孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ  エルドアン大統領の強権的政治で深まる国内の“分断” 対外的プロブレムも

2017-07-08 22:46:43 | 中東情勢

(「トルコは分断させない」と支持者に訴えるエルドアン大統領【6月23日 TRT】 大統領の目には支持者だけが国民として映っているようにも・・・)

【“分断”を招いているのは・・・
トルコ政府系メディアは、先月に行われたエルドアン大統領の演説を以下のように報じています。

****エルドアン大統領 「トルコは分断させない****
レジェプ・ターイプ・エルドアン大統領は、誰かにトルコを分断させはしないと述べた。

エルドアン大統領は、シャンルウルファ県ジェイランプナル市で出迎えてくれた人々に演説し、
「我々はこの国民を、アラブ人を、クルド人を愛している。我々は1つの国民である。トルコ人、クルド人、ラズ人、ボシュニャク人、アラブ人と共に8000万人の1つの国民である。79万平方メートルのこの領土は我々の祖国である。この地を誰にも分断させたことはないし、これからもさせない。ガバルならガバル、ジュディならジュディ、テンドゥレクならテンドゥレクなどどこにでも我々は参上する。トルコ共和国以外の国家は認めない。」と述べた。

エルドアン大統領は、シャンルウルファ県でシリア人に示されているもてなしの心に対しても感謝した。

エルドアン大統領はまた、アクチャカレでも演説し、
「シリア北部でテロ組織PYDとYPGがあがいている。テロ組織と共に誰がいようと、背後に誰がいようと、トルコ共和国は軍と共にあらゆる機会を駆使してシリア北部に国家が樹立されることを決して容認しない。」と述べた。【6月23日 TRT】
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上記演説で出てくるガバル、ジュディ、テンドゥレクという地名は、クルド系反政府武装勢力PKKの拠点としてトルコ軍が攻撃を行ったところのようです。

「トルコは分断させない」「我々は1つの国民である」・・・・まっとうな発言ではありますが、実際のところ、エルドアン大統領によるギュレン支持者、クルド系の反政府勢力及び野党、更には政府に批判的なジャーナリスト等に対する容赦ない弾圧で、まさにトルコ国内が“分断”状態に陥っていることは、これまでも取り上げてきたところです。

従来から強権的姿勢については批判がありましたが、特に、クーデター未遂事件以降は、支持者以外は自分を狙う“敵”に見えるようです。“こんな人たち”の存在が許せない・・・ようにも。

昨年11月にクルド系有力野党の国民民主主義党(HDP)の共同党首、デミルタシュ氏とユクセクダー氏ら同党国会議員11人を拘束したのに続き、12月には更に大規模な粛清を実施しています。同じクルド系のPKKとの関係を疑ったものと思われます。

****トルコ、クルド系野党の118人拘束 PKKと関連か=国営通信****
トルコの警察当局は、少数派民族クルド人の武装組織「クルド労働者党(PKK)」との関連が疑われるとして、クルド系有力野党の国民民主主義党(HDP)の幹部ら118人を拘束した。国営のアナドル通信が12日、伝えた。

イスタンブールのサッカー場の近くで起きた、38人が死亡し155人が負傷した2回の爆弾攻撃に対し、PKKの分派とされる組織が11日に犯行声明を出したことを受けて、当局が全国規模の一斉捜査を実施した。

同通信によると、南部アダナで夜明け頃、装甲車両やヘリコプターの支援を受けた警官約500人が捜査を開始、HDPの幹部25人を拘束した。

イスタンブールや首都アンカラでは、地元幹部を含む20人と17人がそれぞれ拘束されたほか、南部メルシンで51人、北西部マニサ県で5人が拘束されたという。

議会の第2野党であるHDPの党首らは、PKKと関連した疑いですでに収監されている。【2016年12月12日 ロイター】
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最大野党党首の抗議行進がイスタンブールへ
エルドアン政権の攻撃は最大野党・共和人民党(CHP)にも向かっています。

こうした政権による国内を“分断”する大規模粛清が続く中で、CHP党首クルチダルオール氏が首都アンカラから最大都市イスタンブールへと歩く抗議のデモ行進を行っており、エルドアン大統領の神経を逆撫でしているようです。

抗議行進のきっかけは、CHPの議員が、トルコ情報当局に関する情報をメディアに漏らしたとしてスパイ容疑で逮捕され、禁錮25年の判決を受けたことです。

****トルコ大統領、弾圧抗議の野党行進に苛立ち *****
反政権勢力への大規模な弾圧を続けるトルコのエルドアン大統領が最大野党・共和人民党(CHP)が始めたデモ行進にいら立ちを募らせている。

同僚議員へのスパイ罪での実刑判決に抗議するため、首都アンカラから最大都市イスタンブールへと歩くクルチダルオールCHP党首を「嘘つき」など激しい表現で非難。行進が大規模な反政府運動へと発展することを懸念しているもようだ。
 
「政府が裁判所に指図していることを証明すれば辞任するのか」。20日、アンカラ郊外の屋外で同僚議員や支持者を前に演説したクルチダルオール氏はエルドアン政権が司法を影響下に置いていると批判した。
 
エルドアン氏は同日夜の夕食会で「(クルチダルオール氏は)嘘を作り出す機械だ」と反撃した。別の機会には「司法の呼び出しを受けても驚くな」などと脅迫じみた発言も飛び出していた。
 
68歳のクルチダルオール氏が夏場に400キロメートル以上の行進を開始したのは15日。政党の旗は用いず、白いシャツ姿で「正義」と書かれたプラカードを掲げる。多い日には数千人の支持者が加わり、呼応したデモ行進が別の都市でも始まった。
 
トルコは7月15日、昨夏に軍の一部が起こしたクーデター未遂事件から1年を迎える。エルドアン政権は事件直後に発令した非常事態宣言を維持し、約15万人の公務員や軍人らを解雇・停職した。1万6千人の裁判官や判事のうち4人に1人が職を追われた。恣意的な捜査や判決が横行しているとの批判が根強い。
 
クーデター未遂事件はエルドアン氏の呼び掛けに応じた多数の市民が街頭に繰り出したことで早期の制圧につながった。しかし政権側は「正義は路上では追求できない」(ユルドゥルム首相)などと野党の抗議には取り合っていない。
 
エルドアン氏は過去の総選挙や大統領選で勝利を重ね、大統領権限集中の改憲の是非を問う4月の国民投票も僅差で承認に持ち込んだ。これらの勝利を盾に強権統治を正当化、国民の分断が深まっている。
 
2013年にはイスタンブール中心部の再開発問題をきっかけに全国的な反政府運動が発生した。エルドアン氏はデモ隊の強制排除で乗り切ったが、政権基盤を脅かされた苦い記憶がある。今回のデモ行進が同様の事態につながる可能性を懸念しているもようだ。【6月22日 日経】
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クルチダルオール氏の行進に対し、政権側は「テロリストと共闘している」と激しく非難しています。

****正義の行進」で政権に抗議=野党党首、徒歩で450キロ―トルコ****
クーデター未遂事件から間もなく1年を迎えるトルコで、強権姿勢を強めるエルドアン政権に抗議するため、最大野党の中道左派・共和人民党(CHP)の党首らが、首都アンカラから最大都市イスタンブールまで歩く「正義の行進」を行っている。

行進は9日に終わる予定だが、政権は「テロリストと共闘している」と反発、両者の激しい衝突を招く可能性もある。(中略)

同党支持者以外にも共鳴の輪が広がり、ロイター通信によれば、参加者は7日時点で約5万人に膨らんだ。最終日の9日には、イスタンブールの刑務所の外で大規模集会が行われる予定だ。
 
昨年7月15日に起きたクーデター未遂事件後、非常事態宣言下で約5万人が逮捕されたが、CHP議員の逮捕は今回が初めてだった。クルチダルオール党首は「国会の全権力はエルドアン氏に移譲された。トルコは民主主義を失いつつある」と述べ、行き過ぎた権力集中に警鐘を鳴らした。
 
しかし、エルドアン大統領は「テロリストやその支持者を守るために抗議を始めたのならば、目的が正義だと説得することはできない」と批判。ユルドゥルム首相も「街頭で正義は見つからない。やめるべきだ」と警告している。【7月8日 時事】 
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【「無人ビラ撒きプリンター」も
エルドアン政権への抗議は「大統領侮辱罪」での逮捕につながることも考えられますので、抗議活動のなかには奇抜なものもあるようです。

****トルコの反政府活動家、苦肉の策の「無人ビラ撒きプリンター****
<エルドアン大統領の強権体質に抗議するビラ捲きで、活動家がまんまと逃げおおせた仕掛け>

トルコのイスタンブール警察は現在、あるドイツ人活動家を捜索している。ホテルの一室の窓から、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領に対する抗議活動を呼びかけるビラを撒いた容疑だ。部屋からは、ビラを印刷したプリンターが発見されている。

ドイツのウェブサイト「Bento」によると、そのビラには、「仲間が殺されたり、投獄されたりするのを許すような、意志のない追随者になるな」と書かれていたという。また、「力を合わせれば、我々はどんな体制よりも強くなれる。独裁者に死を!」とも書かれていたようだ。

ビラが撒かれたのは2017年7月1日の朝のことで、ホテルの従業員がすぐ警察に通報した。

イスタンブールのタクシム地区にあるそのホテルの一室は、26歳のドイツ人セバスティアン・エンデンの名前で予約されていた。

「センター・フォー・ポリティカル・ビューティー」(ZPS)に所属するあるドイツ人活動家がBentoに語ったところによると、今回の行動は同組織によるものであるようだ。ZPSは、政治的積極行動主義に基づく抗議行動を展開しており、過去にも「独裁政権」に反対してビラを配布するキャンペーンを呼びかけている。

エルドアンは最近、トルコ野党と欧州連合(EU)加盟国から激しい批判を浴びている。2016年7月に起きた「軍事クーデター」失敗の後、急速に独裁色を強めつつあるからだ。ない

警察は、何百枚も通りにばらまかれたビラの出所が、遠隔操作されたプリンターであることを突き止めたという。トルコの日刊紙デイリー・サバーによると、印刷機はホテルの部屋の窓際に置かれ、印刷されたビラが通りに撒かれる仕掛けになっていた。(中略)

エンデンの容疑は不明だが、トルコでは「大統領侮辱罪」に対して最高で4年の実刑判決が待っている。

トルコ検察当局は、2014年8月の大統領就任から2016年半ばまでの間に、エルドアンを侮辱した容疑で市民約2000人が起訴されている。被告人のなかには元ミス・トルコや学生、学者、メディア関係者なども含まれている。【7月5日 Newsweek】
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悪化する欧州との関係
犯行に及んだ者はトルコ系ドイツ人ということでしょうか。

欧州にとっては中東・アフリカからの難民問題でトルコの協力が不可欠であるという事情がありますが、また、ドイツのように国内にトルコ系移民を多数抱えている国も多いなかで、エルドアン政権の強権的政治姿勢に対しては欧州各国は不信感を強めています。

大統領権限集中の改憲の是非を問う4月の国民投票の際も、トルコ政府閣僚の欧州でのトルコ人集会への参加が拒否されたりして、欧州各国とトルコの関係がギクシャクしていましたが、ドイツで現在開催中のG20に参加するエルドアン大統領がドイツ在住のトルコ人の集会で演説をしようとしたところ、ドイツ政府から拒否されるといった事態にもなっています。

ドイツとしては、エルドアン大統領への不信感もありますし、トルコ国内の“分断”をドイツ国内のトルコ系住民のなかに持ち込まれては困るという事情もあるでしょう。

そうした良好とは言い難い雰囲気のなかで、ドイツではエルドアン大統領への過激な抗議行動も。

****エルドアン氏殺害で賞品? 芸術作品めぐりトルコがドイツに抗議****
トルコ政府は4日、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領らを殺害すれば賞品として車を与えると訴えた芸術作品を、ドイツの首都ベルリンの首相官邸前に設置することを許可したとして、ドイツ政府に正式に抗議した。
 
問題の作品は3日にアンゲラ・メルケル独首相の官邸前に設置された。高級自動車メーカー「メルセデス・ベンツ」のCクラスが置かれ、その前に張られた横断幕には「この車が欲しい?独裁者を殺せ!」と書かれたメッセージとともに、エルドアン大統領、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、サウジラビアのサルマン国王の姿が描かれている。

作品を制作したのはフィリップ・ルッホ氏が率いる芸術集団「センター・フォー・ポリティカル・ビューティー」。この団体は難民政策に抗議してベルリン中心部にトラ4頭を展示するなど、これまで様々な活動を行ってきた。
 
トルコ外務省は声明で、「ベルリンの首相官邸前に設置された作品を強く非難する」と発表。また「横断幕は暴力を直接的に扇動するもの」だと主張し、事態を収拾するために必要な措置を講じるようドイツ当局に求めた。
 
横断幕に描かれた指導者3人は全員、ハンブルクで7~8日に開かれる主要20か国・地域(G20)首脳会議(サミット)に参加する予定だったが、サルマン国王は出席を取りやめている。【7月5日 AFP】
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この横断幕が現在どうなったのかは知りません。日本なら、即座に撤去されるでしょうが。

もともとエルドアン大統領は、当初はイラン・ロシア・アルメニア・中国など、EU諸国以外の国々とも関係強化を図る、「ゼロ・プロブレム外交」と呼ばれる全方位外交を展開していました。

しかし、現在は上記のような欧州との対立に加え、冒頭演説にもあるシリアのクルド人勢力に関しては、今後支援するアメリカとの間で綱引きが予想されます。

更に、昨日ブログで取り上げたカタール断交問題では、サウジアラビアなどのアラブ諸国と対立する形にもなっています。

「ゼロ・プロブレム外交」どころか、周囲はプロブレムばかり・・・といった状況。
更に、国内にはイスラム過激派やPKKのテロに加えて、野党勢力との対立など“分断”が進行・・・ということで、内外ともに課題山積です。

そういう状況なので、エルドアン大統領のようなタフで強気な指導者でないとリードできない・・・と言うべきか、エルドアン大統領のような強引な政治手法なので、多くの課題が内外に生じていると言うべきか・・・・。

個人的には、後者の側面が強いように思っていますが。
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カタール断交問題  トルコも標的? 過激派支援の元凶は? 情報統制のためのアルジャジーラ閉鎖要求

2017-07-07 22:13:33 | 中東情勢

(断交したカタールへの対応について協議するサウジアラビア、UAE、バーレーン、エジプトの外務相ら=5日、エジプト・カイロ【7月7日 SankeiBiz】)

【「若干の値上げはあるが、何とか耐えられる程度だ」】
中東カタールがサウジアラビアやUAE、エジプトなど近隣諸国から国交を断絶されて1か月近くが過ぎましたが、事態は膠着しています。

まず気になるのは、食料・日用品の多くを輸入に頼っているカタールの市民生活はどうなっているのか?・・・というところです。

下記記事はそのあたりを報じたもので、タイトルには「悪夢」という刺激的な言葉ありますが、イラン・トルコの支援もあって、値上げなどの不満はあるものの全体的にはパニックを呼ぶような事態にはなっていない・・・・という印象を受けました。

****カタール断交1か月、市民生活に広がる「悪夢****
ペルシャ湾岸のカタールが近隣諸国から国交を断絶されて1か月近くが過ぎた。住民らは、断交下での日常生活への適用を余儀なくされている。
 
野菜や牛乳はイランやトルコからの輸入品を買わざるを得ず、人々は生活必需品の値上げに不満を漏らしている。また近隣諸国の大半がカタール航空の領空通過を拒否していることから、国際線のフライト時間が通常より長くなるという事態にも直面している。
 
首都ドーハのスーパーマーケットで買い物をしていた男性は、「政府が代替品を用意してくれているので、(商品不足の)問題はない。若干の値上げはあるが、何とか耐えられる程度だ」と話した。とはいえ自分も家族も買い物を減らさなければならないのは事実であり、「教訓を生かして消費を減らしている」と認めた。
 
サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、エジプトの4か国は先月5日、カタールが過激主義を支援しているとして断交に踏み切り、同国をたちまち孤立させた。

カタール側はそのような事実はないと否定したにもかかわらず、サウジアラビアとその賛同国はカタールとの空路と海路を遮断した上、唯一陸続きの国境も封鎖。カタールは食料品も含め、輸入に不可欠な経路を断たれてしまった。
 
外交危機という側面が大きいとはいえ、その影響の一部は同国で暮らす人々の生活にも徐々に広がりつつある。
 
物資不足への不満も募ってきている。好みの食べ物が買えないというだけでなく、例えば自動車の交換用フロントガラスなど、普段そこまで気にしていないがないと困るという物品も手に入らなくなっている。
 
インド出身のある露天商は、「国境封鎖後に値段が跳ね上がった、特にルッコラやパセリ、セイヨウアサツキはひどい」と語った。

■外国人居住者にとって「悪夢」
個人にはさほど影響しない問題と思われるかもしれないが、カタールで暮らす270万人のうち約9割が外国出身者で、断交は市民生活に重くのしかかってきている。レバノンからの駐在員の女性は、「断交は悪夢。早急に解除されるよう願っている」と述べた。
 
中でも夏季休暇を国外で過ごそうとする人にとって、問題は明白だ。あるヨルダン人男性は、断交による飛行規制により同国首都アンマンからドーハに行くのにオマーンのマスカットを経由しなければならず、「乗り継ぎに6時間かかった」と嘆いた。
 
人道上の問題も生じている。湾岸諸国が自国内に暮らすカタール人に対して出国を命じると同時に、カタールにいる自国民に帰国を要請したことは多大なる影響をもたらしている。
 
カタールの国家人権委員会(NHRC)は、1万3300人以上が「直接的な影響」を被っていると指摘。UAEに夫と子どもと暮らしているカタール人女性が、UAEからの出国を命じられたとの報告もある。(後略)【7月6日 AFP】
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人の移動が制約されていることは大きな問題ですが、パセリ、セイヨウアサツキや値上がりしようが、フライト乗継時間が長くなろうが、そのくらいなら・・・といったところでしょうか。

これまでのところの最大の被害者は、6月5日の断交開始によって国境が封鎖され、放牧先のサウジアラビアからカタールへ戻れなくなったラクダたちではないでしょうか。

そのラクダたちも、サウジ・カタールの非公式折衝でなんとか戻ることが許されたようです。
“サウジから戻れなくなっていたラクダやヒツジなど計1万2000頭が20日、ようやく帰国を果たした。ただ、疲弊して砂漠で死んだラクダも少なくなかったという。”【6月21日 時事】

もちろん、長期化し、対応が拡大していくと、市民生活への、また、関係国・世界経済への影響も大きくなります。

【「13項目」要求には“トルコ軍基地の閉鎖”も
カタールのテロリストへの資金援助やイランとの関係を批判して行われた断交ですが、その背景等についてはこれまでも取り上げてきたところです。

6月7日ブログ“アメリカ・トランプ大統領の“軽すぎる”言動 独自の道を模索し始めた同盟国
6月14日ブログ“カタール断交問題 独自外交のカタール それを許さない中東世界の現実 火をつけたトランプ外交
6月19日ブログ“カタール・サウジアラビアの断交問題 アフリカ・アジアへも影響拡大

サウジアラビアなどが突き付けた13項目の要求については、内容は公開されていませんが、多くはリークされる形で以下のように伝えられています。

****要求の主な内容****
・カタールを拠点とする大手衛星テレビ局アルジャジーラの閉鎖。近隣諸国は以前から同局が中東地域の対立をあおっていると非難してきた。
・ムスリム同胞団、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」、国際テロ組織アルカイダ、イランが支援するレバノンのイスラム教シーア派原理主義組織ヒズボラとの関係断絶
・カタール国内にいるサウジなど4か国の反体制派の引き渡し
・イランとの外交関係の縮小
・カタール国内のトルコ軍基地の閉鎖【6月25日 AFP】
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他にも、トルコとの協力停止や賠償金支払いなども要求にあるように報じられています。

テロリスト支援やイランとの関係はともかく、個人的に以外だったのは、“トルコ軍基地の閉鎖”のようにトルコを名指しで“イラン並み”に排除しようとしていることでした。

当然ながら、トルコ・エルドアン大統領は怒っています。
“トルコのエルドアン大統領は13日、「カタールを孤立させることは残酷でイスラムの価値観に反する大きな過ちだ。まるで死刑判決を下したかのようだ」と、断交した国々を批判した。”【6月15日 産経】

ここまでトルコを標的としたことの背景は知りませんが、結果的にアラブ・スンニ派諸国におけるサウジアラビアとトルコの対立が激化することにもなり、従来からのサウジアラビア・イランの対立関係はさらに複雑化しています。

トルコがムスリム同胞団やパレスチナのハマスなどと関係が深いことはありますが、要するに、サウジアラビアとトルコのという地域大国間の勢力争いという側面が窺えます。

ただ、カタールにトルコが軍事基地を構えてカタールを支援している以上、サウジアラビアなども軍事的にカタールに介入することはトルコとの衝突を意味し、難しいでしょう。

イスラム過激主義を拡大させている責任の筆頭はサウジアラビア
ムスリム同胞団、IS、アルカイダ、ヒズボラなどのイスラム過激派組織への資金援助云々に関しては、「それを言うなら、サウジアラビアこそが世界にイスラム過激派を広めた元凶ではないか・・・」という感もあります。

****英国のイスラム過激派の資金源はサウジアラビア」 シンクタンクが報告書****
英国のシンクタンクは5日、海外から同国内のイスラム過激派に流れる資金のほとんどはサウジアラビアからのものだとする報告書を発表した。在英サウジ大使館は報告書の内容は「明らかな誤り」だと批判する声明を発表している。
 
報告書を発表したのは、ロンドンに拠点を置く、外交問題を扱うタカ派のヘンリー・ジャクソン・ソサエティー。トム・ウィルソン研究員は声明で「湾岸諸国およびイランの各組織にはイスラム過激主義を拡大させている責任があるが、サウジアラビアの組織は疑いなくその筆頭だ」と述べた。

ヘンリー・ジャクソン・ソサエティーによると、サウジアラビアは1960年代以降「欧米のイスラム教徒コミュニティーを含むイスラム世界全域にイスラム教ワッハーブ派を布教するための数百万ドル規模の活動を支援してきた」という。
超保守的なサウジアラビアは、スンニ派の厳格な一派ワッハーブ派が支配的で、国内にはイスラム教の聖地メッカもある。

報告書によると、サウジアラビアからの資金は、主にモスク(イスラム礼拝所)への寄付の形が取られている。そのモスクがイスラム過激主義の指導者を受け入れ、過激主義の文献を広めてきた。
 
英国で最も過激な一部のイスラム教指導者らは、「奨学金プログラムの一環としてサウジアラビアに留学していた」という。
 
ロンドンの在英サウジ大使館はBBCに宛てた声明で、報告書の主張は「明らかな誤り」だと非難し、「われわれは暴力的な過激主義の行動やイデオロギーを許さず、これからも許すつもりはない。こうした逸脱者や組織が壊滅されるまで、われわれは手を緩めない」と述べた。(後略)【7月6日 AFP】
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現在の世界各地のイスラム原理主義は、サウジアラビアがイスラム世界全域にイスラム教ワッハーブ派を布教したことがその温床となっています。

また、“9.11”にも見られるように、サウジアラビアとしての国家関与はともかく、テロリスト集団とサウジアラビアの人的・資金的関係は常に問題となるところでもあります。

カタールに代わってハマスと接近するエジプト
13項目要求のなかでパレスチナ・ガザ地区のハマスがどのように扱われているかは知りませんが、サウジアラビアのジュベイル外相は6月6日、カタールが中東主要国との国交を回復するには、イスラム原理主義組織ハマスとイスラム組織「ムスリム同胞団」への支援を停止する必要があると述べ、ハマスとの関係停止も求めています。

確かに“これまでカタールはガザ、ハマスの擁護者として、エネルギーを供給したり、ガザ再建のために5億ドルの資金を提供してきた”【7月6日 「中東の窓」】とのことですが、現在はカタールに代わってエジプトがハマスに接近しているとか。

“UAEに亡命しているダハランのあっせんで、ハマスとエジプト情報機関の間で数度にわたる協議が行われている。(中略)ハマスはエジプトが境界のラファア検問所の開放時間を長くすることと、エネルギー供給を望んでいるが、エジプト側は過激派に関する情報提供と、シナイ半島への浸透防止への協力を望んでいる。”【同上】

エジプトはサウジアラビアとともにカタール断交を行っていますが、カタールがハマスを支援するのは許されないが、エジプトとハマスが関係を強化するのはいいのか?・・・という疑問も。

情報統制なくして独裁なし・・・・“『民衆』のチャンネル”アルジャジーラ閉鎖要求
いろいろ疑問に思われることもある「13項目要求」ですが、要するにアラブ世界の盟主を自任するサウジアラビアにとって“独自外交”を展開してサウジアラビアに従わないことも多いカタールが気に食わない・・・ということでしょう。

更に言えば、その“独自外交”の沿った独自の主張をカタールを拠点とする大手衛星テレビ局アルジャジーラで周辺国にまき散らされると、各国の体制維持に支障が出てくる・・・ということで、「13項目」の中でアルジャジーラ閉鎖を強く要求しているということではないでしょうか。

アルジャジーラの評価については、かつては欧米主要メディアと肩を並べる信頼性・速報性が高く評価されていましたが、近年ではカタール政府の御用メディアに堕しているとの指摘もありました。

****処刑寸前の「アルジャジーラ」 カタール断交で「放送終了」の危機****
サウジアラビア他がカタールとの断交を電撃発表し、即座に厳しい経済封鎖を始めた直後に、SNS上では、サウジ富豪のアルワリード王子の発言動画が出回った。曰く、「調査の結果、アルジャジーラが『民衆』のチャンネルであるのに対し、アルアラビーヤは、やはり『支配者と政府』のチャンネルであることが分かった」。

アルアラビーヤはアルジャジーラに対抗してサウジ系資本によって作られた、ドバイを本拠とするニュース専門局だ。今回の騒動ではカタールを非難する大キャンペーンを先導している。(中略)

それでも、この聡明な大富豪のひとことは、アルジャジーラをめぐる問題の本質を突いている。それはまた、今の湾岸諸国間の政治危機の根本原因でもある。

閉鎖か編集方針の変更
一九七〇年代に入って相次いで独立した湾岸の首長国では、先行していた他のアラブ「独裁国家」の例に漏れず、テレビは国営、新聞も政府系ばかりで、国営通信社の発表する「お知らせ」と、通信社が配信するニュースの中から、自国に悪影響のない、いわば「当たり障りのない」ニュースだけを選んで報道していた。(中略)

しかし衛星テレビの普及により、この風景は劇的に変化する。

米CNNが世界中で世論をリードし始めた九〇年代、初のアラビア語によるニュース専門局を立ち上げる計画はサウジ人の実業家によって進められていたが、これを買収して「世界一つまらない都市」と呼ばれていた静かな首都ドーハに開局させたのが現在は退位して「国父」の称号で呼ばれているハマド前首長だ。

ハマドは、アラブ世界に新しい時代を開き、吹けば飛ぶようなミニ国家と近隣諸国からバカにされていたカタールに名声と国家としての重みをもたらしてくれる自由メディアをどのように育てたらよいか分かっていた。

オーナーである自身とその政府は一切編集に介入せず、パレスチナ出身の編集長には一〇〇%ニュース選択の自由を与えたのである。

局は九六年の開局後、数年のうちにアラブ域内で起きる事件の報道についてはCNNを凌駕するようになり、9・11事件の発生した二〇〇一年ごろには、世界的なニュースの報道でも欧米主要局と肩を並べる信頼性と速報性を有するニュースソースに成長していた。
 
情報統制なくして独裁なし。権力者がメディアをいかにコントロールしたがるかは、わが国にも典型事例があるので分かり易い。中東においても、アルジャジーラが不都合な事実を次々に暴くため、近隣諸国とカタールの関係は緊張した。
 
またイラク戦争においては、米軍にとって不都合な情報が次々と暴露されたため、米国からハマドに対してその都度抗議があったという。(中略)

このようにして、「民衆」の目で報道する局との信頼を勝ち得たアルジャジーラは中東・北アフリカを中心に世界中で視聴され、その結果、容易に一国の世論を動かすことのできる超権力的存在になっていた。これが「アラブの春」が起きる前夜のことである。
 
ところが、アルジャジーラは変容していく。大きな力を持ったのが災いしたのであろう。政府も編集部も初心を忘れたのか、視聴者への強大な影響力を意図的に行使しているとしか思えない報道が目立つようになるのである。それは、特に「民衆」に人気のある「ムスリム同胞団」への肩入れ、という形をとっていた。
 
今次、断交した側はカタールに、アルジャジーラの全系列局と同国が支援するメディアの閉鎖を要求したが、これは初めてではない。二〇一四年、今回と全く同じ構図で危機が発生、サウジ他は大使を召還した。このときはアルジャジーラの湾岸諸国についての報道はトーンダウンする、との約束で何とか許された。
 
それから丸三年が経過、今回はいきなりの国交断絶である。それだけではない。
陸海空路を封鎖し、事実上の経済制裁を加えている。サウジ、UAEはカタールのタミーム首長が退位・亡命するまで圧力を緩めない、またそれもかなわないときは軍事進攻も辞さない決意と言われている。

金持ちになり過ぎた宿命か
現状、アルジャジーラは過激な反論や扇動的な報道はすっかり影を潜め、客観的報道に徹している。(中略)その甲斐あってか、本稿執筆時点で中東地域と世界の世論は概ねカタールに好意的だ。
 
他方、サウジ、UAEの報道は政府の主張を増幅させるような、あることないことの宣伝臭の強いニュース、番組のオンパレード。アルジャジーラの登場で、アラブのメディアは新時代を迎えたはずであったが、時計の針は二十年以上後戻りを余儀なくされている。
 
万一、アルジャジーラが閉鎖の憂き目に遭うようなことがあれば、それはアラブの「民衆」がようやく手にした自由メディアの死を意味する。それは、アラブの「民衆革命」を湾岸王政諸国に伝播させないために支払わねばならない、やむを得ない代償なのだろうか。
 
今回の湾岸アラブ諸国間の「身内喧嘩」が前回同様コップの中の嵐で終わるのか、それとも、深刻な地域対立、紛争に発展するのか、現時点で予想を立てづらい。その最大の理由は、アンプレディクタブル(予測不可能)が代名詞のトランプ大統領がこの危機の火付け役であり、かつ、サウジ・UAE陣営を煽っているからである。
 
米国務省や軍部は、この対立が誰の利益にもならない災厄であると認識し、関係修復に貢献したいと一度ならず表明している。それでも首を縦に振らないトランプ大統領は、自身と娘婿が七年前にカタールを訪問して巨額取引を持ち掛けたが無視されたことを根に持っているという報道がある。

その大統領を説得するために、タミーム首長はイラクで誘拐されたカタール王族ら人質事件(十億ドルの身代金)に続き、改めて財布の紐を緩めなければならないのかもしれない。金持ちになり過ぎた宿命だろうか。しかし、それで許してもらえるなら、アルジャジーラは再び人身御供を免れる。【「選択」7月号】
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現在の状況は、カタールが「13項目」に対し回答を仲介役のクウェートに提示していますが、その内容は“否定的”なものとされています。

これに対し“サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、バーレーンの4カ国はそれぞれの国営メディアを通じて共同声明を発表。先の要望書は無効で、新たにカタールに対し、政治・経済・法的な措置を講じるとした。”【7月7日 ロイター】ということで、“次の段階”が検討されていますが、“4カ国は今後の措置を決めかねている”【7月7日 SankeiBiz】とも
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ミャンマー  ロヒンギャ虐殺を否定する国軍 “政治家”スー・チー氏の対応は?

2017-07-06 22:45:41 | ミャンマー

(ロヒンギャの人々に国籍を与えるミャンマー政府の取り組みに抗議する人々 【4月6日 BBC】 “政治家”スー・チー氏が直面する現実です)

国連報告を「でっち上げ」とする国軍 「スー・チーさんが政権に入っても実態は軍政だ」】
国軍などの治安当局、多数派仏教徒住民による“民族浄化”も懸念されているミャンマー西部ラカイン州でのイスラム教徒少数派のロヒンギャの問題は、スー・チー国家顧問の指導力への国際社会・人権団体からの期待にもかかわらず改善していないようです。

****ロヒンギャ1人死亡 ミャンマーで仏教徒が襲撃****
ミャンマー西部ラカイン州の州都シットウェーで4日、少数派のイスラム教徒ロヒンギャの7人が100人ほどの仏教徒の集団に襲われ、1人が死亡、6人が重傷を負った。
 
ラカイン州では2012年にロヒンギャと州内多数派民族の仏教徒ラカインとの衝突が起きて以降、多くのロヒンギャが避難民キャンプに暮らす。

警察関係者らによると、7人はキャンプに住んでおり、買い物のため事件の起きた地域に入った。警官が警護のため車で付き添ってきたが、7人が車を降りて買い物にいった際に集団に襲われたという。【7月6日 朝日】
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国連などのロヒンギャ弾圧の指摘に対し、ミャンマー国軍は“でっち上げ”と完全否定しています。

****ロヒンギャ人権侵害を否定=「でっち上げ」とミャンマー国軍****
ミャンマー西部ラカイン州のイスラム系少数民族ロヒンギャに対する人権侵害疑惑で、国軍は「でっち上げだ」などとして治安部隊の関与を否定する声明を発表した。国営メディアが23日、伝えた。
 
人権侵害疑惑をめぐっては、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が2月に公表した報告書で、国軍など治安部隊による昨年10月以降の軍事活動でロヒンギャ数百人が死亡した公算が大きいと指摘。「人道に対する罪」に当たる可能性が「極めて高い」と訴えていた。
 
これに対し、国軍は声明で、国軍による現地調査の結果、「OHCHRの報告書に含まれている18件の疑惑のうち12件は不正確で、残る6件はうそと捏造(ねつぞう)された申し立てに基づく誤りであり、でっち上げだと判明した」と主張した。【5月23日 時事】 
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こうした状況にあって、民主化運動指導者としてノーベル平和賞も受賞したスー・チー国家顧問が指導力を発揮して事態改善にあたってくれることを期待する声は多々ありますが、国軍・多数派仏教徒の世論に抗して動くことは政治家スー・チー氏としては難しいようで、この問題に関する関与はあまりなされていません。

関与したがらないのは、スー・チー氏だけでなく、日本政府・日本社会も同じです。

****スー・チーさん、声を上げて=日本のロヒンギャ支援者-今も実態は軍政・ミャンマー****
ミャンマー西部ラカイン州で迫害を受けるイスラム教徒の少数民族ロヒンギャの支援活動を続ける日本ロヒンギャ支援ネットワーク(埼玉県)のゾーミントゥ事務局長(44)が「世界に向かってミャンマー軍が何をやっているか語ってほしい」とアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相に呼び掛けている。

ミャンマーでは昨年3月、約半世紀ぶりに文民政権が復活し1年以上が過ぎたが、現状について「スー・チーさんが政権に入っても実態は軍政だ。スー・チーさんの言うことなんて軍は誰も聞かない」と評価は厳しい。人権団体アムネスティ日本の東京事務所で11日に語った。

ミャンマー軍は昨年10月以来、ラカイン州で「イスラム過激派掃討」を名目に軍事作戦を展開中。ゾーミントゥさんは「軍が行く所では必ず女性が襲われる。村に放火し、子供を殺し、捕まえて刑務所で拷問し、また殺している」と訴える。激しいロヒンギャ弾圧は「ロヒンギャを差別すればラカイン州の多数派の仏教徒は軍を支持する。典型的な分断統治だ」と考えている。
 
1996年、タン・シュエ軍政期最大級の反軍政学生デモに参加したゾーミントゥさんは追われる身となった。98年に日本へ脱出。2002年にロヒンギャとして初めて日本で難民認定された。
 
日本からもスー・チー氏を応援し続けてきた。文民政権復活に期待は大きかったが、ロヒンギャ問題で沈黙を守る今の姿に「自宅軟禁下でも発言を続けていたのに、なぜ今、言わないのか。外相を続けられなくなるからか」と問い掛けている。
 
厳しい差別政策でロヒンギャは結婚するにも軍に許可を求めなければならない。しかし、許可は簡単には出ない。「お金を払えばすぐ許可は出る」とゾーミントゥさん。許可を得ずに結婚すれば逮捕されるため「お金を払えない人はバングラデシュに逃げて結婚するしかない」と難民が生まれる背景の一端を語った。
 
ゾーミントゥさんは「難民認定されて初めて結婚できたし、子供もできた」。現在は会社経営者になり「たくさんの日本人に助けられた」と感謝しつつ、日本で昨年、1万人以上が難民申請しながら28人しか認められなかった現状に表情を曇らせる。

難民の受け入れ拡大やミャンマー政府への影響力行使に向けて「日本は民主主義の国。どうか国民の権利を行使して声を上げてほしい」と日本人に訴えている。【6月13日 時事】
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難民の受け入れ拡大が望まれる日本
日本は国連から、紛争国などから周辺国に逃れた難民を第三国に定住させる「第三国定住」の拡大を要請されています。

****難民受け入れ拡大、日本政府に要請 国連難民高等弁務官****
来日しているグランディ国連難民高等弁務官は29日、都内の日本記者クラブで会見を開いた。滞在中に日本政府に対し、紛争国などから周辺国に逃れた難民を第三国に定住させる「第三国定住」制度のもと、難民の受け入れ拡大を要望したと明らかにした。
 
第三国定住は、シリアやイラクなど各地での紛争激化によって多数の難民が発生し、受け入れ先の問題が深刻化する中で、期待が高まっている仕組みだ。日本は2010年度からミャンマー難民へのプログラムを進めており、今年度までに計123人を受け入れた。
 
グランディ氏は2日間にわたって金田勝年法相ら政府関係者と協議し、受け入れる難民の国籍の多様化と規模の拡大を求めた。会見で「前向きな反応を頂いた」とした上で、「日本はこのようなプログラムに慣れておらず、大勢を受け入れる前に一般社会の理解と準備が必要になるだろう」と指摘。中長期的な協議が必要との見方を示した。
 
また、多数の難民を生み、ミャンマーの治安部隊による迫害も指摘されるイスラム教徒ロヒンギャの問題に対し「ミャンマー政府に人権を尊重するよう求めている」と説明。戦闘が激化するシリア・アレッポについては「医療も食料もない状態で市民が東アレッポに閉じ込められている」と危機感をあらわにした。【2016年11月29日 朝日】
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欧州が中東・アフリカからの難民・移民の問題で揺れているのは周知のところですが、それでも一部の国を除いて対応の努力はしています。

アジアにおける最大の難民問題でもあるロヒンギャについて、いつまでも「日本はこのようなプログラムに慣れておらず・・・」と門戸を閉ざし続けるのは、アジアにおける指導的立場を求める日本としては残念なことです。

異質なものの流入を排除して、同質なものだけの間で“安全・安心な社会”を誇っても、それは枠組みから排除された者の犠牲の上に成り立った“安心・安全”にすぎません。

受入れのための“一般社会の理解と準備”がどのようになされているのでしょうか?無策・無関心は日本政府だけの問題ではなく、日本社会の問題です。

受入れは様々な問題を惹起し、多大な努力・コスト・忍耐も必要となりますが、問われているのは国家・民族の“品格”の問題です。個人的には、日本が“自分たちさえよければ・・・”といった程度の国であってほしくないと考えています。

【「マザー・テレサでもないものの、政治家だ」 “民族浄化”国連調査を否定するスー・チー氏
話をミャンマーに戻すと、ミャンマー国軍が否定しているロヒンギャ弾圧に関する国連の調査要求に対し、スー・チー国家顧問は“入国ビザを出さないよう指示した”とも報じられています。

****ロヒンギャ問題調査団にビザ出すな」 スーチー氏指示****
ミャンマー西部ラカイン州で少数派イスラム教徒ロヒンギャへの人権侵害が報告されている問題で、アウンサンスーチー国家顧問が、国連人権理事会が派遣を予定している調査団に入国ビザを出さないよう指示したことが明らかになった。各国のミャンマー大使館に通知しているという。
 
6月30日の国会で、外務副大臣がロヒンギャ問題に答弁した中で「アウンサンスーチー氏は、我々は国連の調査団に協力しないと言っている。各国の大使館に調査団員にはビザを出さないよう命じる」と発言。外務省関係者によると、スーチー氏から同省に指示があり、大使館に一斉に知らせたという。
 
昨年10月にロヒンギャの過激派とみられる武装集団が警察施設などを襲撃してから、ロヒンギャに対する人権侵害が国連などによって報告されている。ミャンマー政府も独自の調査をしているが、国連はこれが「不十分」として、調査団の派遣を決めていた。
 
ミャンマー側は「これは国内問題だ」などと反発。スーチー氏は訪欧の際、調査団受け入れに「同意しない」などと発言していた。【7月1日 朝日】
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スー・チー国家顧問は以前BBCのインタビューに対し、「民族浄化」という表現を否定し、自身について「マザー・テレサではなく政治家だ」とも語っています。

****ミャンマーは民族浄化をしていない スーチー氏独占インタビュー****
ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問は、同国西部ラカイン州でイスラム教徒の少数派ロヒンギャに対する人権侵害が相次いでいることについて、民族浄化ではないとの認識を示した。BBCとのインタビューで述べた。

スーチー氏は、民族浄化という言葉は「表現が強すぎる」と指摘し、国外に一時避難したロヒンギャの人々が住んでいた場所に戻ろうとするなら喜んで受け入れると語った。

インタビューで同氏は、「民族浄化が行われているとは思わない。今起きていることを言い表すのに民族浄化は表現が強すぎる」と述べた。

さらに同氏は、「多くの敵対行為があると思う。当局と協力しているとみられたイスラム教徒がイスラム教徒に殺されてもいる。あなたが言うような民族浄化ではなく、人々が分断されていて、我々はその溝を狭めようとしている」と語った。

ミャンマーはロヒンギャの人々を隣国バングラデシュからの不法移民だと考えており、国籍が与えられていない。公的な場での差別は頻繁に起きている。

2012年に起きた戦闘を逃れた多くのロヒンギャの人々が難民キャンプでの生活を余儀なくされている。
昨年10月に起きた国境警備隊への組織的攻撃で警官9人が殺害されたことを受け、軍はラカイン州で軍事作戦を開始。約7万人がバングラデシュに逃れた。

国連は先月、ミャンマーでの人権侵害の疑いについて調査すると発表した。軍がロヒンギャを無差別に攻撃し、強姦や殺人、拷問を行っているとして、非難の声が上がっている。ミャンマー政府は人権侵害を否定している。

スーチー氏がロヒンギャをめぐる問題について沈黙していると受け止められたことで、ミャンマーの軍事政権に長年抵抗してきた同氏の人権運動の象徴としての評判が傷ついたと多くの人々は考えている。

ロヒンギャ問題をめぐり、スーチー氏に対する国際的な圧力は高まっている。
しかし、今年初の単独インタビューとなった今回、スーチー氏は自らについて、マーガレット・サッチャー(故人・英首相)でもマザー・テレサでもないものの、政治家だと語り、ロヒンギャ問題については以前から質問に答えてきたと指摘した。

「ラカインで前回問題が起きた2013年にも同じ質問を受けている。彼ら(記者たち)が質問して私が答えても、人々は私が何も言わなかったと言う。単純に人々が求めているような発言をしなかったからだ。人々が求めていたのは、私がどちらかの共同社会を強く非難することだった」

スーチー氏は昨年10月の攻撃がなぜ起きたのか全く分からないとしながらも、ミャンマー和平の取り組みを阻害しようとする動きだった可能性を指摘した。同氏はさらに、ミャンマー軍がしたいようにふるまえるわけではないと語った。

しかし、スーチー氏は政府が依然として国軍に対する統帥権を取り戻そうとしていると認めた。現行の憲法では、国軍は政権から独立している。

スーチー氏は「彼ら(国軍)に強姦や略奪、拷問することは許されていない」とした上で、「彼らは出動して戦うことはできる。憲法にそう書かれている。軍事的なことは軍にまかされている」と述べた。

インタビューで同氏は昨年3月末に政権についてからの成果も強調した。
道路や橋の建設、電線の敷設への投資が、政権が最優先課題に挙げる雇用創出に役立ったほか、医療サービスも改善した。自由選挙も実施されるようになった。

政権がこのほかに取り組んでいる優先課題には、内戦状態がほぼ途切れることなく続いているミャンマーの和平実現がある。

また、軍事政権時代には国籍の取得を拒まれてきたロヒンギャの人々に市民権を与えようとしている。
近隣国に逃れたロヒンギャの人々についてスーチー氏は、「戻ってくるならば、彼らは危害を加えられない。決めるのは彼らだ。一部の人々は帰ってきた。私たちは歓迎しているし、これからも歓迎する」と述べた。【4月6日 BBC】
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“民族浄化”を認めれば、国軍と決定的に対立することになりますので、スー・チー氏としてはそれはできないでしょう。
スー・チー氏に国軍を指導する権限がない・・・というのは事実であり、彼女ができることには限界があるというのも事実ですが、政治家としての調整能力に対する疑問も・・・

****スー・チー改革 道険し ミャンマー、米欧の期待と落差 ****
民主化運動の旗手、アウン・サン・スー・チー国家顧問によるミャンマーの変革が難しい局面を迎えている。国内の安定に不可欠な少数民族武装勢力との和平が道半ばで、治安を一手に担う国軍への配慮を強める。

少数民族への影響力を持つ中国にも接近し、昨年3月の政権発足時に米欧など先進国が抱いた理想主義的な指導者像から遠ざかっている。

6月中旬、国軍は北部の中国国境地帯に勢力を持つカチン独立軍(KIA)に攻撃を仕掛けた。付近の鉱山労働者や住民が退避を迫られ、現地メディアによると数百人が教会や寺院に避難した。
 
ミャンマーでは5月下旬に政府と国軍、武装勢力の間で民族間の和平を話し合う「21世紀のパンロン会議」が開かれたばかりだ。KIAは特別枠で参加した7つの武装勢力の一つ。スー・チー氏との会談にも加わり、停戦への期待が高まったが、戦闘が再発した。
 
ある専門家は「武装勢力との信頼関係を築く泥臭い交渉ができる人材が少ない」と政権の力不足を指摘する。パンロン会議は停戦協定に署名済みの8勢力と「各民族を対等に扱う」などの原則で合意。対話の枠組みを構築して一定の成果を示した一方、「少数民族側が将来的に連邦を離脱できるかどうか」といった論点では対立も残した。
 
スー・チー氏は肩書こそは国家顧問だが、実質的なトップとして政権を取り仕切る。長期間の自宅軟禁を経て、民主化運動の中心として国民と国際社会の期待を背負う。
 
一方、憲法の規定で国軍は軍事や警察を掌握する。少数民族との紛争が続くなかで、スー・チー氏は治安を担う国軍への配慮も目立ってきた。
 
西部ラカイン州北部で昨年秋に起きた警察署の襲撃事件後、国軍による掃討作戦で、イスラム系少数民族ロヒンギャに対する迫害行為があったとされる。スー・チー氏は国連人権理事会が3月に決議した独立調査団の受け入れを拒んだ。
 
スー・チー氏は「国連の調査は住民間の分断をさらに広げるだけだ」と主張。コフィ・アナン元国連事務総長がトップを務める独自の諮問委員会に対策の立案を委ね、欧米の国際人権団体は失望感を強めている。
 
外交では中国への接近にカジをきった。2011年の民政移管後、国軍出身のテイン・セイン大統領(当時)はそれまでの中国一辺倒の外交を修正。中国企業による巨大水力発電所の建設計画を凍結した。スー・チー氏のトップ就任で中国との関係はさらに後退するという見方もあったが、実際には逆の方向に進む。
 
インフラ開発を柱とした中国主導の広域経済圏構想「一帯一路」。スー・チー氏は5月中旬、同構想の会議に自ら出席し、賛意を示した。経済発展を支えるインフラ開発で、中国の資金力の魅力は大きい。
 
インド洋に面したラカイン州チャオピューから中国内陸部の昆明までは、中国企業が投資して天然ガスと原油のパイプラインが引かれた。ガスの輸送に続き、4月には原油の送出も始まった。
 
国内の武装勢力との和平でも中国を頼る。停戦協定未署名の7勢力によるパンロン会議への出席が実現したことに対し、政府の代表者は「中国の調整に感謝したい」と報道陣に述べた。
 
ミャンマーが民政移管を果たし、対中一辺倒の外交を修正したことを米欧など先進国は歓迎。経済制裁を解除し、企業がミャンマーへの投資に動いた。国軍への配慮や中国への接近は、民政移管後の追い風を弱めかねない危うさもはらむ。
 
4月の英BBCのインタビュー。「西側が抱いてきた(インドの修道女)マザー・テレサのようなイメージは誤解か」との質問に、スー・チー氏は「私は政治家だ」と即答した。現実の政治課題に直面するスー・チー氏にとって、民主化運動家としての期待は重荷にもなっている。【6月26日 日経】
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期待の大きさと現実のギャップは当初から懸念されていたことですし、現実政治家としての資質への疑問も以前から指摘されていました。

国際圧力をうまく利用して国軍から譲歩を引き出す・・・ような政治的調整が求められます。“軍事政権時代には国籍の取得を拒まれてきたロヒンギャの人々に市民権を与えようとしている”とのことですから、そうした改善を少しでも実現して、軍政との違いを見せてほしいところです。
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北朝鮮のICBM開発  拡大するリスク 狭まる選択肢

2017-07-05 23:16:27 | 東アジア

【7月5日 View point】

トランプ政権の中国を利用した対北政策は成果を出せないまま“すでに一線が越えられつつある”】

****北、ICBMは核弾頭搭載可能と主張 金氏「米独立記念日の贈り物****
北朝鮮国営の朝鮮中央通信(KCNA)は5日、前日に発射に成功したと発表した大陸間弾道ミサイル(ICBM)について、大気圏へ再突入できる「大型で大重量の核弾頭」を搭載する能力があると報じた。

金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長がICBMは「米国のろくでなしどもへの贈り物」と述べたとも伝えた。【7月5日 AFP】
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アメリカ・トランプ政権の中国を利用した対北政策は成果を出せないまま、北朝鮮の核・ミサイル開発が進行し、脅威のレベルが上がる状況となっています。アメリカにとっては、“すでに一線が越えられつつある”とも。

****ICBMが示した米の対北政策の失敗、狭まるトランプ氏の選択肢****
北朝鮮が発射実験を行った大陸間弾道ミサイル(ICBM)は米アラスカに到達する能力があるとみられている。そうした中で改めて浮き彫りになったのは、中国の対北朝鮮介入努力への信頼を失ったドナルド・トランプ米大統領にとって、北朝鮮の核開発を阻止する選択肢が狭められてきていることだ。
 
今年1月に大統領に就任する直前、トランプ氏は、北朝鮮には米本土が射程に入るような核兵器は絶対に開発させないと主張し、「そういうことは起きない!」とツイッター(Twitter)に投稿していた。 
 
しかし米政府が北朝鮮のICBM発射実験が成功したことを確認すると、専門家の間から、北朝鮮のミサイル開発が核弾頭を搭載できるほどにまで進めば、越えてはならないとされていた一線が近付きつつあることを米国も認めざるを得なくなるだろうとの見方が出てきている。(中略)
 
4日に北朝鮮がICBMを発射した直後にトランプ大統領は、「場合によっては中国が北朝鮮に対して厳しい態度に出て、こうした愚行を終わらせてくれるだろう」とツイッターに投稿し、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長を非難する一方で、中国をもけん制した。
 
トランプ氏はこれまで中国に対して核・ミサイル開発を続ける北朝鮮に圧力をかけるよう要請してきた。しかし、先月になって中国の取り組みは「これまでのところうまくいっていない」と漏らすなど、トランプ氏が金政権の動きを抑える中国の力を見限ったことを示す兆候がいくつか出ている。
 
トランプ米政権が強硬姿勢を取るようになってきていることは、6月29日に北朝鮮とのつながりを持つ中国の金融機関に対する制裁措置を発表したことからもうかがえる。

■米国の対北朝鮮政策は失敗
トランプ大統領は中国に圧力をかけつつ、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と協力する道についても探り、先週はホワイトハウスに同大統領を招いて会談した。

その一方で金委員長に対しては「なかなかの切れ者(pretty smart cookie)」と評し、ミサイル開発をやめるなら会ってもいいと述べ、会談できれば「光栄だ」と持ち上げてみせたことすらある。
 
だが、アメリカ進歩センターで核・防衛政策問題を研究しているアダム・マウント氏は、「一線を越えないように圧力をかけるのはもはや論理的ではない。すでに一線が越えられつつあるからだ。もはや非核化(という主張は)は維持できない」と主張する。

「米国の政策は失敗に終わった。われわれにとって現時点で考えられる最良の展開は、時間をかけて持続可能な形で北朝鮮政権を抑制し、封じ込め、改革させていくことだ」
 
短期的には、米国防総省は軍事行動を起こす選択肢も検討している。米国と韓国は5日、前日の北朝鮮によるICBM発射実験に対する示威行動として、合同の軍事演習を行って韓国沖にミサイルを発射した。

■軍事的選択肢は「誰も望んでいない」
だが米軍上層部は、北朝鮮との武力衝突は非常に大きなリスクを伴うという見方を示している。
 
ジェームズ・マティス米国防長官は今年5月、外交努力によって状況を解決することができずに北朝鮮との間で軍事衝突が起きれば、1950年代の朝鮮戦争に匹敵する規模の「壊滅的な戦争になるだろう」と述べた。
 
H・R・マクマスター米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は先週、「大統領は私たちにさまざまな選択肢を検討するよう指示した。その中には軍事的な選択肢も含まれるが、それを選ぶことは誰も望んでいない」と語り、軍事的解決も検討してはいるものの、かなりのリスクが伴うという認識を率直に示した。
 
ミドルベリー国際大学院のルイス氏は、今トランプ政権が集中すべきことは、ミサイル発射実験をしないよう北朝鮮を説得することだと主張する。「緊張緩和策を考えながら対北朝鮮の抑止力強化に努めるべきだ」「弾道ミサイル防衛は、抑止力の一つになり得るかもしれない」
 
米国はすでに北朝鮮からの脅威に備えて韓国に米軍の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」を配備している。
 
しかし中国政府はTHAADの韓国配備に猛反発し、韓国への経済制裁や外交ルートでの抗議などの措置を取ったため韓国の文大統領がTHAADの追加配備を中断したことから、この地域での米政府の安保政策は打撃を受けた。【7月5日 AFP】
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レッドラインとはその線を越えた瞬間、軍事行動に踏み切ることであり、米本土を射程に収めるICBMの発射実験はレッドラインを越える行為とみられていましたが、トランプ政権がすぐに軍事行動に出る気配はありません。

日本としては、隣国で脅威が高まる状況を座視する苛立ちもあります。

****対北朝鮮 レッドライン捨てたのか トランプ氏の危機 *****
・・・・ティラーソン氏の声明に並ぶ勇ましい言葉は一向にやまない北朝鮮の弾道ミサイル発射という現実と重ね合わせると、軽く、うつろに響く。
 
北朝鮮がICBMを実戦配備するであろう5年後には、ティラーソン氏のこれらの言葉は、ほとんど無意味になる。日本にとって悪夢のシナリオは、このまま何もできずに時間が過ぎることだ。1994年の朝鮮半島危機から23年。いまや実戦配備に近づく時間の経過そのものが脅威になる。
 
トランプ政権は歴代の米政権が繰り返してきた対北朝鮮政策の失敗の軌跡をたどる。北朝鮮を説得する気のない中国に過度な期待を寄せ、国連安保理で、効果が薄い制裁や非難声明づくりに時間を空費しているためだ。この悪循環を断ち切らない限り、北朝鮮の脅威はそう遠くない時期に危機に変わる。
 
北朝鮮を対米けん制カードで保有しておきたい中国を動かすにしても米国が軍事行動を起こす直前か直後という見方は消えない。米国の空爆前後に中国人民解放軍が国境沿いから北朝鮮に流入し、体制転換を含めて実効支配するという展開だ。
 
米側の一部にある「北朝鮮に中国のかいらい政権ができたほうが金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が率いる現在の北朝鮮よりはましだ」という「よりまし論」にもとづく。
 
実態が伴わない「圧力」という言葉を連呼するだけでは「圧力」の価値は下がる。この23年間で、その「圧力」という言葉の価値は暴落し、「無力」同然になった。これ以上「圧力」強化を唱えても「無力」を浮き立たせるだけだ。
 
トランプ大統領が誕生してからもうすぐ半年。北朝鮮の蛮行によってトランプ氏の提唱する「力による平和」は色あせた。最大の政治力の源泉である「予測不能」という畏怖も「予測可能」に堕しつつある。北朝鮮の傍若無人な振る舞いが映し出すのは、政治家、トランプ氏の危機でもある。【7月5日 日経】
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中国が“かいらい政権”樹立を条件にして、アメリカの攻撃と前後して“アメリカに協調する形”で北朝鮮に侵攻する・・・というなら、短期決着の軍事オプションも一定に現実性がありますが、どうでしょうか?

先ず、中国がそこまで踏み込むつもりがあるなら、その前に石油輸出をストップするなどの、実効性のある(場合によっては、北の暴発を招くリスクがある)政策に出るでしょうから、軍事オプションの前提が変わってきます。

そもそも、中朝友好協力相互援助条約の「参戦条項」に従えば、北朝鮮が米国と開戦した場合、中国は北朝鮮を軍事援助する義務があります。もちろん中国はアメリカと衝突するつもりはありませんので“現状はそうした参戦義務にはあてはまらない”とする解釈変更によって、北朝鮮の暴走に距離を置こうとしてはいます。

ただそれでも、北支援の参戦はしないが、援助義務が問題とならないように早期にアメリカの攻撃が決着してほしいと傍観する・・・というところが、せいぜいかも。

****北朝鮮ミサイルへの対応、米中間の溝が浮き彫りに****
大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験成功を発表した北朝鮮への対応をめぐり、米国と中国の間の溝が浮き彫りになっている。中国がロシアとともに米朝間の歩み寄りを求めているのに対し、米国は対話に応じる姿勢を見せず、北朝鮮への対抗措置として韓国との合同軍事演習を実施した。

中国の習近平(シーチンピン)国家首席とロシアのプーチン大統領が4日、モスクワで会談した際に合意した両国の共同声明は、北朝鮮が核・ミサイル計画を凍結するのと引き換えに、米韓が大規模な共同演習を控えることを提案していた。

プーチン大統領は会談後の共同記者会見で、両首脳が朝鮮半島の「平和と安定」を望んでいると強調した。
米韓合同演習が発表されたのは、その数時間後のことだった。

米韓両国は毎年、3月から4月にかけて共同演習を実施し、北朝鮮はこれに対抗して核実験やミサイル実験を繰り返してきた。中国の王毅(ワンイー)外相は今年3月、米朝がこのままでは「正面衝突」しかねないとの懸念を示していた。(後略)【7月5日 CNN】
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困難な軍事オプション選択
中国の軍事協力なしにアメリカ単独で(そのとき日本は?という問題が出てきますが)軍事オプションを実行するという話になると、期間も長引き、日米韓の被害も甚大となります。そういうオプションはアメリカとしてもとれない・・・という見方が一般的です。

****米軍準機関紙が断言「米軍は北朝鮮を攻撃しない****
今年の春、米軍の北朝鮮への先制攻撃の可能性を報じたメディアやジャーナリストは今やすっかり口を閉ざしてしまった。中にはいまだにそうした見解を述べる論者も散見されるが、現実的にはその可能性はきわめて薄い。
 
5月21日、米軍の準機関紙「military times」は、北朝鮮への先制攻撃はリスクが高く、トランプ政権は攻撃を考えていないとする記事を掲載した。記事の概要は以下のとおりである。
*  *  *
トランプ政権は、北朝鮮への軍事的選択肢はないと考えている。
 
確かに北朝鮮の現政権によるミサイル実験は頻繁さを増し、金正恩は米西海岸への核攻撃能力獲得に近づいている。だが、米国の軍高官は、先制攻撃が大惨事を招き、最悪の場合、10万人の民間人を含む大量の死者を生み出すと懸念している。
 
まず、国境地帯の花崗岩の山岳地帯に秘匿された北朝鮮の砲兵部隊は、砲撃から数分で山中に秘匿できる。また、韓国のソウルは非武装地帯から約56キロメートルにある人口2500万人の大都市である。シンクタンクの分析では、170ミリ自走砲、240ミリおよび300ミリの多連装ロケットシステムがソウルを攻撃できる。特に300ミリロケットがソウルに向けられた場合、都市火災が発生する。数百万人の民間人がソウルから南下して鉄道・航空・道路における大混乱をもたらし、大規模な人道危機を引き起こす。

元航空戦闘軍団司令官のハーバート・カーライル元空軍大将は、「米韓連合軍が北朝鮮を倒すのは間違いないが、韓国の民間人犠牲者を減らすのに十分な迅速さで北朝鮮軍を機能停止に追い込めるかが最大の問題だ」と警鐘を鳴らす。専門家たちも、ひとたび通常戦争が始まれば戦いは数カ月以上続くとみている
 
米軍が特に懸念しているのが、ソウルの一角に北朝鮮軍が侵入する事態である。北朝鮮軍は非武装地帯に多数掘削した秘密トンネルから1時間に2万人を侵入させることができる。これは「恐るべきメガシティ戦闘」を引き起こす可能性がある。

カーライル元空軍大将は「ソウルのどこかに北朝鮮軍が侵入すれば、航空戦力の優位性は相対化される。メガシティ戦闘では航空戦力は極めて限定的な役割しか発揮できない」と指摘する。
 
米海兵隊の活動も困難である。第1の理由は、海兵隊は朝鮮戦争以来、大規模な強襲揚陸作戦を行っていないこと。第2は、現在西太平洋に展開中の5〜6隻の水陸両用艦艇では、上陸作戦に必要な1〜1.7万人の戦力を運べないこと。第3は、北朝鮮の沿岸防衛能力は1950年とは比較にならないほど向上し、何百マイル先の艦艇や舟艇を破壊できることだ。
 
しかも、開戦となれば、米軍の地上基地が打撃を受ける可能性があるため、利用可能なすべての米空母がこの地域に吸引されることになる。陸空軍なども同様で、全世界における米軍の即応能力を低下させるリスクがある。

また、ヘリテージ財団研究員のトム・スポウラー元陸軍中将は「戦争が始まると米陸軍は旅団戦闘団を新たに編成しなければならない。だが、イラクにおける経験で言えば2年間は必要だ」と指摘する。
*  *  *(後略)【6月16日 JB Press】
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そもそも、アメリカも北朝鮮の核施設や攻撃目標をすべて把握しているかどうかもはっきりせず、先制攻撃によって全ての核施設を壊滅させることが難しいという状況もあります。

標的となる日本
“開戦となれば、米軍の地上基地が打撃を受ける可能性がある”・・・・その基地があるのは日本です。

朝鮮半島有事となれば最大の被害を受けるとされているは“ソウルが火の海となる”韓国ですが、北に宥和的な文政権の誕生で、北朝鮮と韓国が有事の際にどのように行動するのかは不透明なところも。

****目立つ北朝鮮の日本威嚇、文在寅政権誕生で韓国から標的変更****
2017年6月17日、日本を軍事的に威嚇する北朝鮮の言動が最近、目立っている。核攻撃の可能性をちらつかせ、「有事には米国より先に日本列島が焦土になる」などとも警告している。文在寅政権が誕生した韓国に対する挑発はすっかり影を潜めており、標的を日本に変更したかにもみえる。(中略)

さらに北朝鮮の外務省は29日、主要7カ国首脳会議(G7サミット)などでの日本の対応について「われわれの自衛的措置に言い掛かりをつけて意地悪く振る舞っている」と批判。「今までは日本にある米国の侵略的軍事対象(米軍基地)だけがわが軍の照準に入っていたが、日本が米国に追従して敵対的に対応するなら、われわれの標的は変わるしかない」として、米軍基地以外への軍事攻撃を示唆した。

6月7日には朝鮮平和擁護全国民族委員会が報道官声明を発表。安倍晋三首相がG7サミットで北朝鮮問題の議論をリードしたことや、海上自衛隊が米空母2隻と実施した共同訓練などに触れ、「今のように日本が不届きに振る舞うなら、有事に米国より先に日本列島が丸ごと焦土になり得る」と脅した。

一方、韓国を直接標的にした挑発は、大統領選中から抑制気味。特に5月10日に文氏が大統領に就任して以降は、無人偵察機を飛ばす程度にとどまっている。かつての「ソウルを火の海」発言などは忘れたようで、朴槿恵政権当時、朝鮮中央テレビが大統領府(青瓦台)を攻撃する映像を流していたことなどとは対照的だ。【6月17日 Record china】
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リスク覚悟の軍事オプションの前に、“思い切った交渉”も
今のままではこの先リスクは飛躍的に大きくなるだけなので、“ある程度の”リスク覚悟で軍事オプションに踏み切る・・・というのも、ひとつの決断ではありますが、そこまで覚悟するなら、“ある程度の”譲歩をして、北朝鮮を交渉のテーブルに引き出し、核・ミサイル開発に有効な歯止めをかけるというのも、ひつつの選択でしょう。

北朝鮮には、アメリカとの直接交渉によって安全保障を確実にしたい・・・という思いが強くあります。

****北朝鮮高官「中国介さぬ協議を」 核問題で米側に要求****
北朝鮮政府高官が昨秋に協議した米政府元高官らに対し、核・ミサイル問題の協議について「中国を関与させない」ことを求めていたことがわかった。その上で、北朝鮮側から「米新政権と直接交渉がしたい」との伝言を受け取り、国務省を通じてトランプ政権側に伝えられたという。
 
昨年10月にクアラルンプールで北朝鮮の韓成烈(ハンソンリョル)外務次官らと協議したガルーチ元国務次官補と米社会科学研究評議会のシーガル氏が朝日新聞の取材に明らかにした。
 
金正恩(キムジョンウン)政権が、北朝鮮にとって「血で固められた同盟」と呼ばれる中国に不信感を持っていることが浮き彫りになった。また、中国が議長国を務める6者協議などの枠組みではなく、米国との直接対話を重視していることも裏付けられた。
 
ガルーチ氏らによると、協議で北朝鮮側は、金正恩・朝鮮労働党委員長が「中国に頼って問題を解決しようとする米国の姿勢にいらだっている」と指摘。北朝鮮の対外貿易の約9割を占める中国の影響力を使って問題を解決する米政府のやり方を批判したという。中国が米国の要求を受けて、石油の禁輸や北朝鮮産石炭の輸入を制限することなどを嫌った可能性がある。
 
その上で北朝鮮側は「中国を介さず米国と直接取り組みたい」と要求したという。シーガル氏は「北朝鮮側は、中国への依存を下げるために対米関係を改善したがっているようだ」と話す。シーガル氏は、現在も北朝鮮は同様の考えを持っているとみている。(後略)【6月24日 朝日】
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“簡単な話、38度線の休戦協定が恒久的な平和協定に置き換わって、相互軍縮と信頼醸成のプロセスが始まって、それと並行して米朝国交正常化の交渉も始まり、やがて在韓・在日の米軍基地の縮小も始まるということになれば、北朝鮮がそれでもなお核・ミサイルを開発し続けなければならない理由が存在しなくなる。原因を取り除けば結果は自ずと消滅するという、これは極めてロジカルな話なのである。”【6月6日 高野孟氏 MAG2NEWS】との指摘も。

リビア・カダフィ政権の先例がありますので話はそれほど“簡単”ではないでしょうが、リスク覚悟の軍事オプションに踏み切るほど覚悟があるなら、その前に、これまでの経緯やメンツにとらわれず“実”をとる“思い切った交渉”も検討すべきでしょう。

その道が開けないなら、あるいは合意に反する行動が見られるようなら、そのときはいよいよ・・・・。
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ジンバブエ「止まった国」  来年大統領選挙で7選を目指すムガベ大統領、93歳

2017-07-04 21:39:58 | 難民・移民

(5月3日から南アフリカ・ダーバンで行われた世界経済フォーラムの会議中、“眠っているように見える”ムガベ大統領。ジンバブエ政府は「93歳のロバート・ムガベ大統領が会議中に長い間眠っていることが多くなった」という地元紙の指摘を否定し、「高齢のため光から目を保護しているだけだ」と主張いるそうです。【5月12日 ayola.tv】

41歳年下のグレース夫人はいたって元気です。(大統領は写真左下)それにしても、いつもこの二人のペアルックはユニークと言うか・・・・ 写真は【http://pokkekun.jp/blog-entry-4107.html?sp】より)

体力の衰えは隠せないムガベ大統領 “ムガベなら「死体」で出馬しても勝てる”・・・グレース夫人
最近あまりニュースを目にしないアフリカ南部のジンバブエ。

ムガベ大統領の強引な黒人化政策で経済が崩壊して記録的なハイパーインフレーションを経験、政治的には野党を弾圧し、前々回2008年選挙では暴力で大統領職を奪い取るような強権支配が続いていますが、前回2013年選挙では圧勝しています。

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ムガベ大統領はかつての独立の英雄ですが、33年間に及ぶ統治を続けており、白人支配を打破するための強引な農地・産業の黒人化政策、それに反発する欧米の経済制裁によって、2008年には年間インフレ率が一時2億3千万%以上(非公式には、年率換算で897垓%とか、ほぼ24時間ごとに物価が2倍になる年率6.5×10108%といった、天文学的数字も指摘されています)という驚異的・戦後最悪のハイパーインフレーションを引き起こし、経済は崩壊しました。

ハイパーインフレーションの方は、その後、ジンバブエドルを放棄し、アメリカ・ドルと南アフリカ・ランドを法定通貨とすることで収束しています。

ムガベ大統領が国際的に悪評高いのは、そうした経済失政だけでなく、強権的・暴力的な政治姿勢にもあります。
特に際立ったのは、2008年に行われた前回大統領選挙です。

このときは、第1回投票でムガベ大統領をリードし1位になったツァンギライ氏の支持者への大規模な暴力行為によって、結局ツァンギライ氏は決選投票出馬をあきらめざるを得なくなりました。(1回目投票でツァンギライ氏が本当に50%を超えていなかったのかも疑念がありますが)

この政権を暴力によって奪い取ったことについては当然ながら強い国際的批判もあり、結局ムガベ氏を大統領、ツァンギライ氏を首相とすることで権力分担・連立することで決着しました。
ただ、その後もムガベ大統領側の強引な政権運営は続いています。

こうした政権への固執は、単にムガベ大統領個人の意思だけでなく、周辺の既得権益層の利害がからんでいるのではないかとも推測しますが、こうした“老害”とも言える近年のムガベ大統領の統治については、このブログでもたびたび批判的に取り上げてきました。

しかし、そうした欧米社会を中心とした強い批判にもかかわらず、今回は圧倒的勝利を収めています。【2013年8月6日ブログ“ジンバブエ大統領選挙  欧米から酷評されるムガベ大統領が圧勝”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130806より再録】
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熾烈な白人支配の歴史に苦しみ、その残滓が残る中では、白人経営農園を強制収用し、多くの黒人に無償で分け与えるといった黒人化政策は、国民の支持を一定に得ているようでもあります。

1980年以来一貫して権力の座にあるムガベ氏に対し、野党は「時代遅れのリーダー」と退任を要求していますが、与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU―PF)は昨年、2018年大統領選の候補者としてムガベ氏を指名しています。

****ムガベ大統領が93歳に、続投へ意欲も衰え隠せず ジンバブエ****
世界最高齢の国家指導者、ジンバブエのロバート・ムガベ大統領が21日、93歳の誕生日を迎えた。事前に収録された長時間にわたるテレビのインタビューでは、体力の衰えを感じさせながらも、大統領職を続けると改めて宣言した。
 
首都ハラレで開かれた大統領の誕生日パーティーでは、側近らからケーキやプレゼントが贈られ、支持者や与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)の関係者らは国営メディアに多数の祝賀メッセージを寄せた。
 
ムガベ大統領は、事前に収録され20日に放送された1時間におよぶインタビューの中で、次第に疲れた様子を見せ、目はほとんど開けていない状態で、何度も無言になりながら話をした。【2月22日 AFP】
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“目はほとんど開けていない状態で、何度も無言になりながら話をした”・・・・権力への固執は本人の意思以上に、周囲の意向によるものではないでしょうか。

“「彼ら(支持者)は私が選挙に出るよう望んでいる。できないと感じれば伝えるが、今のところそうしない」と述べ、「続投」を宣言し、自身の健康悪化説も一蹴した。”【2月22日 時事】とも。

****国民を脅して7選を目指すムガベ****
40年近くにわたってムガベ大統領の独裁支配が続いてきたジンバブエ。現役指導者として世界最高齢の93歳となったムガベは、来年行われる大統領選にも出馬の意向を固めている。
 
壊滅的な経済危機と深刻な食料不足が続くなか、ソーシヤルメディア上ではムガベ体制を批判する声が広まり、抗議デモも相次いでいる。

危機感を募らせた与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)は、脅し文句をちらつかせながら国民の支持固めに躍起になっているようだ。
 
野党陣営によれば、ZANU-PFは各地で行われるムガベ派の集会に参加しなければ死が待ち受けていると有権者を威嚇している。「極度の恐怖と脅迫」のせいで自由かつ公正な選挙が行われない恐れがあるとして、野党はアフリカ連合(AU)に介入を要請しているという。
 
7選を果たした場合、任期満了時にムガベは99歳になるが、陣営は気にも留めないようだ。後継候補と目される妻グレースは、ムガベなら「死体」で出馬しても勝てると豪語している。【7月4日号 Newsweek日本語版】
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“ムガベなら「死体」で出馬しても勝てる”・・・・本来なら“笑える話”ですが、ムガベ大統領なら、そして彼を担ぐ支配層なら、本当に“死体”でも出馬することだってやりかねない、そして暴力・不正で権力を奪い取りかねない・・・と考えると、“笑えない話”でもあります。
 
それにしても、41歳年下の野心的なグレース夫人に棺桶に入るまで(あるいは、棺桶に入ったのちも)働かされているようにも見えて、痛々しい感もあります。実際のところはわかりませんが。

変化への一線を越えられずにいる国
最近のジンバブエの状況について、珍しく記事がありましたので紹介します。

****止まった国ジンバブエ、変化の訪れを待ち望んで****
ジンバブエの取材許可証は貴重だ。現地メディアはほとんど国の統制下にあって、ロバート・ムガベ大統領といえば昔から外国メディア嫌いで知られている。だから、芸術祭を取材するために期限付きの許可が下りるチャンスが到来したときには飛びついた。
 
3か月後、申請が通ったという通知がようやく届き、有効期間1週間の取材パスを手にした。過去20年間、変化への一線を越えられずにいる国を垣間見る絶好のチャンスだ。(中略)
 
取材の中心は、ジンバブエ政府の肝煎りで毎年開催されている「ハラレ国際芸術祭(HIFA)」だった。1999年に始まったこの芸術祭は国の混乱や経済破綻を長年、乗り越えてきたが、昨年は経済危機が深刻化し、ついに中止に追い込まれてしまった。それだけに今年の再開は、反抗精神の表れとみなされていた。

芸術祭の反逆精神は健在だった。ドリンクを片手に大音量の音楽を楽しむ若者たち──パーティーは涼しくなる夜更けまで続いた。

新しい何かの到来を待つ
ジンバブエはかつて英国の植民地だった。ゲリラ闘争のリーダーだったムガベ氏は、1980年のジンバブエ共和国建国以来ずっとこの国を支配してきた。
 
独立まもない頃のジンバブエは、強みの農業を生かしてアフリカ開発の星になるのだという楽観ムードに包まれていた。しかし、ムガベ大統領が率いたのは、組織的な腐敗、他国への国民の流出、不正選挙、資本逃避、反対勢力に対する残虐な弾圧の時代だった。
 
そして現在、93歳となったムガベ氏がいまだ独裁しているこの国の大部分は、変化を待ちながら「止まって」いるように見える。

すぐに政治が良くなるなどという「誤った希望」を持つのはやめて、政権とはできる限り関係のないところで考えたり暮らしたりするようにしているのだと、芸術祭の参加者の多くから聞いた。
 
芸術祭のバーのブースにグラフィックデザイナーだという人がいた。「私たちは何でも取り上げたがる政府に支配されている。とにかく自由に、縛られることなく、自分たちの人生を自分たちがやりたいように生きなくちゃ」と言った。そのバーの名前は「負け組国家」となっていた。
 
昼間の首都ハラレ)を散策すると街のあちこちで市が開かれ、どこもにぎわっていたが、市中心部には廃虚となった巨大なビルがいくつもあった。1980年代の建国直後の楽観ムードと、その後の沈滞を示す痛烈なシンボルだ。

金曜日にはハラレの聖心大聖堂へ行ってみた。聖餐(せいさん)式をやっていた。後方の席に腰かけ、ゴシック・リバイバル建築の高い天井を眺めた。ここはムガベ大統領が通っていた教会だ。だが、悪評高く、高齢で体も弱くなった大統領は最近ここを訪れていない。
 
代わりに地元の教区の人々がいたが、彼らの多くは失業者だ。失業率が驚くほど高いジンバブエでは、希望のなさそうな政治から逃避できるある種の救済を宗教がもたらしてくれるのだろう。

キリスト教福音派の教会はどんどん増えていて、毎週日曜になると、ハラレ市内の方々に集まる大勢の信者を見かける。教会の通路を行き来しながら、携帯電話で神に話しているのだ、と言う牧師が聴衆を集めようとしていた。反ムガベ派の活動家、エバン・マワリレ牧師の教会もある。
 
植民地時代の名残をとどめたホテル「ハラレ・クラブ」にも立ち寄り、誰もいないサロンバーに足を踏み入れた。赤い革張りのいすはぼろぼろで、ほこりのたまった額縁の中には、とうの昔に忘れ去られた白人政治家の正装姿の肖像画があった。
 
気だるい水曜日の朝、治安判事裁判所に行ってみると、第6法廷の被告席に反ムガベ運動の若手リーダーの一人、プロミス・ムクワナンジ氏が座っていた。彼は女性判事の前で木製のパネルに頭をもたれかけ、横では弁護人が証人席の警官に手際よく反対尋問を行っていた。
 
昨年の抗議デモをめぐり迷惑行為を問われた刑事裁判だった。休廷になるとムクワナンジ氏は、力を尽くしてくれた弁護士に大きな笑顔を見せ、昼食をとりに出て行った。私がジンバブエから去った後、彼は無罪となった。
 
ハラレ支局で朝刊各紙を見ていて驚くことの一つは、ムガベ批判が相当大幅に許されていることだろう。「夢想の国に住むムガベ」、「財政危機が暴く無能な政府」といった見出しが思い出される。
 
だが、昨年の反政権デモの勢いは今は収まり、ムガベ大統領は相変わらず誰にも邪魔されずに厳戒態勢の公邸から国を支配している。

週末にはAFPのジンバブエ人の同僚と一緒に車で街を抜け出し、ボローデールの競馬場へ行ってみた。かつて人気のあった娯楽に経済破たんがどんな影響をもたらしたのか、記事にしたかった。
 
ジンバブエの多くの日常風景とたがわず、競馬場もくたびれかけ、幾分みずぼらしくなりながらも、変化が近づいているという希望にすがりつくように、どうにかそこにあり続けていた。

おそらく馬に賭けたのだろう。安ビールをあおりながら人々が声援を送る。まるで固まったまま動かないこの国全体に広がる鬱々とした気分から離れて楽しめる一瞬なのだ。

■変化の訪れは時間の問題
だが、ジンバブエは変わる──たぶんもうすぐ、たぶん急速に。良くなる可能性はあるが、悪くならないという保証はない。
 
野党の政治家たちはAFPの取材に対し、ムガベ氏を大統領の座から追放するために来年の選挙で連携する計画を語った。勝ち目はほとんどないように見えるが、建国以来、首脳が変わったことのないこの国にとって地を揺るがすような事態になるかもしれない。
 
それに、信じがたいことに思えるときもあるが、ムガベ大統領も永遠に生きているわけではない。
 
どんな未来が待ち構えていようとも、報道すべき事柄には事欠かないことになるだろう。【7月4日 AFP】
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“ムガベ批判が相当大幅に許されている”というのは意外でした。政権側の自信の表れでしょうか。
ただ、これまでの“実績”からすると、この寛容さは一旦ことあればかなぐり捨てられ、むき出しの暴力が表に出てきます。

権力を正統性を示す“神輿”として、93歳になっても休むことが許されないムガベ大統領・・・来年の大統領選挙で再び世界の注目が南アフリカの小国に集まります。
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アメリカ 食費に事欠き、ホームレス化する学生 不良債権化する学生ローンを抱え込む政府

2017-07-03 23:17:26 | アフリカ

【「選択」7月号】

1割の学生がホームレスで、2割超が食べ物の確保に困っている
アメリカの大学生・卒業生が学生ローンの負担に苦しんでいる・・・という話はよく聞きます。

経済的困難の実態は想像以上のようで、1年前の記事になりますが、カリフォルニア州立大学では学生の1割ほどが家賃を負担できずにホームレス化しているとも報じていました。

****米カリフォルニア州立大学、学生の多くにホームレスと飢えの問題****
米国最大の州立大学の学生5万人近くが特定の住所を持たないホームレスで、さらに多くの学生が食べる物に困っている──。今週発表された調査報告書で明らかになった。

米カリフォルニア州にキャンパス23校と学生約46万人を擁するカリフォルニア州立大学(California State University)が委託した調査によると、8.7~12%の学生がホームレスで、21~24%が食べ物の確保に困っているという。
 
調査は昨年(2015年)2月、問題の実態を把握する目的で、大学の教職員および管理者、学生を対象にインタビュー形式で行われた。
 
調査報告書によると、困難な状況に置かれた学生の多くは、問題の深刻度について大学の教職員に理解されていないと感じており、また利用できる援助制度について知らない学生も少なくなかった。
 
ホームレスの学生の一人は、大学側に状況を説明し、寮の使用許可を求めたが、他の学生に対してフェアではないとの理由で断られたと話した。また別の学生は、食べ物に関する援助があれば、周囲からレッテルを貼られなくて済むと回答している。
 
一方の教職員らは、限定的な資源を背景に、援助プログラムの通知や奨励について消極的であったことを明らかにしている。学生からの要求が数多く寄せられることを嫌ったのだという。
 
報告書はさらに、問題の規模が誤解もしくは矮小(わいしょう)化されていたケースも多く、「一部では『飢えた学生』を当然視することもあった」と指摘している。
 
同大学広報担当は、調査は今後2年にわたって行う予定と述べた。【2016年6月22日 AFP】
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NHK番組でも、こうした実態を取り上げていました。(2017年3月26日にNHKBS1で放送されたドキュメンタリーWAVE「ホームレス大学生~アメリカ カリフォルニアからの報告」)

背景には授業料と家賃の高騰があることを指摘しています。
“ロサンゼルス内では都市開発が進みアパートは高級志向でプールやジム、屋上施設などが併設されている。それにより家賃は月に約22~28万、1DKですら11~13万もかかり、中流家庭層でも大学に通うのが難しい状態になっているのだ。さらに授業料も以前より2倍も上がっている”【同番組内容をまとめたMs.オオカミさんのブログより http://goldenretrievers.hatenablog.com/entry/2017/03/27/161119

政府発行の低所得者向けのカードとか、学生証を見せるだけで余計な詮索なしに食料や日用品を一定量無料で提供する取り組みもあるようです。

学生ローンに頼る生活にもなりますが、“もともと低所得者層のために作られた学生ローンも今では中流家庭層の学生も利用している。その数は全米の70%にあたる4400万人が使ってる。しかし返済滞納率は11%、10人1人が返せていない計算だ。”【同上】とも。

住む家はおあろか、毎日の食料に事欠く状況で大学を目指す若者らの背景には、学歴による厳然たる収入差があります。

“アメリカでは中卒~高卒、専門学校卒~短大卒、四大卒~院卒まできっぱりと収入差、失業率がわかれている。中卒は大卒の収入の半分以下、失業率は3倍に及ぶ。高卒と大卒では生涯年収は約1億1千万円も違う。安定した生活を送るには学歴が大切だからこそ、皆ホームレスになってまでも大学に通いたいのだ。”【同上】

学生らの意識としては、”取材を通してホームレス学生たちのほぼ全員はホームレスであることを誰にも知られたくないと答えていた。そこには、あわれみを受けたくないという心境や支援を受けるのは恥ずかしいという思いがあった。”【同上】とも。

昨今年1月、ニューヨーク州が全米で初めて公立大学の授業料無償化を決めたといった対応もあるようですが、先の大統領選挙で、かつてのアメリカでは考えられないような急進左派のサンダース候補がクリントン氏を脅かすほどに健闘した背景にもこうした若者らの困窮があります。

もちろん、こうした現状は社会を揺るがす重大問題ですが、そうした困難な状況にあっても目的意識を持って大学を目指すアメリカの若者というのは、日本の多くの大学生の実態(もちろん全員ではありませんが)に比べると、ある意味“非常に健全”であるようにも思えます。社会的に“病んでいる”のはどちらか?という感も。

話をアメリカに戻すと、住む場所に関しては、一定期間滞在できる若者向けシェルターもありますが、ホームレス経験者が自分たちでシェルターを新たに作る試みも紹介されています。

****アメリカで増える学生ホームレス、経験者がシェルター創設****
27歳のルイス・ツィー氏はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の博士課程に在籍していた当時、節約のために車中生活を送っていた。(中略)

「ホームレスに陥った若者は、車で2時間かけてハリウッドの若者向けシェルターに行くか、自力でなんとかしなければならないのです」
ツィー氏は現在、NASAのジェット推進研究所で熱工学のエンジニアとして働いている。

ツィー氏と元クラスメイトのルーク・ショウ氏は2016年10月、高すぎる教育費が原因でホームレスになった学生のために、学生が自分たちで運営するシェルター「Students for Students」を創設した。シェルターは大学に在籍する間の食事や睡眠、仲間との交流や勉強をするための安全で快適なスペースを学生たちに提供している。

シェルターには9台のベッドがあり、ロサンゼルス地域の大学生を受け入れている(キャンパスが近いためUCLAの学生が多い)。

抽選で入居者を決める従来のシェルターとは異なり、「Students for Students」は応募者に対して面接を行い、最大6カ月間の滞在場所を提供する。

そこではまるで家族と暮らしているかのように、朝食と夕食が毎日提供される。
24時間運営のシェルターは、60人の学生ボランティアによって支えられている。UCLA社会福祉課のケースマネジャーは、より長く住める住居を探すのを手伝ったり、自治体の家賃補助制度を利用できるよう、入居者を支援する。

また、大学の医学部と歯学部の学生は定期検診を提供している。カウンセリングも利用可能だ。

「帰る家があるということは、若者が学業や仕事、人生をうまくやっていくための大きな支えになる」とツィー氏は言う。「安定した滞在場所があれば、精神も安定します」

アメリカでは非常に多くの大学生が、定住場所を持たずに暮らしている。全米70カ所のコミュニティカレッジに在籍する3万3000人の学生を調査したウィスコンシン大学の最近の研究によると、約半数が、住居を転々としていたり、生活費を払う余裕がないなど、不安定な住居環境にあることが分かった。

驚くことに、学生ホームレスの割合は14%に上った。カリフォルニア州では、コミュニティカレッジの学生の3人に1人が住居に関する問題に直面しており、 ツィー氏が実際に経験したように、問題は4年制大学にも広がっている。

ツィー氏とショウ氏は、ハーバード大学にある若者向けシェルターをヒントに「Students for Students」を設立。UCLAのデヴィッド・ゲフィン医学部から2万ドル(約222万円)の補助金を得ることに成功し、周辺コミュニティから食料や衣服、毛布および日用品に至るまでの寄付を募った。そして昨年秋、改装した教会に学生たちを迎え入れた。
シェルターは1学期に18~27人の学生を受け入れる予定だ。

「Students for Students」は最初の学期に、児童養護施設で育ち、学費免除の奨学金を逃してしまった学生を受け入れた。数カ月後、この学生は無事にシェルターを卒業していった。

「社会では学歴が重視されるため、人々は人生の可能性を広げるために学校に通い、『卒業証書』を取得しようとします。だからこそ私たちは、さまざまな生活上の困難に直面している学生たちを支えていきたいのです 」(ツィー氏)【5月7日 BUSINESS INSIDER JAPAN】
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連邦政府の資産の多くが、遠からず不良債権化する
こうした取り組みはあるものの、学生生活を支える学生ローンは膨れ上がり、その負担は個人レベルで見て返済不能なほどになっているだけでなく、マクロ経済的にみても金融市場にとって危険水域状態にあるようです。

その背景には、不良債権化に敏感な民間ではなく、政策目的の政府が学生に貸しまくっている実態があるとも指摘されています。

****米国を蝕む巨額「学生ローン」 「百兆円超」財政と家計を壊す爆弾****
「多くの新入社員が学生ローンを抱えて大変そうだ」
 
在米日系企業関係者は心配顔でささやいた。相変わらず米国の信用創造の質は低い。米国の家計債務残高は今年の第1四半期末に十二・七三兆ドルを突破し、過去最高だったリーマンショック前の二〇〇八年第3四半期の十二・六八兆ドルを八年半ぶりに更新した。
 
ただ、サブプライムローン問題が顕在化した八年半前と決定的に異なる点は、住宅ローンの家計債務に占める比率が厳しい規制で低下した一方で、学生ローンが構成比二番目となったことだ。
今やその債務総額は一・三四兆ドルと、自動車やクレジットカードのそれを上回っている。

我々が生きている「極端に金融依存化した現代」では、利息を支払う「経済成長の奴隷」を見つけることが必要だ。高等教育にそれを見出した米国では、既に学生ローン利用者が四千四百二十万人に達している。しかも膨張は止まりそうにない。

不良債権化する連邦政府の資産
米国の若者は苦しい。景気拡大により失業率が五%を切り、完全雇用が近付いているが、二十五歳以下の失業率は九・九%、黒人で高卒の場合は二六%だ。

十七歳から二十歳までの高卒かつ進学していない若者全体の不完全就業(パート等能力以下の就業)率は三一%にもなる。「大卒」は今なお就職に有利であり、学生や親にとって投資価値があるといえよう。
 
学費はどうか。一九七八年から現在までの四十年間で、米国では二九二%のインフレが起こったが、同期間に自動車の価格が九九%上昇したのに対して、大学の学費は一二九七%の上昇と、もはや「学費のハイパーインフレ」状態となっている。

米国の学歴社会と学費高騰が、現在の学生ローン問題の基本的な背景にある。
 
結果として三十歳以下の学生ローン利用者数は、〇四年から一五年までに一・五倍、ローン残高は二・六倍に増えた。

ピューリサーチセンターの調査では、四十歳未満の若年世代の学生ローン利用者の純資産は「八千ドル程度」という結果が出ている。未利用者の七分の一しかない。解雇のような収入上のトラブルが起これば、たちまちホームレスにでもなりかねない状況なのだ。
 
さらに問題は、その上の世代。学生ローン利用者のうち三十歳未満は一千七百万人で総額三千七百六十三億ドルである一方、三十歳以上が二千七百万人もいて、しかも総額は一兆ドルを超えている。
 
具体例を示そう。コロラド州に住む七十歳と六十五歳の夫婦は今、二人合わせて学生ローン残高が十八万ドルもあるという。むろん子供や孫のローンではない。

軍に勤務していた夫は、五十代の頃、IT技術を磨くために大学へ入学。その際、七万ドルを借り、月々三百~四百ドルずつ二十年近く返済してきたが、現在は八万ドルと逆に残高は増えている。妻も同様で七万ドルを借り、残高は十万ドル近くになっている。利息も払えないこの夫婦は「死ぬまで働き続けるしかない」という。
 
これは特殊なケースではない。米国では学生ローンが残っている六十歳以上が急増し、今や二百八十万人(一五年末時点)にもなり、全体の六・四%を占めている。六十歳以上の債務総額は六百六十億ドルと、六十歳以上だけで日本学生支援機構の年間貸与総額一兆円の六倍に達している。〇四年比で人数は四・五倍、債務総額に至っては十一倍と、他の世代を大きく上回る膨張ぶりだ。
 
次に債務不履行者に占める年代別の割合をみてみよう。五十歳未満が一七%、五十~六十四歳が二九%、六十五歳以上が三七%と、年齢に比例して債務不履行が多いことが分かる。つまり六十歳以上の学生ローン利用者の増加は、将来の債務不履行の増加に直結する。
 
ではなぜ、例にあげた夫婦は中年になってから学生ローンを借りられたのか。それは、貸し手が銀行ではなかったからだ。
 
五二・六%―。これは連邦政府の金融資産二兆六百億ドルのうち、学生ローンが占める割合である。

学生ローンの貸し手は連邦政府(州政府も多少はある)と民間の二種に大別できるが、政府は金融危機後に民間の貸し手への規制を厳しくする一方で、民間以上に政府自身が学生ローンを貸しまくった。

その残高は〇七年末の一千百五十億ドルから今年第1四半期末には一兆八百五十億ドルまで、実に九・四倍にも膨れ上がった。このデタラメ融資の結果、政府資産の半分が学生ローンという異常事態となっているのだ。
 
民間がやるべきことを政府がやるとどうなるか。中高年や女性、黒人などへの貸し付けが増えていった。政府であるがゆえに、借りる機会を公平に提供しようとするからだ。だが、残念ながら就業率や給与水準でみると、現実の返済能力は平等ではない。
 
つまり連邦政府の資産の多くが、遠からず不良債権化するということだ。昨年だけで百十万人の連邦政府ローン利用者が、債務不履行と認定されている。一日三千人の計算だ。

ある試算では、学生ローン利用者の四割が、クレジットスコア六百二十点以下のサブプライム層だという。〇六年の住宅ローン新規貸し付けのサブプライム比率でさえ二割近くだったといえば、いかに異常かが分かるだろう。現在騒がれている自動車サブプライムローンでさえも二割だ。

需要の先食いと将来の財政悪化
債務不履行者の多くがクレジットスコアの低い者であることが連銀の調査で分かっていても、現状は誰にも止められない。

債務不履行となれば、むろん連帯保証人が返済責任を負うことになる。米消費者金融保護局(CFPB)によれば「連帯保証人の半数以上が五十五歳以上」だという。若年の債務不履行の増加は、肩代わりさせられる中高年世代に負担が飛び火することになる。
 
実は債務不履行の比率は、すでにリーマンショック時を上回っている。つまり本来なら現在のバブルは崩壊している水準なのだ。貸し出しの質の低下と量の急増は、学生ローンバブルが限界に達していることを物語っているが、貸し手が政府なので止める者がいない。トランプ政権は六月、多少のルールを変えたが、学生ローンの急増に歯止めはかからない。
 
恐ろしいことに、学生ローン残高二十万ドル以上は四十万人にも達しているという。これらの重債務者は、未利用者より他にもローンを組む可能性が一・五倍高いとのデータもある。

連邦準備制度理事会(FRB)は六月十四日、今年二度目となる政策金利引き上げを行ったが、借金漬けの彼らはどうなるのか。債務不履行者は累計八百万人に達したが、あとどれだけ増えるのか。

金融機関であれば、金利状況によって貸し出し姿勢も守勢にシフトしていくが、そうはならない。需要の先食いと将来の財政悪化をもたらしながら、米連邦政府は今日もサブプライム学生たちに貸しまくっている。【「選択」7月号】
******************

“民間がやるべきことを政府がやるとどうなるか・・・”との表現は、やや一方的な感も。別に民間を追い出して政府が貸し付けている訳ではなく、民間がなかなか手を出さない分野なので政策的に政府が融資している・・・とも言えます。

ただ、金融である以上、借りた側には、その負担以上のメリットがあるかどうか、貸した政府側には回収できるか・・・という規律が必要になりますが、アメリカの現状はそうした規律を危うくしているようです。

政策的に必要ということであれば、金利を軽減したり、一部を無償化したといった方策もあり得ますが(その穴埋めは税金でまかなうことになりますが)、個人の自助努力を前提とするアメリカ社会、“小さな政府”を良しとする共和党優位の政治状況では、そうした対応に国民的合意を得るのは難しいでしょう。

教育を受けることで誰にでも成功のチャンスがある・・・というのがアメリカンドリームの基礎ですが、学費・生活費の高騰で教育の機会が制約される、なんとかその機会を支えてきた学生ローンも破たんする・・・ということになれば、アメリカンドリームの破たん・終焉ともなります。

食費にも事欠き、ホームレス化する学生、60歳を過ぎてなお学生ローンの負担に苦しむ人々・・・努力すれば報われるという“古き良きアメリカ”へのノスタルジーが産み落とした悲劇かも。

もっとも、教育における格差は日本でも問題になっていますので、アメリカだけの話ではないのかも。
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インド・モディ首相 キャッシュレス化・単一市場に向けた経済改革断行 強まるヒンズー至上主義

2017-07-02 23:06:47 | 南アジア(インド)

(物品サービス税(GST)の税率引き下げを求める小売業者や労働者ら。インドのニューデリーで撮影【6月30日 ロイター】)

キャッシュレス社会実現に向けて“剛腕”】
インド・モディ首相については、2001年から2014年までグジャラート州首相を務め、インフラ整備や外資の受け入れなどにより、同州の経済成長を実現したとされることによる経済改革への期待がある一方で、若い頃からヒンドゥー至上主義を掲げる民族義勇団に所属しており、イスラム教に対する憎悪を煽る演説を行っていたとか、イスラム教徒のヒンドゥー教徒への列車焼き討ち事件をきっかけに起きた2002年グジャラート州暴動(両教徒合わせて1000人以上が死亡)を州首相として黙認した、あるいは関与したとされるヒンズー至上主義的傾向への懸念もあるという、二つの側面が首相就任時から常に指摘されています。

経済改革の面における“剛腕ぶり”は、2016年11月に断行された、緊急テレビ演説から約4時間後に高額紙幣(金額ベースで流通紙幣の86%)を無効化するという施策によく表れていました。

現金決済が主流のインドでは、政治家や資産家が課税逃れのために現金を不正にため込むケースが横行、モディ政権は、高額紙幣の無効化により国民総生産の最大3割に上るとされるこうした現金を半ば強制的に銀行に預金させ、闇資金の摘発や汚職・脱税の根絶につなげることが狙いだと説明していました。

当然のごとくこの施策により市民生活の大混乱を招き、不満も噴き出しましたが、政治的には、今年3月に開票された人口2億人の最大州である北部ウッタルプラデシュ州地方議会選挙でモディ首相率いる与党インド人民党(BJP)が圧勝したことで、現金で蓄財し脱税する富裕層の違法行為にメスを入れたとして同施策を一般庶民が支持した・・・と評価されています。(3月12日ブログ“インド モディ首相の中間評価とされる地方議会選挙 最大州で与党が圧勝”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170312

インドにおける選挙の実態を考えると、住民にそこまで政策が“評価”されたかどうかは疑問もありますが、少なくとも、失政として逆風にはならなかった・・・とは言えるでしょう。

なお、高額紙幣無効化で銀行口座を強制的に作らせた施策は、キャッシュレス化・デジタル化という大変革実現に向けた施策のひとつだった・・・との指摘もあります。(1月13日ブログ“インド 高額紙幣無効化断行はキャッシュレス化・デジタル化を目指すモディ首相の“英断”か?”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170113

****キャッシュレス社会、最初に実現するのはインドか****
インドに関するここ1年で最大のニュースは、ナレンドラ・モディ首相が打ち出した高額紙幣の廃止だ。使用できなくなったのは、同国内で流通していた紙幣全体の86%を占めていたとされる。

だが、実際にはインドでは、これをはるかに上回る多大な影響を社会全体に及ぼし得ることが起きている。それは、「インディア・スタック(India Stack)」と呼ばれるプロジェクトの開始だ。

インドでは2009年まで、身分証明書といえるものを一切持たず、出生証明書さえないという人が国民のおよそ半数を占めていた。身分証明書がなければ、その人は銀行を利用することも、保険に加入することも、運転免許証を取得することさえできない。そのためこうした人たちには、起業などの機会も与えられなかった。

そこで政府が同年に立ち上げたのが、「アドハー(Aadhaar)」プロジェクトだった。

同プロジェクトは指紋認識と網膜スキャン技術を使用する生体認証データベースで、12桁の(全国民に割り当てられた)デジタルIDを使用するもの。これまでに実際に導入されたITプロジェクトの中で最大規模、かつ最も大きな成功を収めた例とされている。デジタルIDを取得したインド国民は2016年末までに、人口の95%に当たる約11億人に上っている。

だが、このプロジェクトはインドにとって、始まりに過ぎなかった。同国は2016年、デジタル化に向けたもう一つのプロジェクト、「インディア・スタック」に着手した。

インディア・スタックは、国民の住所、銀行取引や納税申告に関する情報、雇用記録、医療記録などのデータを保存し、共有するための安全なネットワークシステムだ。アドハーを通じてアクセス・共有が可能になっている。簡単に言えば、インディア・スタックは新たなデジタル社会の基盤になり得るものだ。

可能になった「キャッシュレスの世界」
ここで、昨年行われた高額紙幣の廃止についてもう一度考えてみる。モディ首相によるこの決定は、その他の事柄とは関連のない一つの出来事と見られた。だが、これは全ての国民を新たなデジタル・システムへと移行させるものでもあった。

アドハー・プロジェクトが開始されて以来、インドでは新たに2億7000万近い銀行口座が開設された。マスターカードが2015年に発表した報告書によると、インドは当時、デジタル決済システムへの移行の準備が最も遅れている国の一つだった。

だが、報告書から一年ほどの間に、そのシステムは導入が開始された。数年前には現金以外で行われる取引が全体のわずか2%にすぎなかったインドでデジタル社会への移行が実現されるなら、そうした移行は他のどこでも起こり得る。(中略)

インドでは、金融システムが抱える多額の不良債権が経済成長の大きな足かせとなってきた。不良債権残高は2009年以降、4倍ほどに膨れ上がっていた。そして、モディ首相による高額紙幣の廃止は、この点に関して非常に重要なことを達成したといえる──銀行の資本構成を改めたのだ。

高額紙幣の廃止以降、インドの銀行システムには新たに800億ドル以上が流入。市場はこれを好感した。(後略)【7月2日 Forbes】
*********************

キャッシュレス化に関しては中国のスマホ決済普及がよく取り上げられますが、インド・モディ首相も“剛腕”でキャッシュレス化・デジタル化へ突き進んでいるようです。

ただし、“ジャン・ダン・ヨジャナ(国民金銭計画)で開設した銀行口座も、約25%が残高ゼロという。農村世帯の約3割はいまだに電気のない生活で、銀行ATMやパソコンの利用すらできない状況だ。

クレジットカードも2000年代半ばに第1次のブームが到来したが、無計画な利用による焦げ付きやカード破産が相次ぎ、発行枚数はまだ約2300万枚足らずと伸び悩んでいる。

そしてキャッシュレス化・デジタル化の推進には、金融リテラシー教育も必要となってくる。モバイル詐欺やハッキングにも目を光らせねばならない。(中略)政府が掲げるデジタル経済・キャッシュレス経済への本格的移行には、まだ相応の時間がかかりそうだ。”【1月13日 JB Press】との指摘も。

【「GSTによって、1つのインド、偉大なインドという夢が現実のものになる」】
そして、いまモディ首相が再び経済改革の“剛腕”をふるっているのが、中央政府と29の州が個別に徴収していた十数種類の税金を一本化する「物品サービス税(GST)」導入です。

****インドを単一市場に、新税「物品サービス税」始まる****
インドで1日、独立以来最大の税制改革とされる「物品サービス税(GST)」が導入された。政府は、インド全土を対象とした新税制度はインド経済の強化と汚職の根絶につながるものだとしているが、抜本的な税制改革に不安を感じている企業や事業者も少なくない。
 
GSTによってインドの中央政府と29の州が個別に徴収していた十数種類の税金が一本化される。インドを人口13億、経済規模2兆ドル(約225兆円)の単一市場にすることを目指している。

GSTは「簡素で優れた税制度」だと言うナレンドラ・モディ首相は、新税の開始に当たって議会で1日午前0時(日本時間同3時30分)に始まった記念式典で「GSTによって、1つのインド、偉大なインドという夢が現実のものになる」と語った。
 
しかし、北部ジャム・カシミール州は新税を拒否。事業者の間ではGSTに抗議する声も上がっており、最大野党の国民会議派はGST開始の記念式典をボイコットした。
 
GSTは当初、単一税率を導入する計画だったが結局、5%から28%まで4段階の税率が適用されることとなり、事業者は懸念を募らせている。GSTの規則を説明する手引書は200ページを超え、最終調整は6月30日の夜遅くまで続けられた。

■「しばらくはインド経済に衝撃」──専門家ら
GST導入後も地方政府が課税することは認められている。南部のタミルナド州は1日、映画のチケットに28%のGSTに加え、州独自に30%の税金を課すと発表。

映画館オーナーの団体は、観客が減り映画の違法ダウンロードが増えるとして、3日から30%課税が撤回されるまでの間、州内の全映画館969館の営業を停止するストライキを行うと発表した。
 
新税導入初日の1日午後、首都ニューデリーの中心部にある照明器具販売店「ケラティ・ラル・サンズ」に客の姿は一人もなかった。AFPの取材に店主は「税率が12.5%から28%に上がった。うちの売り上げには大きな打撃だよ」と不満をもらした。
 
一方で運送業には駆け込み需要があった。匿名を条件に取材に応じたムンバイの物流会社「リビゴ」の幹部社員によると、GSTが始まる1日午前0時より前に確実に荷物を届けてくれという依頼が殺到したという。
 
繊維業をはじめ多くの業界が、課税対象が不明確だとしてGST導入を前に抗議のストを行った。

2006年に初めて構想が発表されたGSTは、当初の予定よりかなり遅れて導入された。多くの経済専門家はGSTを評価しているが、事業者が適応するまでの間は、新税制はインド経済に衝撃を与えるだろうと警告している。【7月2日 AFP】
********************

“インドではこれまで、複数の間接税の一部について、州が独自に税率を決めていた。こうした複雑な税体系が一本化され、品目によって5〜28%の4種類の税率が課された。州を超えて物品を販売する際に課されていた中央販売税が廃止され、企業にとっては、業務の円滑化が見込まれる。”【7月2日 産経】と、納税の効率化による経済成長に期待がかかる一方、準備不足による混乱も起きています。

また、導入に合わせ納税情報が電子化され、脱税や汚職の根絶につなげる狙いもあるとも。

まあ、“準備不足”云々については、現実問題としては準備を待っていたのでは新制度導入はいつまでたってもできない・・・ということもありますので、ある程度の“断行”はやむを得ないところです。(今回措置が、“ある程度”の範囲内化どうかは知りませんが)

“インドでは、中央政府と各州がさまざまな間接税を課し、同じ税でも州ごとに税率が異なっていた。このため、州をまたいだ取引が阻害され、国内市場の分断を招いてきた。複雑な税制のせいで、二重課税の問題もあった。”という現状の改革は、長期的にはインド経済に大きなプラスとなるでしょう。

頻発する少数派イスラム教徒への暴力 首相は「容認できない」とは言うものの・・・
一方、ヒンズー至上主義の拡大を黙認するモディ政権下で、ヒンズー至上主義が強まっています。
6月6日ブログ“インド 強まるIS・イスラム過激主義の影響 広まるヒンズー至上主義が対立の温床となる懸念”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170606
5月11日ブログ“インド・モディ首相 「仮面」を脱いで、最大州首相にヒンズー至上主義「極右扇動者」を起用”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170511

インドで人口の約8割を占め、牛を神聖視するヒンズー教徒が、食肉用として牛肉を扱う少数派イスラム教徒に対し暴力を加える事件が相次ぎ、根深い宗教対立として社会問題化しています。

この事態に、モディ首相もようやく「聖牛崇拝の名の下に人を殺すことは容認できない」と発言するに至っていますが、いささか責任回避のための形式的コメントのようにも。

****印モディ首相、牛を口実にした殺人「容認できない****
インドのナレンドラ・モディ首相は29日、多数のヒンズー教徒が神聖視する牛の保護を口実にした少数派の人々を狙った殺人事件が相次いでいることを非難した。少数派への暴力については、政府が見て見ぬふりをしていると批判されていた。
 
モディ首相が自警主義に関して発言するのは約1年ぶり。数日前には、列車に乗っていた10代のイスラム教徒が牛肉を運んでいたとして刺殺される事件が発生していた。
 
モディ首相は「聖牛崇拝の名の下に人を殺すことは容認できない。マハトマ・ガンジーも認めないだろう」と述べた。
 
インドではこの数か月、特に牛を殺したり、牛肉を食べたりしたと疑われたイスラム教徒が標的になる、自警主義的な殺人事件が相次いでいる。
 
PTI通信によると、29日にはジャルカンド州で、イスラム教徒の男性が牛肉を運んでいたとして群衆に殺害された。
 
先週には15歳を含む4人兄弟が、首都ニューデリーから列車で帰宅途中に、座席をめぐる口論の末に襲われる事件が発生し、注目を集めた。兄弟の1人は牛肉を運んでいると難癖を付けられて襲われたと話している。
 
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのインド支部長を務めるアーカル・パテル氏は今週、声明で「イスラム教徒に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が免責されているように見える状況に強い懸念を抱いている」と述べた。
 
アムネスティによると、4月以降、少なくともイスラム教徒10人がヘイトクライムとみられる事件に巻き込まれ、公共の場でリンチされたり、殺害されたりしているという。【6月30日 AFP】
*******************

自分が前面にでることは避けながら、自身が関与する勢力が暴力的手段にでる事態を黙認する・・・というのは州首相時代と同じで、危険で陰険な政治手法です。

インド社会最大の問題でもあるヒンズー・イスラムの対立に火が付けば、モディ首相の推し進める経済改革など吹き飛んでしまいます。
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性・ジェンダーの多様化を容認する流れ

2017-07-01 22:13:55 | 人権 児童

(独ベルリンのブランデンブルク門前で開かれた同性婚容認を支持する集会に参加した人々(2017年6月30日撮影)【6月30日 AFP】)

珍しくなくなった同性愛を公言する政治指導者
最近は同性愛者を公言する政治指導者は、さほど珍しくなくなりました。

セルビア人のほとんどがセルビア正教会で、政治的にも民族主義的傾向が強い右派が政権を握っていることで保守的なイメージもあるセルビアでも、女性同性愛者の首相が誕生しています。

****同性愛公言の女性首相誕生=セルビア****
セルビア議会は29日、女性で同性愛者のアナ・ブルナビッチ首相(41)の就任を賛成多数で承認した。セルビア初の女性首相となり、AFP通信によれば、保守的なバルカン半島諸国で初めて同性愛者を公言する首相が誕生した。
 
ブルナビッチ氏はこれまで行政・地方自治相を務め、ブチッチ大統領から首相指名を受けていた。ブルナビッチ氏は議会演説で「ロシアとの関係を強化しつつ、欧州連合(EU)加盟交渉を加速させる」と訴えた。【6月30日 時事】 
*********************

6月14日には、アイルランドでも14日、少数与党の統一アイルランド党の党首で同性愛を公言しているレオ・バラッカー氏(38)がアイルランド史上最年少の首相に選ばれています。

5月25日にベルギーのブリュッセルで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に出席した首脳陣の“パートナー”(いわゆる“ファースト・レディ)の記念撮影写真を紹介したアメリカ・ホワイトハウスが、同性愛者でもあるルクセンブルク首相のパートナー“ファースト・ジェントルマン”を無視した件は、トランプ政権の同性愛に対する批判的見解を示すものか・・・と、世界中で話題にもなりました。

ドイツ・メルケル首相も同性婚容認の方向へ舵を切る アジアでは台湾が
同性婚を法的に認める国も増えています。

ドイツ・メルケル首相は、これまで同性婚は認めない立場でしたが、国民世論が容認方向に傾いていることから、9月の総選挙対策もあって、同性婚に反対する党議拘束を解除する形で、同性婚容認への道を開いています。
ただし、メルケル首相個人としては、あくまでも反対の姿勢ではありますが。

****同性婚法可決…賛成多数で 今秋にも施行****
ドイツ連邦議会は6月30日、同性間の結婚を認める法案について審議し、与野党の賛成多数で可決した。法案は連邦参議院でも可決される見通しで、今秋にも施行される。

メルケル独首相の保守系与党会派キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は長年、同性婚に強く反対してきたが、今回の「歴史的決着」は9月の連邦議会総選挙だけでなく、独政界の今後にも影響するとみられている。
 
DPA通信によると、投票総数は623票。左派系野党・緑の党などから393票が賛成に投じられ、CDU・CSUからも少なくとも73人が賛成に回った。メルケル氏は議決後、「私にとって憲法に定められた結婚とは男女間によるもの」と述べ、反対票を投じたことを明らかにした。
 
ただメルケル氏は26日のイベントで、参加者から同性婚について問われ「良心に基づいた判断がなされるような議論を望む」と発言。特段の政治的意図はなかったとみられるが、与党・社会民主党はこれを党議拘束がない採決を容認したものと解釈。野党と共闘して委員会採決を行い、本会議に法案を提出した。
 
ドイツでは社民党政権時代の2001年、同性カップルを「パートナー」として法的に登録する制度が導入され、社会保障や税制面での優遇が受けられるようになった。同性婚の導入により、今後は同性カップルが第三者を養子にできるなど、男女間の結婚と同じ権利が認められる。
 
独総選挙ではCDU・CSUを除く全国政党が同性婚容認を政策に掲げる。「最後の保守的価値」とされる同性婚問題の決着で、総選挙の争点の一つが消えることになる。将来的には保守と左派政党が近づき、新たな連立政権の枠組みにもつながる可能性がある。
 
欧州では既に13カ国で同性婚が認められている。【6月30日 毎日】
*******************

“欧州では既に13カ国で同性婚が認められている”ということで、ドイツは“遅ればせながら”というところですが、アジアではまだ例外的で、先日台湾の憲法法廷が同性婚を認める決定を行い、アジア初の同性婚の法的容認へ動き出しています。

****台湾、同性婚を合法化へ アジア初 憲法法廷が判断 *****
台湾で、アジアで初めて同性婚が合法化される見通しになった。

司法院大法官会議(憲法法廷)は24日、結婚の前提を男女間と定めた民法の規定が、婚姻の自由と平等という憲法の趣旨に反するとの解釈を公表し、2年以内に立法措置をとるよう明確に求めた。
一方、その形式については柔軟な姿勢を示し、反対派にも一定の配慮をした。(中略)

「同性間の結婚を排除する民法には、立法上の重大な瑕疵(かし)がある」。司法院の呂太郎秘書長が同日台北市内で記者会見し、憲法法廷の判断を解説した。「社会倫理の維持を理由に同性婚ができないのは非合理で差別的。法の下の平等に反する」とも述べた。
 
合法化は蔡英文政権の公約で、昨年末にも実現が見込まれていた。ただ昨年11月に立法院(国会)で本格審議が始まると、保守派から「同性愛は異常で認めるべきではない」「父母のいる家庭のあり方や社会秩序を崩壊させる」との反発が表面化。審議の停滞を招いたが、今後は法制化への作業が本格化する。
 
立法院では結婚に関する民法の条文から男女の区別を消去することで合法化を実現する「民法改正」と、同性パートナーに結婚と同等の権利を保障する「特別法」を作る2つの方法が検討されている。
 
結婚は男女間のものという原則を守りたい反対派の間では、特別法なら容認できるとの意見が増えている。形式について憲法法廷は、民法には手を入れず、「特別法」を作るのも可能だと示唆。反対派にも一定の配慮をにじませた。実際に法制化が実現するのは、早くとも夏以降になるとの見方がある。【5月24日 日経】
******************

「民法改正」は認められないが、「特別法」なら・・・・日本の天皇退位の議論のようです。

フランスでは、女性同性婚者の生殖医療を認める方向の検討も
同性婚に関しては様々な問題・考慮すべきものがあるのでしょうが、誰しも思うのは「子供は?」という話。

一般的には、子供を育てたい同性婚夫婦は養子縁組をするというところでしょうが、生殖医療を用いれば、女性なら同性婚パートナーが妊娠することも可能です。
男性同性婚の場合は、代理母出産という方法も考えられます。

フランスでは、女性同性婚者の生殖医療を認める方向の検討が始まっているそうです。

****生殖医療、全女性に解禁へ=同性カップル出産可能に―フランス****
フランス政府は、自然な方法では出産できない女性同士のカップルや独身女性に対しても生殖医療を認める方向で検討を始めた。

国家倫理諮問委員会が6月下旬、「生殖医療をすべての女性に解禁すべきだ」と提言する答申を発表し、マクロン大統領も賛成の構え。ただ、同性カップルに厳しい姿勢を取るキリスト教団体など保守層は反発しており、調整は難航が予想される。
 
フランスでは現在、不妊に悩む男女のカップルにのみ、体外受精や第三者の男性による精子提供といった生殖医療を容認している。

倫理委の答申によると、近年では規制を逃れて隣国のスペインやベルギーで生殖医療を受け、妊娠する仏女性が毎年2000〜3000人に上るとみられる。
 
こうした事態を踏まえ、答申は「家族の在り方は変化している。独身女性や女性カップルに生殖医療を禁じることは問題だ」と結論付けた。

ベルギーで生殖医療を受け、女性のパートナーと生後3カ月の女児を育てる女性(29)は地元メディアに「解禁されたら2人目も考えたい」と話し、倫理委の判断を歓迎する。
 
ただ、女性が他人に子供を引き渡す目的で出産する「代理母」については、代理母となる女性の心身に悪影響を及ぼす懸念があるとして答申は容認しなかった。このため、男性同士のカップルが子供を得る権利は依然制限される。【7月1日 時事】
********************

トランスジェンダー アメリカのトイレ論争 日本では女子大が門戸開放?】
性的マイノリティに関する議論のなかで、最近話題になることが多いのが自分の生物学的性と内面的性が一致しない“トランスジェンダー”です。

アメリカでは、学校のトイレについてトランスジェンダーはどちらを使用すべきかに関する州当局の判断が、中絶や同性婚同様に、保守・リベラルの試金石ともなる非常に大きな政治問題ともなっています。

****学校でトイレに行けないトランスジェンダーたち 米国の教育現場が抱える問題****
◆トランスジェンダーの青少年が学校で抱える不安と不快
まず、トランスジェンダーの人々は直面する課題の類似からLGB(Lesbian, Gay, Bisexual)という人々とひとくくりにされているが、根本的性質は少し異なる。

LGBの人々は性的嗜好に基づいたマイノリティであるが、トランスジェンダーは自分の生物学的性と内面的性が一致しなかった人々である。
 
アメリカの青少年(13~17歳)のうちトランスジェンダーは総勢15万人以上いるとされている。そうした多くのトランスジェンダーの青少年は、70%が学校の公共トイレを利用するのを避けており、また時に水分の摂取も意識的に減らしていることが調査で明らかになった。

他にも、学校で自分の内的性別に沿わない更衣室やトイレの利用を強要されているケースが60%と半分を上回った。

◆法的サポートの必要性
トランスジェンダーの学生たちは、学校の公共トイレを利用する際に不安と不快も感じており、極端な場合には不登校になるケースもあり、教育を受ける権利に影響を及ぼしているという。(中略)

更衣室やトイレの使用は他の生徒の安全やプライバシーの問題と矛盾する、という反対意見もたびたび主張されてきた。つまり、制度を悪用する人の可能性が指摘されているのである。

しかし、長期間同じコミュニティにいる学生たちは「”一日だけトランスジェンダーのふりをする”ことはできないし、制度を整えた学校で学生が悪さをする回数が増えたという報告はない」、とレポート内で説明している。
 
これらの調査は、自分からトランスジェンダーであることを公表し主張をしているのにその権利が守られないことを前提としているような記述が多い。

日本では、そもそも自分がトランスジェンダーであることをカミングアウトしていない人も多いだろう。そのためトイレなどの設備のみを整えても、周りの目を意識して結局活用できないのではないだろうか。

物理的環境の整備も必要だが、同時に周りの人々の理解と許容という社会環境の整備もあって初めて成り立つのではないかと考えさせられる。【6月11日 大西くみこ氏 NewSphere】
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カミングアウトした者の扱いが問題となっているアメリカに比べ、日本ではそもそもカミングアウトができない社会的雰囲気がある・・・という状況ですが、少しずつではありますが、教育界でもトランスジェンダーに対する配慮の検討が始まってはいるようです。

****心は女性」女子大も門戸? 8校が検討前向き****
生まれた時の性別が男性だが、心の性別が女性のトランスジェンダーの学生の受け入れについて、国立2校、私立6校の8女子大が、検討を始めたか、検討を始める予定であることが朝日新聞の調べでわかった。

現時点で動きはないが、将来「検討するべき課題」と考える女子大も6割強の41あり、女子大が「多様な女子」にどう門戸を開いていくのかが注目される。(後略)【6月19日 朝日】
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南アジアで認められている「第3の性」】
アジアにあっては、トランスジェンダーについて、男性でも女性でもない「第3の性」という扱いもなされています。

タイでは軍事政権が主導した新憲法において“「第3の性」を認める公算が強まっている”という報道も以前ありました。

****タイの新憲法、「第3の性」認める方向****
タイが同国史上初めて、憲法で男性でも女性でもない「第3の性」を認める公算が強まっている。

新憲法案を作成している憲法起草委員会の広報担当者は、「男性または女性として生まれた人が、性別を変更したり、違う性別で生きたいと思うことは人権に当たる」と指摘。「国民は性別変更の自由を認められるべきであり、憲法や法によって平等に保護され、公平に扱われなければならない」との見解を示した。

第3の性では、個人が男性または女性のいずれかである必要がなくなり、自分の性別を自分で決められるようになる。

広報担当者は「今こそタイの社会における第3の性の存在を認め、保護する範囲を広げるべき時だ。第3の性が導入されれば、社会でも差別を減らす助けになる」と力を込めた。(中略)

アジアでは既に、インド、パキスタン、ネパールなどが第3の性を認めている。【2015年1月19日 CNN】
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しかし、その後公布された新憲法に関して、「第3の性」が認められたという話は聞きません。立ち消えになったのでしょうか?新憲法でどのように扱われたのかよくわかりません。

お堅い軍事政権ですから、認めなかったという方が納得はできます。あのプラユット首相が「第3の性」を許容するとはなかなか思えませんので。

タイを旅行された方なら、トランスジェンダーというか、いわゆる“ニューハーフ”が多いことはご承知だと思います。

タイでは徴兵検査がありますので、その際に“ニューハーフ”が話題になることもしばしばあります。
比較的、タイでは人々がLGBTに寛容であると言われることもありますが、当然ながら差別・偏見もあります。

“アジアでは既に、インド、パキスタン、ネパールなどが第3の性を認めている”とのことですが、パキスタンのように同性愛を禁止しているいるイスラム教の国で「第3の性」というのも不思議な感じもします。

****パキスタン、パスポート性別欄に「第3の性」を認める****
性別欄の記載が男性でも女性でもない「第3の性」のパスポートを、パキスタン政府が初めて発給したことが明らかになった。

第3の性のパスポートを発給されたのは、トランスジェンダーの権利保護を求める活動家で、北西部ペシャワル在住のファルザナ・リアズさん。極めて保守的なパキスタンで疎外されているトランスジェンダー社会にとって、一歩前進だと歓迎している。
 
リアズさんはAFPの取材に対し「前のパスポートでは性別欄に男性と書いてあったが、新しいパスポートでは男性でも女性でもなく『X』と記されている」と述べた。さらに「これまでは外見とパスポートの性別が違うために海外の空港で問題が生じていたが、今後は旅行がしやすくなる」と語った。
 
パキスタンのトランスジェンダーたちは近年、自分たちは宦官(かんがん)文化の継承者だと主張している。宦官はインド亜大陸を2世紀にわたり支配したムガール帝国時代に重用されたが、19世紀、同大陸に進出してきた大英帝国によって禁止された。
 
複数の調査によると、パキスタンには少なくとも50万人のトランスジェンダーがいるとされる。2009年には他国に先がけて第3の性を合法的に認め、身分証明書も取得可能になった。トランスジェンダーの候補が選挙に出馬した例もこれまでに複数ある。
 
一方、イスラム教で禁止されている同性愛は10年の禁錮刑、または、むち打ち100回の刑に処される可能性がある。【6月26日 AFP】
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“宦官文化”云々はわかりませんが、南アジアには“ヒジュラー”と呼ばれる「第3の性」が社会的に存在していることはよく知られるところです。

****ヒジュラー*****
インド、パキスタン、バングラデシュなど南アジアにおける、男性でも女性でもない第三の性である。ヒジュラ、ヒジュダとも呼ばれ、ヒンディー語・ウルドゥー語で「半陰陽、両性具有者」を意味する。

ヒジュラーは通常女装しており、女性のように振舞っているが、肉体的には男性、もしくは半陰陽のいずれかであることが大部分である。宦官として言及されることもあるが、男性が去勢している例は必ずしも多くない。

歴史的には、古くはヴェーダにも登場し、ヒンドゥー教の歴史にもイスラームの宮廷にも認められる。その総数はインドだけでも5万人とも500万人とも言われるが、実数は不明である。

アウトカーストな存在であり、聖者としてヒンドゥー教の寺院で宗教的な儀礼に携わったり、一般人の家庭での新生児の誕生の祝福のために招かれたりする一方、カルカッタ(コルカタ)やニューデリーなどの大都会では、男娼として売春を生活の糧にし、不浄のものと軽蔑されている例もある。【ウィキペディア】
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この話に入ると長くなりますので、今日はやめておきます。
“インド、パキスタン、ネパールなどが第3の性を認めている”のは、こうした社会的背景によるものでしょう。

ただし、差別・偏見がないという話ではないでしょう。

いろんな国のそれぞれの動きを以上のように見てくると、日本は世界でも性・ジェンダーに関して“保守的”な国であることがわかります。同質性を前提とした社会の少数派への無関心・拒否感でしょうか。
コメント
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