青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

三岐四方山話

2012年08月26日 08時56分06秒 | 三岐鉄道・北勢線

(701系大集合@保々車庫)

富田から現状の終点の東藤原まで、一通り三岐鉄道を見て回りまして十分に満足したんでメールしておいた某地元のゲストをお呼び出ししつつ(笑)折り返します。三岐の貨物を見ると言う目的の8割方は達成したので、あとは途中で乗ったり降りたりしながら撮影に勤しむ事に致しましょうか。画像ははゲストの方とお待ち合わせした保々の車庫風景。昔は自車発注とか、小田急の2220系とかいたらしいですけど、最近の主力車両である西武701系がヒルネ中。701系が主力なのは…ここと総武流山線くらい?あっちは流星とか銀河とか菜の花とかいろんな色に塗られてしまってるけど、三岐カラーってたまたま西武線と同系統の明るいイエローを使ってるから、西武時代とそうイメージが変わらないのも西武電車のファンには嬉しいところじゃないでしょうか。


宇賀川橋梁(大安~三里間)を行くセメント専貨3716レ。あんなに晴れてたのに陰っちまった…
この宇賀川、上流に宇賀渓ってのがあって北勢地区住民の憩いの場であるらしい。この時期だとキャンプとかBBQとかね。
この三岐線の橋梁の周りも公園になってまして、家族連れが川遊びで一時の涼を求めております。


表面ぺったんこ、思い切った切妻型が特徴の101系は元・西武401系。正面の連続三枚窓とか、何だか国電の流れを組むデザインの車両です。三岐線で使われている中で唯一2連で運用に入り、富田側の車両が二丁パンタになってるのが特徴です。オレンジを裾にまとうイエローの三岐カラーって、90年代初頭の日本ハムファイターズっぽいな(笑)。津野とかブリューワとかいた時代ねw

 

某地元のゲスト氏と合流し、四方山話をしながら待つ朝明川築堤で返空3715レ。付き合わせてスンマセンw
久し振りの対面のような気がしたが、実際二年半ぶりらしい(笑)。
この朝明川橋梁、去年の台風でぶっ壊れて架橋し直したそうだ。どうりでガーター部分が新しいのな…


相変わらず二人でダベりながら三岐線で保々→再び東藤原。
午後の強い日差し降り注ぐ藤原岳と東藤原駅構内。氏は県民ながら三岐鉄道には初めて乗るらしい。「だって用事ないもん」と言われりゃそれまでなんだけど、四日市周辺は本州最後のDD51の天下だし、四日市港の開閉橋とか塩浜の貨物ターミナルとか三岐のセメントとか広い目で見れば鵜殿貨物とかむちゃくちゃ撮影対象に恵まれてるじゃないですか!(バンバン←机叩く音)宝の山と言っても過言ではないのだが、こちらは地元民の腑抜けた反応に怒り新党ですよwつか氏がお鉄じゃないのが一番の問題なのだろうが(笑)。

  

東藤原から隣の伊勢治田まで歩いてみる事に。
旧藤原町の風景は極めてのどかで、養老山地の低い連なりを遠くに田園地帯が広がる。東藤原に向けての最後の登り坂で伊勢治田の駅で抜いて来た返空3715レをもう一回。伊勢治田の駅、隣の駅だから近いかと思って歩いたら30分くらいかかりやんのw今調べてみたら2.3kmもあんのね。しかし今回は良く歩いたなあ。

 

某氏とヒイヒイで辿り着いた伊勢治田駅w
お隣の東藤原を補完するためなのか、若干の貨物用ヤードと貨物の退避線がある意外と敷地の大きな駅。側線には部品取り用の西武新101系と秩父鉄道から持って来られたデキ202・203が絶賛放置プレイ中。21世紀初頭における中京地区の好景気の要因となったモノと言えばトヨタの躍進・愛知万博・セントレアの開業でしたが、三岐鉄道も中部国際空港工事における埋め立て用土砂の発送と言う特需に沸いた時期がありました。一日で土砂配送の貨物便を10往復設定し、秩父からデキと輸送用の貨車をかき集め、隣の伊吹山でやはりセメント関連の貨物輸送をしていた住友大阪セメントから大井川鉄道へ移籍するはずだったいぶき501・502を緊急で借り上げるなどの設備投資を行い、東藤原→JR富田→四日市港から船積みで建設現場まで持って行ったらしい。現行のセメント輸送ダイヤにさらに貨物10往復設定ってかなり容量的には一杯だったんじゃないのかなあ。


秩父デキ近影。台車を良く見ると軸梁が下側に張られ、軸箱を支持するバネが横向きになっていると言うかなーりヘンテコな台車を履いてますね。これは軸箱に掛かる重量を下側の梁と横向きのバネで支持する事によって、台車がレール側に湾曲するように働きレールへの粘着を増す働きをするそうな。両手で定規を持って、真ん中に物を乗せて、両側から力を入れたら下向きに撓むでしょ。定規がバネで、真ん中の物が車重で、両側からの力がモーターの牽引力で、その下向きにしなる「たわみ」力が粘着力…たぶんそう言う考え方なんだと思うw

すっかり退色してしまって「いつかの時」を待っているだけのデキ。
その姿は、時ならぬ特需に沸いた10年前を物語る遺物と化しているようにも見えます。
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