後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「にっぽん丸で瀬戸内海を経て岩国への航海」

2025年01月09日 | 日記・エッセイ・コラム
岩国往復の航海は太平洋岸から瀬戸内海に入り岩国への航海でした。2011年の3月末でした。
にっぽん丸は商船三井クルーズが運航する外航クルーズ客船です。 
総トン数 は10,770トンで全長は145mです。
現在のにっぽん丸は2代目にっぽん丸に代わる客船として、1990年に三菱重工業神戸造船所で建造されまし。1990年3月に三菱重工業神戸造船所で進水式が執り行われ、1990年9月27日に竣工しました。 
2011年の3月末の岩国往復の航海の写真をお送り致します。
以上、にっぽん丸で瀬戸内海を経て岩国への航海した時の写真をお送り致しました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

「豪華客船、「ふじ丸」での初島へ航海の思い出」

2025年01月09日 | ブログ
以前に大型客船「ふじ丸」で熱海の沖にある離島の初島へ東京から行きました。
今日は初島へ航海の思い出をお送り致します。
客船が初島に到着しまた。ところが「ふじ丸」が大き過ぎて初島の小さな港へ入れません。いったいどのようにして初島観光をするのか不思議でした。
そうしたら客船に搭載して行った大きい救助艇を高い舷側から海へ降ろすのです。

1番目の写真は搭載して行った救助艇です。100人乗れるそうです。
右舷と左舷に積んで行った「さざなみ号」と「そよかぜ号」を海面に降ろしたら、どこからともなく大きな台船を引っ張った船がやって来ました。
その台船を大型客船の一階の出入り口の下に繋いで、その外側に救難艇を係留します。お客が救助艇に無事乗り移れれば、初島の港へ着けます。

2番目の写真は初島に着岸したところです。
お客が周囲4kmの島を散策します。4時間後にまた救難艇に乗って本船に帰ります。そして東京まで7時間の航海で帰って来ました。
下の写真は初島の東海岸から見た日本で初めて1989年に進水した豪華客船、「ふじ丸」の姿です。
これが最後のクルーズになります。古くなったので商船三井が就航を停止して、売り出している船です。

3番目の写真は初島の東海岸から見た豪華客船、「ふじ丸」の姿です。湖の船は日本で初めて1989年に進水した豪華客船です。
熱海の沖の離れ小島の初島には東明寺というお寺がぽつんと一軒だけあります。
境内に佇み、そして時々静かに歩きまわりながら撮った写真をお送りいたします。
お寺に入ると左手に同じような墓が一列に並んでいます。

4番目の写真はお寺に一列に並んで墓です。
みんな、みんな大東亜戦争で戦死した兵隊さんたちのお墓です。
この小島から歓呼の声に送られて出征し、二度と帰って来なかった島の若者たちの墓標です。私はひとうひとつ名前を読んでいきました。帝国陸軍一等兵、伍長、曹長、などなどです・・・・少尉や中尉の字はありません。
しばらくしてから、本堂の裏手に歩いていくとそこには下の写真のように昔の無縁仏の墓石がまとめてありました。

5番目の写真は昔の無縁仏の墓石です。
島には江戸時代から41軒の家しかありません。長い年月の間にどの墓が、どの家の先祖なのか分からなくなったのでしょう。あるいは江戸城の石垣の石を切り出しに来た人々のお墓かも知れません。
気がつくと兵隊さんたちの墓のすぐ後ろには洒落た木造の小学校・中学校の校舎が見えるのです。戦前はもっと粗末な校舎だったに違いありません。そこを卒業し、漁業や農業にいそしんでいた若者たちが戦争へ行ってしまったのです。
私は最後に本堂の前の香炉に線香をあげて帰って行きました。線香のかおりが静かにながれていました。

それはそれとして、
今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

「大形帆船シナーラ号でのセイリング体験の思い出」

2025年01月09日 | 日記・エッセイ・コラム
日本には大型帆船が幾つかあります。乗船料を払えば大形帆船のセイリング体験が出来ます。その例は三浦半島のシーボニア・マリーナのシナーラ号、沼津市の帆船Ami号、神戸の帆船「みらいへ」号です。これれら3隻の帆船は一般の人も乗れました。舵輪を握ってセイリング体験が出来たのです。
青い海原を大形帆船でセイリングをすると気持ちが壮大になります。爽快になります。
特にディンギーヨットやクルーザーヨットの経験があると舵輪を握っていきなり帆走できます。小型ヨットも大型帆船も同じ原理で走るのです。
今日は帆船シナーラ号での私のセイリング体験記をお送りいたします。
以前はシナーラ号は一般公開していました。現在はリビエラ・グループの所有で残念ながら一般公開はしていません。
早速ですが写真に従って私の体験記をお送りいたします。
1番目の写真はリビエラ・グループの所有のシナーラ号です。三浦半島沖です。このヨットは全長約33.5m、全幅約5.7mで総トン数73.4トンです。1927年にイギリスで建造されました。 
2番目の写真は私がシナーラ号の舵輪を握って追い風を受けてランニングしている写真です。三浦半島のシーボニア・マリーナ沖で2000年11月11日に撮った写真です。 
3番目の写真は少し緊張して舵輪を握っている家内です。大きな帆船なので舵輪操作を間違っても、ゆっくり反応するので傍に私が立っていれば良いのです。
4番目の写真はセイルを上げた後でヤレヤレと休息しているところです。
5番目の写真はシーボニア・マリーナを出港しエンジンで沖へ出ている場面です。セイルを上げる作業の前なので椅子に座って海を眺めています。

さて帆船シナーラ号は1927年 英国で建造され三浦半島のシーボニアを母港として多くの日本人に親しまれてきました。
しかし「シナーラ」号は木造船なので老化が進み、2015年にはレストア(本格修復)プロジェクトが始まり、2020年3月に完成しました。

6番目の写真はレストア中のシナーラ号です。

7番目の写真はかなり修復が完成した甲板上の窓です。
この修復プロジェクトはリビエラ社が実行しました。
修復は完璧だったのでイギリスで見事な修復に与える賞を受賞しました。
イギリスの「クラシックボートアワード2021」で帆船レストア・オブ・ザ・イヤー (over 40ft)を受賞したのです。

今日は私自身の大型帆船シナーラ号でのセイリン体験記をお送り致しました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)