エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

3年遅れの礼状

2008-10-30 | 文芸
【 詩集「ノスタルジー」 -昭和30年代への回想- 】

 今日、何気なく一冊の詩集「ノスタルジー」を手に取った。それは、3年前に著者の松田達男氏から突然送られてきた詩集である。そのときに添えられた手紙を読むと、私が山形の新聞に投稿した佐藤總右氏に関する駄文(*)を読まれてのことであった。松田氏は詩人・佐藤總右氏のご子息であった。

 添えられた手紙には日付がなかったが、その詩集の出版は2005年4月とあった。おもえばその年は、退職した年の春であった。5年前に大病を患い、翌年にどうにか生かされて職場に復帰したものの、精神的にもまだまだ心の整理が付かない折りであった。
折角恵送いただいた詩集であたったが、礼状も差し上げずに、そのうち忘れ去ってしまっていた。書棚の詩集「ノスタルジー」の脇には、總右氏の詩集「無明」がある。箱入りの立派な装丁の詩集で、山形に總右氏の奥様を訪ねた折りにいただいたものであった。
 今日、気になっていたお礼の手紙を3年遅れで認めた。

 今も、磐梯の冬景色を描くとき、余白には きまって總右氏の詩
 「そこは新しい風の通り道 吹き抜ける風の中で ふるさとの雪はめざめる」
 を書き続けている。




(*)「山形新聞」掲載文
------------------------------------------------------------------------
○念願かなった總右を知る旅 (山形新聞:2002.6.4付)

 数年前、山形県羽黒町の今井繁三郎美術館で一枚の古びた藍染めの布に出会った。
 「そこは新しい風の通り道 吹き抜ける風の中で ふるさとの雪はめざめる」
 東北の冬からの爽やかな力強い宣言に感動を覚え、以来、作者佐藤總右という人物とこの布について知りたいと思っていた。
總右さんが山形市の詩人で、未亡人が駅前の小路で居酒屋を営んでおられると今井先生からお聞きした。雪の季節にと思いながらも、桜の季節に念願のお店を妻と訪ねた。
旅の目的はこの詩に魅せられた自分がいることを知ってもらうことであったが、この詩を添えた磐梯山の布絵と、感激した思いを納めた拙著「麗しの磐梯」を土産にした。近くに宿を取り、夕刻お店を訪ねた。彼の書斎を改造した部屋で郷土料理をいただきながら、胸につかえていた總右さんのことを伺うことが出来た。
翌朝、桜花爛漫の霞城公園にこの詩が刻まれた詩碑を訪ねた。読み上げると改めて素晴らしい感動が蘇った。

 ○一芸術家知り思わぬ「収穫」 (山形新聞:2002.9.30付)

 出羽国の羽黒山に参拝した帰り道、今井繁三郎美術館に立ち寄った。田や畑の間を縫いながらたどりついた柿畑の中に、鶴岡から移築されたという三百年も前の土蔵が見えた。背丈ほどの壺がいくつも並ぶ庭はヤマゴボウの黒紫の実が印象的な不思議な空間であった。
 監視人などいない館内には大きな絵画が並び、壁には民族衣装やお面が架けられ、屋根瓦やドライフラワーが床に置かれていた。美術館の主は個展開催に上京していたが、これら世界各地の民芸品の数々は、彼の心動かされた宝なのであろう。
 特に早春の月山の風景画に魅せられたが、小さなタンスに何気なくかけらた古ぼけた藍染の布の文字が心に残った。
  「そこは新しい風の通り道 吹き抜ける風の中で ふるさとの雪はめざめる」
 通りすがりに尊敬できる一芸術家を知り思わぬ収穫であった。そしてここに本当の美術館のあり様を見た思いがした。      
------------------------------------------------------------------------
日記@BlogRanking