ったまま生きていく方法を。吉田くんとわたしは互いの荷物を自分の解釈でしか捉えることができなかったのだ。
それでも、あのこじれた状況にあっても、二人で山に登っていたら・・・・・・。

【蛇足】1
ダナーの登山靴が出てくる。
おそらく、著者お気に入りの靴なんでしょうね。
(良い靴かどうかは、状況と個々人により様々)
私は、特に、こだわりはない。
山歩きの靴は、足に合えばそれでよい、と思っている。
靴擦れせず、フィットしていれば良い。
(もちろん、積雪期やクライミングになると、話は別だけど)
ただ、アウトドアは形から入るのも「楽しみ」の要素。
ブランドのウェア、靴、ザック・・・。
人それぞれ、である。

【蛇足】2
P94で、上高地帝国ホテルに1人で泊まる話が出てくる。
ビジネスホテルじゃないので、1人で泊まる部屋はない、と思っていたけど。
ツインのシングルユースとか、出来るのだろうか?
実際のところ、どうなんだろう?

【参考リンク】1
【前編】山に登る理由がわからないから本を読む - 幻冬舎plus
【後編】 登ってから書く、読んでから登る、山のお…
作家の読書道 第113回:湊かなえさん 

【ネット上の紹介】
このまま結婚していいのだろうかーーその答えを出すため、「妙高山」で初めての登山をする百貨店勤めの律子。一緒に登る同僚の由美は仲人である部長と不倫中だ。由美の言動が何もかも気に入らない律子は、つい彼女に厳しく当たってしまう。医者の妻である姉から「利尻山」に誘われた希美。翻訳家の仕事がうまくいかず、親の脛をかじる希美は、雨の登山中、ずっと姉から見下されているという思いが拭えない。「トンガリロ」トレッキングツアーに参加した帽子デザイナーの柚月。前にきたときは、吉田くんとの自由旅行だった。彼と結婚するつもりだったのに、どうして、今、私は一人なんだろうか……。真面目に、正直に、懸命に生きてきた。私の人生はこんなはずではなかったのに……。誰にも言えない「思い」を抱え、一歩一歩、山を登る女たちは、やがて自分なりの小さな光を見いだしていく。女性の心理を丁寧に描き込み、共感と感動を呼ぶ連作長篇。

【参考リンク】2
「告白」湊かなえ
「少女」湊かなえ 
「境遇」湊かなえ
「往復書簡」湊かなえ