
(特別法廷でのヌオン・チア被告 旧ポル・ポト政権でナンバー2の地位にあった幹部です。“flickr”より By Extraordinary Chambers in the Courts of Cambodia http://www.flickr.com/photos/krtribunal/5403291235/ )
【求められる“「上」からの指示”の解明】
カンボジアの旧ポル・ポト政権時代(1975~79年)に起きた大量虐殺を裁くカンボジア特別法廷(ECCC)で、ジェノサイド(大量虐殺)や人道に対する罪、戦争犯罪などに問われている、政権ナンバー2だったヌオン・チア元人民代表会議議長(84)、ナンバー3のイエン・サリ元副首相(85)、その妻のイエン・チリト元社会問題相(79)、対外的な顔だったキュー・サムファン元幹部会議長(79)の元最高幹部4人の公判が今年6月27日に始まったことは、6月27日ブログ「カンボジア特別法廷 ポル・ポト派元最高幹部4人の初公判始まる」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110627)で取り上げたところです。(年齢は今年6月時点)
カンボジアの旧ポル・ポト政権(クメール・ルージュ)時代には、当時の人口の3分の1、あるいは4分の1にもあたるとされる150万~200万人の国民が虐殺されたと言われています。しかも、この大量虐殺は同じカンボジア人同士で行われました。
また、西洋文化はもちろん、都市生活や家族制度、貨幣経済など現代社会の根幹が否定され、極端な原始共産制的な社会が強制されるという異様さは前回ブログでも触れたところです。
多数の収容者が虐殺されたトゥールスレン政治犯収容所のカン・ケ・イウ元所長(68 通称ドッチ)は、自らの罪を認め謝罪していましたが、公判では“「上」からの指示によるやむを得ない犯行だった”と弁明、昨年7月に禁錮35年の有罪判決を言い渡されています。(その後上告し、今年3月30日に結審 最終判決はまだではないでしょうか?)
トゥールスレン政治犯収容所の所長という“目立つ立場”にはありましたが、カン・ケ・イウ元所長は組織的には中枢にはなく、彼の言う「上」の判断が明らかにされる必要があります。
ポル・ポト本人が死亡している現在、その「上」にあたるのが、政策決定に関与する立場にあった元最高幹部4人です。
【“「粛清」に抵抗しベトナムへ逃れた東部地域部隊の司令官”などの調査要求】
しかし、元最高幹部4人は罪を認めない姿勢を崩していません。
死んでしまったポル・ポトに全責任を押し付ける構えにも見えます。
また、過去の恩赦と時効、更に証人の選定を巡って、特別法廷で裁かれることの「不当性」を主張しています。
****ポト派元最高幹部の特別法廷 初公判終了 裁判の正当性めぐり応酬****
ヌオン・チア元人民代表議会議長(84)ら、元ポル・ポト派最高幹部の4被告に対するカンボジア特別法廷の初公判は(6月)30日、4日間にわたる審理を終えた。審理は主に弁護側が、過去に被告が有罪判決と恩赦を受けた事実などを持ち出し、特別法廷で裁かれることの「不当性」を論じ、これに検察側が反論するという構図で推移した。
◆恩赦と時効
人道の罪、戦争犯罪などに問われた被告の弁護側は、ベトナムがポル・ポト政権(1975~79年)を倒した後に樹立された親ベトナム政権下で79年、イエン・サリ元副首相兼外相(85)が、大量虐殺の罪で死刑判決を受けたことを指摘。「国際人権規約に照らし、同じ罪で2度裁かれるべきではない。そのことは本法廷にも適用される」と主張した。
これに対し、検察側は79年の裁判は欠席裁判であったことなどから「公平性といった、裁判の最も基本的な基準に合致したものではなかった」と特別法廷の訴追は正当だと反論した。
弁護側はまた、同被告が96年に恩赦を受けており、「一事不再理の原則に反する」と主張。検察側は「恩赦は将来の訴追をも妨げるものではない」とした。
弁護側はさらに、カンボジア刑法が定める10年の時効が成立していると強調。検察側は、時効を30年と規定した特別法廷設置法や、国連で68年に採択された戦争、人道犯罪に対する時効不適用条約の存在を指摘し、反駁(はんばく)した。
弁護側の結論は「根本的に不公正な裁判であり、公判を中断すべきだ」というもの。検察側は「被告は国際法を侵害し、カンボジア社会全体を破壊した。被告の犯罪を裁くことが特別法廷の義務だ」と訴えた。
◆証人の選定
30日の証人選定をめぐる審理では、ヌオン・チア被告の弁護士が(1)ポル・ポト政権時代とその前後におけるベトナム、米国の役割(2)米軍のカンボジア爆撃(70年代)(3)「粛清」に抵抗しベトナムへ逃れた東部地域部隊の司令官-などを調べるよう要請した。
その理由を「民主カンボジア(ポル・ポト政権)時代の決定の多くは、ベトナムと米国の役割を調査したときに理解される」と説明。「見せ物ではない真の裁判を望んでいる」と付け加えた。
キュー・サムファン元国家幹部会議長(79)は「すべてを知っているわけではないが、何が起こったのか理解するために協力する。このときを待っていた」と初公判で初めて発言した。一方で「私にとり最も重要な証人が認められていない。法廷は適切、公正さを欠いている」と非難した。
4被告はいずれも高齢で、数年を要する裁判は時間との戦いでもある。キュー・サムファン被告のかつての弁護士、サ・ソバンさんは「もし彼が犯罪に関与していたのであれば、真実を語ってほしい。私はそれを冥土のみやげに持っていく」と話した。【7月1日 産経】
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ヌオン・チア被告側が調査を求めている“「粛清」に抵抗しベトナムへ逃れた東部地域部隊の司令官”というのは、現在の首相であるフン・セン首相を念頭に置いたものでしょう。
かつてはクメール・ルージュの一員だったフン・セン首相は、こうした形ですねの傷を探られるのを嫌い、特別法廷が拡大することに消極的だとみられています。
【4被告はいずれも高齢のため裁判は時間との闘いとなる】
認知症を訴えているイエン・チリト被告を除く3名の公判が、今月21日から本格化しています。
****ポト派元最高幹部の本格審理開始、カンボジア特別法廷****
2011年11月21日 20:21 発信地:プノンペン/カンボジア
カンボジアの旧ポル・ポト政権時代(1975~79年)に起きた大量虐殺を裁くカンボジア特別法廷(ECCC)は21日、元最高幹部3被告の公判を開き、冒頭陳述を行った。
政権ナンバー2だったヌオン・チア元人民代表会議議長、ナンバー3のイエン・サリ元副首相兼外相、キュー・サムファン元幹部会議長の3被告は、多数の傍聴人が入ったプノンペンの法廷で語られる言葉を、真剣な面持ちで聞いていた。3被告はジェノサイド(大量虐殺)、戦争犯罪、人道に対する罪の起訴事実を否認している。
特別法廷の広報担当者、ラルス・オルセン氏は「ついに本格的な審理が始まったことを告げる重要な節目だ」と語った。「多くの人が、(裁判が)行われることはないだろうと思っていた」
同法廷に起訴された唯一の女性幹部で、ポル・ポト政権の「ファーストレディー」と呼ばれていたイエン・チリト元社会問題相は前週、認知症のために公判に耐えられないと判断され、判事らはチリト被告の釈放を命じていた。しかし検察側が不服申し立てを検討していることから、チリト被告の勾留は続いている。検察側の不服申し立ての検討には2週間かかるとみられている。【11月21日 AFP】
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“裁判は21日から本格審理入りし、22日は弁護側が冒頭陳述。ヌオン・チア被告は裁判が対象とするポル・ポト政権時代だけでなく、ポト派が倒した親米ロン・ノル政権時代や、ベトナムの侵攻によるポル・ポト政権崩壊以後にも目を向ける必要があると強調、ベトナムや米国に対する非難を2時間近くにわたり繰り返した。
首都からの住民強制移住については、首都の食料不足やベトナムのスパイを監視するためだと主張。貨幣廃止は外部の敵対勢力による買収の防止などが理由だったと述べた。”【11月22日 産経】とのことですが、首都からの住民強制移住が食料不足のためとは考えられないことは、6月27日ブログでも触れたところです。
“元最高幹部4人に対する今回の裁判は国内外の関心も高いが、現場で収容者虐待に直接関わり罪を認めた元所長に比べ、政権中枢にいた4人の有罪の立証は困難を伴う。判決までに数年はかかる見通しで、4被告はいずれも高齢のため裁判は時間との闘いとなる”【6月27日 毎日】ということで、“時間との闘い”が予想されています。