日本男道記

ある日本男子の生き様

舎利礼(しゃりらい)/1/2

2008年11月28日 | お経を読む・理解する
舎利礼(しゃりらい)とは
「舎利礼」という経文は、仏舎利、つまりお釈迦様のご遺骨を礼拝するときに唱える偈文。葬式の時などに読まれるが、その意味は、私たちの骨身を転じて、仏身にしようという願いがある。



原文
一身頂礼 万?梔~滿 釈迦如來(いっしんちょうらい まんとくえんまん しゃかにょらい)
真身舎利 本地法身 法界塔婆 我等礼敬(しんじんしゃーりー ほんぢーほっしん  ほうかいとうば がーとぅらいきょう)

爲我現身 入我我入(いーがーげんしん  にゅーがーがーにゅー)
仏加持故 我証菩提 以仏?b力(ぶっかーじーこー がーしょうぼーだい  いーぶつじんりき)
利?Y衆生 発菩提心 修菩薩行(りーやくしゅーじょう ほっぼーだいしん しゅうぼーさつぎょう)
円入円寂 平等大智 今将頂礼(どうにゅうえんじゃく びょうどうだいち こんしょうちょうらい)

読み下し文
一心に頂礼したてまつる。万得円満なる釈迦如来の真身舎利は、本地法身の百法界塔婆なり、我らは礼敬したてまつる。

現代語訳
一生懸命に仏様を礼拝します。何一つ欠けたところのない立派な仏様がお説きになった中道実相の真理は、一切の根本となる真理であり、また一切の功徳をあつめ持っているから私たちは礼拝いたします。

「一身頂礼」とは、一生懸命に礼拝する。頂礼は五体投地のこと。
「万?梔~滿」とは、あらゆる徳を欠けることなく具えている。
「釈迦如來」とは、悟りを開いて仏となられたお釈迦様のこと。
「真身舎利」とは、真身は、真理および真理のはたらきを身体としている仏のこと、舎利は、仏が説かれた中道実相の真理のこと。
「本地法身」とは、一切の根本となる真理。
「法界塔婆」は、法門はこの世界のありとあらゆるもののこと。塔婆は、仏の舎利が納められた塔=仏塔のこと。
「我等礼敬」の礼敬はうやまうこと。


Daily Vocabulary(2008/11/28)

2008年11月28日 | Daily Vocabulary
6686.done deal(完了[終了]した取引[こと]、すでに決まったこと、既成事実、解決したこと、終わった話)
This was reported as a done deal.
6687.Oriental medicine(東洋医学、漢方薬)
Oriental medicine has been a thing I've been intrigued by.
6688.aspire to (~を希望する)
I'm not surprized many young people in America aspire to be financial analysts.
6689.native-born(現地で生まれた、生粋の)
She is a native-born Chicagoan and another addition to our already diverse team.
6690.facet(刻面、様相)
Even lunch shows a certain facet of cultural diversity.
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