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「ヨーロッパ史入門」池上俊一

2023年06月25日 15時18分54秒 | 読書(歴史/時代)


「ヨーロッパ史入門」池上俊一

P10
前1世紀以後、ゲルマン人が東方からケルト人を押しこみ、ライン川方面に移動させました。ローマ帝国もケルト人を屈服させて、そのためケルト人はまもなく大陸にはいらなくなってしまいます。彼らは西の方に追いやられ、アイルランド、スコットランド、ウェールズなどの島嶼と大陸の先端のブルターニュにのみ残ったとされています。

P15
ゲルマン語系の代表はドイツ語で、そのドイツ語にももちろんさまざまな分枝があり、低地ドイツ語とか、高地ドイツ語などと呼ばれています。オランダ語もドイツ語系の言語です。英語もゲルマン語派に属しますが、その共通型からは離れて、フランス語やラテン語からの借用も多く、独自の展開をとげました。

P40
ゲルマン人たちは、自然崇拝をし、多神教を信じていました。彼らは、キリスト教に改宗してからも、じつは旧来の信心を守っており、いわば表面のメッキがかわっただけだったのです。個人崇拝や聖遺物崇敬は、異教時代の大樹や巨石・泉信仰、それら自然物に宿る神々への帰依を、聖母マリアや他の聖人たちへの崇敬に置きかえたものでしたし、現にそうした樹木や巨石、泉などを破壊・除去した跡地に、教会が建てられたのです。また、キリスト教会暦、聖人暦などの暦も、異教の祭儀の時を置きかえたものでした。たとえばキリスト生誕を祝うクリスマスは、じつはローマの「不敗の太陽」の祭儀の日の置きかえでした。

P92
十字軍は教皇が唱導し、それに呼応して各国の君主・諸侯が家臣と共に十字架を負って聖地エルサレム解放に向かう企てです。(中略)
ところでキリスト教徒がこれほどまでにエルサレムにこだわったのは、そこがキリスト受難と復活の地だったからです。しかしイスラーム教徒にとっても、638年にこの町を支配下に収めてからは、メッカ、メディナに次ぐ第3の聖地になっていたのでそう簡単には手放せません。またそこは、紀元前1000年頃ダビデ王が古代ユダヤ王国の聖都とした都でディアスポラ(離散民)となったユダヤ人やその子孫にとっても聖なる都でした。

P138
「近世」というのは一般にはその終点がフランス革命とされることが多いので、近世の途中まで、と言ったほうが正確かもしれません。この期間のしょっぱなには3つの転換、近代化の指標があります。「地理上の”発見”」と「ルネサンス」と「宗教改革」です。

アステカ王国とインカ帝国の滅亡
P153
血も涙もない労役と、天然痘・チフス・はしか・インフルエンザなどヨーロッパ人が持ち込んだ疫病で、先住民は激減します。そこで労働力を補うため、奴隷としてのアフリカ人の「輸入」が始まりました。

スペイン人・セプルベダの言葉
P154
「先住民は悪徳に満ちた残虐な野蛮人だし、偶像崇拝や人身御供などの蛮習にふけっているゆえに、懲罰としてスペインの支配を受けるのは当然だ。それは神の法・自然法によりスペインに課された義務だ」
「先住民は、キリスト教への改宗を強制されれば、魂の救済も得られるのだから、スペインの支配には悪いところはひとつもない」
(白人優位主義の考えの基本がこれ、と思われる。また、日本人女性は白人至上主義者に好まれる、という話もある――日本女性イメージとして、小柄、スリムで、性的、男性に尽くす、との偏見がもたれているから。ジェンダーギャップG7最下位だし)

【ネット上の紹介】
「ヨーロッパ」誕生以前の古代ギリシャ・ローマから、文化的統合体としてのヨーロッパが成立した中世半ば、そして大航海時代、ルネサンスや宗教改革を経て、絶対王政の全盛期である17世紀末までを考察。まとまりでありながら常に多様性を内包し、個性的なプレーヤーがぶつかり合いながら推進されてきた、その歴史とは?
第1章 ヨーロッパの誕生―古代ギリシャ・ローマの遺産(古代)(自然と地理
人種と民族 ほか)
第2章 ロマネスク世界とヨーロッパの確立―中世前半(原形としてのフランク王国
アンビバレントな「他者」としてのイスラーム教徒 ほか)
第3章 統合と集中へ―後期中世の教会・都市・王国(中世後半)(学問の発展と俗語使用
騎士と騎士道 ほか)
第4章 近代への胎動―地理上の「発見」とルネサンス・宗教改革(15~17世紀)(中世末期の光と影
スペイン・ポルトガルの海外進出と価格革命 ほか)

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