【まくら】
蟇の油売りは香具師の一種である。香具師は、多種多様な大道の商売人たちの一種である。大道には飴売り、水売り、西瓜の断ち売りなど、面白い口上を述べて物を売る商売芸能人があふれるほどいて、とてもここには書ききれない。香具師はもともと香具売りと言い、香具や香を静かに売り歩く美少年であった。が後に、曲芸を見せて膏薬やいかがわしい物を売る職種の名になる。江戸時代もっとも有名な香具師は松井源水という。浅草奥山で曲独楽や居合い抜きを見せては薬や歯磨き粉を売った。源水は蟇の油は売っていないようだ。蟇の油とは、伊吹山や筑波山で集められたヒキガエルの分泌液を使った膏薬のことである。これを行者の格好をして売るうち、居合い抜きを取り入れたのであろう。一八七二年、「香具師」という名称は国の布告で停止され、「テキヤ」というようになった。
出典:TBS落語研究会
【あらすじ】
見世物小屋が沢山出ています。ろくろく首、河童の見世物、カエル娘、化けもの屋敷、べな(屋)、大ザル小ザル(屋)、大イタチ(屋)、弘法の石芋売り、等があって賑わっています。
蝦蟇の膏売りが口上を述べ始めた。
「さあさあ、お立ち合い、ご用とお急ぎのない方は、ゆっくりと見ておいで。遠目山越し笠のうち、ものの文色(あいろ)と理方(りかた)がわからぬ。山寺の鐘は、鏗鏗(こうこう)と鳴るとはいえ、童児来たって鐘に撞木(しゅもく)を当てざれば、鐘が鳴るやら撞木が鳴るやら、とんとその音色がわからぬが道理。・・・だがしかし、お立ち合い、投げ銭やほうり銭はお断わりだ。
手前、大道に未熟な渡世をいたすといえど、投げ銭、ほうリ銭はもらわない。しからば、なにを稼業にいたすかといえば、手前持ちいだしたるは、これにある蟇蝉噪(ひきせんそう)四六の蝦蟇の膏だ。・・・四六、五六はどこでわかる。前足の指が四本、後足の指が六本、これを名づけて四六のガマ。このガマの棲める所は、これよりはる~か北にあたる、筑波山の麓にて、おんばこという露草を食らう。・・・このガマの脂をとるには、四方に鏡を立て、下に金網を敷いて、その中にガマを追い込む。ガマは、おのれの姿が鏡にうつるのを見て驚き、たら~り、だらりと脂汗を流す。これを下の金網にてすきとり、柳の小枝をもって、三七二十一日の間、とろ~リ、とろりと煮つめたるがこの蝦蟇の膏だ、腫れ物、切り傷一切に効く。普段は1貝で100文だが、今日はお披露目であるから二つで100文だ、お立ち合い。・・・その他に刀の切れ味を止める。ここに取り出したる刀は先が切れて元が切れないと言うものではない。一枚の紙が2枚、2枚が4枚、8枚、16枚、32枚、春は3月落花の舞い。(ふぅ~っと吹くと)雪降りの形。蝦蟇の膏を刀に付けると白紙も切れず、この腕も切れない。刀の膏を拭き取ると触っただけで、この様に切れる。切れても心配いらぬ。傷口に蝦蟇の膏を付ければピタリと血は止まり痛みも取れて治る。」
という言い方で、売っていた。
口上が良かったのでよく売れて、居酒屋で一杯引っかけて気分良く先ほどの所を通りかかった。まだ人通りも多く、陽も高いので、もう一度店を開いた。
酔ってする仕事にイイものはない。
客は大勢集まったが、ろれつが回らない。四六のガマでなく8本だという。「それではタコだ」と客に突っ込まれる始末。
このガマの棲むところは東の高尾山だという。客に筑波山ではないかと指摘されると、
「良いんだよ。こんなもの何処にだって居るんだ」。
「2貝で100文だが今日はお披露目であるから1貝で100文だ」、「それは高いよ」。
「この刀は切れるぞ。白紙が2枚に切れた。2枚が3枚だ。ん、違う?良いのだ。沢山になって、落花の舞いだ。これだけ切れる業物でもこれを付けると、白紙一枚がなかなか切れない。試しに腕を叩いてみても、ほら、切れない。引いてもキレ・・、 キレた。
しかし、心配は要らぬ、蝦蟇の膏を付ければピタリと血が止まって治る。(まだ止まらないと口ごもっている)ひと付けで止まらない時は二付け付ける。(まだ止まらないな、切りすぎたかな)この様な時はメチャメチャ付ける。薬の重みで止める。とほほ止まらない」。
「どうしたぃ」、
「なんとお立ち合いに、血止めはないか」。
出典:落語の舞台を歩く
【オチ・サゲ】
間抜落ち(会話の調子で間抜けなことを言って終わるもの。また奇想天外な結果となるもの)
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『遠目山越し笠のうち、ものの文色(あいろ)と理方(りかた)がわからぬ』
『童児来たって鐘に撞木(しゅもく)を当てざれば、鐘が鳴るやら撞木が鳴るやら』
【語句豆辞典】
【香具師(やし。野師・弥四・てきや)】縁日・祭礼などの人出の多い所で見世物などを興行し、また粗製の商品などを売ることを業とする者。
まさにこの”蝦蟇の膏”売りの商売がこれ。映画山田洋次の「寅さん」もまさしくこの職業。
【筑波山】茨城県つくば市。筑波山は山頂が2つ、西側に位置する男体山(871m)と東側に位置する女体山(876m)からなる。昔から「西の富士、東の筑波」と愛称され、朝夕に山肌が紫に色を変えるところから「紫峰」とも呼ばれている。日本百名山中もっとも低い山。
【蝦蟇(がま)の油】蝦蟇(がま)の油のおおもとは、伝説によると筑波山の中腹にある中禅寺の住職・光誉上人が大坂夏の陣に徳川方として従軍、戦傷者の手当てに使った陣中薬が良く効いて評判となり、この光誉上人の顔がなんと蝦蟇(がま)に似ていたところから“ガマ上人の油薬”としてもてはやされ、後々『ガマの油』として有名になったもの。
【四六(しろく)の蝦蟇(がま=ヒキガエル)】ヒキガエル;カエルの一種。体は肥大し、四肢は短い。背面は黄褐色または黒褐色、腹面は灰白色で、黒色の雲状紋が多い。皮膚、特に背面には多数のイボがある。また大きな耳腺をもち、白い有毒粘液を分泌。動作は鈍く、夜出て、舌で昆虫を捕食。冬は土中で冬眠し、早春現れて、池や溝に寒天質で細長い紐状の卵塊を産み、再び土中に入って春眠、初夏に再び出てくる。日本各地に分布。ヒキ。ガマ。ガマガエル。イボガエル。
蝦蟇の指は四六(しろく)が正常で奇形ではない。五本ある方が異常。つまり前脚には5本分の骨があるが退化して四本に見え、後脚は5本のうち1本にイボのような突起があるので六本に見えるのが普通。
【この噺を得意とした落語家】
・五代目 春風亭柳好
・六代目 三遊亭圓生
・三代目 古今亭志ん朝
・林家彦六
【落語豆知識】
【抜き読み】長い噺の一部を抜き出して演ずること。