「天の梯 みをつくし料理帖」田郁
シリーズ10巻目にして、最終刊。
次の4編が収録されている。
結び草――葛尽くし
張り出大関――親父泣かせ
明日香風――心許り
天の梯――恋し粟おこし
これで完結だ!
以下、ネタバレ多数あり、未読の方ご注意。
●第一章、結び草――葛尽くし
今後の身の振り方について悩む澪。
周囲が考えている展望と、澪の考えに齟齬が生じる。
柳吾「そろそろ澪さんを一柳で預からせて頂きたい。私の持てるものを全て教えて、後世に名を残す料理人として育てたいのです」
これに、種市と芳も同意する。
ところが、澪は「否」と。
澪の基本となる考えが、次のように述べられる。(これは前巻P305でも触れられた)
P37
「口から撮るものだけが、ひとの身体を作ります。つまり、料理はひとの命を支える最も大切なものです。だからこそ、贅を尽くした特別なものではなく、食べるひとの心と身体を日々健やかに保ち得る料理を、私は作り続けていきたい。医師が患者に、母が子に、健やかであれと願う、そうした心を持って料理に向かいたいのです」
●第二章、張り出大関――親父泣かせ
澪は独り暮らしを始める。
朝は鼈甲珠と粕漬けを作り、夜はつる家で手伝い。
そんな澪に、貧しい徒組の組衆の為に弁当を作って欲しいと話が持ち込まれる。
ひとつ、十六文なので、あまり儲けにはならないが・・・。
どう対処するのか?
そんな折、政吉が自然薯をつかった料理を考案する。
師走恒例の料理番付・・・今年はどうなるのか?
●第三章、明日香風――心許り
物語は初心にかえった。
なぜ、天満一兆庵の江戸店がつぶれたのか?
佐兵衛が行方をくらました真の理由は?
これが発端である。
天満一兆庵の大阪本店が火事で焼失し、
佐兵衛を頼って江戸へ出てきた。
ところが、佐兵衛は消息を絶っていた、ってのが1作目。
この、根本部分を解明して解決したのがこの章、である。
このところご無沙汰の小野寺(小松原)も陰ながら活躍し、澪を助ける。
最終章の前章に相応しい内容だ。
起承転結の、「結」の前哨戦である。
本作品が非常に計算されたスケールの大きい作品であることが分かる。
●第四章、天の梯――恋し粟おこし
いったい、澪は四千両を用意して、あさひ太夫(野江)を身請けできるのか?
最終章までもつれ込んだけど、この短い一章だけで、大丈夫か?
ホント、やきもきさせてくれる。
摂津屋も、澪にプレッシャーをかける。
P244
「今日までかかって出なかった知恵が、今さら絞り出せるのか、甚だ疑問ですな」
(中略)
「では、四日だけ、待ちましょう。四日後に答えを聞きに、またここへ伺います」
はたして四日で、澪は四千両を用意する解決策を見いだせるのか?
P253
「なるほど、そんな手を考え付くとは、よくまあ知恵を絞ったものだ。で、翁屋伝右衛門に、幾らで売るつもりだね?」
「四千両です」
う~ん、そう来たか!
江戸の人に「著作権」「商標」の概念は、どの程度浸透していたのだろう?
(法的になくても、モラルとして・・・『のれん』の概念はあったから、理解できる)
あとは、あさひ太夫を身請けするのみ。
しかし、最後の問題が立ちふさがる。
P255
戯作者清右衛門は、どのお大尽に身請けされるよりも、幼馴染みの澪に身請けされるのが一番の吉祥、と言ったが、果たして本当にそうだろうか。
女が女を身請けしたとなれば、大騒ぎになる。吉原を出たあと、野江をこの借家へ迎えるとして、ひとの口に戸は立てられないのだ。
私は、四千両調達より、この身請け状況設定に感心した。
誰が身請けするか・・・とても重要な問題だ。
もし、澪が身請けしたなら、野江は生涯、心に負債と負荷を背負ってしまう。
しかし、この方法なら、何の重荷も無い。
絶妙な大団円、である。
【妄言】
Damsel in Distress(ダムゼル・イン・ディストレス)という言葉がある。
「囚われの姫君」のこと。→Damsel in distress - Wikipedia - ウィキペディア
古くはギリシア神話・アンドロメダ、映画ならスターウォーズのレイア姫。
本作では、「あさひ太夫」がそれにあたる。(「カリオストロ」なら、澪がルパン三世、野江がクラリス、か・・・しつこい?)
そういう意味で、「みをつくし料理帖」は、古典的手法、物語の定石を踏んだ設定、と言える。
つまり、囚われの姫君「あさひ太夫」を救出するミッションを遂行すべく、澪が奮闘するファンタジー、なのだ。
ただ、他作品と異なるのは、救出役が女性であった、という点。
もし、サラ・ウォーターズなら、澪と野江が結ばれて大団円、としたでしょうね。
(このエンディング、一部のマニアにしか受けない?)・・・妄言多謝
↑これがサラ・ウォーターズの傑作「荊の城」だ!
【今後】
本編はこれで終了だけど、P340『瓦版』に次のように書かれている。
長くお待ち頂くことになりますが、それぞれのその後をまとめて、特別巻として刊行させて頂くことでお気持ちに添えたら、と考えています。
・・・楽しみに待っていたい。
【おまけ】
おまけで、最終ページに文政11年『料理番付』が付いている。
これが、澪たちの『その後』である。
『西』に四ツ橋の『みをつくし』。
『東』は、元飯田町の『つる家』。
『勧進元』が、一柳改メ『天満一兆庵』、である。
・・・著者は、ホントはこれでオワリにしたかったのかもね。
(これで十分語っている、と思う・・・でも、番外編が出たら読んでみたい)
【蛇足】
前巻の発売の際は、大雪で入荷が送れた。
今回は、台風・・・だった。(買いに行くのも雨と風で大変)
書店に行くと、まだ陳列されていない。
「みをつくし新刊ありますか?」、と私が聞くと、
奥から出してくれた。(よかった!)
物語と供に、自然も波乱となる「みをつくし」である。