この句と、晴代さんの句。
薄氷を重ね汀を風走る
ともに、風と薄氷を詠んでいます。
風走る、の句には直線、狗子さんの句には曲線を感じます。
同じような景を詠んでも、詠み手によって
対照的な句が生まれています。
乱れる、というコトバ。
見ている対象が、ばらばらになる、という意味。
世の中や、礼儀にも応用されます。
さらに、人のこころを表すのにも使われます。
つまり、薄氷の様子を描写しながら、
作者のこころをも映し出すことにもなります。
自然には直線はない、とも言われています。
(砂漠のような世界はまた違った感じかも。)
日本の自然は、なすままに乱れるものなのか?
その現象の裏に隠れている法則が自然そのものなのか?
この句、衣の裾も・・・とも読めますが。 遅足
薄氷を重ね汀を風走る
ともに、風と薄氷を詠んでいます。
風走る、の句には直線、狗子さんの句には曲線を感じます。
同じような景を詠んでも、詠み手によって
対照的な句が生まれています。
乱れる、というコトバ。
見ている対象が、ばらばらになる、という意味。
世の中や、礼儀にも応用されます。
さらに、人のこころを表すのにも使われます。
つまり、薄氷の様子を描写しながら、
作者のこころをも映し出すことにもなります。
自然には直線はない、とも言われています。
(砂漠のような世界はまた違った感じかも。)
日本の自然は、なすままに乱れるものなのか?
その現象の裏に隠れている法則が自然そのものなのか?
この句、衣の裾も・・・とも読めますが。 遅足