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■ 昨日(15日)の朝カフェで『黄いろい船』北 杜夫(新潮文庫1978年発行)を読んだ。ブログに記録が残るだけでも既に2回読んでいる。初めて読んだのは1978年の11月、もう40年以上の前のことだ。5編の中短編が収められているが、表題作の「黄いろい船」について。
12年間勤めた会社を解雇された男は妻と4歳の娘・千絵ちゃんとアパートで暮らしている。千絵ちゃんはどういうものか栗がとても好き。
**「で、落ちてるのかい、実が」
「そう、ガレージの前にイガが十ほど落ちてたわ。でも、みんな空なのよ。近所の子がとっちゃうのでしょうね」
「イガでも持ってくればいいのに」
「チエちゃん、イガ、きらい」
と、女の子が口をはさんだ。
「チエちゃんの指、イガが刺したの」
「あんまり急いでさわるからよ」
と、妻はまた笑った。**(26頁)
ほのぼのとした会話が実にいい。次のようなシーンも。
**三人の蒲団を敷くと、部屋は一杯で、女の子の小さな蒲団は壁際におしつぶされたような形で敷かれていたが、そこから寝言のような声が洩れた。
「パパ」
と、小さく言った。
「うん?」
と、男は狼狽したようにこたえた。
「オシッコかい?」
女の子はかぶりをふり、ふいにニッコリと笑ってみせ、それから横をむいて枕のわきにおいてあるクリさんの人形をちょっと撫でてから、さらに満足したように枕に頭をのせて目をつぶった。**(17頁)
「黄いろい船」は北 杜夫が自作のなかで最も好んだ作品のひとつだそうだが、私もこの作品が好きだ。
このような作品を41歳の時に描いたとは・・・。北杜夫は純真な少年のようなこころをずっと持ち続けていた作家だった。
北 杜夫の作品はこれからも読むことになるだろう。
2011.10.21と2015.08.19の記事転載加筆。 **は引用範囲を示す。
カバーは串田孫一さんの作品。まつもと市民芸術館館長の串田和美さんのお父さん。