
加賀千代女<かがのちよじょ> 1703年、元禄16年。
加賀<石川県白山市>の生まれで父の家業は表具師。
12歳の時、奉公先の主人より俳諧を学びます。そし
て、漫遊していた芭蕉の弟子「各務支考」<かがみ
しこう>の宿を訪ねることにより、女性俳諧師とし
て17歳でのデビューを果たします。
この時、支考は、千代女にホトドギスを題にした
句を詠む試問を課したといわれています。千代女
は明け方まで句を作り続け「ほととぎす ほととぎ
すとて 明けにけり」と詠んで支考の弟子となるこ
とが許されたといわれています。
歌川国芳の浮世絵に、千代女は句とともに描かれ
ています。しかし、千代女も絵師。京都で狩野派
の五十嵐浚明<いからししゅんめい>より絵を学ん
でいます。52歳で剃髪「素園」と号します。千代
女は長命で、72歳の時に与謝蕪村の「玉藻集」の
序文を記すなど最晩年に至るまで活躍しました。
千代女は73年の生涯で、1,700以上の句を詠んで
います。しかし、多作ゆえの問題もあり「起きて
みつ 寝てみつ蚊帳の 広さかな」長年、千代女の
句とされていました。しかし、研究により「浮橋」
という遊女の句だったことが明らかになっていま
す。さらに、小林一茶が引用した「蜻蛉釣り 今日
は何処まで 行ったやら」も千代女の句なのか疑問
視されています。千代女は小林一茶も勘違いする
ほど多作だったといえるでしょう。
「朝顔に つるべ取られて もらい水」<千代女>
千代女は、朝顔の句が多いのが特徴。正岡子規は、
「つるべ」「もらい水」が俗っぽいと評していま
すが、江戸時代の女性の生活を伝える可愛らしい
句に感じます。
加賀千代女。江戸時代の女性俳諧師。下記は辞世
の句。
「月も見て 我はこの世を かしく哉」<千代女>
写真と文<殿>