(中宮神社へのアクセス駅@千垣駅)
初日はひとまず立山線と本線の上市付近までを回る事と決めていたので、お次は千垣駅へ。大正時代に富山県営鉄道の終点として作られた千垣の駅は、前立社壇のある岩峅寺に続き、雄山神社の中宮祈願殿や立山博物館へのアクセス駅。県道から一段下がった位置にある駅は、木造瓦葺のこれまた渋めのいでたち。駅から中宮や博物館のある芦峅寺の集落まではやや離れているため、町営バスが結んでいます。
寺田から千垣まで常願寺川の右岸を走って来た立山線は、千垣の駅の先で川を渡ります。ここに架かっている橋が地鉄随一の撮影地である千垣橋梁。深い谷を跨ぐ優美なアーチ橋は、立山線の景観の中でも白眉と言えるものでしょう。橋梁としては水面からの高さが30mほどとそこまで高くはないのですが、川岸の断崖が切り立っているせいか数字以上に高さを感じますね。こちら富山では10030系を名乗る2連のカボチャ京阪が千垣の駅を出て、そろりそろりと慎重に橋を渡って行きました。
千垣が長らく県営鉄道の終点だったのは、この常願寺川の鉄橋を架設するのに時間を要したからに他なりません。大正時代の技術では、100m程度の鉄橋でもスパン(支間)の長いアーチ橋を作り上げるのは並大抵のことではなかったんだろうなあと思う訳ですが、結局千垣から立山方面へ延伸するのには15年の際月を要しました。川の両岸から細身の鋼材を組み上げ、芸術品とも言える優美なアーチ橋を設計したのは小池啓吉氏。帝国大学で土木工学を学んだ橋梁技術者で、関東大震災で被災した東京市内の橋を架け替えるなど、首都の復興事業に尽力した人物でもあります。
電鉄富山発立山行きの特急立山3号。伝統の京阪色に鳩のマークも凛々しく、今や地鉄ご自慢の観光列車となったダブルデッカーライナーが堂々の進軍です。惜しむらくはもうちょっといい天気で撮影したかったなあ。それでも立山・有峰の前山に立ち上る霧が幽玄な雰囲気を醸し出して、華奢なアーチ橋と一枚の絵を作り上げてくれました。
この橋を設計した小池啓吉氏は、元々越中は高岡の出身。故郷に錦を飾るが如く昭和12年に完成したこの橋は、今も立山線のランドマークとして鉄路を支え続け、平成25年には土木学会選奨土木遺産にも認定されています。正直架設から80年を経過して老朽化も否めないのか、通過時は制限20km/hという厳しい速度制限がありますが、春は新緑、夏の清流、秋は紅葉、そして冬の雪景色と四季折々の富山の自然美を愛でる事の出来る大舞台。いつまでも大切にして欲しい、現役の鉄道構造物なのであります。