後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「嗚呼、過ぎ去りし日々よ」

2025年01月11日 | 日記・エッセイ・コラム
過ぎ去りし日々を振り返って人生のいろいろを思い出しています。老境にある人は皆同じように自分の人生を時々思い返していると思います。
我が人生で最大の思い出は良き妻を得たことです。66年間一緒に幸せに暮らしてきました。妻の自慢話を書いたら長くなります。
そこで今日は私が建てた山林の中の小さな小屋の話を書こうと思います。我が人生に深い影響を与えた体験です。
その小屋は八ヶ岳の見える甲斐駒岳の麓の山林の中にあります。

1番目の写真は甲斐駒岳です。
この山を見上げると夏に学生君たちと登ったことを思い出します。息子と2人だけで登ったことも思い出します。そしてスウェーデンやドイツから来た学生のことも思い出すのです。
この山を見る度に登高の情熱と山頂に立った時の高揚感を思い出します。熱い血潮が老境にある私の体にも流れるように感じるのです。

2番目の写真は甲斐駒岳を見上げながら小屋へと上がっていく雑木林のなかの道です。
晩秋なので落葉して明るい陽射がさし込んでいますが、夏には鬱蒼とした暗い道なのです。
この道を上がっているとスウェーデンから来たバウク君のことを思い出します。小屋に泊まった夜に、彼は暗い雑木林の中を独りで歩き回ってきたのです。懐中電灯も持たないでよく歩けるねと私が言ました。すると、スウェーデンでは暗い森や厳寒の山で軍事演習を受けたので平気ですと答えたのです。国の防衛のために若者のすべてが軍事演習に参加しているのです。彼は祖国を守る決心をしました。

3番目の写真は小屋の前の小川の写真です。落ち葉がつかえてダムのようになって池が出来ていました。
この小川のほとりで学生さんたちと夏の夜に一緒にビールを飲んだものです。当時は缶ビールが無く全て瓶に詰まっていました。そして生ビールは木の樽でしか配達してくれました。
小屋の下の方の村落にあった野本商店という酒屋さんの若い主人が生ビールの樽を担いで届けてくれました。それは個人向けの小さな樽でしたが、20リットルくらいは入っていました。十数人で長い夏の夜にゆっくり飲んでは雑木林の中を散歩したものです。
夜の雑木林と言えば犬と一緒に散歩していた若い奥さんのことを思い出します。私が、「犬が用心棒のような役目をするから怖くないのですね」と言いました。するとすかさず、「いえ、私が犬の用心棒なのです」という答えが返って来ました。絵を描いていて展覧会に出展していました。毎年花を描いた年賀状が届きました。
この小川のほとりでは近所の山荘に独りで住んでいるKさんとはバーベキューをしたこともあります。

4番目の写真は一緒に遊んだKさんの山荘に歩いて行く道です。家内と一緒に草をかき分けて何度も入って行きました。
この道は以前は松の大木の森の中でした。それが数年まえに一切伐採されて明るくなったのです。新しく落葉松が植林さています。

5番目の写真は独りで住んでいたKさんの山荘です。大きな山荘で別棟の離れもあります。
このKさんは庭に沢山草花を咲かせていました。小川のほとりには水芭蕉も咲かせていました。そしてクリタケやシイタケを栽培していました。モリアオガエルも保護していました。
私の山遊びの指導者のような人です。クリンソウやカタクリの株、クリタケもシイタケも貰いました。
毎月、山林の中の小屋に行くと必ずのように寄りました。

そして昔、乳牛を沢山飼っていた石原さんの家に挨拶に寄ります。昔は石原さんの母上がよく搾りたての牛乳を一升瓶に入れて孫と一緒に山林の中の小屋にとどけてくれたものでした。
私の家内や2人の子供たちを可愛がってくれて遊びに行くとナマコ餅、草餅や甘い赤飯、白菜漬けを出してくれました。ある時は竹林へ行って筍を掘ってくれたこともあります。

このように山林の中の小屋に行くと楽しかったことが沢山蘇ってくるのです。特にまだ若かった家内とは何度も何日も泊まった楽しい思い出があります。

今日は私の山林の中の小さな小屋にまつわる思い出をいろいろ書きました。過ぎ去りし日々の思い出のいろいろです。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

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