575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

今年の目標  麗子

2021年01月14日 | Weblog
毎年、年頭に今年の目標を考えています。新年の日記帳のはじめに書いているのですが、ここ数年振り返ってみると目標がどんどん小さくなってきています。
「できるだけ美しい文字で日記を書く」「司馬遼太郎の本を読む」「カーブス週三回」。
去年はなんと「「床に物を置かない!」でした(笑)確か、「出汁をきちんととるという年もありました。

そして、今年2021年の目標は「ラジオ体操」です。正確にはテレビ体操です。朝6時25分からのEテレで放送中。今のところなんとか続けています。いつまで続くやらわかりませんがなんとか頑張って体力強化に努めたいです。

ちなみにタレントのいとうあさこさんの目標は、毎年「生きる」だそうです。
コロナ禍の中、とにかく生き延びることが大事だとテレビで話していました。

以前作った俳句です。季重なりですが。。

      新年の決意もどこに早大寒  麗子

皆さんの目標はなんですか?
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湯たんぽ

2021年01月13日 | Weblog

このところの冷え込みに我が家では湯たんぽが大活躍
寒がりの夫の催促で、押し入れの隅から引っぱり出された
ポリプロピレン製の湯たんぽ二個、毎夜熱いお湯を注入され
夫と娘の布団に出向です。朝、ほの温かいお湯は洗顔にも使われるので
なかなか地球にやさしいシロモノです。

湯たんぽは三冬の季語で
「湯婆」 と記します。
もともと中国の唐の時代からあり、日本には室町時代頃
入ってきたということ。
唐音読みで 湯(たん)婆(ぽ) 「た・ん・ぽ」 というのだそうですね。
ジブリのキャラクターを思いだします。
あちらは婆ふたつ「湯婆婆」ゆばーばでしたか。
湯たんぽは、湯がふたつで「湯湯婆」となるわけです。

我が家の湯たんぽ、
夫以外に大喜びしているのが二匹の黒猫です。
娘と一緒に寝ている姉妹の猫が
湯たんぽに寄り添い、最近はお昼近くまで寝ていたりします。
 娘曰く、「ええ身分やなあ・・」
 湯たんぽを枕に猫の眠りおる 郁子

猫のためにも、今夜またお湯を沸かすとしましょう。
 こんな句を見つけました。

湯たんぽ沸かす痩せし野良牛一頭立ち   金子兜太

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初句会近づく  麗子

2021年01月12日 | Weblog
寒いです。連日こちらは雪化粧。そんな中、初句会が近づいて来ました。
お題は「大寒」。ますます寒くなるお題ですね。
台所の水も、部屋のノブも冷たいこと。陶器のお皿も。本日の最高予想気温も4度で、今日はファンヒーターの前から離れられそうにありません。ちょっと明るめの大寒の句をご紹介。

       大寒の日より展けてゆく未来  稲畑汀子
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「酒場の女流俳人」

2021年01月10日 | Weblog



岡崎えん<おかざきえん>1893年東京の生まれ。父は
明治の元勲で伯爵の大木喬任。母は三十間堀川の河岸
にあった船宿の芸妓 岡崎かめ。三十間堀川は、いまの
中央通りと昭和通りの間に開削された堀で、舟運の荷
揚場として商船や屋形船などで賑わったといわれてい
ます。三ツ橋は川幅が三十間<55m>もあり3つの橋が
江戸名所図会に描かれています。しかし、戦後、焼失
した銀座の瓦礫で埋め立てられしまいました。銀座の
泰明小学校を卒業した友人の父の記憶では、昭和27年
頃、堀跡があったとの由。ちなみに、添付の江戸名所
図会は長谷川雪旦の筆とされています。弾正橋、牛の
草橋、真福寺という3つの橋。松尾芭蕉は風羅袖日記
で三ツ橋を詠んでいます。江戸時代の八丁堀には石屋
が多かったようです。

「菊の花 咲くや石屋の 石の間」<芭蕉>

話を戻します。えんは母の船宿で働き雙葉学園に入学。
やがて、同人誌「文明」への投稿を始めます。関東大
震災後に西銀座で「おかざき」という和風酒場を始め
ます。永井荷風、泉鏡花、井伏鱒二といった文人たち
が集まり荷風の「断腸亭日記」に登場する「お艶」は
えんがモデルといわれています。昭和初期には久保万
太郎が主宰する「春泥」に俳句を次々と掲載。酒場の
女流俳人として文壇や俳壇で知られるようになります。

「手さぐりに 降りる梯子の 寒さかな」<えん>

戦後、えんは焼け出されます。しかし、頼るべき身内
もなく、新橋や富士見町の芸妓屋で働きますが、カト
リックの名門校 雙葉学園を出た才女。長続きはしなか
ったようです。やがて、文人たちの好意で麹町の知人
宅で家政婦として働きますが、喀血したことで小岩の
病院で療養生活を余儀なくされます。その後、生活保
護を受け老人ホーム「長安寮」に入居。ある時、同室
の友人が菓子を食べたいと言うのを聞いたえんは、自
らの帯を売るため質店に出かけ、京成線の無人踏切で
電車にはねられ亡くなります。

「頬すべる 剃刀かろき 余寒かな」<えん>

この新聞記事を見た古谷信子は、著名な文人たちと繋
がりのある俳人として「岡崎えん女の一生」を出版し
ています。講談社文芸刊。

えんは荷風を物品で援助していた記録があります。岡
崎えん。享年70歳。世話好きな優しい女性だった感。

「さびしさを 支ふる蚊帳を 釣りにけり」<えん>


句会諸氏のみなさまへ。「寒中お見舞い申し上げます」
寒い日々が続きます。十分にご自愛ください。


構成と文<殿>
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「菊の塵 鶴の杖」

2021年01月09日 | Weblog



斯波園女<しばそのめ>1664年三重県伊勢の生まれ。
神官の度会師貞の娘で医家に嫁ぎます。1690年に晩
年を迎えた松尾芭蕉の門下となり、本格的に俳句を学
びます。まもなく夫と大阪に転居。ちょうど大阪を訪
れた芭蕉を自宅に招いています。その時、芭蕉は園女
の人柄を白菊に例え賞賛しています。しかし、この時、
芭蕉は病いを得ており半月後に鬼籍の人となります。

「白菊の 目に立てゝ見る 塵もなし」<芭蕉>

師匠を失った園女は夫とも死別。1705年 芭門の筆頭
宝井其角を頼り江戸に移ります。其角が主宰する「江
戸座」は江戸俳壇の主流。多くの俳諧師との交流を通
じ、女性ならではのオリジナリティを高めていきます。

「みどり子を 頭巾でだかん 花の春」<園女>

園女は夫より学んだ眼科の医業を営み、江戸女流俳諧
師として活躍しますが、1718年に剃髪して出家。智鏡
尼と号します。そして、歌川広重「名所江戸百景」に
描かれた深川の富岡八幡宮に36本の桜を寄贈。桜並木
は「歌仙桜」と呼ばれ、江戸の人気景勝地になったと
いわれています。

「大根に 実の入る旅の 寒さかな」<園女>

「俳諧師園女の生涯 芭蕉の女弟子」ジャンボール絹子著
には、晩年の芭蕉に師事した園女の生涯が詳細に綴られ
ています。園女は、高価な絹の袖を千切り下駄の鼻緒に
してしまう大雑把な性格。さっぱりとした性分を愛する
江戸っ子に気に入られた理由かもしれません。ちなみに、
拙文のタイトルは園女の編著「菊の塵」と「鶴の杖」

「夜あらしや 太閤様の 桜狩」<園女>

園女の墓所は江東区の雄松院。近年、人気スポットの清澄
白河の清澄公園前にあります。斯波園女。享年62歳


写真と文<殿>
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寒の内

2021年01月08日 | Weblog
寒中お見舞い申し上げます。

二十四節気の小寒の日から立春の前日(節分)まで
今年で言うと、1月5日から2月2日までの間を寒中、寒の内と言います。
年間を通して最も寒い頃です。今朝も各地で氷点下の朝となりました。
今季最大級の強い寒気に見舞われ、加えて
1都3県に緊急事態宣言、再発令。この先の不安感も重なり
寒さがさらに厳しく身に凍みますね。

から鮭も空也の痩せも寒の内  芭蕉

からからに干からびた鮭という俗なものと
聖人、空也上人を並べて寒の中にあるという
ある意味ユーモラスな味わいもとれますが、
心底冷え込んで感じるのは,この強烈な寒気のせいでしょうか。

 棒をもて叩けば固し寒の石 高室呉龍

この句もまた、石を打つ寒々しい音が聞こえてきそうです。
警戒を呼び掛ける声が、響かぬようになるのが怖いですね。
さあ、気をとりなおし
初句会、兼題の「大寒」
そろそろ投句の準備をしなくては。 

大寒の富士へ向って舟押し出す 西東三鬼
      
            郁子
                 

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初句会の思い出  麗子

2021年01月07日 | Weblog
新年なのでこれまでの初句会の兼題をさかのぼって調べてみました。
初句会でのトップ賞もあわせて載せておきました。

2006年「1月」 女房とじっとしている睦月かな 朱露
2007年「寒」 通夜の客どっと帰りし寒さかな 亜子
2008年「新年」 ひょいと抱き親子で鈴を鳴らしけり  立雄
2009年「寒梅」 今年また決意危うし寒椿 静荷
2010年「去年今年」 われを呼ぶやかんの笛も去年今年 亜子
2011年「大寒」 大寒の十二神将眉上がる 狗子
2012年「福寿草」 福寿草米寿の人の話好き 晴代
2013年「水仙」 水仙の暗き客間の匂ひかな 狗子
2014年「初」 携帯に拝す四角の初日の出 郁子
2015年「初」 お隣も向ひも独居初あかり 静荷
2016年「冬座敷」 冬座敷日矢は斜めに位につけり 等
2017年「酉」 あるいは「漢字に酉がつくもの 」 酷寒の一花や鶴の息白く 遅足
2018年「初」 鳥肌に細かなあぶく初湯かな 能登
2019年「新年の季語」 初夢や回転木馬無音にて 結宇
2020年「寒夜」 車椅子毛布に巻かれゆく寒夜 等
          雨戸繰る音八方へ寒夜かな 静荷

いかがでしたでしょうか?こうして書き出してみると初句会でのあんなこと、こんなこと。亡き人の笑顔などいろんなことを思い出しました。そして「初」のお題の多いこと!!
こうして過去を振り返れるのも遅足さんがブログにまとめてくださっていたからです。
2005年の秋から始まったこのブログ。今年で16年目に入ります。途切れる日もありますがなんとか続けて行きたいです。麗子


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玉手箱舞い降りて冬銀河かな 麗子 

2021年01月06日 | Weblog

昨年12月句会・自由題で一番票を集めた麗子さんの句です。
私もいただきました。

「銀河のようにふると言うか、映画を見るような感じですね」 結宇
「玉手箱と冬銀河が、なにやらロマンチックで」智恵
「冬の星座は美しい。キラキラした様子がわかる」 泉

空気の澄んだ冬の夜空はひときわ美しいですね。
ましてこの時は銀河を熱い思いで眺めた方もいらしたと思います。

「はやぶさ2のことを詠んだ佳句だと思います」 能登
「はやぶさ2の帰還でつい冬銀河を仰ぎたくなる上手く詠んだ句とおもいました」竹葉

はやぶさ2が探索した小惑星の名が「りゅうぐう」なので、持ち帰ったサンプルの箱を
「玉手箱」とは上手いこと言ったものですね。物語では、中は空っぽ白煙となるのですが、
この玉手箱には、小惑星で採取された砂や礫で1センチ近いものも含まれていることが
その後わかりました。生命の起源を探る研究に大いに貢献するのだそうです。
サンプルを計算通りオーストラリアの砂漠に落として回収するなど、
世界からも称賛されましたが、同じ日本人として誇らしく感じました。


 年始から、コロナ禍のニュースがかけめぐり、緊急事態宣言をめぐって先の見えない不安な日々が続いています。
生命の起源の研究より今ある生命を考えてくれという向きもいらっしゃるかもしれませんが、
科学技術の可能性や宇宙の神秘を考えると閉塞感にとらわれた今の停滞した気持ちを、しばし忘れさせてくれるように思います。
ときに夜空を見上げ、52億キロにも及ぶ旅路を終えて次なる任務に向けて地球から遠ざかっていくはやぶさ2に思いをはせるのも悪くないですね。
孤独だけれど、地道にやることをやる象徴です。ともにガンバロー。
 明るい未来を信じて、今年も前向きにいきたいと思います。
 よろしくお願いいたします。郁子

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今年もよろしくお願いいたします。 麗子

2021年01月05日 | Weblog
新年も5日目です。皆さん、どんなお正月でしたか?
お重も片付けお正月気分も抜けた頃ではないでしょうか?今年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年の初句会のお題は「大寒」です。
過去10年どんな兼題が初句会であったか調べてみました。すると、な、な、なんと!!10年前にやっていました。大変失礼しました。
初ミスということでお許しくださいませ。
では10年前の2011年はどんな「大寒」の句があったか、ご紹介します。
この年から会場をお昼にし(それまでは夜の句会でした)伏見の東鮨になったようです。

懐かしいお名前が出て来ます。どうぞご覧ください。

題詠『大寒』

①大寒のゴルフ百八叩きけり(朱露)値遇・遅足・立雄
②大寒やメトロノームの音響く(麗子)狗子
③大寒の火鉢に焼べる秘めし恋(値遇)愚足・能登・郁子
④大寒やいっそう硬きコンクリート(童子)値遇・朱露・晴代・麗子
⑤大寒の日暮石焼芋の声(静荷)亜子・立雄
⑥大寒やかくも背丈が縮むとは(立雄)愚足・値遇・童子・亜子
⑦大寒や銭湯に行く下駄の音(亜子)童子
⑧大寒の折目就職情報誌(遅足)鳥野・静荷・狗子・能登
⑨大寒や御幣白白境内社(晴代)遅足
⑩大寒の十二神将眉上がる(狗子)愚足・結宇・鳥野・朱露・晴代・遅足・亜子・静荷・能登・麗子・郁子・立雄
⑪大寒や経読む息の揃いたる(能登)結宇・童子・晴代・狗子・麗子・郁子
⑫大寒や航跡長く雲向こう(結宇)朱露
⑬父思う大寒の風呂長きこと(愚足)結宇・鳥野
⑭大寒や震え掲げる受験絵馬(郁子)静荷

いかがでしたでしょうか?
狗子さんがダントツのトップ賞です。自分の俳句もすっかり忘れていました(笑)。
10年ひと昔といいますがこの句会の2か月後にあの東日本大震災が起きたのです。さあ、2021年はどんな初句会となりますか。



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「漱石の愛した少女」

2021年01月03日 | Weblog



久保より江<くぼよりえ>1884年 愛媛県松山の生まれ。
1899年に上京し東京府立第二高等学校を卒業。九州帝
国大学医学博士の久保猪之吉と結婚します。

ところで、大正時代の三美人といわれた柳原白蓮は歌人。
白蓮の父は柳原前光伯爵で、大正天皇の従姉妹に当たり
ます。しかし、白蓮は不幸な結婚や離婚を繰り返します。
現世の辛さから逃れたかったのか。白蓮は短歌に没頭し
ます。そして、竹久夢二に挿絵を依頼した歌集「踏絵」
を出版。ちなみに、白蓮の別荘を訪れた菊池寛が出版し
た「真珠夫人」は白蓮がモデルといわれています。
 
「開かぬやう 神の作りし謎の鍵 さびにしままに 終へむ吾が世か」<白蓮>

話を戻します。書籍から眺めると白蓮は幸せな結婚生活
を営むより江に憧れた印象があり、二人の交流が始まり
ます。やがて、より江は白蓮の短歌に惹かれ、高浜虚子
が主宰する「ホトトギス」の同人となります。

「たんぽゝを 折ればうつろの ひゞきかな」<より江>

より江は、愛猫家として知られ句文集「より江文集」で
は猫を詠んだ句が散見されます。ところで、猫といえば
夏目漱石。実は、夏目漱石が下宿していた「愚陀仏庵」
はより江の祖父が家主。当時12歳のより江は漱石にとて
も可愛がられたといわれています。漱石の「吾輩は猫で
ある」に登場する女学生「雪江」はより江がモデルとい
う説はきわめて自然でしょう。さらに「愚陀仏庵」には
正岡子規も下宿しています。子規の弟子である高浜虚子
が、より江を躊躇なく同人としたのも当然のなりゆきに
思えます。

「猫の子の もらはれて行く 袂かな」<より江>

少女時代のより江を描いた書籍に出久根達郎著「漱石セ
ンセと私」があります。この拙文を記すため、2021年の
元朝に青山墓地を訪れました。墓石には「ヨリエ」とカ
タカナで表記。久保より江。享年58歳。

「ねこの眼に 海の色ある 小春かな」<より江>


写真と文<殿>
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あけましておめでとうございます 遅足

2021年01月03日 | Weblog
あけましておめでとうございます。

旧年は、突然の骨折に見舞われ、皆様にご心配をかけました。

しかし皆様にお心遣いいただき、会も滞りなく運営されてきました。

特に麗子さん、郁子さんのお二人には感謝しています。

ありがとうございました。

これからもよろしくお願いいたします。

私のほうはいつになったら痛みが去るのか不明、どこまで俳句をやっていけるか、

とにかく行けるとこまで行くしかないと覚悟を新たにしています。

どうか、本年もよろしくお願いいたします。   遅足

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「鼬の王が 来るからね」

2021年01月02日 | Weblog



川上弘美<かわかみひろみ>1958年 東京生まれ。5歳から
7歳まで米国で生活。小学校のときに長期の入院を余儀な
くされたことから読書好きになります。サンモール修道会
を母体とするカトリック系の雙葉中学校・高等学校を卒業。
御茶の水女子大学の生物学科に入学します。1982年 母校
の雙葉学園に戻り生物の教師となりますが結婚により退職。

「泣いてると 鼬の王が 来るからね」<弘美>

1980年 「季刊NW-SF」で短編小説「累累」「双翅目」を
発表。1994年パスカル短編新人賞を受賞。そして1996年
「蛇を踏む」で芥川賞を受賞します。2001年「センセイの
鞄」は谷崎潤一郎賞を受賞してベストセラーとなりました。
ちなみに「センセイの鞄」は久世光彦の演出により小泉今
日子と柄本明というキャスティングでテレビドラマ化され
ています。2016年に泉鏡花賞を受賞。2019年には紫綬褒
章を受賞するなど、現代の日本文学界を疾走するトップラ
ンナーといえるでしょう。余談ですが、豊橋出身のタレン
ト松井怜奈が「累累」という同名の小説を出版します。

「たくさんの犬 埋めて山 眠るなり」<弘美>

弘美は幻想と日常が織り交ぜる独特の世界観が特徴といわ
れています。これは俳句にも色濃く反映され、小説、漫画
などサブカルチャーで知られる長島有の句誌「恒信風」で
の句にも所見されます。また、弘美は角川俳句賞の選考委
員やNHKの俳句選者を務める、小沢實の「澤」でも俳句を
発表しています。

「生き死にの話 ぽつぽつどてら着て」<弘美>

「はっきりしない人ね 茄子投げるわよ」<弘美>

川上弘美。2021年の時点で数えてみると、単行本は34巻。
評論、随筆11巻。対談集6巻。日記5巻。さらに、作品の映
画、テレビ化など、まさにマルチでアグレッシッブな活動
を続けています。現在63歳。

「球体関節人形 可動範囲 無限や海氷る」<弘美>


「あけましておめでとうございます」この場をお借りして
句会諸氏の寿ぎをお祈りいたします。本年もよろしくお願
い申し上げます。


写真と文<殿>
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