日本軍の事務所だった建物が花蓮市により修復、公開されている。↑
庭には日本よリ持ち込まれた琉球松が「100年老松」として残っており、海が見渡せる高台にある。
この建物の2階では特攻隊員が出撃の前夜に盃を交わしたという。
東門夜市までは30分ほどなので歩くことにした。暫く行くと川の手前の建物で新婚カップルが記念写真を撮っていたので
覗き込むと新しい和風の建物で「将軍府」との赤い提灯が飾ってある。
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帰ってからネットで調べると、ここは日本軍士官の官舎だったところである。現在は花蓮市が古跡として管理している。
高級士官の一軒だけは復元して、資料館として公開している。この隣が中村大佐の官舎で、昔のままの家の上に大きな屋根で保護している。
復元費用が調達できないので一時的な処置をしている。
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道の反対側は一般士官の官舎で数軒が昔のままで残っている。当時のことを考えれば大きい一戸建てだ。
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将軍府の反対側は日本軍捕虜収容所、いまは憲兵隊本部である。川の向こうは花蓮の中心部になる、昔は中心部からきて軍隊橋と呼ばれた橋を
渡ると一帯が日本軍施設だったようだ。
街の中心部へ出て鉄道芸術村でSLの写真を撮り、
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東門夜市で夕食を食べた。
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翌朝はタクシーに乗って公正包子店へ、ここは24時間営業で花蓮で一番おいしいと評判の店、テイクアウトコ-ナーもあり地元の人が並んでいる。
名物の小籠包は1ケ18円、1ケから注文できるシステムだ。小籠包とはいえ小さな万頭くらいの大きさがある。
小籠包6ケ、麺を2杯、蒸餃子10ケで合計500円、とにかく安い。
タクシー代は往復で1,000円だった。
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店の近くを散歩していると昔からの市場があった。魚、肉、野菜の店があったが一番多い店は豚肉屋だった。店先で内臓を処理している、初めて見る光景だ。
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さらに街を散策していると車椅子に乗ったお爺さんが日本語で話しかけてきた。91歳で日本海軍に所属していたという。足は悪いが頭はしっかりしている。
熊本地震のことを気遣ってくれた。写真を撮らせてもらい日本に帰ってから絵葉書にして送った。