(治療目的の出国が認められず、病室で逮捕されたアロヨ前大統領 “flickr”より By theseoduke http://www.flickr.com/photos/theseoduke/6359279425/ )
【「(アロヨ氏は)クリスマスを監獄で過ごすことになる」】
フィリピンのアロヨ前大統領(現在は下院議員)が、治療のための出国を拒否され、07年の上院中間選挙で不正を行ったとして逮捕されました。
****フィリピン:アロヨ元大統領を逮捕…選挙妨害容疑****
フィリピンのマニラ首都圏パサイ地方裁判所は18日、07年の上院中間選挙で不正を行ったとして、当時の大統領で現下院議員のアロヨ氏(64)に対し選挙妨害容疑で逮捕状を発行。
国家警察がアロヨ氏が入院しているマニラ首都圏の病室内で逮捕した。
しかし、アロヨ氏は健康の問題を抱えているため、身柄拘束を見合わせ、地裁の判事が週明けの21日、病院を訪れて尋問し、身柄を拘束するかどうか改めて決定する。
アロヨ氏は頸椎(けいつい)疾患を抱えており、海外での治療を求め、フィリピンと犯罪人引き渡し条約を締結していない中米ドミニカ共和国などへの渡航を計画。この日夕のマニラ発シンガポール行きの便で出国する予定だった。
司法省によると、アロヨ氏は07年の上院中間選挙で、フィリピン南部ミンダナオ島のマギンダナオ州知事らに与党議員を当選させるため、野党議員の得票を少なくするよう、不正投票を指示した疑い。選挙管理委員会から告発を受けたパサイ地方裁判所が即日、逮捕状を発行した。
選挙の不正は組織的に行われ、集計用紙の書き換えや、野党支持者が投票所に入れないよう妨害したとされる。全国区で行われる上院選では、当時上院議員だったアキノ現大統領など当選した野党上院議員4人の同州での得票は0だった。
司法省は、選挙妨害容疑のほか、アロヨ氏が大統領の任期中に公金を自分の選挙に流用した容疑などでも捜査を進めている。
汚職の一掃を公約に昨年5月の大統領選で当選したアキノ大統領は「(アロヨ氏は)クリスマスを監獄で過ごすことになる」と話していた。【11月18日 毎日】
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アロヨ前大統領は07年の選挙妨害とは別に、国家警察のヘリコプター購入の際の不正などで告発されているほか、04年大統領選の得票水増し疑惑も浮上しています。
任期中から、いろいろな疑惑があったアロヨ前大統領ですので、叩けばいくらでも埃は出そうです。
なお、アロヨ前大統領の側近によると、同氏は頚椎の病気のため今年に入ってから3回手術を受けていますが、いずれも失敗に終わったとのことです。
アキノ現大統領は、昨年5月に行われた大統領選挙戦で、汚職疑惑が絶えなかったアロヨ政権を徹底的に批判し、大統領就任後はアロヨ氏や周辺の汚職の調査に真っ先に手をつけることを宣言、「汚職がなくなれば貧困もなくなる」と主張していました。
そして、当選後はアロヨ前大統領の汚職・不正を厳しく追及してきましたが、今回逮捕という公約実現で、失速気味の人気の回復につなげる狙いがあるとみられています。
【アロヨ氏の権力維持対策】
アロヨ前大統領は任期末期に、退任後の不正疑惑追及をかわすため、首相制度を導入して自分が首相に就くことを企てている・・・という噂もありましたが、大統領選と同時に行われた下院選に自ら立候補し、また、親族・側近を立候補させて権力維持を図っていました。
****フィリピン大統領:権力維持狙う…親族とともに下院選出馬****
フィリピンで(10年)5月の大統領選と同時に行われる下院選の選挙運動が26日に始まる。
下院選には、任期切れで退任するアロヨ大統領やその親族らが多数出馬し、アロヨ派は下院を制することで権力維持を画策しているとの見方が強い。これに対し、反アロヨ陣営は反発を強め、大規模な抗議行動も辞さない構えを見せている。
◇議長就任の観測
287議席を争う下院選には、任期(1期6年)満了で退任するアロヨ大統領のほか、長男や夫の兄妹など4人、側近の官房長官ら前閣僚6人が立候補する。現下院は269議席中、アロヨ氏の与党が過半数の144議席を占める。アロヨ派は選挙で勢力をさらに拡大させたい考えで、アロヨ氏が下院議長のポストに就くのでは、との観測もある。
今回の選挙では、初めて電子投票システムが導入されるが、テストのたびにトラブルに見舞われており、多くの地域で選挙が不成立となる懸念がある。一部地域で選挙が無効となった場合、正副大統領や同時に選挙が行われる上院議員が選出されない可能性がある。憲法では、正副大統領、上院議長が不在の場合、下院議長が大統領代行に就任すると規定されており、アロヨ氏が大統領代行に就任する可能性もある。
また、アロヨ氏の権力維持の布石と指摘されているのが、軍や司法機関への腹心の起用だ。アロヨ氏は今月、国軍の参謀総長に腹心で元大統領警護隊長を、国軍士官学校の卒業年次の序列を無視して抜てき。国軍の主要ポストにも次々と腹心を送り込んでいる。大統領府の副報道官は19日、「選挙が不成立の場合は暫定軍事政権も考えられる」とコメントし、不測の事態が現実味を帯びてきている。(後略)【10年3月25日 毎日】
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アロヨ前大統領は予想どおり下院選に当選しましたが、アロヨ氏側近の元閣僚6名のうち3名は落選しました。そして、アロヨ氏の不正追及を掲げるアキノ氏が当選した大統領選挙直後から、アキノ大統領とアロヨ前大統領の熾烈な戦いの第2ラウンドが始まりました。
****フィリピン:新旧攻防 アキノVSアロヨ政治生命かけ****
(10年)10日実施されたフィリピン大統領選で当選を確実にしたアキノ上院議員と、6月末で退任するアロヨ大統領の間で政治生命をかけた攻防が始まっている。
腐敗の一掃を掲げるアキノ氏は、アロヨ氏を名指しして不正疑惑の捜査を行うと表明。これに対し、アロヨ氏は司法トップの最高裁判所長官に腹心を据え、疑惑追及に抗戦する構えだ。
アキノ氏は選挙戦で、アロヨ氏を中心とする政権の汚職摘発を公約に掲げて圧倒的な支持を受け、勝利を確実にした。その後の会見でも、汚職の一掃を強調している。
一方、アロヨ氏は選挙直後の12日、最高裁長官の後任人事で腹心の判事を任命。汚職での訴追を逃れるための布石だとして、アキノ陣営を支援する市民団体は「新長官人事はアロヨ政権の行き過ぎた行為(汚職)に対する責任を隠そうとしている」と抗議している。(中略)
一方、フィリピンでは大統領の再選は禁じられているため、アロヨ氏は権力維持に向け大統領選と同時実施の下院選に出馬し、当選した。下院の過半数を自派で占め、自らは下院議長ポストを狙っているとみられている。
しかし、今回出馬したアロヨ政権の6閣僚のうち、中心人物のエルミタ前官房長官ら3人が落選した。これに対し、アキノ氏が事実上率いる政党は、他党との連携を模索すると同時に、アロヨ派の切り崩しを行い、下院でのアロヨ派支配に対抗している。(後略)【10年5月25日】
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フィリピン下院の勢力分布はよく知りませんが、今回、アロヨ前大統領が逮捕されたことからすると、アロヨ氏が目論んだ下院での勢力維持はうまくいかなかったということでしょうか。
【前任のエストラダ元大統領に続く逮捕】
なお、アロヨ前大統領の前任のエストラダ元大統領も巨額の公金横領罪で終身刑判決を受けていますが、6年半の拘束生活の後、07年10月、当時のアロヨ大統領によって恩赦が決定しています。
このときの恩赦は、アロヨ氏自身の不正疑惑追及からの保身を図るため、政治的影響力が大きいエストラダ氏と妥協したものと見られていました。
“恩赦は、自らの不正疑惑で揺れるアロヨ大統領の「保身策」とも指摘される。最近浮上した中国企業と政権幹部の癒着疑惑、大統領府から州知事らへの贈賄疑惑に加え、04年の大統領選の不正疑惑もくすぶる。
一方のエストラダ氏は、逮捕・軟禁下でも政界に影響力を持ち、5月の上院選では野党候補を大量に当選させた。10年の大統領選は再び、エストラダ氏の政治力が焦点となる。アロヨ氏は、エストラダ氏に恩赦を与えることで政治的な妥協の道を探った、との見方が強い。”【07年10月25日 朝日】
【民主主義の根幹】
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レイラ・デリマ法相は、マニラの裁判所がアロヨ氏に逮捕状を発行したことを受け、アロヨ氏はフィリピン国内で選挙妨害の容疑と向き合わねばならないと述べたとともに、事件はフィリピンの選挙制度だけでなく民主主義の根幹に関わるもので、フィリピン国民に正義がもたらされることを望むと語っていた。【11月19日 AFP】
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“民主主義”と“正義”は、単にアロヨ前大統領の処遇だけでなく、社会全体にはびこる汚職・不正体質の一掃にかかっていることは言うまでもありません。実現は困難な目標ですが・・・。