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サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件

2012年10月04日 | ブック・レビュー
 サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件
 山口義正
 講談社


9/28、オリンパスはソニーとの資本および業務の提携を発表した(日本経済新聞ほか)。約500億円の第三者割当増資を実施し、ソニーが引き受けることで、オリンパスの経営はようやく安定軌道に乗ることになる。

私はオリンパスの損失隠し事件には、早くから興味を持って報道に接していた。だから、この事件をスクープした山口義正氏(経済ジャーナリスト)の力作『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』講談社刊(1,400円)も、早くに読み終えていたが、自分のブログで個別企業をあげつらうことには、躊躇していた。その後、あずさ監査法人も野村證券も業務改善命令を受け、またソニーとの資本・業務提携も決まったので、「そろそろ書いてもいいかな」と思い直し、同書を書評として取り上げることにした。

同書の奥付によれば著者の山口氏は《1967年生まれ。愛知県出身。法政大学法学部卒業。日本公社債研究所(現格付投資情報センター)アナリスト、日本経済新聞証券部記者などを経て、現在は経済ジャーナリスト。月刊誌「FACTA」2011年8月号で初めてオリンパスがひた隠しにしてきた不透明な買収案件を暴いて大きな反響を呼ぶ。その記事は、解任された元社長マイケル・ウッドフォード氏がオリンパスを告発する引き金となった》という人物である。

「オリンパス事件」は、すでにこの名前でWikipediaに項目が立っている。ひと言でいえば、日本版「エンロン事件」である。Wikipediaによると《オリンパス株式会社が巨額の損失を「飛ばし」という手法で損益を10年以上の長期にわたって隠し続けた末に、これを不正な粉飾会計で処理した事件。2011年、雑誌FACTAのスクープとイギリス人社長の早期解任をきっかけに明るみに出て、大きな注目を集め株価も急落、会長らは辞任、オリンパスは上場廃止の瀬戸際に立つことになった》という事件である。

オリンパス事件には、2人のサムライと、あまたの愚か者が登場する。サムライは元社長のマイケル・ウッドフォード氏と、スクープした山口義正氏、あまたの愚か者の筆頭は、元会長・社長の菊川剛氏である。

事件は山口義正氏が、友人・深町氏(仮名)から得た内部資料を手がかりに、オリンパスの不正な会計処理を暴いて雑誌「FACTA」にスクープし(2011年8月)、その英訳記事を読んだウッドフォード氏が、当時の菊川会長と森副社長の引責辞任を求めた(同年10月)ことから明るみに出た。同書にはスクープに至る経緯が詳しく記されている。同書のことは、すでに今年の5月、鈴木ともみさんが「経済キャスター・鈴木ともみが惚れた、"珠玉"の一冊」として、著者インタビューまで行いながら詳しく紹介しているので、長くなるが以下にかいつまんで引用する。

「これは真実である。情報提供者を秘匿するため、登場人物のうち「深町」だけを仮名とし、一部の人物・固有名詞については名を伏せたが、すべて実在の人物、企業等である。 日時や場所についても特段の事情がない限り、発表資料や電子メールのやり取りの記録などから可能な限り正確を期した」。今回ご紹介する『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』は上記のような「ことわり書き」から始まります。

■紛れもなく「ノンフィクションの書」
登場人物たちの個性豊かなキャラクター、事件の発端となる情報提供から次第に明かされていく東証一部上場企業・オリンパスの重大な秘密、「個人の力」が玉突き状態で結びついていき、大企業の経営者を追及していくストーリー…。それはまるで、筋書きのある小説を読んでいるかのようで、もしかして大部分が脚色なのでは? と思わずにはいられないほど起伏に富み、緊迫感に満ちているからです。

「正義」を心の中心の近くに置く個人の情報提供によるスクープ記事に別の個人が共鳴し、さらなる個人の連鎖によって世界を揺るがす経済事件が明るみになる。個人がつながりながら、重大な秘密を解き明かしていく様子は、まるで推理小説を読んでいるかのようです。しかも、個人一人ひとりの個性が鮮明です。

■『FACTA』阿部重夫氏のジャ―ナリスト魂
ストーリーの最初の登場人物である深町氏は、まさに「暗闘オリンパス事件」の出発点となる重要人物です。このような重要キャラクターは他にも次々に登場します。例えば、月刊誌「FACTA」編集主幹の阿部重夫氏。阿部氏のジャ―ナリスト魂がこのストーリーを盛りたて、厚みを増させていきます。

山口さん(当時は匿名)の執筆による「FACTA」2011年8月号における「オリンパス事件」スクープ記事の掲載。ここから玉突きのような連鎖が始まります。そしてこの連鎖は、あのマイケル・ウッドフォード元社長が登場人物として加わることにより、ギアチェンジし、さらに加速化していくのです。

■ウッドフォード元社長と、菊川元会長が直接対峙
続きの話もかなりの見せ場。ウッドフォード元社長と、菊川元会長が直接対峙する場面です。舞台はランチミーティング。よくぞここまで再現できたものだと感心せずにはいられない、迫力あるシーンとなっています。まさに「サムライが挑む一騎打ち」のシーンとでも言いましょうか。私は何度も読み返しました。ぜひとも、読んでその様子をイメージしていただきたいシーンのひとつです。 そして、そのやりとりから約2カ月後、ウッドフォード氏は社長職から解任されることになります。

この取締役会にて解任されたウッドフォード氏は、すぐさま英国に帰国すると、フィナンシャル・タイムズやウォールストリート・ジャーナルなどの経済誌へオリンパスが抱える問題について語り、英国SFO(重大不正捜査局)へも通報。オリンパス問題は、一気に海外で急展開を見せ始め「オリンパス不正疑惑事件」へと重大化していきます。

同書に記されている一連のストーリーには、この記事において紹介しきれない「個人」たちがまだまだ登場します。一人ひとりの「個人」が次々に連鎖していく過程、まさに「点」が「線」となり、連なっていく物語が描かれていくのです。

■2011年10月26日、菊川会長兼社長が退陣
2011年10月26日。菊川会長兼社長は退陣します。その頃、オリンパスを巡る騒ぎは一段と激しさを増し、野田佳彦首相も英フィナンシャル・タイムズでのインタビュー記事で「今回の騒動はルールに従う市場経済国として日本の評価を貶める恐れがある」と懸念を表明、海外に次いで日本政府も重大事件として認知するようになってきました。

さらに、金融面でも、外資系証券会社はオリンパスの投資判断レポートの作成を停止し、金融取引を見合わせ始めます。オリンパスの格付けも引き下げられます。そして11月8日。ついにオリンパスが膝を屈する日がやってきます…。

年が明けて2012年2月16日。東京地検特捜部と警視庁は、菊川元会長兼社長を始め7人を金融商品取引法違反(有価証券報告 書の虚偽記載)の容疑で逮捕します。逮捕者のなかには、野村証券OBの横尾宣政(現・被告)も含まれていました。横尾被告はオリンパス社外の人物です。詳しくは、同書の第六章『野村証券OBたち』に書かれています。ビジネス・経済・マーケット関連の書籍では、なかなか明かされない事実が記されています。個人的には、金融関係の方々にこそ、お読みいただきたい章と言えます。

■「『個人』の力はバカにできない」
さて、このように「オリンパス事件」は、会社を私物化する経営者、そこに群がる闇の人物たちによってもたらされた許されざる経済事件です。と、同時に『「個人」の力こそが全うな価値の源泉なのだ』ということを教えてくれた事件だったようにも思います。その点について、スクープした記者であり同書の著者でもある山口さんに直接うかがいました。
(以下、太字が山口氏の発言である。)

「私は、この事件を通して『個人』の力はバカにできないという認識を新たにしています。この本に登場する人物、つまり私に情報提供してくれたり、協力してくれたりした個人たちは、今でもお互いに全く面識のない人たちです。そんな個人の力が連鎖して、事件の全貌をほぼ明らかにすることができました」。

「実際、オリンパスの社員も、皆おとなしく親切で、いい人の集団という社風なのだそうです。でも、組織が暴走しているなか、皆が事なかれ主義で『和』を乱すことを恐れていたら、誰も暴走を止めることはできない。私の好きな言葉に『アマは和して勝つ、プロは勝って和す』という名言がありますが、まさに、個人一人ひとりが立ち上がり、力を発揮した先に、健全で高尚な『和』が生まれるのだと思います」。

■「『サムライ』とは『高尚で正直で元気な者』」
「実は、この本の本文には『正義』という言葉は全く出てこない。『あとがき』でやっと使った言葉です。正義というと、どうしても青臭く気恥ずかしく…この言葉を使うことによって、事実や主張が安っぽい伝わり方をしてしまう気もします。さらに『正義』という言葉を禁じ手としたのは、『正義』は『真理』よりも一段低いところにあると思うからです。ですので、記事や本文では敢えて使っていません。ただ、ジャーナリズムの出発点は、やはりこの『正義』からスタートしなくてはいけないのだと思います。それはジャーナリズムの世界に限らず、世の中、社会全てに言えることかもしれない」。

「この本の『あとがき』で、私は夏目漱石の小説『坊ちゃん』のワンシーンを引用しています。主人公の坊ちゃんが生徒から悪戯されたとき、生徒をどう処分するかを決める職員会議で、坊ちゃんの盟友である山嵐が弁じたてるシーンです。『教育の精神は学問を授けるばかりではない、高尚な正直な、武士的な元気を鼓吹すると同時に、野卑な、暴満な悪風を掃蕩するにあると思います』。この台詞には、『サムライ』の根本、基礎要件が託されています。

■「日本人一人ひとりの心のなかにも『サムライ』は住んでいる」
「英国人であるウッドフォード元社長が経営陣にいなかったら、今回の問題は、事なかれ主義のもとに、大きな事件にもならず、うやむやにされていたかもしれません。日本人と欧米人との差は、問題があるとわかった時に、どう対応するか、その問題を隠し続けるのかどうかに表れます。 実は、この本のタイトルの元になったウッドフォード元社長の問いかけ『日本人はなぜサムライとイディオットが極端に分かれてしまうのか』について、最初は私も『単純な二元論で片付けられる問題なのだろうか』と違和感を持ちました。でも、今回の『オリンパス事件』からもわかる通り、日本人はこうした二元論を避けることで、『誰に責任があるのか』『本来、どういう解決策が求められるべきだったのか』をうやむやにしてしまいがちで、そこに問題の根源があるのだとわかりました」。

「結局、日本社会においては、不正を働いた旧経営陣と不正を明らかにしようとしたウッドフォード元社長が喧嘩両成敗という結果になってしまった…。 私たちは、そのことに対してもっと違和感を覚えるべきだと思います。 欧米であれば違った判断や処分が下されたことでしょう。この点における日本(日本人)と欧米(欧米人)との違いは決定的です」。


日本を象徴する事件「オリンパス事件」は、決して終わった事件ではなく、まだまだ続いている事件であると言えます。今回の事件では、たまたま英国人のナイト(騎士)が経営陣の一員であったことが、大きく影響していますが、問題が生じたらすぐに隠すことに注力しようとする日本人・日本社会の体質が変わらない限り、似たような事件はいくつも浮上してくることでしょう。

すでに日本社会のあちらこちらに潜在している事なのかもしれません。 経済事件に関心のない方でも、「個人の力とは?」「日本人とは?」「日本社会とは?」など、根本的な命題を改めて見つめ直すことのできる一冊です。 映画を観ている、小説を読んでるかのごとく、共感せずにはいられないノンフィクションストーリー。 まさに珠玉の一冊です


引用は以上である。ストーリーを追いながら、同書の内容をうまく凝縮している。《たまたま英国人のナイト(騎士)が経営陣の一員であったことが、大きく影響していますが、問題が生じたらすぐに隠すことに注力しようとする日本人・日本社会の体質が変わらない限り、似たような事件はいくつも浮上してくることでしょう》という意見は、ごもっともである。

私が同書を読んで思わず膝を打ったのは、以下のくだりである。《経営内容について疑惑がファクタで報じられ、その直後に社長解任騒動が起きていながら、それを深掘りしようとしない日本のメディアにはやはりニュースセンスがとこか鈍麻しているとしか思えなかった。》

《横尾弟をよく知るある野村OBは「(法令遵守を気にしないという意味で)危険な男だった」と振り返る。そんな横尾弟とオリンパスの濃密なつながりは事業法人担当時代の1990年代にさかのぼる。バブル崩壊でオリンパスが財テクに失敗して空けた大穴を埋めてやったのが横尾弟だったのである》《オリンパスの損失隠しには野村証券のOBが多数関わっており、彼らを抜きにして一連の事件を語ることはできないし、事件そのものが発生しなかったかもしれない。》

《今回のオリンパス事件ではまず、あずさ監査法人がジャイラス買収の手数料をのれん代として計上することを認めたが、なぜそうした会計処理を認めたのかについて、あずさは一切明らかにしていない。すでに述べたように、企業買収の手数料をのれん代として計上するのは、イレギュラーなことだとの指摘が多いのだ。》

第三者委員会委員長の弁護士であった《甲斐中はオリンパスについて、厳しくこう断じた。「経営の中心部分が腐っており、その周辺部分も汚染され、悪い意味でのサラリーマン根性の集大成ともいうべき状態であった」》。

サムライの筆頭であるウッドフォード元社長の「その後」について、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版(10/3付)は「オリンパスのウッドフォード元社長が歩みはじめた新しい人生」という記事で以下のとおり報じている。

不正行為を最初に内部告発した英国人元社長、マイケル・ウッドフォード氏の人生も事件を境に一変した。「非常に恐かったし、精神的な苦痛を負った」と、モナコでの講演に向かう途中の同氏はジャパン・リアル・タイム(JRT)に対して過去1年をこう回顧した。

告発のあと社長を突然解任されてから約1年が過ぎた。ウッドフォード氏は現在、企業統治に関する講演で世界中を旅する日々を送っている。さらに、オリンパス問題をテーマに執筆した英語の著書が11月に出版される予定の一方、事件の映画化の話が進んでいるという噂もある。

「世界中を駆け回り、企業統治や、オリンパスのスキャンダルから学ぶことのできる教訓について説いていくこと――それが私の新たな人生だ」。来月には米国、欧州、日本、オーストラリアを訪問する予定だというウッドフォード氏は「日本の大企業で社長をしていた頃より忙しいくらいだ」と語った。


オリンパス事件は、私たちに様々な教訓を残した。オリンパスだけではなく、あずさ監査法人や野村證券の本質も明らかになったし、既存メディアのセンスのなさにも、なるほどと納得した。この事件もこの報道体質も、日本を象徴しているのであり、たまたま英国人のサムライが社長だったから、きっぱりと決着をつけることができたのである。

コンプライアンス(法令などの遵守)、コーポレートガバナンス(企業における意志決定の仕組み)がお題目でなく、企業の内奥にまでしっかりと根を下ろさない限り、このような事件は跡を絶たない。組織に働く方はぜひ同書をお読みいただき、これを他山の石として自らの肝に銘じていただきたい。
コメント (5)
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