図形もくっきりと見える円満寺の算額＝奈良市
産経新聞奈良版に好評連載中の「なら再発見」、３回目にして真打ちの登場である。今日（10/20付）の書き手は、奈良まほろばソムリエ友の会会長の小北博孝さんだ。テーマは「算額（さんがく）」、つまりは「数学絵馬」である。タイトルは《古都に残る「算額」 最中の文様にも歴史》である。全文を以下に引用する。
学生の数学離れが指摘されて久しいが、寺子屋程度しかなかった江戸時代は、算術の得意な庶民が多くいたという。その一端を物語るのが、あまり聞きなれない名称かもしれないが、「算額」だ。
例えば三角法や円周率を使って複雑な図形の問題を解き明かし、その記念として解答を絵馬に書き表して社寺に奉納する。これが算額で、「数学絵馬」ともいわれる。算術が広く庶民に浸透していた明かしとなっている。
＊ ＊ ＊
わが国の数学の歴史は古く、遣唐使などが中国文化とともに数学の知識を持ち帰ったとされる。
江戸時代に「塵劫記(じんこうき)」という算術書があらわされ、かけ算の九九やネズミ算、測量の方法など身近な話題をもとに解説し、ベストセラーにもなった。
算額は日本全国でおよそ900枚が現存しているといわれ、その多くは江戸時代に掲げられた和算に関するものだ。
県内では５枚が現存するが、うち弘仁寺(こうにんじ 奈良市虚空蔵(こくうぞう)町）の２枚、円満寺(えんまんじ 同市下山町）の１枚は、いずれも市指定文化財。
弘仁寺に行くと、本堂正面の上に大きな算額が掲げられている。
寺の説明書きには「安政5(1858)年石田算楽軒の門弟中によって奉納した算額は、四隅及び各中央に飾金具を配した近畿地方でも一番豪華な算額といわれている」とある。
一方、円満寺はＪＲ帯解(おびとけ)駅東の八坂神社境内にあり、天保15(1844)年の算額がかかっている。保存状態が良く、図形も読み取れる。
奈良市教委の説明板には「大和における和算の広まりを示すとともに数少ない算額の遺例としても貴重である」としている。
＊ ＊ ＊
算額の歴史を伝える「算額最中」
歴史の中に埋もれてしまったような算額を、身近に感じることのできる菓子があるのをご存じだろうか。
近鉄橿原線結崎(ゆうざき)駅を降りてすぐのところに「御菓子司たばや」がある。
表には「算額最中（もなか）」の垂れ幕がかかる。店に入ると算額最中がずらりと並び、正面の壁には算額の写真とレプリカもあり、まさに算額一色だ。
店主の奥さんは「この算額は先祖の森内弥三郎が明治の初めに『小泉の庚申（こうしん）さん』に奉納したものです。先代がその図柄を最中の文様にしました」と話す。
＊ ＊ ＊
たばやの店構え（以下、私の撮影）
算額を奉納した数学者の子孫が、最中でその算額を今に伝える。
１個150円の最中は丹波産大納言小豆を使い、味も絶品だ。最近では「算数の点数が上がりますように」と縁起を担いで買う人も多いという。受験シーズンには、陣中見舞いに喜ばれるかも知れない。（奈良まほろばソムリエ友の会会長 小北博孝）
 | 江戸の数学 和算 (博学検定) |
| 小寺 裕 | |
| 技術評論社 |
森内彌三郎氏の算額のことは小寺裕著『博学検定 江戸の数学 和算』（技術評論社）でも紹介されている。《大和郡山市の庚申寺にある算額の奉納者は森内彌三郎で、その子孫である森内達雄氏は、御菓子司「たばや」を経営されている。「たばや」では自分たちの先祖の功績を称えるため、庚申寺に奉納した算額の図形を文様にした「算額最中」を販売している。算額最中を味わいながら算額の問題を考えるのもまた一興、和算のお茶請けには最高の一品である》。
《算額の問題とは、「図のように大円の中に甲、乙、丙、丁円が入っている。大円径が１尺６寸、甲円径が9.6寸であるとき、乙、丙、丁円径はいくらか」というものである。「算額最中」と、この図形は「たばや」の登録商標である》。
日本には江戸時代から偉い人がいたのである。過去に思いをはせながらいただく算額最中の味はまた格別だ。皆さんぜひ、たばやと弘仁寺、円満寺をお訪ねください。小北会長、力作を有難うございました。
