秋 古都の旅18
■ 奈良時代に創建された秋篠寺には金堂、講堂、東西両塔などがあったそうだ。平安時代に講堂を残して焼失、江戸時代以降、いまの佇まいになったという。
本堂に向かって左側面の出入口からほの暗い堂内に入った。壇上の一番手前に伎芸天が安置されていた。
伎芸天にやっと会えた・・・。
顔を少し左に向け、わずかに傾けている。そのもの憂げな表情は僕の好み。天衣をまとう腰を少し右に寄せて立つたおやかな姿はあのミロのビーナスに比して劣らないだろう。堀辰雄はこの天女を東洋のミューズと評したという。
リーフレットにこの天女について**頭部乾漆天平時代、体部寄木鎌倉時代、極彩色立像。**と簡潔に記す一文がある。天平時代につくられたが、災禍のために破損した胴体を鎌倉時代に仏師が木彫で補った仏像。そう、伎芸天は天平と鎌倉の仏師の合作なのだ。仏師の美的感性に拍手!!
遠近、左右 いろんな位置に立って美女(と敢えて書く)を見つめた。視線を返されたような気がした。僅かに開いた口からどんな声でどんなことばを発するのだろう・・・。
諸々のみ佛の中の伎芸天
何のえにしぞわれを見たまふ 川田 順