575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

12月句会の投句が揃いました。   遅足

2007年12月19日 | Weblog
題詠

①年の瀬やああ平成の施薬院
②煤逃げの飯食ふ早や雨もよい
③何かしら忘れしままに年暮るる
④銭こぼれ年末ジャンボの列乱す
⑤電飾の消え裸木の天を刺す
⑥加速度に絡め取られて年の暮れ
⑦年の瀬やレジ打つひとの付け睫毛
⑧おのおのの昭和肴に年忘れ
⑨年の瀬や犬と共食ホームレス
⑩あれもこれもハタキ倍速年の暮れ
⑪あの世にも年の瀬の音星走る


自由題

①校庭につむじ風舞う師走かな
②鹿の影落葉に淡し荷(にない)茶屋
③擦り傷に風呂の湯の滲む師走かな
④蜜柑投げどこまで落ちれば海へ着く
⑤漉きたての水したたりて紙清し
⑥霧晴れて富士一望の湯槽(ゆぶね)かな
⑦城昏れて旧街道の冬木立
⑧風花を目で追うあなた薄化粧
⑨期すること五年連用日記買ふ
⑩ひときわにほこりが目立つ冬日和
⑪雪女郎白の剥落して止まず

番外 ホンモノと説明の要る歳暮かな(能登)

   

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荻原教室・近況報告(3)       鳥野

2007年12月18日 | Weblog
荻原裕幸先生の朝日カルチャー「はじめての短歌~題を使った歌づくり」が丸一年。ますます熱が入ってきました。

文化教室といえば、受講者の顔ぶれは熟年揃いという例を破って、年齢は多彩。真っ赤なハイヒールのお嬢さんから、ちょっと杖が、という方まで、みんな懸命です。
先生は少しも手を抜くことなく、いつも時間オーバー。懇切丁寧に指導されます。人気の所以でしょうか。

4月、7月の報告に続いて、今回の題は、雨から虹へと続きます。先生の作品。

 「雨」  ぬるくひえた雨の重みをTシャツに含ませながら待つ夏の午後

 「虹」  虹のたつあなたのなかがあをぞらになる前に降っていた雨のこと

 「雲」  終るものと始まるものが薄く濃く雑ざって雲の流れる九月

 「船」  さきに沈んだ方がすなはち船でありもう一方が港であろう

 「海」  高気圧あをくひろがる静けさに島浮くけふのあなたの海は

 「塩」  いつか遺灰をまくかも知れぬゆびさきがサラダに塩をふる冬の朝

 「石」  あまりにもおだやかな彩だったのであなたの水に小石を投げた

このあとは「砂」「山」まで題は出されています。
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名画を借りる         愚足

2007年12月17日 | Weblog
 ひらのこぼ氏著「俳句がうまくなる百の発想法」に、【絵画のイメージを借りる】という一章がありました。注意事項として、有名画家なら余程自分なりの個性で組み立てないと類型化するし、マイナーな作品では独りよがりになるとの事です。句作例を紹介しますと、

  モジリアニの女の顔の案山子かな     阿波野青畝
  ルノアールの女に毛糸編ませたし     阿波の青畝
  ダリの時計となる月光の水たまり     白澤良子
  広重が描きし位置にて青あらし      桂樟渓子

 さてそれぞれどんな絵が思い浮かびますか?

  ルオーの絵に眼滲ませし春もあり   愚

 
    
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煮凝             愚足     

2007年12月16日 | Weblog
 煮凝(にこごり)は魚などの煮汁が冷えてゼリー状に固まったもので、たら、鯛、サメ、かれい等のコラーゲンを多く持つ魚の煮凝がおいしい。
 コラーゲンは温めるとすぐに溶けてしまうので、熱いご飯の上にのせると、魚の旨味が詰まった煮凝が溶け出し、まさに至福の味わいとなる。
 私も大好きだったが痛風になってから医者に食べるのを禁止されてしまった。
 せめて、煮凝の俳句を。

  煮凝を探し当てたる燭暗し       高浜虚子
  煮凝のとけたる湯気や飯の上      鈴鹿野風呂
  玲瓏と入江の鰈煮凝りぬ        水原秋桜子
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湯豆腐や恋の話と死ぬ話    朱露

2007年12月15日 | Weblog


    「いのちのはてのうすあかり」が
    万太郎を神々しく照らしている。
    がつがつ喰うものじゃないから、
    恋と死の話をしようじゃないか。


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烏 瓜               草女

2007年12月14日 | Weblog
 やっと文字を読めるようになった頃、絵本の中のカラスウリに出会った。
 絵本といっても色の着いているのが珍しかった戦後間もない頃のこと、鮮やかな朱色の絵に釘付けになった。
 豊田市が挙母町だった時代で周囲は田畑ばかりであったけれど、幼児が出歩くのは家の周りだけだったからカラスウリを見た事がなかった。以来カラスウリへの憧れは胸に宿り続けていた。
 三年前、仲間からカラスウリの種を貰った。調べてみると、地下に芋が出来てやっと結実しそれには三年かかるとある。
 花は二年目で開いた。そして今年6個の実が裏庭に燦然と輝いている。
 ウリ科カラスウリ属のつる性多年草。ウリ科でもヘチマやキュウリ等は雌雄同株であるがカラスウリは別株であることが多いので、実を着けさせるためには数本植えたほうがいい。
 また、別名をタマズサ(玉梓)という。縦に隆起した帯のある種子を結び文にたとえたものである。
 中村浩著「植物の名の由来」によれば「烏瓜」ではなく「唐朱瓜」ではないかとのこと。唐朱(からす)とは唐あたりから伝来した朱墨で辰砂とも呼ばれている。辰砂は塊状で産し、大きいものは鶏卵大で小さいものはザクロの種子の様だという。氏はこのことからカラスは「唐朱」であって「烏」ではないと主張されている。
 私もこの説にすっかり賛同している。カラスウリは不味いのか烏や他の鳥に食べられる事も無し、カラスノエンドウのように黒色になる事も無い。
 幼い日のあの絵本には朱赤色のウリの傍らに黒いカラスが描かれていたが・・・

 実も魅力的であるが、花が大変美しい。(写真参照)
 花弁のふちがレースのように細かく裂け垂れ下がる。日の暮れに咲き始め段々レースが垂れ下がり、開き切るのは真夜中。朝にはしぼんでしまうので、目にする機会は少ない。

  烏瓜故郷に疎くなりにけり        南谷南亭
  烏瓜すがるすべなく曳かれけり      山口青邨
  高懸りたるまま残り烏瓜         高濱年尾
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年の瀬   麗

2007年12月13日 | Weblog
そろそろ年末の片付けに入ろうと思い本棚の整理していたら
今年始めに買った「えんぴつでなぞり書き 俳句百選」
という本が出てきました。
そういえば毎日少しづつなぞり名句を覚えられたらと
このブログでも書いたような。。それが、3月23日で止まっていました。
最後になぞった句は

      花を踏みし草履も見えて朝寝かな

という与謝蕪村の一句。
今年もやり残したことの多い年の瀬。
来年はのんびり続けることにします。

      目標をすっかり忘れ年の暮れ  麗
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今年最後の句会近づく    遅足

2007年12月12日 | Weblog
いよいよ今年も残り少なくなってきました。
19日が最後の句会です。

題詠は「年の暮」「極月」など、一年の終りを
詠った句をお願いします。
いろいろな季語がありますので、楽しんで下さい。
締め切りは17日一杯です。

  

ちょっと昔のお話です。
昭和12年、今から丁度、70年前の12月13日。
名古屋市内は提灯行列で沸き立っていました。
中国の首都・南京を攻撃していた日本皇軍が、
見事、南京攻略に成功した日だったのです。
勿論、この戦いで何万という捕虜が無抵抗なまま殺されたことや、
南京市民が殺されたり、強姦された事実は、日本国民には
まったく知らされていませんでした。

この戦争には、俳人も従軍、俳句を残しています。
その一人長谷川素逝の句です。

 雪の上にけもののごとく屠りたり  

日中戦争に従軍した作者。
武漢作戦の際、捕虜が雪の上にうずくまり
手を合わせて命乞いをするのを
未練がましいと獣を屠るように切り殺しました。
日本の軍隊では、捕虜となって原隊に帰っても
銃殺刑が待っていたそうです。

南京攻略作戦の句。

 北風すさびたまとび瓦ふるい落つ

戦友の戦死

 月落ちぬ傷兵いのち終りしとき

戦時下の民衆の姿
 
 酷寒にたうべる草もなき土民

     (俳句抒情辞典より)





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植物にもジェンダーが・・・?     鳥野  

2007年12月11日 | Weblog
と、ある歌集に
 ・婿菜はまずく嫁菜はうまし春の野に人間の生活(ひとのたつき)の花ひらきゐる (青井史)
という一首がありました。

あれっ、婿菜というのが実在するのかな、それとも喩。気になって治まらず、これはもう草女さんの出番です。

ありました。白山菊(シラヤマギク)の俗称で、こちらも若葉は食用になるとのこと。

いま実物を見るのは難しく、図鑑によれば、ヨメナは薄紫のすらりと細い花弁をつけて品がよい。
ムコナは背が高く、まばらに白い花をつけて目立たない。

やれやれ、こうして見れば菜っぱのジェンダー。命名した人の機知に感心するばかりです。

そういえば女郎花に男郎花というのもありました。

  ・ 紫を俤にして嫁菜かな  松根東洋城

  ・ 炊き上げてうすき緑や嫁菜飯  杉田久女

  ・ 女郎花の中に休らう峠かな  高浜虚子

  ・ 一様に風来る中の女郎花  高野素十

  ・ 女郎花少しはなれて男郎花  星野立子

  ・ 不退転とは崖に咲くをとこえし  鷹羽狩行
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スポーツ嫌い            愚足

2007年12月10日 | Weblog
 人にはスポーツの好きな人と、そうでない人がいる。
 僕はスポーツが嫌いというかやるのも見るのも余り好きでない。
 高校時代に水泳部に一ヶ月在籍したが、先輩で知り合いの柔道部主将の勧誘を断るためだったし、大学時代のテニス部は好きな同級生の女の子に誘われたためであった。
 しかし、俳句をはじめてスポーツの句に出会ってその気分というか精神がちょつとだけ理解できるような気もしている。

  波乗りの白き疲れによこたはる        篠原鳳作
  ラガーらのそのかちうたのみぢかけれ     横山白虹
  春ひとり槍投げて槍に歩み寄る        能村登四郎
  拳闘はどよめき蝉は鳴き澄めり        水原秋櫻子
  雪嶺やマラソン選手一人走る         西東三鬼
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かもめ食堂空色の扉の冬籠  黒田杏子

2007年12月09日 | Weblog

以前に「かもめ食堂」という映画がありました。
知人がビデオを貸してくれたのを観ました。

舞台はフィンランド。
鮭を食べるフィンランドの人なら、
おにぎりの味を分かってくれるはず、という思い込みから
「かもめ食堂」を始めた日本人の女性。(小林聡美)
そこへ2人日本人女性(片桐はいり・もたいまさこ)が加わる。
日本の好きな少年以外、全く、客が来なかった食堂が
満席になるまでを淡々としたタッチで描いた作品。
女三人の個性がとても面白かった。
(男三人なら、こうはならない。)
最後は、フィンランドのお客さんも、おにぎりを食べる。
同じ窯の飯を食う。食べる文化を感じさせてくれる映画でした。

    

見終わって、かもめ、は季語なのか?と気になった。
どうも季語にはなっていないようです。
かもめといえば、この句。

 かもめ来よ天金の書をひらくたび  三橋敏雄

天金の書というのは、本の上の切り口が金で装飾されたもの。
ボードレールのような詩の本を開く。
そのたびに、かもめよ、飛んで来い。
私を遠い世界に連れていってくれ。
青春ですね。

私には、黒田さんの句のほうが合っています。
空色の扉が効いていますね。

   冬かもめ霧のおくより霧の声   遅足





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頼朝とグラマンと鰤真鶴よ   朱露

2007年12月08日 | Weblog


   治承四年挙兵に敗れた頼朝勢真鶴へ。
   昭和二十年夏グラマン真鶴機銃掃射。
   戦後鰤網復活し冬中鰤刺を食う真鶴。
   この夏兄の埋葬で五十年ぶりの真鶴。

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冬の日を透かして見せるノスリかな        草女

2007年12月07日 | Weblog
 大高緑地へバードウオッチングに行った日、一羽のノスリに出会った。近くの木から飛んだらしく、低空を舞いながら除々に高度を上げて行き、私たちは長い間、といっても5・6分その優雅な飛翔を満喫した。
 ノスリはタカ科の鳥でトビよりやや小さく、白っぽい。胴が短く、尾羽が扇形であるので、私にもノスリとわかる。
 変わった名だと思っていたので、柏書房「鳥名の由来辞典」を引いて見た。
 奈良時代から「のせ」というタカが文献にあり、これがノスリで江戸時代になって野の上を滑走するので野擦りに変わった。別名を「くそとび」というがノスリが鳥を捕らえず鷹狩に使えないので軽蔑してそう呼んだらしい。おまけに漢字のノスリ「鵟」が「狂」に「鳥」と書くのも酷い話である。
 ノスリは、ネズミやモグラを捕食するのが得意だ。彼らが生存していく為には「濃い自然」が必要なのだ。
 中部国際空港セントレアが出来て常滑市の原野が切り開かれ、住宅用地に整備されつつあった頃、本来飛ばないはずの住宅地からノスリが舞うのを見かけた。
 その時このノスリむは生息地を失ったんだなあと胸が痛んだのを覚えている。
 あれから何年か経ったのに切り開かれた土地に家はまばらである。そしてノスリの姿も見る事は無くなった。
 金儲けの為に失ったものは多くて大きい。
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サンタの証明   麗

2007年12月06日 | Weblog
今朝の毎日新聞「佐治博士の不思議な世界」で面白い記事を発見しました。


「サンタクロースはいるのか、いないのか」という問題。
そこで佐治博士が先日耳にした小学生の雑談を紹介しています。

ある子供がイブの夜寝たふりをしてサンタを待っていたら、
それはパパだったという。
それを聞いた別の子供が
「だからと言ってサンタがいないという証明にはならないよ。
だってサンタは
君を驚かせないようにとパパの姿に変装していたのかも知れないじゃん」

私は「すばらしい!!」と思わず唸ってしまいました。この説得力。
これは哲学でいうところの存在証明ではないでしょうか?

大きくなるまでサンタの存在を疑わなかった私がある年、
サンタさんからの手紙の文字が母親の字に似ていることに気づきました。
でもそれは母の文字に似せてサンタさんが書いたのかも?
そんなこと考えもしなかった。
もしかしたら本当にサンタさんはいたのかもしれないのに。。。


    イブの夜サンタの存在明らかに   麗

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冬の真鶴    遅足

2007年12月05日 | Weblog
先日、神奈川県の真鶴へ行ってきました。
小田原からの途中、源頼朝が旗揚げして敗れた石橋山に。
相模湾が見渡せる小高い山。
中腹の佐奈田神社には、討ち死にした頼朝方の武将が祀られていました。

真鶴は、湾にちょこんと突き出した小さな半島。
頼朝が、敗走して隠れた岩窟。房総半島へ逃れんと船出した浜もあります。
まさに源氏ゆかりの地。

港に近い貴船神社に参拝しようと車を止めると、
「草柳さま」と書かれた駐車札が。
中川一政美術館にも立ち寄りましたが、
一番、素晴らしいのは半島の先端の森。
江戸時代に松を植樹、いまでは楠も大木になって
立派な魚付き林になっています。
北東からの風が強い一日。
林から鳶が一斉に飛び立ちました。

  真鶴の風をあつめて鳶遊ぶ 

昼食は、もちろん魚。いまは金目鯛のシーズンとか。
美味しかった。

  大皿に魚の目のあり雪催

とても良いところでした。
でも観光シーズンには渋滞があるのでしょうね。



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