青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

いちめんのなのはな

2013年03月16日 02時35分25秒 | 豊橋鉄道

(オールステンレスの誇り@1800系車内)

今はなき「東急車輛」の銘板の横に「Made in Japan by TOKYU CAR MANUFACTURING CO.LTD under license from THE BUDD COMPANY Philadelphia,Pa,U.S.A」の表記がありますが、東急車輛のお家芸であったオールステンレスの鉄道車両の製造技術は、戦前から名門のステンレス加工メーカーだったアメリカにあるバッド社との技術提携で生まれたものです。簡単に和訳すると、「この車両は日本の東急車輛でアメリカのフィラデルフィアにあるバッド社とのライセンス契約に基づき作られたのものなんですよ」と言う事ですね。バッド社との提携で生まれた東急7000系は、日本初めてのオールステンレス車両として画期的な昭和の名車。そして初代の日比谷線直通車だったのですが、そんな東急と日比谷線の直通運転も今週でひっそりと終わりになりますなあ。バッド社はのちにボンバルディア社として航空機の分野で有名な存在となりましたが、そんな鉄道の歴史のひとコマを物語る銘板です。


三河田原の駅から、渥美線に沿って走る県道をチャリチャリと漕いで行く。適当に線路が見えたらロケハンしてみて、雰囲気が良さそうだったら電車を待ってみるのんびりサイクリング。とても暖かい土曜日でして、チャリンコちょっと漕いだら汗ばむくらいの陽気。梅は咲いたか、桜はまだかいな…と待っていると、桜編成がやって来た。

 

やぐま台と豊島の間の耕作地に、沿線では一番大きそうな菜の花畑が車窓から見えたのでチャリンコで。なるほど満開間近の菜の花一面、さすがに菜の花の本場いすみ鉄道には負けますけど、立派なもんです。惜しむらくは豊鉄の沿線の菜の花畑ってだいたいが線路から見て北側にあるんで、どうにも菜の花を絡めて順光で撮れる場所が少ない。夕方遅くになるといいんじゃないかなと言う場所がほとんどなのがもったいないなあと。
菜の花の薫りと言うのは意外と強烈なものがあり、群落の隣で構えているとちょいと鼻につくもの。暖かさと花の薫りに誘われた虫もブンブンと舞う中で、しでこぶし&つつじ編成を収めますが、アウトカーブの構図だとダイヤモンドカットが引き立ちますな。


やぐま台駅にて。
三河田原から四つ目、そろそろくたびれて来たのでチャリを駐輪場に置いて豊橋方面へ。豊橋鉄道は地方私鉄ながら未だにツーマン運行を行っており、駅員不在の駅毎に車掌氏が乗車券の回収のためホームに降り立ちます。駅間距離の短い路線ながら、前側に出口がある駅では前寄りに、後側に出口がある駅では後ろ寄りにそれぞれ移動しキップを改める。自動放送も入ってないから、次が前寄り出口の駅だと車掌室から車内を前まで歩いて来て、運転台の横に入ってハンドマイクで車内放送をしたりしてます。さすがに前寄り出口の駅はドア開閉は運転士がやったりしてますが、セカセカと車内を歩き回る姿は大変だなと。

  

大清水駅の交換風景。昼下がりの明るい日差しを受けてピッカピカ。こうして見ると、彫りの深さが味わえる旧塗装の味わいもなかなかのものです。低い屋根のかかった郊外電車然とした大清水駅は、豊鉄渥美線のほぼ中間にある有人駅。

 

大清水駅に入線するカラフルトレイン菜の花編成。カラフルトレインシリーズでも巡り合わせか一番出会わなかったのがこの菜の花編成でした(笑)。菜の花編成を菜の花と撮りたかったんだけどなあ。後ろのゴルフ練習場の前あたりから老津に向かってしばらく菜の花が続く地帯があったのだが、逆光でなかなか撮り難しく…交換相手の旧塗装編成が、駅の手前のカーブをキイキイ言いながら回って来ました。


この後は、三河田原の駅にチャリを返却して再び新豊橋方面へ。睡眠不足とチャリンコ漕ぎですっかりオネム、三河田原の駅から電車に乗って意識がまったくなくなるまで眠りこけてしまいました。起きたら小池の駅だったので、朝に立ち寄った柳生橋の築堤でもう一回。春の陽は西に傾き、ちょっとセピア色の斜光線の菜の花築堤を往くつつじ編成を。菜の花築堤に入り日薄れ、見渡す山の端霞深し。


新豊橋駅まで戻り、あらかた撮るのも乗るのもお腹一杯。そろそろ帰ろっかな~とも思ったのだけど、天気もいいしせっかくだからシメに市内線を一往復乗って帰ろう。と言う訳で豊鉄の旅は、あともう少しだけ続くんじゃ。
コメント
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