阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

東京赤坂・溜池のひとに さよならを             茶話 22

2024年03月09日 | エッセイ

25年お店やってきて結局借金しか残らないんだから、私ってお人よしなんだよね。
でも、まっいいか、いろんな人とお会いできてそれなりに私も楽しかったし。

この店 私40の歳で始めたんだよ。この頃なんか疲れた気がする。もうやめようかなって近頃時々思う、とママが言った。

   2003年の7月始めのことだった。

  学校の先輩に連れられて、店に初めて来たのは 1978年 昭和53年の秋だった。店が開店して半年後くらいだったらしい。
東京勤務になって4年目だった。同窓の集まりの後、同じ会社に勤務していた先輩二人がそれぞれ別の時に、
連れてきてくれたからその会社が使っていた店かもしれない。

何回かこの店で先輩たちに飲ませてもらったが、当時は貿易部に所属していて、赤坂国際ビルにあった商社に月に何回か仕事で行っていた。

商社から歩いて10分ほどのこの店に、打合せが遅くなると、いつの頃からか寄るようになった。
勤務先がある神田美土代町周辺の麻雀屋や居酒屋には職場の仲間と毎晩のように行っていたが、
カウンターのあるスナックは他に行ったことがなかったし知らなかった。

店から地下鉄千代田線の国会議事堂前駅までも歩いて10分程で、地下鉄に乗れば会社のアパートがある南柏まで
一本で帰れたのも理由の一つだった。




一人で飲みに行くのもサラリーマンになって初めてだった。自分より年配の客ばかりの店でずっと小さくなって座って飲んでいた。
あるとき客が少なくてママと長く話をしたとき、彼女が三重県の松阪出身だと知ってこちらも四日市に住んでいたことを言い、
東京の悪口や、いややっぱり東京は凄くて面白いねなどといろいろ話をしたことから、夜遅くなって彼女が酔うと説教をされることになってしまった。

アナタはねえ、もっと自分の思ったことを先輩にもいいなさいよ。ただニヤニヤ笑いながらハイハイ人の言うことだけ聞いて
ここにいても仕方ないでしょ。キミはなんかじれったいよ、顔には言いたいことが出てるんだから。

言われても自分でも自覚していることだから腹は立たなかった。そのうち社内の飲み会の後などに仲間とも行くようになり、
結局昭和62年に大阪に転勤するまでの9年間、年に3、4回顔を出していた。

そして大阪から出張で東京に宿泊したある日、2年ぶりに店に顔を出すとちょっと待ってねと言いながら椅子に乗って、高いところの棚を探し埃だらけのボトルを見つけて出してきた。

たしかウイスキーのお湯割りに丁子を入れるのよねと言って、女の子にそう指示した。そして新しい名刺を頂戴と言われて出すと、
それを見て、良かったね、こんな肩書きがついたんだと喜んでくれた。

この商売をやってるとね、自分の為でもあるんだけど店の永いお客さんがだんだん上がっていくのを見るのが本当に嬉しいのよ。
特にキミはへらへらしてるだけでどうなるか心配だったから。

それから10年ほど毎月のように大阪から東京への出張があったが、店には年に1,2回くらい寄った。ボトルはだんだん素早く出てくるようになった。

最初はクラシックしか流していなかった店にもそのうちカラオケセットが入り、客はますます年配者が増え、客の数も少しづつ減っていった。
そしてママはいつも酔っ払っているようになった。ただよく変わっていた女の子は、落ち着いた四十代の人が定着するようになっていた。

一人客が多い店で、皆大体たまたま隣に座った客と話すのだが、あるとき隣の席の客にママが、清家さんと名前を呼んで話をしているので、
もしかしたら宇和島のご出身ですかと話しかけてみた。

その65,6才に見える客は、良くご存知ですね、退職して今大分に住んでいますがもともと宇和島ですと言う。

清家姓の出身地はほぼ100%宇和島だ。東京や大阪の新規引き合い先で、お客さんと初めて名刺を交わすとき空気がほぐれるのは、
その苗字で出身地を当てて苗字の話をするときだ。

彼はH製作所に勤務した人で今回は同期会のため上京して何年かぶりにこの店に寄ったと言う。Sが今苦労していましてと言われるので
もしかして社長のSさんのことですかと聞くと彼も同期なんですという。

広い畑で野菜や果物をもう何年も作っているという彼は良く陽に焼けて健康そうだった。

こうして昔のお客様に寄っていただくのは本当に嬉しい。皆さん退職するとき部下に律儀に店を引き継いで下さるけどやっぱり好みが違うんだよね。
これってしょうがないわよねとママが口をはさんだ。

 続く

(続きを書くつもりでしたが、書かないままになりました。これで店に顔を出すのは最後になるだろうと言う出張の夜、ママさんにその旨を伝え、
長いお付き合いのお礼を言い、お互い別れの挨拶を交わして店を去りました。その後のママさんと「雅瑠」という店のことは知りません。)

 

  2003.11.25 記

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なんで95% もの日本人が英語を喋れないの?   日本人と英語インタビュー YouTube

2024年03月09日 | SNS・既存メディアからの引用記事

Why 95% of Japanese can't speak English

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03月08日に目に留まったSNS・メディアの記事

2024年03月09日 | SNS・既存メディアからの引用記事

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東日本大震災が起こった翌年の [ 2012年02月07日(火)の阿智胡地亭の非日乗ブログ ] から

2024年03月09日 | 東日本大震災ブログ
2012年02月07日(火)
 
英国はかって中国を阿片漬けにしたが、原発立地市町村は?
 
原発自治体に寄付1600億円超
2月6日 18時0分 NHKニュース

 原子力発電所のある自治体に電力会社が提供した寄付金の総額は、これまでに1600億円以上に上っていることが、各自治体への取材や情報公開請求で分かりました。

この寄付金は、発電事業に必要な費用として電気料金に組み入れられてきましたが、電気料金制度について議論してきた経済産業省の有識者会議は、「これまでのように費用として認めるべきではない」と指摘しています。

原発のある自治体には、国からの交付金や核燃料税などの税金、それに電力会社からの寄付金が、原発の建設や稼働に伴って入ってきますが、このうち寄付金については、公開の義務がないため、実態がよく分からないと指摘されています。

NHKは、この寄付金について、原発のある13の県と北海道、それに30の市町村の合わせて44の自治体を取材するとともに、公文書の情報公開請求を行いました。

その結果、原発の建設が始まった昭和40年代からこれまでの寄付金の総額は、全国で最も多くの原発が立地する福井県が単独で235億円余り、青森県が設立した財団などに192億円余り、青森県東通村で180億円余りなどとなっており、総額は1640億円余りに上ることが分かりました。
 
また、公開された公文書によりますと、福井県の敦賀市では、日本原子力発電や関西電力、北陸電力などの電力会社が提供した寄付金で、昭和45年以降、劇場や展示場などが入った大型施設が建設されているほか、アニメキャラクターの銅像や市のPRビデオなどの作成、植樹などの事業も進められています。

静岡県の浜岡原発を巡っては、平成8年、旧浜岡町が5号機の増設計画に同意する条件として、地域振興への「特段の協力」を求め、中部電力から25億円の寄付を受けたほか、1号機と2号機の廃炉に伴って、平成21年には、静岡県が「国からの交付金を受け取れなくなる」として、代わりに寄付を求め、16億3000万円を受け取っています。

北海道の泊原発を巡っては、自治体と電力会社が原発推進と地域振興に互いに協力し合った証しとして、北海道電力から泊村に、昭和59年に4億3500万円が、平成13年には8億円が支払われています。

寄付金を巡っては、原発推進を目的に電力会社が申し出るだけでなく、地域振興をねらう自治体側から求めるケースもあります。
電気料金制度の見直しについて議論してきた経済産業省の有識者会議は、先週示した政府への報告書案の中で、「これまでのように発電事業にかかった費用として認めるべきではない」と指摘しています。

静岡県では
中部電力に寄付を要請した静岡県の石川嘉延前知事は、当時のいきさつについて、NHKのインタビューに対し、「交付金を見込んで計画を立てて始めた工事を、途中でやめると混乱する。ほかの事業にしわ寄せがいかないよう、財源を確保する努力の一環として、中部電力に協力を求めた。寄付金をもらうことで安全の問題に手加減をしたことはない」と述べました。

そして「原発は、ありていに言えば迷惑施設的な要素がある。福島のような大変不幸な事故が絶対ないとは誰も保証できないなかで、寄付金などによる地域振興が、原発を引き受ける要因になっていることは事実だ」と述べました。

今の川勝知事も、毎年、中部電力から寄付金を受け取るたびに、「心から感謝申し上げます。今後とも県政に御理解・御協力をお願いいたします」と謝辞を述べる文書を送り、寄付金で行った工事の詳しい内容を報告しています。

静岡県は「来年度も中部電力から5億6000万円余りの寄付金を受け取る予定だ」としています。

福井・敦賀市長は

また、福井県敦賀市の河瀬一治市長は、平成に入って電力事業者から市への寄付金が多くなっていることについて、「事業者の皆さんが敦賀の街づくりに努力していただいている表れだと思う」と述べました。

そのうえで、「市として、国策で進められてきた原子力に協力してきたし、事業者の皆さんも寄付金という形で地域をよくしようと応援してくれているので、寄付金はなくさないようにしてほしい」と述べ、今後も地域振興という位置づけで寄付金の継続を期待する考えを示しました。
 
2012年2月7日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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寄付金総額はこれまでに少なくとも3兆1120億円
 
原発立地自治体に入った額は
2月6日 18時0分 NHKニュース

原発などの立地自治体には、原発の建設や稼働に伴って、国からの交付金や、固定資産税や核燃料税などの税金、電力会社からの寄付金が入ってきます。

NHKで、原発や関連施設のある13の県と北海道、それに30の市町村の、合わせて44の立地自治体を取材したところ、その総額は、原発の建設が始まった昭和40年代から、これまでに少なくとも3兆1120億円に上っています。

“重要な財源”

多くの立地自治体にとって、こうした、いわゆる「原発マネー」は重要な財源で、これらが入ってくることを前提に事業を計画しているところも少なくありません。

内訳は、交付金が9150億円余り、税金が2兆330億円余り、寄付金が1640億円余りとなっています。
寄付金の比率は全体の5%余りですが、公開の義務がないため実態は不透明で、実際の金額はこれよりも多いとみられています。

また、交付金や税金は、原発が運転を開始したあと、年々減る仕組みになっているため、自治体側が、その代わりに寄付金を電力会社に求めるケースもあります。

電力会社からの寄付金は、公共工事から学校教育や地域振興などソフトな事業まで、原発の立地自治体の裁量で幅広く使えるのが特徴です。

今回、NHKが調査したところ、寄付金は、役場の庁舎や公営病院などの大規模な公共工事や、自治体が催すイベントなどの地域振興事業のほか、学生の奨学金など、教育の現場でも使われていることが分かりました。

国からの交付金は原発の運転が始まると年々金額が減るほか、使いみちが平成15年まで公共施設の建設などに限られていました。
このため、自治体の中には、建設した施設の維持費がかさんで、財政負担にあえぐところも少なくありませんでした。

それに比べると寄付金は、原発の立地自治体にとって使い勝手のよいお金で、各自治体が寄付金を求める背景には、こうした事情もあるものとみられています。

寄付は震災・原発事故のあとも

電力会社から原発の立地自治体への寄付は、去年3月、東日本大震災と原発事故が起きたあとも、各地で続けられています。
中部電力は、静岡県に対し、去年8月、4億6000万円余りを寄付しています。

これは、静岡県が浜岡原発の1号機と2号機の廃炉に伴って国からの交付金を受け取れなくなった代わりに、中部電力に求めた寄付の一部で、道路の拡幅や小学校の校舎の補修などの工事の費用に充てられています。

中国電力は松江市に対して、去年6月、3000万円を寄付しました。松江市は、アワビの栽培漁業の振興を目的に、平成17年以降、毎年、この寄付金を受け取っています。

日本原子力発電は、去年3月末、福井県敦賀市に対し1億8000万円余りを寄付し、敦賀市は、この寄付金を道路の整備費用に充てています。また、震災への復興を目的とした寄付もあり、東北電力は、岩手・宮城の両県とともに、去年3月、福島県に対して1億円を寄付したほか、日本原子力発電は茨城県東海村に500万円を寄付しています。

☆この金額は、原発による発電原価計算からは意図的に外されている。電気代にこのような寄付金が含まれていることを自分は全く知らなかった。
 無関心だった自分は、ここでも官僚など原子力ムラに付け込まれている。
 
2012年2月7日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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福島原発行動隊ーシニア世代に出来ることとは
 
 
2012年2月7日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
今日の気になるネット情報 / 東日本大震災・原発 / 日本社会の仕組み改良 |
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福井県市会議長会が原発検事議案否決
 
県市会議長会で原発堅持議案否決 敦賀の提案に異論相次ぐ
(2012年2月6日午後8時38分)福井新聞

福井県市議会議長会の2月定期総会が6日、坂井市三国町のホテルで開かれた。国への要望事項として敦賀市会は高速増殖炉「もんじゅ」の研究継続や日本原電敦賀原発3、4号機増設など原子力政策の堅持を求める議案を提出したが、異論が相次ぎ、採決の結果否決された。

 同議長会は8月の定期総会でも、小浜、越前両市会がそれぞれ提出した「脱原発」を求める内容の議案を否決している。

 県内9市の正副議長18人が出席。各市からの提出議案を審議した。

 敦賀市会は昨年12月、もんじゅの研究継続や敦賀3、4号機の本格着工などを求める意見書を賛成多数で採択している。この日は、高い安全・安心の確保を最優先とした上で▽敦賀原発1、2号機の再稼働▽敦賀3、4号機の本格着工▽もんじゅの研究継続―を盛り込んだ議案を提出した。
 
これに対し、昨年「脱原発」の意見書を可決している小浜市会から「議案の中にも多くの市民が不安と疑問を感じているとあるが、どう受け止めているか」との質問が出た。敦賀市会側は「事故に対する不安のほかに将来に対する不安もある。安全が確認されるのなら、ものを言っていかなければ」と述べ、立地地域の在り方を国でも考えてもらいたいとした。

 他の市会からも「県民の感情を考えたら疑問を感じてしまう」などの意見が出た。

 また、提出議案の議決結果は議長会全体の意思とみなされる点から「各議会が拘束されてしまう」「意見を二分する議案はなじまない」との意見も出て、議論は紛糾した。

 このため、一括採決する他の議案とは分離して採決。賛成したのは敦賀、あわら両市会のそれぞれ2人だけで、否決された。あわら市会は会合後「積極的賛成ではないが、各市の要望として出されたものは尊重したい」と説明した。

 否決を受け敦賀市会の堂前一幸議長は記者団に「立地地域の議員は勉強を重ねた上で地元として大事なこととして判断した。もう少し理解してもらいたかったが、非常に残念だ」と語った。

 会合ではほかに、北陸新幹線若狭ルート整備や、国の出先機関原則廃止に関する21議案が提出された。4項目に絞り、4月に金沢市で開かれる北信越市議会議長会の定期総会に提出する。
 
2012年2月7日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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福島2号機保安規定違反でも注水量増やすしかない
 
福島2号機 続く高温 注水を大幅増 保安規定違反
2012年2月7日 朝刊 東京新聞


 東京電力福島第一原発2号機の原子炉の温度上昇が続き、東電は六日、同日深夜から非常用の注水口からの注入量を毎時三・八トンから毎時六・八トンに増やすと発表した。福島第一の保安規定では、注水量の増加を「二十四時間あたり毎時一トンまで」と定めている。今回の注水量変更は保安規定に抵触する上、汚染水を増やすリスクがあるが、原子炉の冷却を優先したという。

 東電の松本純一原子力・立地本部長代理は「経済産業省原子力安全・保安院の了承を受けている。計画的な逸脱だ」と話した。

 東電によると、温度が上がっているのは原子炉下部の温度計。一月下旬まで五〇度程度で安定していたが、二月一日夜に五二・〇度を記録。六日朝には七三度を超えた。

 保安規定では、温度計の誤差が二〇度あっても炉内を一〇〇度未満に保つため「八〇度以下」にするよう定めており、規定まで一〇度を切っている。

 このため、東電は原子炉への注水量を一気に増やし、再臨界防止のために中性子を吸収するホウ酸水も注入する方針を固めた。

 なぜ温度が上がり続けるのか。東電の担当者は「注水の流れに変化が生じ、うまく燃料付近に当たっていない」とみている。

 炉内の冷却は現在、通常運転時に用いる側面からの注水と、非常時用の上からスプレー状に水を注ぐ二通りの方法を使っている。このうち上からの注水を一月二十六日に行った注水ポンプ配管交換作業の際、約六時間ストップ。その影響で水の当たる場所がずれたとの見方だ。

 エネルギー総合工学研究所の内藤正則部長は「燃料を支える網目状の板に載っていた溶けた燃料の一部が原子炉の底に落ち、局所的に小山のようにたまって発熱量が増えたのでは」と推測する。

 東電は「汚染水は処理して循環させるので増えない」と説明。一方で、処理水が増えることで、処理施設のフィルターなど高濃度の放射性廃棄物が増えることを認めている。
2012年2月7日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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