都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
日が経つにつれ被災地の壊滅的な現状をテレビで目の当たりにし、ただただ驚くばかりです。被害にあわれた皆様のご心情は察するに余りあります。心からお見舞い申し上げます。
「津」と言う言葉には「船着場」「船の泊まるところ」「港」のような意味があります。ここから、港を襲う波のことを「津波」と呼ぶようになったと考えられています。
「津」が港を意味する由来は、出入り口の「と(門・戸)」だそうです。
つ【津】
1 船が停泊する所。また、渡船場。ふなつき場。港。「三箇(さんが)の―」
「海上(うなかみ)のその―をさして君が漕(こ)ぎ行かば」〈万・一七八〇〉
2 港をひかえて、人の多く集まる所。また一般に、人の多く集まる地域。
「十四日の夕暮、敦賀の―に宿をもとむ」〈奥の細道〉
大辞泉
津波は沖合ではそれほどの被害を出さなくても、津(港や湾のような地形)に進入するとその破壊エネルギーが増大し、付近に重大な被害を与えることに由来するものです。
「津波(浪)」の語が文献に現れる最古の例は『駿府記』(作者不詳、慶長16年 - 元和元年)で、慶長16年10月28日(1611年12月2日)に発生した慶長三陸地震についての記述「政宗領所海涯人屋、波濤大漲来、悉流失す。溺死者五千人。世曰津浪云々」だそうです。なお、表記は「津波(浪)」の他に「海立」、「震汐」、「海嘯」と書く場合があり、これらすべて「つなみ」と読みます。
つ‐なみ【津波/津浪/海嘯】
地震や海底火山の噴火などによって生じる非常に波長の長い波。海岸に近づくと急に波高を増し、港や湾内で異常に大きくなる。地震津波。
大辞泉
「強波(つよなみ)」が「津波」になったとする説もあるそうですが、有力ではないそうです。
「Tsunami(ツナミ―津波)」という言葉は、英語でも通じるようになりました。もともと、 「tidal wave(タイダルウェーヴ潮汐・高波)」という英語あるのですが、この語は本来潮汐による波を指し、津波が満干によるものでないため、地震による波にこの語を使うのは学問的にふさわしくないとされ、現在では「Tsunami」が用いられようになったそうです。
また この「Tsunami(ツナミ)」の語源は1946年(62年前)にハワイで津波の大被害があった際、日系人が「Tsunami」という語を用いたことから、米国で広く用いられるようになり、その後、学術用語として国際語化したといわれています。ハワイにはこの津波がきっかけで「太平洋津波警報センター」というものが設立されましたが、その英語の名称が「Pacific Tsunami Warning Center」というそうです。
「Tsunami」が学術用語から世界的に一般用語へと変化したのは、2004年インドネシアのスマトラ島沖で発生したあの巨大地震に伴う巨大津波でした。
それまで学術用語でしかなかった「Tsunami」がニュース等で使われ、一般によく知られるようになったそうです。
あの津波ではインド洋各国だけでなく、それらの地域へ観光できていた外国人も多く被害を受けましたから、注目度がずば抜けていたのです。
日本語の津波という言葉は先に書いたように、「津(港)で特徴的な波」という意味です。
その点で「津波」という言葉は地震や山体崩壊等に伴って発生する波をより適切に表しうる言葉なのです。
このたびの津波は史上最大規模であり被災者の皆様には大変なご苦労だと思います。くれぐれも健康に留意されますことをお祈り申し上げます。
したっけ。