(7日、ロシア第2の都市サンクトペテルブルク郊外で開催された上海協力機構(SCO) 前列中央のプーチン首相、その左隣に中国・温家宝首相 “flickr”より By Karim Massimov http://www.flickr.com/photos/karimmassimov/6322390502/ )
【欧州市場で資源供給国としての信頼とシェアを確保する狙い】
欧州は主要なエネルギーである天然ガス輸入の約4分の1をロシアに依存しています。その欧州向け天然ガスの8割はウクライナを経由しています。
このことは、パイプラインの中継国であるウクライナとロシアの間の価格交渉のもつれでガス供給が停止するという不安定要素となっていました。
この不安定要素を取り除くひとつの方法として建設が進められてきた、ロシアとドイツを海底パイプラインでつなぐ「ノルド・ストリーム」がきょう8日に稼働します。
****露、ガス供給 欧州掌握狙い 中継国回避、新パイプラインきょう稼働****
ロシアからドイツに天然ガスを輸送するバルト海底の新パイプライン「ノルド・ストリーム」(北ルート)が8日、稼働する。
ソ連時代からの基幹送ガス管が通るウクライナなど中継国を回避し、ロシアから欧州諸国に直接、ガスを送る新たな供給路だ。ロシアは過去にウクライナとの対立から欧州向けガス供給を停止して国際的な批判を浴びた経緯があり、欧州市場で資源供給国としての信頼とシェアを確保する狙いがある。
北ルートはロシア北西部とドイツ北東部を結ぶ約1220キロで、主に西欧諸国向けにガスを輸送する。露国営天然ガス企業「ガスプロム」が51%、残りをドイツ、フランス、オランダ企業が出資して敷設された。
8日には、メドベージェフ露大統領やメルケル独首相らが出席し、ドイツ側で稼働式典が行われる。
北ルートの輸送能力は来年、第2送ガス管の併設が完了すれば年間550億立方メートルに倍増する予定。露ガスプロムが昨年、ドイツに供給した350億立方メートルを大きく上回る規模となる。
北ルートが実現した背景には、ロシアとウクライナの間で2006年と09年に起きた“ガス紛争”がある。ロシアは当時、ガス価格引き上げをのまないウクライナの親欧米政権を懲罰しようとしたが、同国経由の送ガス管を使う欧州諸国にも大きな影響が出てロシアの信用は失墜した。ロシアとしては、近隣国との関係で天然ガス輸出の8割を占める欧州市場まで失うのは得策でない。ロシアは中継国回避の必要性を強調し、欧州連合(EU)側も安定供給を望んだことから北ルート建設に弾みがついた。
また、ロシアには近年、EUがアルジェリアなどからの液化天然ガス(LNG)調達を増加させ、ロシア産天然ガスのシェアが輸入の約26%まで低下しているとの懸念材料があった。欧州で天然ガスの一種「シェールガス」の開発が本格化すればロシアの存在感はさらに低下するため、新送ガス管で長期的に欧州市場を掌握する狙いがある。
だが、北ルート敷設では利害の一致を見たロシアとEUも、今後の方針をめぐっては思惑が食い違う。
EUはエネルギー安全保障の観点から資源供給元の多様化を目指しており、ロシアを迂回(うかい)して中央アジアや中東諸国の天然ガスを南・東欧に輸送する新送ガス管「ナブッコ」を計画。欧州市場での立場を強めたいロシアは自国から黒海海底を経由して競合する送ガス管「南ルート」の計画を打ち出し、EU構想を切り崩すべく激しい駆け引きを続けている。
北ルートをめぐっては、EU内でも既存の送ガス管でロシアにガス供給の命運を握られ続けるバルト三国やポーランドから「欧州分断策だ」と警戒の声が上がってきた。ウクライナも「独占的中継国」の立場を利用してロシアの圧力に抵抗することが難しくなるため、旧ソ連・東欧諸国でのエネルギー安保をめぐる議論が注視されている。【11月8日 産経】
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“ロシア産天然ガスのシェアがEU輸入の約26%”というのは、思ったより少ない感もありますが、東・中欧諸国ではもっと大きな数字になるのでしょう。
なお、上記記事にある“天然ガスの一種「シェールガス」”については、7月21日ブログ『「脱原発依存」で注目される「シェールガス」』(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110721)で取り上げたところです。
【EUは資源供給元の多様化を目指す】
欧州の戦略の基本は、ロシアに過度に依存しない資源供給元の多様化です。
欧米が資源供給元多様化として進める「ナブッコ」と、これに対抗してロシアが進める「サウス・ストリーム」(南ルート)の競合については、「ナブッコ」側はガス供給元の確保で困難に直面していましたが、今年1月にアゼルバイジャンからの供給の約束を取り付けたと報じられています。
****EU:エネルギー分野統合に本腰 露依存を軽減****
欧州連合(EU、加盟27カ国)がエネルギー政策分野の統合に本格的に乗り出す。ガス・電気の域内市場を統一、パイプラインの整備を通じて天然ガスの調達先と輸送路の多様化を図ることで、ロシア依存の軽減を目指すというもの。2月4日のEU特別首脳会議で統合推進の方針を打ち出す見通しだ。
EUの行政府・欧州委員会は昨年11月、(1)域内エネルギー網の整備などに1兆ユーロ(約110兆円)を投じ、15年までにエネルギー分野の統合市場を形成する(2)ロシアなどエネルギー供給国への対応をEUレベルで統一する--ことを提案した。エネルギー政策で加盟国の足並みをそろえ、安定供給体制を確立するのが目的だ。
EUは天然ガス消費量の4分の1をロシアからの輸入に依存しており、エネルギー安全保障の観点から調達先の分散を急いでいる。バローゾ欧州委員長は13日、アゼルバイジャンを訪れ、アリエフ大統領から、カスピ海の天然ガスをロシアを経ずに欧州に運ぶパイプライン群「南ガス回廊」へのガス供給の約束を取り付けた。
「南ガス回廊」の中核は、トルコとオーストリアをつなぐ「ナブッコ・パイプライン」。16年までに完成すれば年間最大310億立方メートルのガスを輸送できる。アゼルバイジャンが開発中のシャーデニス・ガス田は16年に年間160億立方メートルのガス生産が見込まれ、「ナブッコの操業開始には十分」(EU筋)だ。
一方、ロシアはこれまで主にウクライナ経由で欧州向けガスを輸出してきたが、近年、ウクライナとガス価格を巡る「ガス紛争」が相次いだ。このため、ウクライナを迂回(うかい)してロシア産ガスを黒海経由で欧州に運ぶ「サウスストリーム・パイプライン」の建設を計画している。サウスストリームはEUの推進するナブッコとライバル関係にある。
だが、サウスストリームにはイタリアの石油・ガス会社ENIが参加しており、ブルガリア、ハンガリーもパイプラインの領内通過を認めるなど、欧州は一枚岩ではない。EUがエネルギー政策の統合を急ぐのは「ロシアのパイプライン外交でEU加盟国を一本釣りされるのを防ぐ」(EU筋)ためだ。(後略)【1月18日 毎日】
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その後はの様子はよく知りませんが、「ナブッコ」着工は11年末から13年に延期されています。いろいろ問題も多いようです。
****ナブッコパイプラインの着工、11年末から13年に延期 *****
ナブッコ・ガス・パイプラインは5月6日、カスピ海沿岸と欧州を結ぶパイプライン計画「ナブッコ」の建設開始を、これまでの2011年末から13年に延期すると発表した。また、同プロジェクトの展望は明るく、ガス供給先との交渉は有望だとしつつも、最初のガスがパイプラインを通過するのは17年になるだろう、との見通しも示した。【5月17日 JETRO 通商弘報】
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【サハリンからのSKVパイプライン開通】
一方、ロシアは、「ノルド・ストリーム」(北ルート)「サウス・ストリーム」(南ルート)といった欧州向けだけでなく、中国や北朝鮮、韓国への供給も視野にいれ、アジア太平洋国家として「東」にもガス供給の展開を図っています。
****ガス延伸、東向くロシア パイプライン、ウラジオに****
ロシア極東ウラジオストクで8日、サハリンから天然ガスを運ぶパイプラインの開通式典があった。ハバロフスク経由で総延長1800キロ。中国や北朝鮮、韓国への供給も視野にいれる。アジア太平洋国家として「東」を目指すロシアのエネルギーや安全保障政策を支える。(中略)
プーチン首相はあいさつで、ロシア西部からドイツへガスを直送する海底パイプライン「ノースストリーム」が6日に開通したことに触れ、「一昨日は欧州への新しい輸出ルートが開かれた。今日はそれに劣らぬ重要な出来事だ。エネルギーは発展の基礎だ」と強調。ガスの輸送開始を指示するボタンを押し、黄色いガス管にサインを書き込んだ。
サハリン―ハバロフスク―ウラジオストクの頭文字をとったSKVパイプライン。政府系ガス企業「ガスプロム」によると、供給能力は年間60億立方メートルで、最終的には300億立方メートルに拡大するという。
東シベリアにある未開発のチャヤンダ・ガス田からのパイプラインと合流させる構想もある。「大国」となった中国との関係強化の呼び水にする思惑があるとみられる。
ロシア政府は07年に「東シベリア・極東のガス生産・輸送・供給の統一化」計画を策定した。欧州だけでなく、世界経済の軸に育つ中国などへの輸出を意識してのことだ。SKVパイプラインはさらに、ウラジオストクから北朝鮮を経て韓国に至るパイプライン構想ともつながる。
メドベージェフ大統領は8月、9年ぶりにロシアを訪問した北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記との会談でも協力関係を確認。南北関係次第で韓国にはパイプラインでなく液化天然ガス(LNG)輸送船を使う可能性も高いが、朝鮮半島との経済関係を深める布石となる。
ウラジオストクでは現在、日本企業も参加してガスの液化工場をつくる事業の採算性調査を進めている。サハリン南端からのルートに加え、ここにもLNGの積み出し基地ができれば「出口が増え、日本も輸入がしやすくなる」とされる。
ただ、サハリンからガスを十分に供給できるのかとの懸念も出ている。ガスプロムは、14年に生産開始予定のサハリン3の鉱区を供給源の一つとしているが詳細は未公表。最終的な建設費用が約5千億ルーブル(約1.4兆円)になるとの見通しもあり、採算面の疑問も残っている。(後略)【9月9日 朝日】
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今月初めにはメドベージェフ大統領と韓国・李明博大統領が会談し、ロシアから北朝鮮経由で韓国に天然ガスを供給するパイプライン計画推進で合意しています。
****露韓パイプライン、ガス供給2017年にも****
ロシアのメドベージェフ大統領は2日、訪露中の韓国の李明博大統領とサンクトペテルブルクで会談し、北朝鮮の核問題や両国関係の強化策について協議した。
両大統領は、ロシアから北朝鮮経由で韓国に天然ガスを供給するパイプライン計画の推進を確認し、2017年にも供給を開始することになった。
韓国大統領府によると、李大統領は会談で「北を通過するガス管の安全性には憂慮も多い」と指摘しており、北朝鮮が供給を妨害した場合の対応についても協議したとみられる。【11月3日 読売】
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ロシア・プーチン首相は、経済危機で混乱する欧州、大統領選挙で苦戦するアメリカ・オバマ政権を尻目に、上海協力機構(SCO)首相会議で、SCOを「世界の経済、政治機構の基本的組織の一つに変える」としています。
****上海協力機構:世界的政経機構へ改革を…プーチン露首相****
中露と中央アジアの計6カ国で組織する上海協力機構(SCO)は7日、ロシア第2の都市サンクトペテルブルク郊外で首相会議を開催、プーチン・ロシア首相は、世界経済が困難な状況にある今こそ、SCOの機能を新しい水準に引き上げ「世界の経済、政治機構の基本的組織の一つに変える」ことが欠かせないと指摘した。ロシアメディアが報じた。
一方、中国の温家宝首相は、ユーラシア大陸を横断する石油パイプラインや送電線、道路の建設のため、関係各国に有利な条件で融資を提供する用意があるとの考えを示し、財政面からも組織の結束強化を図る姿勢を見せた。【11月8日 毎日】
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天然ガスはこうしたロシアの世界戦略の要ですが、逆に、資源依存から抜け出せないロシアの象徴でもあると言えます。豊富な資源は、その国の将来へ向けた選択肢の幅を狭め、改革への努力に水を差すことにもなりかねません。