私は企業で約15年間、広報(対マスコミ広報)を担当してきた。その間、雪印の「私は寝てないんだ!」、みずほHDの「実害はなかった」、船場吉兆の「ささやき女将事件」などをはじめとする危機管理広報の失敗事例を反面教師として注目してきた。しかし今回の日大の記者会見は、過去の全ての事例をはるかに上回る「超弩級の失敗事例」となった。その後も、「週刊文春」や「週刊新潮」での追いかけ報道(内部告発など)が止まらない。
※トップ画像は、ニコニコ生放送から拝借
日大の事例については、いつか自力でまとめようと資料(テレビの録画や新聞切り抜き)を収集していたが、今回、それをズバリとやってくれた記事が、産経新聞「論説委員 日曜に書く」欄(6/10付)に出た。鹿間孝一(しかま こういち)氏による《日大の「失敗の本質」》だ。ネット版には「甘い想定、逆ギレ会見、逃げた?トップ…」というサブタイトルがついている。以下、ネット版から全文を引用する。
日本大学は大きな誤りを犯した。関西学院大とのアメリカンフットボールの定期戦での悪質な反則タックルは、スポーツを汚す行為だが、それだけではない。事後の対応があまりにお粗末だった。近年、企業の不祥事が相次ぎ、コンプライアンス(法令順守)や危機管理の重要性が叫ばれている。しかも日大には危機管理学部があるというのに、どうしたことか。3つの観点から「失敗の本質」に迫りたい。
◆最悪を想定せよ
危機管理の要諦は、まずは最悪の事態を想定して、そうならないためにはどうしたらいいかを考えることである。だが、とかく大事(おおごと)にはならないだろうと楽観しがちである。日大もそうだった。反則タックルが監督や担当コーチ(いずれも辞任)の指示だったのでは、と取り沙汰されているのに、「指導と選手の受け取り方に乖離(かいり)があったのが問題の本質」という説明をした。誤解した選手が悪いというニュアンスだ。
事実を隠蔽(いんぺい)しない、うそをつかない、責任を転嫁しない-も危機管理の基本である。日大アメフット部において監督は絶対的な存在で、選手は反抗できない。だから前述の説明で乗り切れると思ったのだろうが、甘かった。反則タックルをした選手が記者会見して、指示の内容を詳細に明らかにしたことで、一気に風向きが変わった。「そうでなければ謝罪にならない」と顔を出したのも、同情と好感を呼んだ。
◆会見で火に油
翌日に前監督とコーチが会見して、改めて反則指示を否定したが、選手とどちらが信じられるかは言わずもがなである。危機対応にはスピードが求められる。放っておけば火は燃えさかる。なのに日大は、火を消すどころか、油を注いでしまった。
まず関学大への謝罪も、質問状への回答も遅かった。加えて謝罪に訪れた前監督は、ピンクのネクタイで、大学名の「かん(くわん)せいがくいん」を「かんさいがくいん」と言い間違えた。ピンクは日大を象徴するカラーらしいが、ふさわしくない。誰もアドバイスしなかったのだろうか。
危機管理において、謝罪の記者会見は極めて重要である。事前に想定問答をつくり、リハーサルをする。服装は地味なスーツか業種によっては作業服で、派手な色や柄のネクタイは避ける。頭の下げ方にも注意する。
ところが、前監督らの会見は準備不足で、うまく切り回すべき広報部職員の司会者が目立ってしまった。同じ質問が繰り返されているとして、声を荒らげて何度も会見を打ち切ろうとし、「あなたのせいで日大のブランドが落ちますよ」と指摘されると、「落ちません!」。
「私は寝てないんだ」と言った食品会社の社長や、息子に耳打ちする高級料亭の女将(おかみ)を思い出すが、誠意を示すべき会見で逆ギレは最悪である。かつて橋下徹前大阪市長は、時間無制限、どんな質問にも答えると深夜まで会見した。
◆逃げた?トップ
危機管理はトップが責任をもって対応しなければならない。平素から悪い情報が迅速に上がってくる体制を整備し、損失は覚悟の上で、二次被害、損失の拡大防止に全力を尽くす。なによりトラブル時に、トップは逃げないことが大切だ。
日大のトップである田中英寿(ひでとし)理事長は、問題が発覚して以降、一度も会見していない。学内の会合は別にして、公には謝罪も自らの責任への言及もない。これでは逃げていると思われても仕方あるまい。日大は弁護士7人からなる第三者委員会を設置した。関係者から聞き取り調査などを行い、7月下旬に結果を報告するという。
すでに関東学生アメリカンフットボール連盟は、監督とコーチが反則行為を指示したと認定し、処分を下している。いまさら何を調査し、どんな報告をまとめるというのか。これも後手に回った。日大のイメージは失墜した。学生の就職活動や入試にも影響が出そうだ。まれに見る危機管理の失敗例といえよう第三者委を設けるなら、こちらを検証してはどうか。危機管理学部の貴重な教材になるはずだから。
鹿間氏は同業者を気遣っているが、今回の失敗の一因は、あの司会者・米倉久邦氏だ。もとは共同通信社でワシントン特派員、経済部長や論説委員長を歴任した人だ。「やめてください。1人で何個も聞かないでください。他の方も聞きたい方いっぱいいるんですから」「こんな何十人もいるのに、全部やるんですか? 何時間かかるかも分からないじゃないですか、無理ですよ。みんな手を上げているのに」など、乱暴な言葉を連発していた。これで日大はもちろん、共同通信社のイメージも地に落ちたのではないか。
広報の経験者として、上記以外で首をかしげたのが以下の6点である。
・緊急会見を開く旨を報道各社にファクスで連絡したのが、開始時間の約1時間前だった
・ホテルではなく学内で会見した。ホテルなら「予約していた時間が来たので」と打ち切れる
・謝罪コメント、日大側の主張、事実関係などをまとめた資料などを全く配布していない
・会見を始めるとき司会の米倉氏は、名前も肩書も名乗らなかった
・冒頭で内田氏と井上コーチが、順番に謝罪の言葉を述べた。コーチはここで述べる必要はない
・謝罪してすぐに質疑応答に入った。まずは経過をきちんと説明すべきだ
・内田氏と井上コーチが終始「僕」と言っていた。常識的には「私」
日大危機管理学部のHPには、
・私たちに脅威を与える「危機」は社会の多様化・グローバル化とともに増大し、個人や企業、さらには国家レベルでも高度な「危機管理能力」が求められるようになりました。日本大学はそうした時代のニーズにいち早く対応し、2016年4月に、日本ではじめてとなる文系の「危機管理学部」を開設しました。
・時代に求められている危機管理のエキスパートをいち早く養成し、社会に送り出します。
・「災害マネジメント」、「パブリックセキュリティ」、「グローバルセキュリティ」、「情報セキュリティ」の4領域を置く危機管理学部は、「オールハザード・アプローチ」の視点で社会の安全を脅かすあらゆるリスクを研究対象とし...(学部長からのメッセージ)
・「リスク」と「クライシス」の両面で 多様な危機に対応できる能力を養成。(ある教授からのメッセージ)
・警察でのキャリアを生かし即戦力となる人材育成を目指します。(同上)
危機管理学部の学生はかわいそうだし、来年、この学部を受ける学生がいるのか、と余計な心配をしてしまう。今となっては、詳細な「第三者委員会」からの報告が楽しみだ。
※トップ画像は、ニコニコ生放送から拝借
日大の事例については、いつか自力でまとめようと資料(テレビの録画や新聞切り抜き)を収集していたが、今回、それをズバリとやってくれた記事が、産経新聞「論説委員 日曜に書く」欄(6/10付)に出た。鹿間孝一(しかま こういち)氏による《日大の「失敗の本質」》だ。ネット版には「甘い想定、逆ギレ会見、逃げた?トップ…」というサブタイトルがついている。以下、ネット版から全文を引用する。
日本大学は大きな誤りを犯した。関西学院大とのアメリカンフットボールの定期戦での悪質な反則タックルは、スポーツを汚す行為だが、それだけではない。事後の対応があまりにお粗末だった。近年、企業の不祥事が相次ぎ、コンプライアンス(法令順守)や危機管理の重要性が叫ばれている。しかも日大には危機管理学部があるというのに、どうしたことか。3つの観点から「失敗の本質」に迫りたい。
◆最悪を想定せよ
危機管理の要諦は、まずは最悪の事態を想定して、そうならないためにはどうしたらいいかを考えることである。だが、とかく大事(おおごと)にはならないだろうと楽観しがちである。日大もそうだった。反則タックルが監督や担当コーチ(いずれも辞任)の指示だったのでは、と取り沙汰されているのに、「指導と選手の受け取り方に乖離(かいり)があったのが問題の本質」という説明をした。誤解した選手が悪いというニュアンスだ。
事実を隠蔽(いんぺい)しない、うそをつかない、責任を転嫁しない-も危機管理の基本である。日大アメフット部において監督は絶対的な存在で、選手は反抗できない。だから前述の説明で乗り切れると思ったのだろうが、甘かった。反則タックルをした選手が記者会見して、指示の内容を詳細に明らかにしたことで、一気に風向きが変わった。「そうでなければ謝罪にならない」と顔を出したのも、同情と好感を呼んだ。
リスク・コミュニケーションとメディア | |
福田 充(日本大学危機管理学部教授) | |
北樹出版 |
◆会見で火に油
翌日に前監督とコーチが会見して、改めて反則指示を否定したが、選手とどちらが信じられるかは言わずもがなである。危機対応にはスピードが求められる。放っておけば火は燃えさかる。なのに日大は、火を消すどころか、油を注いでしまった。
まず関学大への謝罪も、質問状への回答も遅かった。加えて謝罪に訪れた前監督は、ピンクのネクタイで、大学名の「かん(くわん)せいがくいん」を「かんさいがくいん」と言い間違えた。ピンクは日大を象徴するカラーらしいが、ふさわしくない。誰もアドバイスしなかったのだろうか。
危機管理において、謝罪の記者会見は極めて重要である。事前に想定問答をつくり、リハーサルをする。服装は地味なスーツか業種によっては作業服で、派手な色や柄のネクタイは避ける。頭の下げ方にも注意する。
ところが、前監督らの会見は準備不足で、うまく切り回すべき広報部職員の司会者が目立ってしまった。同じ質問が繰り返されているとして、声を荒らげて何度も会見を打ち切ろうとし、「あなたのせいで日大のブランドが落ちますよ」と指摘されると、「落ちません!」。
「私は寝てないんだ」と言った食品会社の社長や、息子に耳打ちする高級料亭の女将(おかみ)を思い出すが、誠意を示すべき会見で逆ギレは最悪である。かつて橋下徹前大阪市長は、時間無制限、どんな質問にも答えると深夜まで会見した。
◆逃げた?トップ
危機管理はトップが責任をもって対応しなければならない。平素から悪い情報が迅速に上がってくる体制を整備し、損失は覚悟の上で、二次被害、損失の拡大防止に全力を尽くす。なによりトラブル時に、トップは逃げないことが大切だ。
日大のトップである田中英寿(ひでとし)理事長は、問題が発覚して以降、一度も会見していない。学内の会合は別にして、公には謝罪も自らの責任への言及もない。これでは逃げていると思われても仕方あるまい。日大は弁護士7人からなる第三者委員会を設置した。関係者から聞き取り調査などを行い、7月下旬に結果を報告するという。
すでに関東学生アメリカンフットボール連盟は、監督とコーチが反則行為を指示したと認定し、処分を下している。いまさら何を調査し、どんな報告をまとめるというのか。これも後手に回った。日大のイメージは失墜した。学生の就職活動や入試にも影響が出そうだ。まれに見る危機管理の失敗例といえよう第三者委を設けるなら、こちらを検証してはどうか。危機管理学部の貴重な教材になるはずだから。
鹿間氏は同業者を気遣っているが、今回の失敗の一因は、あの司会者・米倉久邦氏だ。もとは共同通信社でワシントン特派員、経済部長や論説委員長を歴任した人だ。「やめてください。1人で何個も聞かないでください。他の方も聞きたい方いっぱいいるんですから」「こんな何十人もいるのに、全部やるんですか? 何時間かかるかも分からないじゃないですか、無理ですよ。みんな手を上げているのに」など、乱暴な言葉を連発していた。これで日大はもちろん、共同通信社のイメージも地に落ちたのではないか。
広報の経験者として、上記以外で首をかしげたのが以下の6点である。
・緊急会見を開く旨を報道各社にファクスで連絡したのが、開始時間の約1時間前だった
・ホテルではなく学内で会見した。ホテルなら「予約していた時間が来たので」と打ち切れる
・謝罪コメント、日大側の主張、事実関係などをまとめた資料などを全く配布していない
・会見を始めるとき司会の米倉氏は、名前も肩書も名乗らなかった
・冒頭で内田氏と井上コーチが、順番に謝罪の言葉を述べた。コーチはここで述べる必要はない
・謝罪してすぐに質疑応答に入った。まずは経過をきちんと説明すべきだ
・内田氏と井上コーチが終始「僕」と言っていた。常識的には「私」
日大危機管理学部のHPには、
・私たちに脅威を与える「危機」は社会の多様化・グローバル化とともに増大し、個人や企業、さらには国家レベルでも高度な「危機管理能力」が求められるようになりました。日本大学はそうした時代のニーズにいち早く対応し、2016年4月に、日本ではじめてとなる文系の「危機管理学部」を開設しました。
・時代に求められている危機管理のエキスパートをいち早く養成し、社会に送り出します。
・「災害マネジメント」、「パブリックセキュリティ」、「グローバルセキュリティ」、「情報セキュリティ」の4領域を置く危機管理学部は、「オールハザード・アプローチ」の視点で社会の安全を脅かすあらゆるリスクを研究対象とし...(学部長からのメッセージ)
・「リスク」と「クライシス」の両面で 多様な危機に対応できる能力を養成。(ある教授からのメッセージ)
・警察でのキャリアを生かし即戦力となる人材育成を目指します。(同上)
危機管理学部の学生はかわいそうだし、来年、この学部を受ける学生がいるのか、と余計な心配をしてしまう。今となっては、詳細な「第三者委員会」からの報告が楽しみだ。
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