孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  「今日のところはひとまず」危機が回避されたタイ民主主義 第2幕も・・・

2020-01-21 22:48:24 | 東南アジア

(支持者の声援に応える新未来党のタナトーン党首(2019年12月14日、バンコク)【12月25日 日経】)

【政治的に利用される憲法裁判断】
タイに対しては非常に失礼な話ですが、タイ民主主義における三権分立とか、司法の独立というものは有名無実で、軍に代表される既存秩序・権益を重視する政治勢力と司法は表裏一体の関係にあると思っています。

その印象を強めたのが、2008年9月、タクシン派に担がれた形のサマック首相(当時)が、TVの料理番組に出演して約16000円の謝礼を受け取ったことが、“副業禁止”に反するとして憲法裁判所判断で失職した事件でした。

****TV料理番組出演が“副業“****
サマック首相をタクシン元首相の傀儡と批判し、その辞任を求める反政府団体「民主市民連合」(PAD)が首相府を占拠、辞任を拒否するサマック首相との間で膠着状態にあったタイの情勢は、あっけないと言うか、唐突な形で首相辞任に動きました。(中略)

サマック首相は、流血の事態を招くことは世論の批判をあびることになりかねないため、強硬手段でのPAD排除を避け、この間プミポン国王への謁見などで事態の解決をはかってきました。

しかし、長引く混乱に対する議会・与党内からの批判、更にPADと与党支持者の衝突などもあって、ついに9月2日、バンコクに非常事態を宣言しました。

非常事態宣言下では、アヌポン陸軍司令官に事態収拾の指揮権が委任され、5人以上の集会が禁止されることになっていましたが、先の軍事クーデターの結果に懲りている軍は、今回の混乱に関与することを拒否。

アヌポン陸軍司令官は、デモ隊の強制排除は「事態をさらに悪化させる」と指摘。「法と議会の制度に基づき解決されるべきだ」と述べ、当面は実力行使しない方針を示しました。

このため、市民連合は「非常事態宣言を恐れる必要はない」と首相府の占拠継続を宣言し、サマック首相の最後の切り札であった非常事態宣言も軍の協力を得られず有名無実化していました。

サマック首相は事態解決の目処が立たず、PAD側も国民の支持を大きく広げることができない・・・そんな両者の“手詰まり”状態のなかで飛び出したのが、首相の料理番組出演を違法とする9日のタイ憲法裁判所の判決でした。

判決は、サマック氏がテレビ出演で5000バーツ(約1万6000円)を受領したことが「雇用に当たる」とし、大臣の副業を禁じた憲法に違反するとの判断を判事9人の全員一致で下しました。

判決は首相の即時辞任を求め、現政権は議会が新首相を選出するまでの30日間の暫定内閣とすると命じています。(後略)【2008年9月11日ブログ“タイ TV料理番組出演でサマック首相失職 民主主義における司法の役割”より再録】
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この“事件”の前後でも、しばしば司法判断でタクシン派政権が瓦解する、タクシン派政党に解党命令がでるという事態が繰り返されています。インラック前首相も同様事情で失職・亡命に追い込まれています。

【立憲君主制の転覆の意図で訴えられた「新未来党」】
最近、その支持の高さから、タクシン派に代わって「標的」とされているのが「新未来党」とタナトーン党首です。

****タイ政党支持率、民主派野党が30%で1位****
タイ国立開発行政研究院(NIDA)が昨年12月に18歳以上のタイ人を対象に実施した世論調査(回答者2511人)で、政党支持率1位は野党第2党の新未来党で30.3%だった。

2位は野党第1党でタクシン元首相派のプアタイ党で20%、3位は軍を母体とする政権与党パランプラチャーラット党で16.7%、4位は連立与党の民主党で10.8%だった。

「首相に相応しい政治家」として最も支持を集めたのは新未来党のタナートン党首で31%。2位はプラユット首相で23.7%、3位はプアタイ党のスダーラット元保健相で12%だった。

新未来党はタイ自動車部品大手タイ・サミット・グループの創業者一族で富豪のタナートン党首が中心となり2018年に設立された。

2019年3月の下院(定数500)選では、民主主義への完全復帰、クーデターを繰り返すタイ軍の抜本改革、プラユット軍事政権(2014~2019年)が作成施行した民主主義を制限する現憲法の改正などを訴えて、バンコクの中間層、若者らの支持を集め、81議席を獲得、プアタイ党、パランプラチャーラット党に次ぐ第3党に躍り出た。

プラユット政権、軍を中心とする保守派は新未来党に強く反発し、2019年4月には、アピラット・タイ陸軍司令官が「国外で学んだ左翼思想を持ち込むな」「立憲君主制の変更を企てれば内戦になる」などと警告した。

同年11月、タナートン党首が下院選に立候補した際にメディア会社の株式を保有していたことが選挙法違反だとして、憲法裁判所が同党首の下院議員資格をはく奪。

12月には、新未来党が下院選の際にタナートン党首から1億9120万バーツを借り入れたことが政党法違反にあたるとして、選挙委員会が同党を憲法裁に告発した。

有罪の場合、新未来党は解党処分を受け、タナートン党首ら幹部は参政権を失うとみられる。【1月6日 newsclip.be】
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軍に代表される既存秩序・権益を重視する政治勢力と司法は表裏一体の関係にあるような“お国柄”ですので、軍事政権が看板を付け替えただけのプラユット政権を支える軍部に批判的な立場を明らかにして、若者らの支持を集めている「新未来党」が違憲がどうかが憲法裁判所の判断に委ねられ、21日にもその判断が示されるという件については、「やれやれ、またか・・・。タイの民主主義もいよいよ終末だね」と、解党命令が出るものと予想していました。

それは私一人の思い込みではなく、多くのメディアも同様でした。

****タイ改革派の野党、解党命令の恐れ 若者支持多い第3党****
タイで軍政を引き継いだプラユット政権に対峙(たいじ)する野党「新未来党」に、憲法裁判所が二十一日、解党を命じるかどうかの判断を示す。

同党は改革を求める若者らの支持が厚く、解党となった場合、抗議活動に発展する可能性がある。昨年三月の総選挙から十カ月。タイの民主主義に再び後退の気配が漂う。
 
争点は新未来党による立憲君主制の転覆の意図の有無。「国王を国家元首とする民主主義の下」ではなく、「憲法による民主主義の下」と記載した党規約や、党幹部による「法を犯せば誰でも例外なく罰せられる」との発言が王室の権威に重きを置く王党派から問題視され、訴えられていた。
 
同党は総選挙で経済格差の是正や軍改革を掲げ、下院の定数五〇〇のうち八十一議席を獲得。結党一年で第三党に躍り出た。

解党されれば党幹部の公民権停止や、議席が他党に再配分される可能性があり、過半数をかろうじて上回るプラユット政権に有利となる。
 
タイでは二〇一四年、貧困層を地盤とするタクシン元首相派の政権を覆す軍事クーデターが発生。昨年の総選挙で形式的には民政移行したが、軍政トップのプラユット氏が親軍勢力に有利な法制度のもと、連立工作で首相として続投した。
 
憲法裁は昨年の総選挙前には、タクシン元首相派の政党に解党を命令。親軍勢力や王党派など保守層に支えられた現政権の影響が及ぶとの見方は強く、三権分立で独立しているはずの司法が、対抗勢力弾圧の手段となる懸念がある。
 
新未来党はタナトーン党首が昨年末の世論調査で、将来の首相にふさわしい人物のトップになるなど、保守層には早期に抑え込みたい思惑がある。
 
憲法裁は昨年十一月、同氏が憲法の規定に反し、メディア関連株を保有したまま立候補したとして議員資格の剥奪を決定。さらに、同氏が結党時に党に融資したのは違法として、解党を求める選管の申し立ても受理している。
 
強まる圧力に、新未来党は民意を追い風にしたい考えだ。昨年十二月の抗議集会には、数千人規模の市民がバンコク中心部に結集。

今月、政府に異議を唱えるランニングイベントでは、タナトーン氏ら党幹部が姿を見せ、参加者の声援を集めた。参加したアパレル店経営のベンジャラットさん(33)は「景気の停滞や腐敗など現政権は問題ばかり。こういうイベントは初めてだけど、声を上げなければと思った」と話した。【1月20日 東京】
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“憲法裁は政治の実権を握る軍の影響下にあるとされ、同党の解党は避けられないとの見方がある。”【12月25日 日経】というのが、一般的な見方でした。

一方の新未来党はタナトーン党首の側はランニング大会で政府への抗議を表明していました。

****タイ 政府へ抗議表明のランニング大会 若者ら約1万人参加 ****
(中略)ランニング大会は12日朝早く、首都バンコクの公園で開かれ、主催者によりますと、1万人余りが参加しました。

タイでは去年、民政復帰したあとも軍出身のプラユット氏が政権を率いていることに若者を中心に反発が続いていて、大会に参加した人たちは「プラユット首相は出ていけ」と声を上げたり、首相になぞらえたイラスト入りのTシャツを着たりして、およそ2.5キロを走りました。

タイでは2014年のクーデターの後、5人以上が集まる政治集会が禁止され、現在は認められているものの、公共の場での集会は届け出が必要です。

主催した学生活動家たちは、ランニング大会を通じて市民が政府に抗議する場を確保したかったとしていて「政府は権力の乱用をやめ、人々に権利と自由をもたらさなければならない」と主張しています。

また、大会には去年の選挙で軍政からの脱却を掲げて躍進し、現在、憲法裁判所に解党を申し立てられている野党の党首も参加し「民主主義を取り戻すには首相は退陣しなければならない」と話していました。

一方、12日はバンコクの別の公園でプラユット首相を支持するウォーキング大会も開かれ、政権に賛同する人たちと反発する人たちの双方が野外で主張しあう1日となりました。【1月12日 NHK】
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【今日のところはひとまず・・・・】
そして今日21日、憲法裁判所の判断が示されましたが、“意外な”判断でした。

****タイ憲法裁、野党「新未来党」に無罪判決 解党はひとまず回避****
タイ憲法裁判所は21日、昨年の下院選で躍進した野党「新未来党」について、立憲君主制の転覆を企てた事実はないとの判断を示した。これにより、同党の解党は回避された。 

同党は、立憲君主制の転覆を企てたとの訴えについて、野党の弾圧を目指す政治的な動機に基づくものだと反論していた。 

同党に対する訴えには、世界征服を目指しているという説もある秘密結社「イルミナティ」とつながりがあるなどの申し立ても含まれていたが、すべて退けられた。 

9人の判事の1人は、同党が立憲君主制を転覆する行動を取ってはいないとの判断を示す一方、同党のマニフェスト(政権公約)について、「憲法が定める民主主義の原則」に従う、という文言を「国王を国家元首とする民主主義体制」に改定すべきだとの見解を示した。 

ただ、今回の判決で解党の危機が去ったわけではないとアリストらは指摘している。同党は他にも複数の告発を受けている。 

選挙管理員会は先月、憲法裁判所に対し、新未来党がタナトーン党首から多額の融資を受けたのは政党法違反だとして、解党を命じるよう申し立てを行った。 【1月21日 ロイター】
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“ひとまず”“今日のところは”といったところです。

「新未来党」、タナトーン党首への支持の高さを考えると、ここで事を荒立てるのは得策ではないとの判断でしょうか。(その支持の高さゆえに、政権・軍部側が新未来党・タナトーン党首を標的にしている訳でもありますが)
“解党を強行すれば大規模なデモなどに発展する懸念がある”【12月25日 日経】

政権側からの「あまり調子に乗るんじゃない。さもないと次は・・・」という「警告」「恫喝」でしょうか。

新未来党がタナトーン党首から多額の融資を受けたのは政党法違反だとする訴え、こちらも厄介そうです。
まだ、第2幕以降が続きそうです。

 

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韓国  厳しい競争社会 メンタルクリニックに通う子供 「雁パパ」「ペンギンパパ」 スペック重視の就職

2020-01-20 22:40:47 | 東アジア

(空を飛ぶ雁の様子。雁は雛のために餌を獲りに行く【2019年1月24日 吉村 剛史氏 海外ZINE】
海外に妻子を留学させ、たまに飛行機で会いに行く「雁パパ」という言葉も)

韓国がひと頃自嘲的に「ヘル朝鮮」と呼ばれたように、特に若者にとって受験・就職・結婚・出産も厳しい社会で、そうした厳しさを勝ち抜くために激しい競争を強いられる競争社会であることはよく取り上げられる話です。
また、日本のセンター試験に相当する試験が行われる日は、国をあげた協力体制がとられることもよく知られた話です。

以下の記事もそうした韓国の現状を伝えるもののひとつですが、競争に疲れた5歳児がメンタルクリニックに通うとか、ソウルや海外に留学させた妻子に会いに行きたいけど経済的にそれもかなわない(飛ぶに飛べない)「ペンギンパパ」といった話を読むと、日韓関係の確執はさておき、「大変だね・・・」と思ってしまいます。

****5歳でメンタルクリニック、留学費用で家族崩壊……韓国「無限学歴社会」の辛すぎる現実****
先週末、日本各地ではセンター試験が行われた。入試改革で二転三転しながらひとまず現行の形では最後となったセンター試験だが、熾烈な受験戦争で知られる韓国では、政治の混乱で受験生が日本以上の混乱にさらされているという。

超・学歴社会の実像を、韓国社会の苛烈な競争を描き出した『韓国 行き過ぎた資本主義』(講談社現代新書)の著者、フリージャーナリストの金敬哲氏が語った。

◆◆◆
「最近、子どもを中学校の頃から、メンタルクリニックに通わせることが流行ってるのよ」
そう教えてくれたのは、ソウルでも最も教育熱の高い地域、大峙洞(テチドン)に住む母親です。私が韓国の教育問題を取材していて一番の衝撃を受けたのは、この事実でした。
 
大峙洞は、ソウルの富裕層が住む江南(漢江の南岸)エリアにあります。江南には名門高校や中学校が集まり、その中にある「大峙洞」はわずか3.53平方キロメートルのなかに1000あまりの学習塾がひしめく地区。いまや韓国中から子どもたちが集まり、最も受験競争が激化している場所です。
 
実際に取材したメンタルクリニックの所長は「最近も英語幼稚園に通う7歳の女児が来院しました」とのこと。そのクリニックには、これまで勉強に疲れた5歳から高校生までの生徒たちが訪れています。幼稚園や小学校のころから子どもがメンタルクリニックに通う状態が普通に起こっているのです。

「大峙洞キッズ」のカバンの中身
生まれたときからほんの一握りの韓国社会の上層に入るために勉強漬けになっている「大峙洞キッズ」たち。そのうちのひとり、小学5年生の男の子のかばんの中身をみせてもらうと、数学のテキストに加えてTOEFL関連のリーディング、文法、単語集などの教科書。さらには『ハリー・ポッター』の英語の原書まで、ぎっしり詰まっていました。

彼は、毎日3時間ずつ数学塾と英語塾に通い、数学塾では中学3年の授業を受けているといいます。こうした塾では、学校の内容を遥かに超えた先の内容を教えて、小学生の時から大学受験の準備をしているのです。
 
正規の学校教育課程より先に塾で学ぶ「先行学習」があまりに普及したことで、公教育の形骸化と崩壊が進み、また、子どもたちの発達段階とかけ離れた学習によって成長にも悪影響があると指摘されています。

ソウルでもこの状況に制限をかけようと、2008年には市の教育庁が「深夜教習禁止条例」を制定して、市内の学習塾で22時以降の授業を禁止しました。
 
ただ、22時以降は通学バスの中でテストを行うという塾もあれば、スマホアプリで24時間指導を行う塾も出ており、条例の実効性は低いままです。

また、「体育施設」は条例適用外という抜け穴もあり、いまでは深夜時間を利用して水泳教室などに通う「スポーツレッスン」がブームになっています。

最近流行の「入試代理母」とは?
どうしてスポーツ教室がブームになるのか、疑問に思われる方もいるかも知れません。実は韓国の高校入試では基本的にペーパーテストがなく、難関校でも内申書と面接だけで合否が決まります。体育や音楽などの副教科でも日ごろからよい点数をとることが求められているのです。
 
その傾向は、大学入試でも同様です。一大イベントとして日本のセンター試験に相当する「修能試験」が行われ、リスニングの時間には韓国全域で飛行機の離着陸が禁止されて、受験生送迎のために白バイが待機するなどして話題になりますが、そのテストの点数だけで入学できる枠は30%ほど。多くの有名大学も含む残りの70%は、資格や内申点などの包括的な評価によって入学しています。
 
もともとそうした総合評価は、勉強ばかりではなく、ボランティアや研究など様々な活動をする学生を評価しようと作られました。地方と都市では教育環境に差がありますから、そうした社会的な不平等を是正する意味もありました。

ところが今では、富裕層の一部がゴーストライターを雇って自費出版して点数稼ぎを目指したり、大学教授が論文の共同執筆者に自分の子どもの名前を加えるようになったりしています。かえって、金やコネがものをいう状態です。
 
韓国政府も、過熱する教育戦争に次々と対策を打ち出していますが、その結果、毎年のように教育政策が劇的に変化して公教育の現場は混乱。受験生や保護者たちはますます私教育に依存するようになりました。
 
高校や大学入試の制度が複雑になりすぎて、何をすれば評価が上がるのか一般の保護者には把握が難しいほどです。そのため最近では、「入試代理母」と呼ばれる、自身の子どもを難関大に入学させた経験を元に、受験生たちの進路に合わせた学習プランを組む入試コンサルタントさえ登場するようになりました。

教育費で引き裂かれる家庭
これだけ多岐にわたる教育サービスを利用しようとすれば、当然多額の教育費がかかります。そのしわ寄せが、いま親世代に大きくのしかかっています。
 
取材した中には、共働きで月に1000万ウォン(約100万円)の手取りがあるにもかかわらず、子どもの教育費や養育費が収入の60%以上を占めている夫婦もいました。

所得に対して多額の教育費を出さなければならず、家計が赤字になってしまうエデュプア(education poor)もうまれ、それがそのまま老後の負債として残ってしまう事態になっています。
 
加えて、留学も盛んに行われる韓国では「雁パパ」「鷲パパ」「ペンギンパパ」という流行語も生まれています。

「雁パパ」とは、教育のために妻子を地方からソウル中心部に、またはソウルから外国に留学させ、自分は地元に残って教育費や生活費を仕送りする父親のことです。

妻子に会いに飛行機で飛んでいくことから、渡り鳥になぞらえて生まれた言葉ですが、妻子に会いにいける回数によって派生語が生まれました。いつでも海外に行けるお金持ちのパパを「鷲(ワシ)パパ」、逆にお金がなく「飛べない」パパは「ペンギンパパ」と呼ばれているのです。
 
韓国の上流社会では、いまや半分以上が雁パパです。ただ、せっかく生活を削って仕送りをしても、長年別居を続けることになりますから離婚する家庭も少なくありません。いまでは寂しい「雁パパ」向けの「雁バー」というデートバーが繁盛する始末です。

映画『パラサイト』から見える現実
(中略)映画の中に限らず、いまの韓国社会の至るところで、あまりに極端な格差と無限に競争を強いられる息苦しさが蔓延しているのです。(中略)

韓国社会は、行き過ぎた資本主義と、そこからの揺り戻しの間で、行き先を見失ったまま政治に翻弄され続ける状態が続いています。
 
こうした動揺、格差による軋轢は、いまや韓国のみならず日本や世界中の資本主義諸国で生まれつつある現象ではないでしょうか。近未来の自分たちの日常になりうるからこそ、韓国社会のレポートがお互いに解決策を考えていくきっかけになればと願っています。【1月20日 文春オンライン】
******************

1年前の記事になりますが、もうひとつ。

****韓国の就職は学歴・スペック重視、流行語で知る熾烈な事情****
 韓国の履歴書は「スペック重視」!
韓国で出会った人にふとしたきっかけで語学力を聞くと、TOEICが900点台という人にごろごろ出会います。たとえその点数に満たない人であっても日本語や中国語、またはその他の言語が堪能だったりします。

そのような人たちは韓国国内の語学学校に通って研鑽したり、独学で語学を習得する人もいますが、留学経験やワーキングホリデーで海外の就業経験がある人も多いのです。韓国の就職にはこのような経験が評価の対象になります。

韓国の人口は約5100万人(2018年現在)。日本と比較しても人口は半分以下であり、外需に頼る経済構造になっています。そのため、中小企業であっても外国の企業と取引している会社が多く、就職するにあたっても英語などの外国語能力が重視されるのです。

そこで韓国の履歴書はどのようなものなのか、見てみましょう。

韓国の履歴書(とはいっても、書式は様々なのですが……)には、学歴やこれまでの職歴に加え、資格、語学、OA能力、社会活動の経験、受賞歴などを記入する欄があります。プライバシーの観点などから批判もあるようですが、家族構成の項目まで設けられています。

このように枠がしっかり定められていると、履歴書を見たとき、個々の能力が一目瞭然。そこで韓国の学生たちは、よりよい就職に向けて「スペック」を高めていくのです。
 
学歴が重視される韓国の就職
韓国では朝鮮時代、儒教を重んじていたことから学問が重視され、科挙の試験が行わなわれていました。そんなこともあり、今も学歴社会、とりわけ「学閥社会」としてその傾向が根強く残っています。

そのため競争の激しい大企業に就職するためにも、できるだけ難易度の高い大学を目指します。なかでも「インソウル(인서울、in Seoul)」と呼ばれるソウル市内の大学に入ることが世間的にも評価が高く、なかでもその頂点に位置している大学が「SKY」といわれるソウル大、延世大、高麗大です。

しかし近年は大学進学率が下落傾向にあるといいます。2009年には77.8%でしたが、2017年には68%まで落ち込んだ、というデータもあります。とはいえこれは依然として世界的に見ても高い状況です。

今は有名大学を出たからといって必ずしも良い就職ができるわけでもなく、起業する若者がいたりするため、大学へ進学する価値が相対的に下がっていると考えられています。(中略)
 
IMFショックまでは年功序列・終身雇用
韓国社会の大きな転換点は、1997年のアジア通貨危機でした。そのときに韓国は国家破綻寸前の危機に陥り、IMF(国際通貨基金)が介入。なんとか破綻は免れたものの、企業は倒産し、街には失業者があふれました。

それ以降、就職には学歴のみならず、能力までもが重視されるようになります。そして国家破綻の危機を目の当たりにした親たちは、子供たちが将来、経済的な余裕が持てるようにと教育により力を注ぐようになります。

幼い子どもを母親とともに海外に送って教育を受けさせ、父親は韓国に残ってお金を稼いで送金するだけ、という「雁お父さん(기러기 아빠、キロギアッパ)」という言葉まで生まれました。

厳しい大学受験を終えて、大学生になっても落ち着く暇はありません。学校のレポートや試験はもちろん、資格や就職のために日々勉強。韓国の大学の図書館はなんと24時間営業。昼夜問わず勉学に励むのです。親たちも子どもに対しては「アルバイトより勉強してほしい」と望みます。

さらに大学生は休学までして、語学留学やワーキングホリデーでどんどん海外に出ていくのです。これには日本と比べて休学費用が安いこともあるでしょう。(中略)

このように海外経験がある、というのは、韓国では決して特別なことではありません。「息子や娘が海外に留学している」などという話も含め、こういった話は行く先々でよく耳にすることです。

ちなみに韓国の就職は、日本のような新卒一括採用ではありません。在学中にインターンシップとして働き始め、そのまま仕事が決まったり、親戚や知人とのコネクションで仕事が決まったりと人それぞれ。

上のコメントにもあるように、在学中に就職が決まらないことも普通のため、必ずしも焦って就職するわけではありませんが、履歴書に空白期間ができることを嫌い、卒業を先延ばしにする人もいます。

また韓国の男性は、20代のあいだに約2年間の兵役があることから、雇い入れる企業は年齢には比較的寛容。韓国の年齢(数え年)で30歳くらいまでに就職すれば大丈夫、という考えもあり、休学を繰り返して30歳近くまで大学生を続ける人もいます。
 
就職してからも大変! 大企業と中小企業の働き方
韓国では大企業と中小企業の賃金格差が大きいことから、インタビューにも表れていたように、多くの人は大企業に就職することを目指します。そのため履歴書に書く「スペック」を上げることに必死になるのですが、運よく大企業に就職したあとも激しい競争にさらされます。

このような企業社会のなかで生まれた言葉を紹介したいと思います。

38線、45定、56泥
「38線、45定、56泥」という言葉。「38線(삼팔선、サムパルソン)」は、朝鮮戦争の休戦ラインに例えた言葉。38歳という年齢で結果を残しているかどうかで、その後の処遇が線引きされるというもの。

そして45定(사오정、サオジョン)は、西遊記の「沙悟浄」と音が同じで、45歳で定年、つまり退職を促される、ということ。さらに56泥(오륙도、オユクド)は「五六島」という釜山にある島の名前で「56歳まで会社に残っていると泥棒(도둑、トドゥク)」という意味です。

このような大企業の実情を表す世知辛い言葉は、IMFショック後の2000代前半に生まれたため今ではあまり使われなくなりました。しかし現実に、2017年のデータでは、韓国の会社員の平均退職年齢は52.6歳とされています。

役員にまで出世すれば60歳近くまで働けるけれども、事務職は「50歳になるとそろそろ退職かな」という話になってくる。すると今まで貯めたお金を使ってチキン屋を始めるとか飲食店をやるとか、何かを考えるのが普通。技術がある人は60過ぎて会社に残っている人もいるけれども。(一般企業勤務/30代男性)

現実的に50代はまだまだ働き盛りであり、子どもにもお金がかかる世代。そのようななかで肩たたきに遭う、という流れは今もそれほど変わってはいないようです。
 
88万ウォン世代、ヘル朝鮮……。言葉にみる韓国社会
「88万ウォン世代(88만원세대、パルパルマヌォンセデ)」とは、2007年にベストセラーになった本のタイトルです。IMFショック以後に非正規雇用者が増え、当時の20代の非正規職の月給が88万ウォン(現在のレートで8万8千円)と算出されたもので、若者たちの実情を示した言葉として広まりました。

その後2010年代前半には、「ヘル朝鮮(헬조선、ヘルチョソン)」という言葉も生まれました。受験や就職戦争が過酷なうえ、さらには親の経済力によって身分が固定されてしまう、といった実情について、皮肉を込めて「地獄の朝鮮」と呼ぶというものです。

経済力が不安定な若い世代は、恋愛、結婚、出産を放棄する「三放世代(삼포세대、サムポセデ)」とも言われていたのですが、それに加えて人間関係、マイホーム、夢、就職をあきらめた「七放世代(칠포세대、チルポセデ)」という言葉も生まれました。

こうしたなか、韓国を捨てて海外就職を選ぶ若者も増えているといい、そのなかでも日本を就職先に選ぶ人も多いのです。「日本の中小企業は待遇がよい」という噂もあるのだとか。(中略)韓国での就職も大変な状況ですが、現実には海外就職も前途多難のようです。(中略)
 
何かと融通が利く、韓国の日常の働き方
(中略)
スペックに出世競争に……でも日常は融通がきくことも。
就職はハイスペックな争いのうえ、就職してからも気を抜けない韓国。しかし実際の働き方にはゆとりがみられ、規則にがんじがらめにならず、何かと融通が利くという点は日本にはないところ。

「パルリパルリ(早く早く)」の精神が根付いており、スピード感があり、本気になると物事はものすごい速さで進んでいくことさえあります。

韓国の働き方は少し粗いところもあるとはいえ、臨機応変にテンポよく物事が進んでいく様子を見ると、日本には足りない何かが見えてくる気がします。【2019年1月24日 吉村 剛史氏 海外ZINE】
*****************

他にも
“「本当のヘル朝鮮が来ている」と韓国紙、文在寅政権の経済政策をやり玉に”【1月18日 レコードチャイナ】
 “韓国の若者、失業期間長くなっても大企業に入りたがる―中国メディア”【1月19日 レコードチャイナ】
といった記事も。

紹介した記事2本の引用だけで長くなってしまったので、これ以上は今回はやめておきますが、「韓国も大変だね・・・」というのが実感。

その大変さの多くは日本社会も多かれ少なかれ共有しているものでしょう。

日韓関係改善の基礎となるべきものは、そうした相互理解・共感から生まれてくるようにも。
政治でもたらされるのものは、どちらかの政治が変われば「なかったもの」になってしまいますので。

 

 

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レバノン  噴出する機能麻痺した宗派・宗教間の権力分割体制への不満 内戦の反省から生まれた制度

2020-01-19 23:00:21 | 中東情勢

(反政府デモに放水する治安部隊【1月19日 共同】)

【ゴーン被告も「腐敗した富裕階級」の一人】
カルロス・ゴーン被告の逃亡先として日本では一躍関心も高まった中東・レバノンでは、昨年10月以来、既成政治に反発する若者らを中心に反政府デモが続いています。

****【大内清の中東報告】反政府デモ続くレバノン 「ゴーンも同じ」と既得権益層の腐敗に反発****
中東レバノンで、反政府デモによる混乱が続いている。デモに参加する若者らの原動力は、政治家ら既得権益層に根付く汚職体質や縁故主義への怒り。

現場では、同国に逃亡中の日産自動車前会長、カルロス・ゴーン被告も「腐敗した富裕階級」の一人として非難する声があった。(中略)
 
当初からデモに参加してきたというアリーさん(28)に日本の記者だと名乗ると、「自分たちの利益しか考えない腐敗した連中がレバノンをダメにしている。ゴーンもその仲間だ。日本から逃げればかくまってもらえると思ったのだろう」と語り始めた。
 
ゴーン被告は逃亡後の今年初め、レバノン人の弁護士グループから告発を受けた。日産在職中の2008年にイスラエルを訪問したことが、イスラエルのボイコットを定める法律に違反している−との訴えだ。
 
「これがもし僕なら、即座に刑務所行きだ。でもゴーンは悠々と暮らしている。これがレバノンの現実さ」。アリーさんは、自分たちの抗議運動とゴーン被告をめぐる事件は「根っこは同じ」だと話す。

レバノンで若年層の失業率は25%に上るとされる。通貨下落やインフレとも相まって、一般市民の生活は苦しさを増している。その一方で富裕層は、ゴーン被告のように複数の国籍を使い分け、海外に資産を移していることも珍しくない。
 
同国では昨年10月、デモの激化を受けて当時のハリリ首相が辞任を表明。その後は、正式な内閣が不在の「政治空白」が続いている。【1月19日 産経】
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【「ひどい状況を前に、僕らの世代は宗教の違いは気にしていない」】
ゴーン被告のことはさておき、昨年来のレバノンの抗議行動は、従来とは異なり宗派を超えたものになっているところに特徴があるとされており、レバノン社会において政治・軍事で決定的な地位を築きあげてきた親イラン・シーア派「ヒズボラ」も批判の対象になっているようです。

****古い政治システム壊したい レバノン、デモ2週間****
中東レバノンで大規模な反政府デモが始まってから2週間を超えた。続くデモは首相を辞任に追いやったが、さらなる政治改革を求める声が強い。

激しい宗教対立の歴史を持つレバノンだが、厳しい経済状況を背景に広がる若者たちの不満は、宗教や宗派を超えて社会全体を巻き込んでいる。(中略)
 
1日夜、首都ベイルート。政府庁舎の前に広がる広場に若者たちが集まってきた。
「革命だ」。大音響で音楽を流し、肩を組んで首相府に向かって声を上げる。レバノン国旗があちこちで振られている。
 
「大学を中退してから仕事がない。ひどい経済状況に絶望している」。テント内で夜通し座り込みをしているマジェド・ドブさん(22)は嘆いた。日雇いの電気工事で食いつなぐが、稼ぎは1日3千円。しかも10日に1度くらいしか仕事がないという。
 
報道などによれば、35歳未満の若者の失業率は40%近くになる。上位1%の富裕層が全国民所得の4分の1を占める格差社会だ。
 
デモが始まったのは、10月17日。スマートフォンのアプリを使った無料通話への課税を政府が提案したことが引き金となり、若者たちの政治エリートへの不満が爆発した。(中略)

不満の矛先は、エリート層に支配された政治システムに向かう。腐敗がはびこる一方、電気や水道といった基本的なインフラも十分に行き届かない現状がある。「宗教や派閥に分かれた政治家が自分たちの利益ばかりを追い、負担は人々に押しつけられる」と市民運動家のミラ・モウラさん(28)は言う。「ここに集まる人たちの不満はさまざま。でもみんな、機能不全の政治が原因だと思っている」
 
長引くデモを収拾しきれず、29日にはハリリ首相が辞任を表明。(中略)

デモは規模を縮小しつつも、連日続いている。参加者にゴールを尋ねると、口々に言った。「首相辞任は最初の一歩。古い政治システムを壊すことが必要だ」

 ■異例、宗教超え行動
今回のデモには、大きな特徴がある。宗教・宗派を超え、政治への怒りが一つの動きになっていることだ。Tシャツ姿の男女のほか、ヒジャブで頭を覆った女性の姿もあった。
 
キリスト教マロン派のサマー・エル・クーリーさん(28)は「今までは抗議運動と言っても、各宗派が組織したものだった。だから今回のデモは特別。ひどい状況を前に、僕らの世代は宗教の違いは気にしていない」と話す。
 
レバノンは激しい宗教対立の歴史を持つ。1975~90年の内戦では、キリスト教徒とイスラム教徒が対立し、10万人以上の犠牲が出た。解決策として、戦後は二つの宗教が均等に国会議席を分け合ってきた。だが、18もの宗教・宗派が混在するため、派閥主義がはびこる原因にもなっている。(中略)
 
宗教にこだわらず、市民運動として広がるデモは、2011年の「アラブの春」を思い起こさせる。中東では今年に入り、アルジェリアやエジプト、イラクなどでも反政府デモが相次ぐなど、各地でまた政治への不満が噴き出し始めている。【2019年11月3日 朝日】
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昨年11月の上記記事では“デモは規模を縮小しつつも”とありますが、年が明けても沈静化の兆しは見えていません。

****レバノン抗議デモ、160人負傷 強制排除の治安部隊と衝突****
大規模な反政府デモが続くレバノンの首都ベイルート中心部で18日、投石する抗議デモ隊と、催涙ガスなどで強制排除を試みる治安部隊が衝突した。フランス公共ラジオは160人以上が負傷したと伝えた。
 
中心部でデモ隊の拠点となっていたテントも放火された。アウン大統領は同日、平和的なデモの保護やベイルート中心部の治安回復を軍などに指示した。レバノンでは昨年10月17日にデモが開始して3カ月が過ぎたが、沈静化の兆しは見えていない。
 
デモではハリリ首相が辞任を表明し、ディアブ元教育相が首相指名されたが、組閣はできていない。【1月19日 共同】
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既成政治への批判ということは、既成政治を牛耳るヒズボラへの批判ともなりますので、単にデモ隊と治安部隊の衝突だけでなく、“イスラム教シーア派政党・武装組織のヒズボラとアマルを支持する若者らがベイルート中心部にある反政府デモ隊の主要拠点の襲撃を試みた。”【12月18日 AFP】といった衝突、さらには、その暴力的なヒズボラ支持勢力と治安部隊の衝突も・・・ということで混とんとしてきます。

【内戦の経験から生まれた複雑怪奇な宗派・宗教間の権力分割体制】
レバノンの既成政治は、一言でいえば宗派・宗教間の権力分割体制です。
激しく長い内戦の経験から宗教・宗派対立を防止するための仕組みでしたが、政治は硬直化し、非効率と腐敗の温床ともなっています。

****欠陥が見えてきた宗派・宗教での権力分割****
イラクとレバノンでは政府への激しい抗議運動が続いている。これに関して12月7日付のエコノミスト誌の論説‘Time for Iraq and Lebanon to ditch statesponsored sectarianism’は、良い結果をもたらさなかった現行の宗派・宗教間の権力分割体制を人々が否定するのは正しい、と言っている。論説の内容をかいつまんで紹介すると次の通りである。(中略)

・レバノンも同様で、国土を荒廃させた軍閥が政治家になって国富を収奪している。政府はスンニ派、シーア派、キリスト教徒の利益供与体制に資金を与えて巨額の負債を蓄積、世界銀行の推定では、この権力分割体制に絡む浪費額は毎年レバノンのGDPの9%に及ぶ。財政危機が迫るレバノンは、負債の返済を繰り延べし、改革を行う必要があるが、指導者たちにはその能力がない。

・両国の人々は自分たちの考えを反映し、自分たちの利益を代表してくれる政治体制を擁してしかるべきだ。国家支援の宗派主義、つまり宗派・宗教間の権力分割体制を止めるべきだ。透明性が向上すれば、利益供与の仕組みが明らかにされ、強力な公共機関はこうした仕組みを抑えてくれるかもしれない。
 
この論説の主張は一見、過激で革命的な意見に思えるが、それなりに根拠のある良い意見である。
 
レバノンの宗派間での権力分有体制は、諸宗派を権力構造の中に取り込み、諸勢力間の平和を作り出し、国家を安定させるためのものである。

レバノンの隣国シリアでは、少数派のアラワイト派のアサッドが権力を独占、多数派のスンニ派を抑圧する体制であったが、内戦になったことを考慮すれば、宗派間の権力分有には良い面もある。
 
しかしながら、レバノンのように大統領はキリスト教徒、首相はスンニ派、国会議長はシーア派という権力分有に加え、国会議席の半分はキリスト教徒、半分はイスラム教徒の枠にし、またその枠内で宗派別定員を設けるのは行き過ぎであろう。

このレバノンのシステムが政党の宗教性を強め、世俗的政党の存在空間をなくし、国民の選択の幅を狭めていることは否定できない。

レバノンには世俗的な人も多い。今回のレバノンでの抗議デモは現宗派主義体制への抗議であり、レバノンの指導者は抗議者の意見に耳を傾けるべきであると思われる。

特にこの論説が言及しているが、世界銀行が権力分有に伴う浪費額がGDPの9%に上るとしている。こういうようなことは持続不可能である。(中略)

国内が分断された国では、分断している諸勢力を権力分有で権力構造に取り込むことが平和につながると考えられてきたし、それには一理あるが、同時に、それは分断を強める作用もある。

(中略)論説の言うところが目指すべき方向性であると思われる。ただ、中東は難しい地域である。イスラム教は政教分離を是とする宗教ではない。キリスト教が「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に」としているのとは違う。【12月27日 WEDGE】
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レバノンの宗派・宗教間の権力分割体制、それを支える選挙制度は、日本的常識を超えて複雑怪奇です。
大統領、首相、国会議長を分け合っているとか、議員定数でイスラム教徒枠とキリスト教徒枠が半々に設定されているというのは多くの記事で目にしますが、それだけでは、「じゃ、一体何のために選挙をするのか?」という話になります。

“その枠内で宗派別定員を設ける”というあたりが、そこに関係してきます。

****モザイク国家レバノンが生み出した奇妙な政治制度の背景にあるもの「橘玲の世界投資見聞録」****
歴史学者トインビーは、“文明の交差路”に位置するレバノンを「宗教の博物館」と呼んだ。(中略)人口450万人のこの小さな国は、国民のほとんどがアラブ人であるにもかかわらず、20ちかい宗教・宗派が共存しているのだ。

このような複雑な社会では、私たちが想像すらできないようなことが起きる。(中略)

レバノンの宗教三権分立
レバノンが宗教の博物館だとしても各宗派が並立しているわけではなく、社会の中核となる宗教組織はイスラム教のスンニ派とシーア派、マロン派を中心としたキリスト教各派の3つだ。(中略)

この三派のなかでもっとも信者が多いのはキリスト教各派だが、それでも人口の3割超にしかならない。ムスリムは全体の半数を超えるが、スンニ派とシーア派はそれぞれ2割程度だ。そのうえこれは概数で、宗派対立を助長するとして1930年代以降、正式な人口調査は行なわれていない。

レバノンでは建国以来、「三権分立」が実行されている。だがこれは私たちが馴染んでいる立法・司法・行政の三権のことではなく、宗教の主要3派に権力を分配する仕組みだ。

不文律により、大統領はキリスト教マロン派、首相はスンニ派、国会議長はシーア派に国家の首脳ポストが割り当てられているのだ。(中略)レバノンの政治はこの三者が協調しないと動かないようにできている。

宗派ごとに議員の割合が決まっている選挙制度
こうした制度では、政治の場で自らの意思を実現しようとすれば国会で多数派を形成する以外にない。

だがさらに驚くのは選挙制度で、宗派別に議員の人数が割り振られている。その仕組みはきわめて複雑だが、『レバノン 混迷のモザイク国家』(安武塔馬氏)に基づいてできるだけわかりやすく説明してみたい。

レバノンの国会は任期4年の一院制で、議員定数は128。これがキリスト教徒とイスラム教徒の権力折半の原則によって、それずれ64議席ずつ割り当てられる。(中略)

宗教への配慮はこれだけではない。議員定数は宗派ごとに以下のように細かく規定されている。

レバノンは大選挙区制で、それぞれの選挙区の信者数で宗派別の定数が割り振られ、選挙民は定数分だけ投票する。といっても、これではなんのことかわからないだろうから具体例を挙げてみよう。

2009年の国政選挙ではトリポリ選挙区の定数は8で、信者数によりスンニ派に5議席が割り当てられ、マロン派、ギリシア正教、アラウィー派が各1議席となっていた。

この場合、有権者は8票を投じることができるが、それはこの議席配分に厳密に従っていなければならない。自分がスンニ派だからといって8票すべてをスンニ派の候補に投票すると無効にされてしまうのだ。

この選挙方式がとてつもなく複雑だということは誰でもすぐに気づくだろう。スンニ派の有権者は、それ以外の宗派の候補者にはなんの関心もない。

だが選挙で有効票を投じようとすれば、自分の選挙区の宗派別割り当てを調べたうえで、各宗派の候補者の名前を書かなければならないのだ。これほど難易度が高いと投票の大半が無効になってしまいそうだ。

この問題を解決するために各政党が考えたのがリスト方式で、安武氏はこれを定食にたとえている。「主菜A、副菜B、ご飯C、汁物D」のように、「スンニ派A、マロン派B、ギリシア正教C、アラウィー派D」のようなリストをあらかじめつくっておき、有権者は支持政党のリストを持って投票所に行くのだ。これならたしかに混乱はなくなり、有効票も増えるだろう。

だがその結果、なにが起きるのだろうか。

選挙区の区割りをめぐる政治抗争
大統領がマロン派から選出されるとしても、レバノンのキリスト教徒の利害が常に一致しているわけではない。

トリポリはレバノン第二の都市だが、そこに住むキリスト教徒は、大統領はベイルートではなく自分たちの町の出身者がなるべきだと考えるだろう。

だがキリスト教徒内の単純な多数決では常にベイルート派に負けてしまう。そこで彼らに対抗するためにイスラム教徒との提携するのだ。

話をさらに複雑にするのは、選挙区の区割りによっては多数派の候補が勝てるとは限らないということだ。

キリスト教マロン派の住民がほとんどを占める地区があるとする。ふつうに選挙をすれば、住民たちが支持する候補者がマロン派の議席を独占するはずだ。

だが他派がこれを不都合だと考えた場合、選挙区の区割りを変えることで選挙結果を左右できる。その隣にムスリムが多数派の地区があったとすると、その選挙区と合体してしまうのだ。

これによって、ムスリム地区の有権者にもキリスト教系の候補者に投票する資格が生じる。他派が別のマロン派候補をリストに載せると、ムスリム票によって、その選挙区に住むキリスト教徒の意思とはまったく関係のない候補が当選してしまうのだ。

こうしてレバノンでは、まず選挙区の区割りをめぐって激しい政治抗争が起きる。それが一段落して選挙が始まると、こんどは現在の選挙区を所与として、自分たちにもっとも利益のある同盟を模索することになるのだが、その結果、誰も想像できなかった奇怪な事態が生じる。

複雑怪奇な政治状況
(中略)
こうした複雑怪奇な政治状況を見ると、レバノンで起きているのが宗教対立かどうかもあやしくなってくる。宗教・宗派の違いに地域対立が加わって利害が複雑に錯綜した結果、どの組織がどこと提携し、どこと敵対しても不思議はなくなってしまったのだ。(中略)

この愚行を体験したレバノンのひとたちは、二度と内戦を起こしてはならない、ということだけはかたくこころに刻んだ。そのためには、宗派間の決定的な対立はなんとして避けなければならない。

このようにして、それぞれの派閥が合従連衡し、敵対しては和解する政治の仕組みが生まれたのではないだろうか。レバノンの政治体制は不合理きわまりないが、それは日常的な対立によって致命的な対立が起きないようにするための、ひとびとの知恵かもしれないのだ。【2014年4月17日 橘 玲氏】
*******************

前出【WEDGE】が指摘するように、国民の利益を省みない合従連衡に明け暮れる非合理な政治制度ではありますが、是正するには細心の注意も必要です。

また、極端な話、単純に最も支持が多い勢力が政治を担うとした場合、おそらく政治力・軍事力・資金力で他を圧倒するヒズボラ・シーア派が今以上に前面に出てくることが予想されます。

どう改正すればいいのでしょうか。
なお、前回の選挙からは、非宗派政党の独立派が当選する可能性を高めるために、部分的に比例代表制の仕組みを取り入れましたが、大きな変化はなかったようです。

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中国  新型ウイルス肺炎 「国外へは出るが省外へは出ない。愛国ウイルス」との皮肉も 実態は?

2020-01-18 23:10:56 | 疾病・保健衛生

(肺炎の感染拡大を受けて閉鎖された武漢の生鮮市場【1月13日 WSJ】
中国当局も、SARSの教訓を生かし、新型ウイルスの検出などWHOも評価する“早め”の対応はとっているようです)

【現段階情報からすれば、“そう大騒ぎすることもない”レベル】
中国の湖北省武漢で、新型ウイルス肺炎が発生している件については、まだわからないことが多い状態ですが、日本でも発症者が出たことなどで大きな関心を呼んでいます。

****中国 新型ウイルス肺炎新たに4人発症 患者は計45人に ****
(中略)中国内陸部の湖北省武漢では、先月8日以降、新型のコロナウイルスによるものとみられる肺炎の患者が相次いで確認されています。

武漢の保健当局は18日、今月5日から8日にかけて新たに4人が発症していたことが確認され、患者は45人になったことを明らかにしました。

武漢の保健当局は、新型のコロナウイルスによるものとみられる肺炎の患者は今月3日以降、武漢では確認されていないと説明していましたが、その後も新たに感染が確認された形です。

45人の患者のうち、これまでに2人が死亡し、5人が重症になっているほか、15人は症状が回復し、すでに退院したということです。

新年を旧暦で祝う中国では、今月24日から旧正月の「春節」にあわせた7日間の大型連休が始まり、国内の移動や海外への渡航が増えるだけに、当局は監視体制を強化するものとみられます。

台湾の保健当局「感染経路を市場に限定すべきでない」
中国の湖北省武漢で新型のコロナウイルスによるとみられる肺炎が相次いでいる問題で、台湾の保健当局は、現地を訪れた医師の話として、患者の大半が地元の海鮮卸売市場に出入りしていた一方、3割前後は出入りした形跡がないことから感染経路は分かっておらず、この市場だけが感染経路だと限定すべきではない、という見方を示しました。(中略)

海鮮卸売市場では、ウサギやアナグマなどの野生の動物も販売されていて、患者がどのように感染したのか現地の当局が詳しく調査を進めているということです【1月18日 NHK】
********************

同じコロナウイルスによる感染症としては、中国から各地に拡大したSARS(コウモリが、保有宿主(感染源動物))の2003年の流行では8096人が感染し、774人が亡くなられています(致死率9.6%)。 

また、サウジアラビアから中東に拡大したMERS(ヒトコブラクダが、保有宿主)ではこれまで2494人の方が感染し858人の方が亡くなられています(致死率34.4%)。【1月10日 忽那賢志氏 YAHOO!ニュースより】 

それに比べたら、“中国発表によれば”感染者は少なく、死亡者も2名、また今月5日以降の新規発生が4人ということですから、“そう大騒ぎすることもない”レベルにあるように思われます。

ヒトからヒトへの感染が疑われる症例も報告されていますが、かなり濃厚な接触があった場合で、不特定多数に一気に感染拡大するというものではなさそうです。(あくまでも「現段階では」という話で、今後変異することで感染力が強化される危険も存在します。)

【SARSの“前科”がある中国 「関係国に積極的に情報提供」と強調】
ただ、中国がどこまで実態を世界に報告しているかは疑問も。
もちろん、中国は国際組織や関係国に対して、積極的に疾病の状況について情報提供しているとのことです。

****新型肺炎、中国外務省「関係国に積極的に情報提供」**** 
中国外務省の耿爽(こう・そう)報道官は16日の記者会見で、湖北省武漢市で発症が相次いでいる新型のウイルス性肺炎の患者が日本で初確認されたことについて「日本の状況はまだ把握していない」と述べた

。耿氏は「中国は世界保健機関(WHO)などの国際組織や関係国に対して、積極的に疾病の状況について情報提供している」と強調した。
 
タイでも、武漢市から観光で訪れた中国人女性からウイルスが確認されている。耿氏は「タイとはこの件について、絶え間なくコミュニケーションを保っている」と明らかにした。また、事態発生後に武漢市当局が情報公開を絶えず続けているとも強調した。
 
これまでに中国側が、新型のコロナウイルスを確認したとの初期段階の判定を示し、WHOも同様の認定を行った。発症者の多くは武漢市内の海鮮市場の関係者で、ウイルスが確認された発症者は計41人にのぼり、男性1人の死亡が報告されている。
 
武漢市当局は「限定的だが人から人へ感染する可能性は排除できない」との見方を15日に表明している。人から人への感染リスクはやや低く、まだ明確な証拠も発見されていないと説明しており、詳細についてさらに医学的な調査を進めるとしている。【1月16日 産経】
*****************

SARSのときは中国当局が何カ月もその事実を隠している間にアジア・世界各地に感染が拡大して700名超の多数の犠牲者を出した“前科”がありますので、今回はその教訓を生かして・・・と考えたいところですが、隠蔽体質はなかなか変わらないということもありますし・・・

****新型肺炎めぐり情報統制強化=感染訴える投稿削除―中国当局****
中国湖北省武漢市で集団発生している新型コロナウイルスによる肺炎をめぐり、インターネット上に投稿された「感染」を訴える書き込みが削除されたことが分かった。

武漢市衛生当局は16日夜、新型肺炎で2人目の死者が出たと発表。中国当局は、人々の間で感染拡大によるパニックが起きないようネット上の情報統制を強めている。
 
中国版ツイッター「微博」には16日昼、「父親が9日に肺炎を発症し、母親と自分もここ3日間、発熱が続いている」との投稿があったが、夕方に削除された。既に投稿者のアカウントも閉鎖された。
 
微博の書き込みによると、父親は熱が下がらず、武漢市内の新華病院で肺炎と診断されたが、専門治療が受けられる同市内の同済病院に転院させられた。しかし、同病院は発熱患者であふれ、検査部門もフル稼働中で、注射を打った後、自宅での隔離療養を指示されたという。
 
しかし症状は悪化。別の病院の紹介状をもらってようやく、新型肺炎患者が集められて隔離されている金銀潭病院(武漢市)に収容された。その後、母親と本人も肺炎を発症し、同病院に電話したが、「外来患者は受け付けていない」と、診療を断られたという。【1月17日 時事】
***********************

“しかし、同病院は発熱患者であふれ、検査部門もフル稼働中で”という事態と、“患者は45人”という報告には乖離があるようにも。

無責任・不正確な情報でパニックが起きないようにというのも、一定に配慮すべき面もありますが、情報統制云々の前に、当局が正確な情報を一般に公開するというのが大前提でしょう。

【不自然な「愛国ウイルス」 感染者は1700人以上との推測も】
今回の感染については、タイ・日本で発症事例があるのに、湖北省以外の中国国内で発症が報告されていないという“不自然”に思える面があります。

このあたりは、中国ネットでも「国外へは出るが省外へは出ない。愛国ウイルス」と皮肉られていますが、もし、中国当局が隠蔽しているとしたら、春節の民族大移動を控えて“皮肉”では済まない事態にもなります。

****タイに続き日本でも武漢の新型肺炎確認=「なぜ武漢と海外だけ?」****
タイに続き日本でも、中国湖北省武漢市で相次いでいる新型コロナウイルスによる肺炎の患者が確認された。 

NHKによると、武漢に渡航していた神奈川県に住む中国籍の男性が帰国後に肺炎の症状を訴え、新型コロナウイルスへの感染が確認された。日本で感染者が確認されたのは初めて。 

数日前には、武漢からタイを観光で訪れた中国籍の女性が、到着後に発熱など肺炎に似た症状を訴え、新型コロナウイルスに感染していることが確認されたと伝えられている。 

これについて、中国SNSの微博(ウェイボー)では、「タイに続き、今度は日本。ウイルスは海外にまで広がっているのに、なぜ国内では武漢以外で確認されないのか」とのコメントに、「いいね」が多く付いており、中国国内で武漢市以外での感染事例がないことに疑問を感じている人が少なくないようだ。 

また、「国外へは出るが省外へは出ない。愛国ウイルス」との皮肉コメントも、多くの人の共感を得ていた。 

ほかには、「もうすぐ春節(旧正月)の連休が始まる。帰省や旅行で人がたくさん移動する時期。拡散が心配」「国がうまく対応してくれることを信じよう」などの声も上がっていた。【1月16日 レコードチャイナ】
********************

タイと日本で発症というのは、中国人の一番多く旅行する国がタイ・日本なので自然ですが、省外の事例がないというのは・・・

実際には感染者は、当局発表よりずっと多いのでは・・・との推測もなされています。

****中国の肺炎ウイルス、感染者は1700人以上か 英大推計 米国は空港での検疫強化****
中国で2人が死亡した重症急性呼吸器症候群に似た正体不明のウイルスの感染者は、公式発表より千数百人多い1700人以上に上っている可能性があるという見方を、英国の研究者らが17日、明らかにした。
 
中国当局は、同国中部・武漢市にある鮮魚市場付近を中心に流行した肺炎の原因とされるウイルスに、中国国内で少なくとも41人が感染したと発表している。
 
しかし、国連の世界保健機関などにも助言を行っている英インペリアル・カレッジ・ロンドンの感染症に関する研究センターの研究者らは、17日に発表した論文で、武漢市では1月12日時点で「合計1723人の患者」が感染しているとみていると明らかにした。
 
研究者らは、これまでに中国国外で報告された感染者数と、武漢の空港を出発した国際線データに基づいて、武漢市内での感染者数を推計した。中国国外では現時点で、タイで2人、日本で1人の感染者が報告されている。
 
論文の著者の一人、インペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授は、「1週間前よりも一層懸念している」とする一方、「大騒ぎするには早すぎる」と述べた。
 
ファーガソン氏はまた、「これまで以上に、実質的なヒトからヒトへの感染の可能性を懸念すべきだ」とし、感染の主な原因が動物との接触によるものでは「ないとみられる」と指摘した。
 
米国は17日、武漢からの直行便が到着するカリフォルニア州のサンフランシスコ空港と、ニューヨークのケネディ空港のほか、乗り継ぎ便が多いロサンゼルス空港で、武漢からの到着便について検疫態勢を強化すると発表した。 【1月18日 AFP】
*******************

実際のところは部外者にはわかりません。今月24日から旧正月の「春節」にあわせた7日間の大型連休が始まりますので、もし隠蔽されていたものがあれば、事実上もう手遅れでしょう。一気に中国全土に・・・

そうではないことを願います。いくらなんでも、中国当局もそこまで愚かでも無責任でもないでしょうから。
WHOも、最初の発症から1か月以内に新型ウイルスの検出に至った中国の対応を高く評価しています。

 

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イランの報復攻撃は実際にはかなり激しいものだった? エスカレーションに至らなかったのは幸運?

2020-01-17 23:07:26 | イラン

(米軍などが駐留するイラクのアサド空軍基地(2020年1月13日撮影)【1月17日 AFP】)

【「戦争回避の出来レース」】
アメリカによるソレイマニ司令官殺害は、イランの報復攻撃必至ということで、日本を含めた世界中で緊張が高まりました。

基本的に外国のことには無関心な当事国アメリカでも、さすがに懸念が広まったようです。

“アメリカのSNSは大騒ぎとなり、ツイッターでは「第三次大戦(WWIII)」がトレンド入りした。アメリカがイランとの戦争に踏み切れば、徴兵が始まるのではないかという不安の声も多く上がっている”(ウェスリー・ドカリー氏 ニューズウィーク日本版)【1月11日 デイリー新潮】

しかし、その後の展開はアメリカとの戦争を避けたいイランが米軍兵士に被害がでないように配慮したということ、トランプ大統領もカネのかかる戦争はしたくないということで、一応双方「撃ち方やめ」状態に落ち着いているとされています。(今後の多くの「危険」については別問題ですが)

下記記事では「戦争回避の出来レース」といった言葉も。

****米国vsイラン戦争回避の出来レース、2つの国が絶対口を出しては言えない本音とは****
(中略)
《報復を宣言していたイランが日本時間8日午前7時半ごろ、イラクにあるアメリカ軍基地をミサイルで攻撃した》
 
この攻撃については後で詳しく見るが、イランが報復を行い、同じ日の午後にニューズウィーク日本版が「第三次世界大戦」の記事を掲載したわけだ。
 
報復が報復を呼ぶ最悪の展開を想像した方は、この頃なら決して少なくなかっただろう。しかしながら、ニューズウィーク日本版の記事がアップされてから約45分後、午後3時に日テレNEWS24は「イラン外相『戦争は望んでいない』」の記事を掲載した。

《イランが、アメリカ軍が駐留するイラクの基地を攻撃したことについて、イランのザリフ外相は8日、「攻撃は終わった。戦争は望んでいない」などとして、あくまで自衛のための報復であることを強調した》

金の切れ目がテロの切れ目!?
これを1つの契機として、抑制的な報道が目立つようになっていく。例えば時事通信は翌9日の午前1時57分、公式サイトに「イラン報復、米軍基地攻撃 イラクに弾道ミサイル十数発―トランプ氏『死傷者なし』」の記事を掲載した。末尾を紹介させていただく。

《CNNテレビによると、イランはミサイル攻撃実施を事前にイラク政府に伝えていた。イラク側から情報を入手した米軍は、着弾までに兵士らを防空壕(ごう)などに避難させることができたという。事実であれば、イランが緊張激化に歯止めをかけるため、米兵に被害を出さないよう配慮した可能性が高い。イランのメディアは「米部隊側の80人が死亡、200人が負傷した」と伝えたが、国内向けの政治的宣伝とみられる》
 
こうして徐々に「すわ、第三次世界大戦か」という懸念は減少していき、「どうやら大丈夫みたいだ」と世論も変わったわけだ。(後略)【1月11日 デイリー新潮】
**************************

結果、トランプ大統領の強硬姿勢が奏功したとの評価も。

【「彼らが生き延びたのは神の奇跡だ」】
イランが被害を最小限に抑えるように配慮したのは事実でしょうが、弾道ミサイル十数発を撃ち込むという攻撃の技術的問題で、“出来レース”と言えるほど安心していてもよかったものだったのか・・・については、やや疑問も。

****イランのミサイル攻撃、米兵に負傷者出ていた 政府発表と矛盾****
米軍も駐留するイラク軍のアサド空軍基地に対しイランが今月行った弾道ミサイル攻撃で、米軍の要員に複数の負傷者が出ていたことが17日までに分かった。米国防総省は当初、攻撃による負傷者はいないと発表していた。

イラクとシリアで過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」と戦う米国主導の有志連合は16日、声明を発表し「1月8日にイランが実施したアサド空軍基地に対する攻撃で、米軍の要員に死者は出なかった。ただ数名が爆発による脳振盪(しんとう)を起こし、治療を受けた。現在も検査が行われている」と明らかにした。

要員らは検査のため、ドイツの医療センターに移送された。検査を受け、任務に復帰可能との判断を受ければイラクへ戻る予定だという。

また米軍当局者の1人はCNNに対し、要員11人がミサイル攻撃によって負傷したと述べた。負傷者の存在はニュース配信サイト「ディフェンス・ワン」が最初に報じていた。

国防総省の発表と食い違う点を問われた防衛担当の当局者は、「それは当時の司令官による検証結果だった。症状はその事象の数日後に明らかとなり、念のために手当てを行った」と説明した。

国防総省の報道官はCNNの取材に答え、当初の記録を修正したと述べた。国防長官のオフィスも、負傷者について把握しているという。

16日夜には米中央軍の報道官が11人の負傷者について、8人をドイツの医療センターに、3人をクウェートの基地に移送して検査を受けさせていると明らかにした。

そのうえで「標準的な手続きとして、爆発の付近にいた要員は誰もが、外傷性脳損傷の有無を調べる検査を受ける。場合によっては別の施設に搬送し、より高度な治療を施す」と付け加えた。【1月17日 CNN】
*******************

爆発による脳振盪を起こすということは、、相当に近い場所で爆発したということでしょう。

数日前、下記のような記事があり、報じられているような“出来レース”的な状況とは何だか違うな・・・と思っていたのですが、脳震盪云々は下記記事の状況に近いようにも思われます。

****イランのミサイル攻撃「生き延びたのは奇跡」 駐イラク米軍司令官インタビュー****
押し寄せる弾道ミサイル、何時間も塹壕(ざんごう)の中に身を潜める兵士たち、強烈な衝撃波──イラクの駐留米軍基地に対してイランが行った前代未聞のミサイル攻撃について、ある米司令官は「耳を疑った」と語った。
 
イラク西部のアサド空軍基地でAFPの独占インタビューに応じたティム・ガーランド中佐は、イランが同基地を攻撃した数時間前の7日夜、上官らから「事前警告」を受けていたと明かした。

「最初はショックを受けた。耳を疑った」。アサド基地にそんな大胆な攻撃をする能力も、意思も、イランにあるとは思えなかったとガーランド中佐は言う。イラク最大級の空軍基地であるアサド基地には米軍兵士1500人、イラク軍兵士数千人が駐留している。(中略)
 
米軍の無人機攻撃に遭い、死亡した。アサド基地は、これに対するイランの報復攻撃の対象として狙われた。
 
7日午後11時(日本時間8日午前5時)までに米軍と有志連合軍の兵士らは宿舎や配置場所から避難し、塹壕の中に身を隠すか、基地内の各所へ散って待機した。そして緊張したまま待機する時間が2時間ほど続いた。

「攻撃の第1弾が始まったときの音は、これまで聞いたことのある中で最も大きく、激しい音だった」とガーランド中佐はAFPに述べた。

■衝撃波でたわむドア
「空気が何か、異常だった。空気の流れ方、温度の上がり方がおかしかった。衝撃波がやって来てドアが折れ曲がり、前後に大きくたわんだ」
 
午前1時35分に開始された攻撃はそれから3時間続き、さまざまな間隔で約5回の弾丸ミサイルによる一斉攻撃が基地に向けて行われた。イラクへの駐留経験が複数あるガーランド中佐だが、「あれほど長時間恐怖を感じたことは久しくなかった」と語った。
 
攻撃が鎮まったのは午前4時ごろ。塹壕から出てきた司令官や兵士たちが目にしたのは、基地の至るところで上がっている火の手だった。被害は基地内の10か所以上に及んだが、奇跡的に死者はいなかった。
 
監視塔にいて吹き飛ばされた兵士2人も、脳震とうを起こしただけで済んだという。
「彼らが生き延びたのは神の奇跡だ」とガーランド中佐は言う。

ただ、ミサイル攻撃は兵士らに爆撃は終わったと思わせる間隔を置いて複数回あったという。「もう大丈夫だと思うくらい、だいぶ時間がたっていた。私見だが、死者を発生させようという意図だったのではないか」
 
攻撃の激しさを考えれば、自分たちは運が良かったとガーランド中佐は語った。「戦域弾道ミサイルによる攻撃だ。前例のない攻撃だった」 【1月14日 AFP】
********************

上記記事を読む限り、本当にイランが被害を最小限に抑えるように配慮したのかさえ怪しいような、“死者を発生させようという意図”ともとれるような激しい攻撃だったようです。

結果的にイラン側はミサイル技術の精度を見せつけた・・・・という話にもなっていますが、それは結果論で、監視塔の兵士が吹き飛ばされたり、ドアが大きくたわむような波状攻撃で、人的被害がでてもおかしくないような状況だったのでは・・・。

(監視カメラだってある時代、弾道ミサイルが飛んでくるときに監視塔での監視がどういう意味を持つのか知りませんが)脳震盪以外の被害者がでなかったのは「彼らが生き延びたのは神の奇跡だ」という「幸運」の結果だったのかも。

もし数名の死者がでていたら、トランプ大統領も「万事順調だ。イランがイラクにある2つの基地にミサイルを発射した。死傷者や被害の状況を調査中だ。今のところ、大丈夫だ。」では済まされなかったでしょう。

報復が報復を呼ぶエスカレーションに陥る危険もあり得た状況で、そうならなかったのは“神の奇跡”だったのかも。

【「そんなことはどうでもいい」ことか?】
「出来レース」と呼ぶにはあまりにもリスクの大きい事態だったようにも思えますが、そんな世界に危機をもたらすような事態の引き金ともなった司令官殺害について、トランプ大統領の発言は随分といい加減です。

****司令官殺害根拠「どうでもいい」 トランプ氏がツイート****
トランプ米大統領は13日、イランのイスラム革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害した経緯を巡って、「差し迫った脅威」があったかどうかについて「どうでもいい」とツイッターに投稿した。司令官殺害の理由に関してトランプ政権の説明は揺れており、米議会などでさらに批判が強まる可能性がある。
 
トランプ氏はツイッターで、メディアや民主党が、司令官を殺害しなければならない緊急性があったか否か、政権内で見解が一致していたかどうかを懸命に議論しているとしたうえで「両方イエスだ。彼の忌まわしい過去を考えれば、そんなことはどうでもいい」と主張した。
 
米政権は、国際法で自衛的措置と認められるのに必要な「差し迫った脅威」について具体的な説明をしておらず、与党・共和党の一部からも批判が出ている。
 
トランプ氏は、ソレイマニ司令官が、イラクの首都バグダッドを含む4カ所の米大使館を標的に攻撃する計画を進めていたと主張。だが、エスパー米国防長官は「私は4大使館については(証拠は)見ていない」と、トランプ氏の説明を事実上否定した。
 
トランプ氏は13日、記者団から「4大使館への脅威」の情報について問われると、「(説明は)完全に一貫性がある。ソレイマニは世界最悪のテロリストだ。過去に多くの米国人を殺害した。民主党が彼を擁護するのは、米国の恥だ」と強弁した。
 
バー司法長官も13日の会見で「(司令官殺害は)米国に対する攻撃を阻止し、合法的な自衛措置だった」と強調した。【1月14日 朝日】
*******************

エスパー米国防長官がトランプ大統領の説明を事実上否定する・・・ホワイトハウス内部はどうなっているのでしょうか?

トランプ大統領がどこまで熟慮して判断・決定しているのか・・・はなはだ疑問です。
頭にあるのは「ここで弱腰姿勢を見せると再選があやうい。なんとかオバマ前大統領との違いをアピールしないと」という思いだけのようにも。

そもそも、イランや中東情勢についてどれほど理解しているかも・・・
イランの位置を正しく答えられたのはアメリカ国民の23%だった【1月21日号 Newsweek日本語版】とのことですが、トランプ大統領も位置は知っているでしょうが、それ以上は・・・。

****真珠湾訪問「何のため?」 地理歴史にうといトランプ氏浮き彫り、米記者新刊****
ドナルド・トランプ米大統領はインドと中国が国境を接していることを知らず、ハワイの真珠湾を訪問する意味もよく理解していなかった──米紙ワシントン・ポストの記者2人による新著「A Very Stable Genius(非常に安定した天才)」の内容の一部が15日、同紙に掲載され明らかになった。
 
フィリップ・ラッカー記者とキャロル・レオニグ記者が手掛けた同書は、トランプ氏の気まぐれな振る舞いの数々とともに、基礎的な地理や歴史に対する無知ぶりを浮き彫りにしている。
 
同書によるとトランプ氏は、インドのナレンドラ・モディ首相との会談の席で、「あなた方は中国と国境を接しているというわけではないでしょう」と発言したという。実際にはインドと中国は隣国で、1962年にはヒマラヤ山中の係争地をめぐって紛争も起きている。
 
このトランプ氏の発言と、インドが直面する中国の脅威を否定するような態度を受けて、「モディ氏は驚きに目を見張った」「モディ氏の表情は徐々に、衝撃から懸念へ、そして諦めへと変わっていった」と同書は記している。
 
この首脳会談の後、米国との外交関係から「インドは一歩引いた」とトランプ氏側近の一人は著者らに語ったとされる。
 
また同書には、1941年12月7日の真珠湾攻撃で日本軍によって撃沈された米戦艦アリゾナの追悼式典にトランプ氏が出席した際のエピソードも紹介されている。それによるとトランプ氏は、当時大統領首席補佐官だったジョン・ケリー氏に向かって「ジョン、一体これは何だ? 何のための訪問だ?」と尋ねた。

「トランプ氏は『真珠湾』という言葉を聞き、歴史的な戦闘のあった場所を訪れるのだという点は理解したようだったが、それ以上はあまり分かっていないように見えた」という。
 
新著は、「彼(トランプ氏)は時々、危険なほど無知だ」との米ホワイトハウス元上級顧問の言葉も引用している。 【1月16日 AFP】
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私を含めて一般人は「知らない」ことは恥ずかしいことでも何でもありませんが、世界のリスク管理を決定するアメリカ大統領となると話も違ってきます。
「知らない」以上に、人間的に信用できない「嘘つき」はもっと困ります。

 

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インドネシア  ジョコ大統領、中国の脅威が高まるナトゥナ諸島への投資拡大を日本に要請

2020-01-16 22:27:18 | 東南アジア

(【2018年12月21日 産経】)

【中国漁船の操業に対し、インドネシアは軍艦8隻と戦闘機4機を配備】
ASEAN内部で南シナ海問題等に関する中国に対する温度差があるのは周知のところ。
そのため、議長国がどこなのかによって、ASEAN会議の中国に対する姿勢も変わってきます。

今回は、南シナ海で中国と厳しく対峙するベトナムが議長国。

****ASEAN外相会議始まる 南シナ海、ロヒンギャ問題討議****
東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議の主要日程が16日、ベトナム中部ニャチャンで始まった。今年のASEAN議長国を務めるベトナムが主催する初の閣僚級会合で、17日まで開かれる。

一部加盟国が中国と領有権を争う南シナ海問題のほか、ミャンマーのイスラム教徒少数民族ロヒンギャ迫害問題が焦点だ。
 
南シナ海を巡っては昨年12月、中国漁船が当局の警備艇を伴い、インドネシアの排他的経済水域(EEZ)で違法操業していた疑いが浮上。

議長国ベトナムは中国批判の急先鋒で、ASEANがより厳しい姿勢を打ち出す可能性もある。【1月16日 共同】
*********************

最近、南シナ海問題で中国との軋轢が増しているのが、上記記事にもあるインドネシア。

****インドネシア、南シナ海付近に軍艦と戦闘機配備 中国漁船の違法操業受け****
インドネシアのナトゥナ諸島付近の豊かな漁場で中国漁船が操業していた問題を受けて、インドネシアは8日、軍艦8隻と戦闘機4機を配備し、哨戒に当たらせた。両国間の緊張が高まっている。
 
ナトゥナ諸島周辺海域は、領有権争いが繰り広げられている南シナ海に接している。
 
領海内への外国船侵入を受けて、インドネシア軍はナトゥナ諸島周辺海域を守るため「定期哨戒」を開始。3日には海軍と陸軍、空軍の兵士およそ600人を配備した。
 
インドネシア政府も、外国船を警戒するために漁師数百人をナトゥナ諸島周辺海域に派遣する方針を明らかにした。
 
ナトゥナ諸島周辺海域では昨年12月半ば、中国漁船が中国海警局の警備艇を伴って操業。これを受けてインドネシアは先週、駐インドネシア中国大使を召喚し、「強く抗議」を申し入れた。
 
これに対し中国政府は、中国はナトゥナ島周辺海域に「歴史的権利」を有しており、漁船は「合法的かつ合理的」に操業してきたと反論した。 【1月9日 AFP】
******************

常に問題となる南沙諸島(スプラトリー諸島)の南西に位置するナトゥナ諸島自体は中国が領有権を主張する九段線の外にありますが、中国はナトゥナ諸島北方のインドネシアEEZ内の一部海域については「九段線」内海域であるとの立場のようです。

【ジョコ大統領、茂木外務大臣にナトゥナ諸島への投資拡大を要請】
こうした「中国の脅威」という背景もあって、インドネシアは日本に対し、ナトゥナ諸島への投資を拡大するよう要請しています。

****中国に対抗、インドネシアの投資要請は日本の好機****
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領が、同国を訪問した茂木外務大臣に対して、ナトゥナ諸島への投資を拡大してくれるように要請したことをインドネシア外務当局が明らかにした。

中国がナトゥナ諸島北方海域に侵出
ナトゥナ諸島は南シナ海の最南部に位置し、それ自体を巡っての領土紛争は存在しない。しかしナトゥナ諸島北方海域の排他的経済水域(EEZ)の線引きに関してはインドネシア、マレーシア、そして中国の間で対立が継続中である。
 
とりわけ強力な海洋軍事力を手にしている中国は、インドネシアを含む南シナ海周辺諸国との海洋領域紛争で軍事的威圧を露骨に強めている。
 
中国は、ナトゥナ諸島の領有権を主張していないものの、ナトゥナ諸島北方のインドネシアEEZ内の一部海域については「九段線」内海域であるとして、漁船群や公船を展開させて軍事的威嚇を強化している(「九段線」は、中国が制定した「中国の主権的海域の境界線」)。
 
昨年(2019年)12月中旬から、ナトゥナ諸島北部のインドネシアEEZ内海域、そして中国当局によると「九段線」内海域で多数の中国漁船団が“操業”を開始した。

インドネシア政府は「中国漁船の操業はインドネシアの主権を侵害している」として中国政府に抗議した。だが、中国当局は中国の主権的海域での通常の漁業活動であるとして全く取り合おうとしていない。
 
その後も現在に至るまで、同海域の30カ所ほどに中国漁船が留まっている。漁船群に加えて中国海警局(中国人民武装警察部隊海警総隊)巡視船も数隻展開しており、少なくとも「海警46303」「海警35111」という2隻の巡視船(ベトナムやフィリピンとの睨み合いなどでも、しばしば派遣される武装巡視船)が確認されている。
 
このような紛争海域で“操業”する中国漁船のほとんどに海上民兵が乗り込んでいることは公然の事実である。それらの漁船の多くは武装した艤装漁船であることもまた知られている。
 
そして「中国海警局」は、法執行機関としての沿岸警備隊としての任務と共に、アメリカ沿岸警備隊同様に第二海軍としても位置づけられている。

警戒監視を強めるインドネシア政府
数年前からナトゥナ諸島北方海域への中国の侵出姿勢が強まった状況に対して、インドネシア政府はナトゥナ諸島北方海域を「南シナ海」から「北部ナトゥナ海」と改称し、インドネシアの主権が及ぶ海域であることをアピールしている。
 
また、インドネシア海軍艦艇によるパトロールを強化したり、ナトゥナ諸島内にインドネシア海兵隊を配備するなど、「北部ナトゥナ海での国家主権は軍事力を使ってでも守り抜く」という姿勢を維持してきた。
 
さらに、昨年12月からの中国漁船群の北部ナトゥナ海への展開に対しても、インドネシア政府は軍艦4隻を同海域に派遣して警戒監視を強めていた。
 
中国側が海警局巡視船を送り込み軍事的威嚇の姿勢をちらつかせ始めたのに対抗して、インドネシア空軍は戦闘機を出動させて、中国側に一歩も引かない姿勢を示している。また、高速軍艦4隻を出動させて、同海域での警戒態勢を軍艦8隻態勢へと強化すると共に、大型海洋哨戒機による上空からの常時監視態勢も固めた。それら海洋戦力に加えて、ナトゥナ諸島内には防空能力の高い海兵隊部隊と、陸軍戦闘部隊を派遣した。
 
もちろんインドネシア政府は、インドネシアと中国の海洋戦力には比較することができないほど大差があることを百も承知である。

しかしながら、強大な軍事力を振りかざして、また経済的関係を“餌”にぶら下げて、海洋侵出政策をごり押ししてくる中国に対して、はじめから軍事的対抗オプションを放棄する姿勢を示していては、中国がますます軍事的圧力を強化して「戦わずして海洋領域を中国のものにしてしまう」ことは火を見るよりも明らかだ。

そのため、インドネシア政府は軍艦8隻に戦闘機、海洋哨戒機それに陸上戦闘部隊までナトゥナ諸島方面に出動させ、国家主権を守り抜く姿勢を表明しているのである。
 
とはいっても、中国がさらに多くの海上民兵“漁船団”を送り込み、海警局巡視船だけでなく軍艦や航空機まで派遣してきた場合には、インドネシア側の軍事力では対処しきれなくなる。

それに、南シナ海でのアメリカによる対中牽制策は、FONOPしか期待できない。FONOPは、実質的には効果が上がらないことが既に明らかとなっている。

インドネシアからの投資要請は大きなチャンス
そこでインドネシアは、冒頭で触れたように日本に投資を要請した。日本は、国民生活の生命線ともいえる海上輸送航路帯が南シナ海を縦貫している。

インドネシア当局としては、その日本から何らかの支援を引き出して中国の海洋侵出圧力に対抗しようと言うのであろう。
 
一方、日本側からみると、ジョコ大統領からのナトゥナ諸島に対する投資要請は、自国の安全保障にとって極めて大きなチャンスである。
 
すでに日本は、ナトゥナ諸島にインドネシア政府が建設を進めている漁業関連施設への金銭的供与を実施している。インドネシア政府は、さらなる漁業施設への投資やエネルギー関連事業、観光業への投資を求めてきたわけだが、それらの投資要請と共に海洋警備活動での協力も求めている。
 
ナトゥナ諸島は、中東方面から日本に原油をもたらす多くのタンカーをはじめ、日本の国民生活を支える海上輸送航路帯に隣接している要衝だ。

すでに西沙諸島周辺海域と南沙諸島周辺海域での軍事的優勢を手中に収めつつある中国が、ナトゥナ諸島周辺海域での軍事的優勢までをも手にすると、南シナ海を縦貫する海上輸送航路帯は完全に中国がコントロールするところとなってしまう。
 
もちろん、海上輸送航路帯を防衛するために中国海洋戦力を南シナ海から追い払うことなど、日本の防衛力ではとてもできない相談である。そして、インドネシア政府としても、日本による直接的な軍事的支援など全く期待してはいないであろう。
 
しかしながら、日本の支援によってナトゥナ諸島に大規模な漁業基地を中心とした施設や、クルーズシップが着岸できる施設を含んだ観光開発などが進めば、搦め手から中国海洋侵出政策に対抗することが可能となる。
 
たとえばナトゥナ諸島にそのような港湾施設を誕生させれば、日本の海保大型巡視船やアメリカ沿岸警備隊巡視船などが定期的に寄港することができるようになる。

そして南シナ海の海上輸送に危害が加えられる状況が差し迫ったような場合には、海自艦艇をナトゥナ諸島に派遣してインドネシア海軍との協働警戒態勢を固めることも可能になる。
 
ナトゥナ諸島開発への投資要請は、日本国防上のチャンスとしての視点から、有効に生かさなければならない。【1月16日 北村 淳氏 JB press】
********************

いささか「火中の栗」の感もあるナトゥナ諸島ですが、習近平国家主席を国賓として招く日本がどこまで関与するのか・・・。

“中国海洋戦力を南シナ海から追い払うことなど、日本の防衛力ではとてもできない相談である・・・インドネシア政府としても、日本による直接的な軍事的支援など全く期待してはいないであろう”とは言いつつも、いったん事あれば矢面に立つ覚悟は必要になります。

なお、日本の河野太郎外相(当時)は一昨年6月、訪問先のインドネシアでルトノ外相と会談し、ナトゥナ諸島などでの漁港整備や、違法操業漁船を取り締まるレーダー設置などの協力を約束しています。

その関連でしょうか、ナトゥナ諸島に関しては、“日本政府が昨年、ナトゥナ諸島に築地市場をモデルにした魚市場を整備するため、インドネシアに1000億ルピア(約8億円)を供与した”という実績もあるようです。【下記 searchina】

【中国メディア 大型プロジェクトで中国に頼っておきながら、「日本にすり寄るとは何事か」】
このジョコ大統領の日本への投資拡大要請に中国メディアは不快感を示しているようです。

****インドネシアはけしからん! 「日本にすり寄るとは何事か」=中国メディア****
ロイター通信によると、インドネシアのジョコ大統領は10日、南シナ海ナトゥナ諸島への投資拡大を日本政府に求めた。

この近海の漁業権を巡ってインドネシアは中国と対立しており、中国が反発するのは必至と見られる。中国メディアの今日頭条は11日、インドネシアは高速鉄道などの大型プロジェクトで中国に頼っておきながら、「日本にすり寄るとは何事か」と非難する記事を掲載した。(中略)

記事は、日本政府が昨年、ナトゥナ諸島に築地市場をモデルにした魚市場を整備するため、インドネシアに1000億ルピア(約8億円)を供与したことを指摘した。

そのためか記事は、「近年インドネシアは日本と親しい」と危機感を示している。19年9月には、インドネシア・ジャワ島の首都ジャカルタと第2の都市スラバヤを結ぶ既存鉄道の高速化計画を、日本が支援することに決まったばかりだ。

日本のインドネシアに対する投資額は中国を上回るほどになっており、日本は「絶対的な発言権が欲しいからインドネシアに近づいているのではないか」と記事は推測している。

一方、インドネシアは中国に対して厳しい態度を取るようになったと不満を示している。1月1日からニッケル鉱石の輸出が全面的に禁止されたことで、世界最大のニッケル消費国である中国には大きな影響が出ると苦言を呈した。

しかし、ニッケル鉱石を輸出禁止にしてもフィリピンから輸入できると主張、インドネシアが中国に対してこのような態度を取るなら、インドネシアが希望している投資の話も水泡に帰すかもしれないと、脅しとも取れる反応を示している。

日本に接近しているインドネシアに対し、中国は相当警戒をしているようだが、インドネシアは中国との距離感という面で微妙なバランスを保っているとも言えるだろう。

日本にとってインドネシアは天然資源の重要な供給国であり、良い関係を保っていく必要がある。日本からインドネシアへの投資は今後も拡大し続けていくに違いない。【1月15日 searchina】
****************

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ミャンマー  23日にも国際司法裁判所(ICJ)の仮保全措置に関する判断

2020-01-15 20:56:07 | ミャンマー

(ミャンマー各地でアウン・サン・スー・チー国家顧問を支持する集会が開かれた(10日、ヤンゴン)【12月22日 日経】)

【「ジェノサイドの認定」までは遠い道のり】
スー・チー国家顧問自ら法廷に立ち注目を集めたロヒンギャに対するジェノサイドに関する国際司法裁判所の判断が今月23日にも示されるようです。

****ロヒンギャ迫害で23日判断か=仮保全措置めぐり国際司法裁****
ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャに対し、ジェノサイド(集団虐殺)があったとしてミャンマー政府がオランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)に提訴された問題で、仮保全措置を求めるガンビア政府は15日、ICJが23日に措置を認めるかどうか判断を示すとの見通しをツイッターで明らかにした。
 
イスラム協力機構(OIC)を代表して提訴したガンビアは昨年12月の口頭弁論で、ジェノサイド再発の危機があるとして、迫害の停止や国連調査団の受け入れを柱とする仮保全措置を求めた。
 
口頭弁論にはミャンマーからアウン・サン・スー・チー国家顧問が自ら出廷。人権侵害があった可能性は認めながらもジェノサイドはなかったと否定し、審理の取りやめを訴えた。【1月15日 時事】 
********************

国際司法裁判所法廷におけるスー・チー氏の弁論等については、昨年12月14日ブログ“ミャンマー ロヒンギャへの「ジェノサイド」で訴えられた国軍を国際法廷で弁護するスー・チー氏”でも取り上げたところですが、その内容、および今後の展開については以下のようにも。

内容についていえば、「過剰な武力行使があった可能性はある」と一部ミャンマー国軍の責任を認める部分もありましたが、スー・チー氏は基本的には「住民殺害は意図したものではない」とジェノサイドを否定し、ミャンマー国軍の正当性を支持する従来からの考えに終始しました。また、ICJの介入は不必要・有害としてミャンマー政府に任せるように主張しました。

****「組織的なレイプや殺人」全否定 スーチー氏の法廷戦略****
ミャンマーの少数派イスラム教徒ロヒンギャに「ジェノサイド(集団殺害)」をしたと、同国政府が国際司法裁判所(ICJ)に提訴された問題で、アウンサンスーチー国家顧問が法廷で全面否定したことに国際社会から批判が出ている。ただ、スーチー氏の強気の発言は、訴えを退けるための入念な準備がうかがえるものでもあった。

オランダ・ハーグのICJ。ミャンマー政府がジェノサイド条約に違反してロヒンギャの人々にジェノサイドをしたと、西アフリカ・ガンビア政府が訴えた裁判で、ミャンマー政府代理人として11日の口頭弁論に出廷したスーチー氏は「不完全で誤解を招くものだ」と全面否定してみせた。
 
ミャンマーの従来の主張と同様とはいえ、かつて軍事政権にあらがって民主化を進めたノーベル平和賞受賞者のスーチー氏の発言が注目されていただけに、国際社会には失望感も。

国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン」は「国連が集めた全ての証拠や我々が耳にした(ロヒンギャ)生存者の証言を全て無視した」と声明を出して批判した。
 
国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」も、70万人以上のロヒンギャ難民が生まれたことは「間違いなく組織化された殺人やレイプの結果だ」とミャンマー政府の責任を問いただした。
 
米国も口頭弁論の初日だった10日、ロヒンギャ問題に関して、ミャンマーのミンアウンフライン国軍最高司令官らへの経済制裁を発表。同国財務省は「最高司令官の命令で大量殺人やレイプが行われたという信頼できる主張がある」と、声明で理由を説明した。
 
これまでもスーチー氏を批判する論調を続けてきた中東の衛星テレビ局アルジャジーラ(電子版)は12日、「盗っ人は自分が盗っ人だと認めない。正義が証拠でそれを証明する。国際社会は我々からその証拠を得ている」とするバングラデシュ・コックスバザールのロヒンギャ難民組織の代表の発言を掲載した。
 
一方、仏教徒が大多数を占めるミャンマーでは、ロヒンギャは隣国からの招かれざる移民とみられており、スーチー氏の弁明への支持が盛り上がっている。

11日には最大都市ヤンゴンの市公会堂でICJの口頭弁論が中継され、ミャンマーの旗やスーチー氏の写真を手にした数百人が見守った。会社員タエスーモンさん(25)は「(スーチー氏を)心から信頼している。私たちの国を間違った主張から守ってくれるはずだ」と話した。
 
ミャンマー国内のメディアは多くがトップニュースとしてスーチー氏の発言を報じ、「ICJの介入で事態が悪化しないよう求めた」とするスーチー氏の発言を中心に報じた。(中略)
 
スーチー氏のメッセージ
(中略)強気だったともとれるが、京都大の中西嘉宏准教授(ミャンマー政治)は、「譲るところは譲っており、裁判の準備をじっくりしてきた」とみている。
 
譲った点とは何か。
それは、「国際人道法を無視した過剰な武力行使があったことは排除できない」との発言だ。これまでスーチー氏は、掃討作戦はロヒンギャの武装勢力に対する正当な対応だったと主張していた。

中西氏は「すでに(殺害行為などについて)ロヒンギャの証言があり、全て否定するのは難しい。一定の行為を認める姿勢を示した」と説明した。
 
一方で、スーチー氏は、国軍の軍法会議や政府が設立した独立調査委員会が、違法行為の責任追及を担うと説明した。そう訴えることで、「国際司法は自国の司法が機能しない場合に介入する」という国際的な原則に基づき、ICJの介入が不必要だと訴えた。
 
中西氏は「ミャンマーは軍政時代も含めてこれまで、外からの介入で態度を硬化させ、事態を悪化させてきた。スーチー氏は『解決には国内の自浄しかない。任せてほしい』とのメッセージを送った」とみる。
 
スーチー氏はまた、ロヒンギャを殺害したとして軍法会議で有罪になった兵士らの刑期が軍によって短縮されたことを「国民の多くが不満に思っている」とも明言。国軍の問題点を指摘する姿勢を見せた。
 
そうしたことから、中西氏は「国連やガンビアへの批判は抑え、ジェノサイドではないという主張に絞った。国家のリーダーが出廷するという非常にリスクの高い決断だったが、その中ではできうる限りの対応をしたのではないか」と分析した。

裁判どう進む?
ミャンマーの少数派イスラム教徒ロヒンギャに対する「ジェノサイド」はあったのか、なかったのか。国際司法裁判所(ICJ)はまずは、その判定の前に、ジェノサイドにつながる行為を直ちにやめさせるためにガンビアが求めた「仮保全措置」について、1カ月ほどで判断するとみられる。
 
東洋大の石塚智佐准教授(国際法)は「緊急にジェノサイド行為を防止するようミャンマー側に(仮保全措置として)求める可能性はある」と説明する。
 
だが、そうだとしても、ICJは「ジェノサイドかどうかの確定的判断ではない」と強調する可能性が高いという。石塚氏は「最も重要なジェノサイドの認定については、最終的な判決時まで見解を示さないはずだ」と説明する。
 
また、仮保全措置後、ミャンマー側は、ガンビアが提訴する資格のある「当事国」であるかどうかを改めて争うことも考えられるという。
 
ICJは、国同士の争いしか扱わない。西アフリカのガンビアはロヒンギャ難民問題に国家として直接関わりがなく、イスラム協力機構(OIC)の代表として原告になったとされている。

そのため、ミャンマー・ガンビア間に紛争が存在しないとされれば、裁判自体が成り立たなくなる。ミャンマーがそう主張すれば、まずはその判断のために通常はさらに2年ほどはかかり、ジェノサイドか否かの審理は、その後で始まる。
 
また、裁判での焦点はジェノサイド条約で定義されるように、ジェノサイドの意図をもった殺害などの行為があったかどうかだ。
 
石塚氏は「多数の殺害行為があったとしても、それがロヒンギャという集団を破壊する意図の下での行為と認められなければ、ジェノサイドとはならない」と説明。

「ジェノサイドは国際法でも最も重い罪の一つとされ、慎重に審理される。ミャンマー政府の責任がどこまで及ぶのかなど判決の予見は難しい」と話した。【2019年12月22日 朝日】
*********************

上記記事を読む限り、23日に示される「仮保全措置」の内容如何にかかわらず、「ジェノサイドの認定」について明確な判断がでるのはまだまだ遠い先の話のようです。

70万人を超す難民を出すに至った事態にもかかわらず、国軍の責任を基本的な部分で認めないノーベル平和賞受賞者、かつ、かつての民主化運動の象徴だったスー・チー氏に対する国際世論は厳しいものがあるのは上記のとおり。

“ただ、国軍幹部への制裁を強化している欧米も、一般市民の生活に影響が及ぶ経済制裁には慎重だ。京都大学の中西嘉宏准教授は「かつてのような経済制裁を科せば中国のミャンマーへの影響力が増す。欧米もバランスをもった判断をするはずだ」とみる。”【12月22日 日経】ということで、国際社会のスタンスが大きく変わることもないようです。

【「総選挙対策」としては成功?】
一方、「2020年の総選挙を控え、国際社会の非難に立ち向かう姿勢を示す狙いだった」(スー・チー氏側近)【12月22日 日経】というスー・チー氏側の狙いは、充分に達成されたようです。

****内向くミャンマー、国軍擁護のスー・チー氏に支持 ****
イスラム系少数民族ロヒンギャの迫害問題を巡り、ミャンマーの内向きが鮮明になっている。

同国内では、欧米などが批判するミャンマーの国軍を国際司法の場で擁護したアウン・サン・スー・チー国家顧問への支持が広がる。同氏が国軍を擁護したことに欧米からは批判の声が上がっており、ミャンマーの世論との温度差が浮き彫りになっている。

スー・チー氏が首都ネピドーに戻った14日、空港からの沿道には国会議員や市民が並び「我らが母よ」という垂れ幕を掲げて出迎えた。スー・チー氏は車の窓を開けて手を振り、声援に応えた。

国際司法裁判所(ICJ)の審理初日の10日には、最大都市ヤンゴンの市庁舎前にはスー・チー氏を応援する数千人が集まった。同様の集会は国内各地で開かれた。

同氏側近は「2020年の総選挙を控え、国際社会の非難に立ち向かう姿勢を示す狙いだった」と明かす。(後略)【12月22日 日経】
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こうした流れに、日本に暮らすロヒンギャからは激しい怒りも。

****「スー・チー氏のうそ信じないで」=在日ロヒンギャ、日本政府にも苦言****
ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャ難民らでつくる「在日ビルマ・ロヒンギャ協会」のゾー・ミン・トゥット副代表が15日、東京都内の日本外国特派員協会で記者会見した。

「ミャンマー国軍やアウン・サン・スー・チー国家顧問のうそを信じないでほしい」と訴え、ロヒンギャ迫害を否定するスー・チー政権を非難した。(中略)
 
ゾー・ミン・トゥット副代表はミャンマーで今年実施される総選挙を念頭に、「スー・チー氏は訴訟に向き合うためにハーグに行ったのではない。国民の支持を得るための選挙キャンペーンだ」と批判。「ロヒンギャの骨の上に民主主義や平和を築くことはできない」と強調した。【1月15日 時事】 
**********************

ただ、下記のようにミャンマーを巡って中国と影響力を競う日本政府は、仮に欧米がミャンマー政府に厳しい対応をとったとしても、独自の宥和的な対応にとどまると推察されます。

****日本と中国がせめぎ合う 英国が残したミャンマー鉄道****
植民地支配していたイギリスが残したミャンマーの鉄道をめぐって、日本と中国のさやあてが続く。

日本は円借款をつぎ込んでJRなどの中古車両が走る在来線の改善に取り組み、中国は車両工場を立ち上げて現地生産し、雲南省からインド洋へ抜ける新線を敷く野心を抱く。

ミャンマーは、日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋」構想と中国の巨大経済圏構想「一帯一路」とがぶつかるアジア戦略の「一丁目一番地」でもあるからだ。

中国は関係をてこ入れしようと、習近平国家主席が年明け早々の1月17日から、ミャンマーを10年ぶりに訪問する予定だ。(後略)【1月11日 GLOBE+】
********************

スー・チー氏側は、農村部での人気低下も指摘されるなかで、上記のロヒンギャ問題への国内世論受けする対応を含め、秋の総選挙勝利に向けて着々と手をうっているようです。

****ミャンマー紙幣にスー・チー氏父 国民的人気、選挙利用の指摘も****
ミャンマー中央銀行はこのほど、「建国の父」と称されるアウン・サン将軍(1915〜47年)の肖像画を使った新紙幣の発行を始めた。

アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相の父で、今も国民に敬愛されている。秋に総選挙を控える中、スー・チー氏が父の人気にあやかり、支持固めに利用しているとも指摘される。
 
アウン・サン将軍は第2次大戦中、ビルマ(現ミャンマー)で抗日運動を率いた。終戦後は英国からの独立交渉を主導したが、独立前の47年に暗殺された。アウン・サン将軍の肖像画が描かれた紙幣の発行は約30年ぶりだ。【1月14日 共同】 
*******************

建国の英雄、国父アウン・サン将軍に対しては、軍部も反対できない・・・というあたりがミソでしょうか。

 

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マレーシア  存在感際立つマハティール首相からアンワル氏への禅譲は? 香港情勢と華人社会

2020-01-14 23:13:29 | 東南アジア

(マレーシアのマハティール首相(右)とアンワル元副首相=2019年11月23日【12月27日 時事】)

【マハティール首相 アンワル氏が求める5月ごろの首相禅譲を否定 20年も続投】
マレーシアのマハティール氏は2018年5月の総選挙で、政権側による政治的とも思われる訴追によって拘留され政治活動が出来ない状態にあったかつての政敵アンワル元首相と手を組み、代わりに野党勢力の代表となることで92歳で政権に復帰しました。(現在は94歳)

首相就任当初から、本来の野党勢力指導者であるアンワル元首相に禅譲することして、在任期間を「2年程度」と公言していました。

アンワル氏は総選挙直後の2018年5月に国王恩赦で釈放され、同年10月には補欠選挙に当選して政界に復帰しています。

****マレーシアのマハティール首相、APEC首脳会議後の退任を表明****
マレーシアのマハティール首相(94)は10日、ロイター通信とのインタビューで、2020年11月に自国で開催するアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の終了後に、アンワル元副首相(72)に首相職を引き継ぐ意向を表明した。
 
マハティール氏は「私は退任してバトンを渡し、約束を果たす」と述べ、アンワル氏に政権を譲ると明言した。

「混乱が起きる」ことを理由に、首脳会議の前の交代は否定した。20年12月に退任するか、重ねて問われると「そのときが来れば検討する」と応じた。(後略)【2019年12月11日 読売】
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表題には“退任を表明”とありますが、内容的には“アンワル氏への早期の禅譲を拒否した”という話でもあります。

アンワル氏は早期の禅譲を求めていますが、久しぶりに政権の座についたマハティール首相としては「やはり自分でなければ・・・」という思いもあるのでしょう、マハティール首相とアンワル氏の関係について不協和音的なものも漏れてきます。

両者は、かつてはアンワル氏が副首相としてマハティール首相の後継者的な立場にありながら、対立し、マハティール氏によってアンワル氏は政界を追われるという、これまで多くの確執があった仲でもありますから・・・いろんな憶測も生まれます。

****マハティール首相、後継者に不満か かつての政敵アンワル氏―マレーシア****
マレーシアのマハティール首相が、94歳と高齢ながら2020年も続投する見通しだ。任期中の退任とかつての政敵アンワル元副首相(72)への禅譲を公言する一方、積極的なアンワル氏支持を表明せず退任時期も示していない。

マハティール氏のこうした態度が「アンワル次期首相」への賛否をめぐる与党内対立に拍車を掛けている。

マハティール氏は11月の記者会見で、マレーシアが議長国のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開かれる来年11月までの続投を宣言。アンワル氏が求める来年5月ごろの首相禅譲を一蹴してみせた。

ロイター通信などによると、マハティール氏は今月に入って「誰が後継首相として最適か保証できない」と発言。退任時期も「前政権が積み残した問題を解決した後」と述べ、21年以降にずれ込む可能性も示唆した。
 
マハティール氏とアンワル氏は長年対立関係にあった。1998年には、当時も首相だったマハティール氏との政策の違いでアンワル氏が副首相職を解任される出来事もあった。職権乱用罪などで服役も経験した。
 
ところが、昨年5月の総選挙で服役中だったアンワル氏はマハティール氏と共闘。建国以来初の政権交代を成し遂げ、選挙後の恩赦による釈放にもつながった。しかし、過去の経緯から「両者はまだ和解していない」という見方が絶えない。
 
マハティール氏のアンワル氏に対する複雑な思いを見透かすように、与党・人民正義党(PKR)内ではマハティール氏の首相任期全うを望む派閥とアンワル支持派閥が激しく対立している。
 
アンワル氏の次期首相就任は与党連合の合意事項で覆すことは難しい。一方、PKR内に生じた亀裂は修復困難で、23年5月の次期総選挙までにアンワル新首相が誕生しても安定した権力基盤を築けない可能性がある。【12月27日 時事】
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日本でもそうですが、政治家の“禅譲”というのはなかなか厄介です。

そのアンワル氏については、年末、また同性への性的暴行疑惑云々が報じられています。

****マレーシア警察、アンワル氏を性的暴行の疑いで聴取へ****
マレーシア警察は11日、アンワル・イブラヒム元副首相を性的暴行の疑いで聴取すると明らかにした。

前週、アンワル氏の元側近が、2018年9月にアンワル氏がこの側近に無理やり性行為をしようとしたと告発した。

警察は9日に元側近から聴取した。日程が調整でき次第、アンワル氏や関係する証人に話を聞く方針という。

アンワル氏は疑惑を否定。メディア向けの声明で、「中傷的な申し立て」への調査を加速する警察に謝意を示し、調査に協力する方針を示した。

アンワル氏は、第1次マハティール政権(1981─2003年)で副首相を務めたが更迭され、同性愛や汚職の罪で1999年からに10年近く服役した。マハティール首相は10日、アンワル氏に首相を禅譲する考えを示した。【12月11日 ロイター】
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アンワル氏については、これまでも同性愛(マレーシアでは違法)疑惑で服役した経緯があり、批判勢力としては“攻めどころ”ともなっているのでしょう・・・それとも、アンワル氏にそういう性癖があるのか(日本的には、別にあってもかまいませんが)・・・

この話がその後どうなったのかは知りません。少なくとも今のところ重大な話にはなっていないようです。

【歯に衣着せぬ発言で、存在感が際立つマハティール首相】
マハティール首相の方は、94歳にして意気軒高。やる気満々です。(マハティール氏と手を組んだ当時のアンワル氏は「2年後の94歳にもなれば・・・」という思いもあったでしょうが、その点ではあてがはずれたかも)

****偽ニュース対策法を廃止=マハティール氏、公約実現―マレーシア****
マレーシアのナジブ前首相が汚職批判を抑えるために制定した偽ニュース対策法を廃止する法案が19日、連邦議会上院で賛成多数で可決、成立した。

自身も同法に基づき捜査対象となったマハティール首相が廃止を公約していた。廃止法案は昨年も下院を通過したものの、野党が多数を占める上院で否決。再提出の末1年越しで廃止が実現した。
 
偽ニュース対策法は、ナジブ前政権が昨年5月の総選挙直前の同年4月に施行。悪意をもって間違ったニュースなどを作ったり、流布したりした場合に最高50万リンギ(約1300万円)の罰金または6年以下の禁錮、もしくは両方を科す内容だった。

政権交代後に同法による捜査や訴追は行われず、ナジブ氏は汚職事件で起訴された【12月19日 時事】
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対外的にも歯に衣着せぬ発言で、存在感が際立っています。
アメリカ・トランプ政権のソレイマニ司令官殺害についても、「不道徳で、法律にも違反している」と厳しく批判しています。

****マハティール首相「こう言ったら私も“ある人物”に空爆されるかも」****
マレーシアのマハティール首相は7日、米国によるイラン司令官殺害に言及し、「われわれももはや安全ではない」などと発言した。同日付でロイターが報じると、中国メディア・環球時報は「マハティール氏が果敢にも言った」と題して伝えた。 

3日未明、米軍はイラクの首都バグダッドの国際空港で、イラン精鋭部隊のソレイマニ司令官を無人機で攻撃、殺害した。記事によると、マハティール首相はこれを受け、「いわゆる“テロリズム”に発展する可能性がある」と指摘。さらに、「こうした行為は不道徳で、法律にも違反している」と非難した。 

同首相はまた、「われわれももはや安全ではない。もしも誰かを侮辱したり、気に障ることを言ったりすれば、“ある国の人物”はドローンを送り込み、私を空爆しても問題ないと思うだろう」と警戒感を示した。 

記事によると、7日にはマレーシアの首都クアラルンプールの米国大使館周辺で、ブルカ(イスラム教徒の女性が着用するベールの一種)を着た女性らを含む約50人がデモを行い、米国に抗議した。

記事は、「マレーシアは米国がイランに制裁を加える中でもイランと良好な関係を保ってきた。マレーシアには約1万人のイラン人が住んでいると推定されている」などとマレーシアとイランの関係について説明した。 

このほか、記事は「国家の指導者として世界最年長のマハティール首相は、この数カ月でイスラム世界の重要な議題について頻繁に発言してきた」とも言及。

同首相が、イランのロウハニ大統領も参加した昨年12月のクアラルンプール・サミット(イスラム諸国首脳会合)でイスラム排斥対策を強調し、「われわれは西側への依存を断ち切る方法を見出すべきだ」との見方を示したことや、インドで反イスラム的とされる市民権法改正が行われた際には、「この法律のせいで人々は死にかけている」などと批判したことを紹介した。【1月8日 レコードチャイナ】
****************

もともと、物事をはっきり言う性格だったのでしょうが、94歳にもなって“怖いものなし”です。
上記記事の最後にあるように、ヒンズー至上主義・イスラム排斥を強めるインド・モディ政権とも批判の応酬があるようです。

****インド政府、マレーシア産パーム油のボイコットを呼びかけ****
複数の関係筋によると、インドのパーム油輸入業者は、マレーシアからの輸入を事実上すべて中止した。

マレーシアのマハティール首相がインド政府を批判したことを受けて、インド政府が非公式に輸入業者にボイコットを指示したという。

インド政府は、精製パーム油とパーム・オレインの輸入も制限しており、関係筋によると、インドの輸入業者はマレーシア産のパーム原油と精製パーム油の購入を中止している。

インドは世界最大のパーム油輸入国。インドネシアやマレーシアなどから年間900万トン以上のパーム油を輸入している。

今回の措置を受け、マレーシアでパーム油在庫が拡大し、価格<FCPOc3>に下落圧力がかかることも考えられる。インドネシアがパーム油の輸出で優位に立つ可能性もある。

マハティール首相は昨年10月、インドがパキスタンと領有権を争うカシミール地方に「侵略し占拠した」と批判。先月にはインド政府が国籍法改正で社会不安をあおったと発言した。【1月14日 ロイター】
*****************

【国内的には扱いが難しい民族問題】
国内的には、経済状況が好転しないなか、マレーシア特有の民族問題の扱いが現政権および(アンワル氏の)次期政権の重要課題となります。

****「新しいマレーシア」への期待と多数派マレー系住民の警戒感****
・・・・特に、経済状況が改善しないことへの国民不満の高まりは、政権支持率に直結する問題であり、そうした不満にマレーシア固有の民族問題(多数派マレー系の不満)が絡むと、政権の求心力は急速に低下することにもなります。
 
もともと総選挙に勝利した「希望連盟」は、華人やインド人を中心とした非マレー人の間で支持者が多い民主行動党(DAP)を主要勢力に含んでおり、民族主義や宗教重視、あるいは“何とか”第一主義がもてはやされる昨今にあっては珍しく「共存」を実現した政権でもあります。
 
前政権の腐敗追及という民族・宗教にかかわらない問題を前面にだしつつ、非マレー系、非イスラム系勢力が政治の中核に立つことへの(特に地方の)多数派マレー系の警戒感を、マレー系政治家としての実績と人気を有するマハティール氏の存在が一定になだめる形で実現した政権です。【2019年5月11日ブログ「マレーシア 政権交代から1年 「新しいマレーシア」に立ちはだかる民族・宗教の壁」】
*******************

多数派マレー系からすれば“警戒感”ですが、逆に華人・インド人からすれば何とか改革を・・・という話にもなります。

華人社会にあっても、従来の親中国的傾向になじめない若い世代の存在など一様ではなく、香港情勢はそんなマレーシアの華人にも影響しているようです。

****華人は「2級市民」じゃない、声上げる****
「光復香港!」「時代革命!」。昨年9月、マレーシアから香港を訪れた大学生リウ・リャンホンさん(26)は、地元の学生にまじって夢中で政府への抗議スローガンを叫んでいた。
 
リウさんはマレーシアの首都クアラルンプール育ちの華人4世。母語は広東語と北京語だが、英語とマレー語も流暢(りゅうちょう)に話す典型的な「マレーシアン・チャイニーズ」だ。世界各国に住む中国系住民のうち、居住国の国籍を持つ人は「華人」と呼ばれる。(中略)
 
帰国後、クアラルンプールで、香港のデモを支持する集会を開いた。だが、それがマレーシアの地元紙で取り上げられると、華人社会で波紋を呼んだ。「一気に嫌われ者になった」と、リウさんは振り返る。警察から聴取も受けた。
 
警察に通報したのは華人団体だった。香港のデモが抗議する対象は、締め付けを強める中国でもある。なぜ「母国」を攻撃するデモを支持するのか――。リウさんは繰り返しそう問われるようになった。
    *
マレーシアには、多数派のマレー系が教育や就職などで優遇される「土地の子(ブミプトラ)政策」がある。不満を抱える華人社会は親中傾向が強く、華人団体と中国政府との関係も深い。
 
リウさんの両親も年に1度は中国を訪ね、「中国はマレーシアよりずっと発展している」とうれしそうに語る。実家のテレビではいつも中国の国営放送がかかっている。「中国とのつながりが未来を切り開く鍵になる」。父親のチーワーさん(56)は、リウさんのデモ活動には反対だ。
 
リウさん自身、「華人は『2級市民』扱いされている」と感じてきた。はるかに成績が低かったマレー系の同級生が入学した学部に自分は入れず、第8希望だった「中国研究」学科に入学した。マレー系しか申請できない奨学金もあった。
 
「でも」と、リウさんは言う。「中国もたくさんの不平等を抱える。『母国』と幻想を持つには、インターネットに情報があふれすぎていた」
 
香港では、学生への連帯を感じた。一方で、自分は香港人でも中国人でもないとも痛感した。「香港ではみんな歩くのが速すぎる。それに、ほとんどの住民が『チャイニーズ』であることにもなんだか違和感があって」
 
問題があっても、さまざまな民族が混沌(こんとん)と暮らすマレーシアが母国。そして自分はどこにいてもマレーシアの華人。「2級市民」の状況を変えるためには、自分が逃げずに声を上げなければいけない。そう思うようになった。
    *
帰国後に執筆を始めた卒業論文は「マレーシア華人のアイデンティティー」がテーマだ。ナショナリズム研究の古典とされるベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」をひきながら、「マレーシア華人」という独自の共同体意識が生まれていることを描くつもりだ。
 
「構造的差別を終わらせるべきだという人は増えている。対等な『マレーシア人』として異なる民族が調和していく道は必ずあると信じています」

 ■「格差是正」マレー系に特権
マレーシアでは1969年、マレー系と中華系との間で衝突が起き、約200人が死亡した。この出来事をきっかけに導入されたのが、「土地の子(ブミプトラ)政策」だ。
 
裕福な中華系に対する反感を緩和するため、政府は公務員の採用や大学入学でマレー系の優先枠を設け、マレー系企業を公共事業の入札などで優遇するようになった。中華系やインド系の住民は法改正を求めるが、マレー系住民の間には経済格差の是正に必要だとの見方が根強い。
 
2018年に誕生したマハティール政権が国連の人種差別撤廃条約を批准しようとした際には、マレー系の激しい反発が起きた。人種や民族による差別を禁じるこの条約は、ブミプトラ政策との矛盾が指摘されていたためだ。「マレー特権を無くしてはならない」との声に押され、政府は条約批准の見送りを発表した。【1月9日 朝日】
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イギリス  今月末、EU離脱へ 不透明要素も多い北アイルランドの扱い

2020-01-13 23:22:54 | 欧州情勢

(英首都ロンドンにある下院での採決後のボリス・ジョンソン首相。英議会記録部(PRU)の映像より(2020年1月10日撮影)【1月10日 AFP】)

【1月末離脱へ 年末までのEUとのFTA締結は可能か】
昨年12月12日のイギリス総選挙においてジョソン首相率いる保守党が圧勝したことで、ジョンソン首相の主張するEU離脱が既定方針となったことで、私を含めて世間のブレグジットへの関心は低下したように見えます。

イギリス議会においても、ジョンソン政権のEU離脱の既定方針に従って、大きな波乱もなく事態は粛々と進んでいます。

****英下院、ブレグジット関連法案を可決 月末に念願の離脱へ****
英議会は9日、同国の欧州連合離脱(ブレグジット)関連法案を可決した。これで英国は期限である今月末、EUを離脱する初の国家となり、2度の首相交代をへて同国を分断してきた数年にわたる議論に終止符が打たれた。
 
英下院はボリス・ジョンソン首相のEU離脱案を賛成330、反対231で可決。議員らの承認を受け下院は歓声に包まれた。

2016年に国民投票が実施されて以来、議員らは約50年密接な貿易関係にあった欧州から離脱する手順や時期、あるいはその是非をめぐり、激しく対立してきたが、激動と混乱が続いた異例の事態に幕が下ろされた。
 
昨年12月に実施された総選挙でジョンソン氏率いる与党・保守党が圧勝し議会で過半数の議席を確保すると、混乱は一気に収束に向かった。(後略)【1月10日 AFP】
********************

ただ、離脱後のEUとの関係について、1年以内にFTA(自由貿易協定)を締結するとし、新たな貿易関係を構築するまでの移行期間(2020年末まで)については「延長しない」としていることで、2020年末までに「新たな貿易関係を構築」が間に合わず、事実上の「合意なき離脱」の混乱に陥るのではないか・・・との指摘も多くあります。

****実は「延長戦」である 速報・英国総選挙2019(下)****
(中略)保守党は離脱後のEUとの関係について、1年以内にFTA(自由貿易協定)を締結する、と公約しているのだが、同時に、新たな貿易関係を構築するまでの移行期間(2020年末まで)については、現行のEUとの協定では2022年末まで延長することが可能であるにもかかわらず、延長しない、と断言している。

つまり、来年1月末に離脱を実行して、その後11ヶ月でFTAの交渉をまとめ上げねばならないわけだが、EUの関係者は口を揃えて、まず不可能だ、と語っているし、日米を含む各国のエコノミストも、大半が「まず無理だろう」としている。

FTA締結と簡単に言うが、個別具体的な貿易品目について、関税を免除するか減額するか、あるいは残すか、本当に当該国で生産されたものであることを、どのようにして保証するかといった交渉プロセスが必要なのだ。

2018年にEUとシンガポールとの間でFTAが発効したが、交渉開始は2014年であった。しかも、この4年という交渉期間は過去最短であって、メルスコール(南米関税同盟。ブラジル、アルゼンチンなどが加盟)との交渉など、驚くなかれ20年を費やしている。

要するに、来年の今頃は、またしても「合意なき離脱」の危機が再燃するわけで、言わばブレグジット騒動は「延長戦」に入っただけなのである。

もちろん、今や議会で単独過半数を握っているジョンソン政権は、柔軟に法案を修正して行くことも可能である。メイ前首相と同様に「優柔不断」だと非難はされるだろうが。(中略)

ブレグジットが実行されると同時に、スコットランド独立問題や南北アイルランド統一問題が再燃するのも、火を見るよりも明らかだ。

とりわけジョンソン首相によって切り捨てられた形となった、北アイルランドの諸派は、このまま黙ってはいまい(『まさかの北アイルランド切り捨て』を参照)。

「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として。二度目は茶番として」
という言葉があるが、もしかして来年の今頃、ブレグジット騒動について、私も同じ事を言わなければならないのだろうか。【12月19日 林信吾氏 Japan In-depth】
********************

一方で、ジョンソン政権は「必要最小限の合意」をまとめることで、2020年末を現実的に乗り切るだろう・・・との見方も。

****保守党圧勝で見えた英国の「最小限合意」EU離脱****
(中略)ジョンソンが移行期間の延長を求めないのは、英国をEUの「属国」の立場に長く置きたくないからである(移行期間中、英国はEUにおける決定権はない一方、従来のEUとの関係に縛られる)。
 
しかし、英国の加盟国としてのEUとの関係は、一秒たりとも間隙を置くことなく切れ目のない状態で新たな将来の関係に引き継がれねばならないとの立場を取る必要はない。

移行期間終了後に順次交渉を纏めることで支障のない分野は種々ある筈である。安全保障協力、司法・治安協力、学生交流が一秒も待てない筈はない。移民も待てる。サービス貿易ですら、企業による自衛策を前提とすれば待てるかも知れない。
 
したがって、ジョンソンは必要最小限の合意を得て移行期間切れに備えることを目指すものと予想される。例えば、モノの貿易に焦点を絞った協定であれば、議会の承認を必要とせず発効できる可能性がある。(中略)

もちろん、それでも、混乱は生ずる。ジョンソンは「野心的なFTA」を目指すと言っているが、それは結局は通例のFTAであるから、いずれにせよ物流には障害が生ずる。サプライチェーンは寸断される危険がある。企業は自衛策を講ずる他ない。
 
経済界からは異論が出るであろうし、混乱を不安視する声もあって議論は喧しいことになるかも知れない。新たに取り込んだ製造業分野の勤労者層に配慮する必要もあるかも知れない。

しかし、保守党から反旗を翻す可能性のある議員を追放して忠実な議員で固め、その上これだけの多数を有するのであるから、ジョンソンは押し切ることになるであろう。(中略)
 
確かに混乱は不可避である。しかし、「2020年、Brexitは片付くどころか、期限に間に合わずno-dealの崖っぷちに立つという2019年の経験を繰り返す」(‘”Get Brexit done”? It’s not as simple as Boris Johnson claims’, Economist, December 5 ,2019)、ということにはならないように思われる。【12月23日 WEDGE】
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“潮目が変わった”現在の政治状況からすれば、多少の混乱はあるにしても、2020年末にジョンソン首相が持論で押し切る・・・というのが“ありそうな展開”に思えます。

その結果、イギリス経済・市民生活がどうなるのか・・・・という話は、“未知の領域”です。

【焦点となっていた北アイルランドの問題は? 懸念・可能性、様々な指摘も】
ジョンソン首相の総選挙勝利は、とにもかくにもEUとの間で新離脱合意をまとめ上げたことにあります。
これにより、「決められない政治」にうんざりしていた国民が、ジョンソン首相に任せてみよう・・・という流れになっています。

昨年10月17日に合意された新離脱合意では、北アイルランドはイギリスの関税領域となっています。ただし北アイルランドは、「EUの単一市場には入らないが、単一市場のルールに従う」というレトリックで、主に物品はEU単一市場に「事実上」残ることになっています。

この点に関しては実質的にはメイ前首相の合意とほとんど変わらないと言っていい内容ですが、おそらく、北アイルランドに関して離脱強硬派が嫌う「単一市場残留」という言葉を表向き使いたくなかったジョンソン首相の政治的勝利でしょう。

かつ、アイルランと(EU加盟)と北アイルランドの間で(北アイルランド紛争再燃につながる)「厳格な国境検査があってはいけない」という大原則は変わらず、イギリス・EUの両者は合同委員会を設置して、この問題に取り組むとされていますがが、具体的にどういう方法で対処するかは後回しになって決まっていない様子とも。

具体的にどうするのか???

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国境検査が必要になってしまうと言うから、(メイ前首相の)バックストップでは、北アイルランドがEUの関税同盟と、主に物品の単一市場に入るべきとなったのに。

それによる分断を避けるために、メイ前首相はブリテン島も関税同盟に残すことにしたのに。
このせいで、イギリスではあれほど揉めに揉めたのに。

こういう結果になって、一体あの議論は何だったのか。 

言い換えれば、それだけ大きな妥協をEU側がしたのだと思う。おそらくアイルランドとフランスが妥協したのではないか。 

物の単一市場の方は、内容が主にルール(規制・規則)だから、厳しい国境を避けるならアイルランド島で統一しないわけにはいかない、でも、関税(や税金)チェックのほうは、まだ最新テクノロジーや仕組みを工夫することで何とかなる・・・かもしれない・・・ということか。 【2019年10月18日 今井佐緒里氏 YAHOO!ニュース】
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このジョンソン首相の新離脱合意は事実上の北アイルランド切り捨てだとの指摘もあります。

****まさかの北アイルランド切り捨て ブレグジットという迷宮 その1****
(中略)最大の懸案事項であった、アイルランド共和国と英領北アイルランドとの国境問題について、ジョンソン首相は、「北アイルランドは当面EUの関税同盟(統一市場)のルールに従い、アイルランド共和国との間で厳格な国境管理は行わない。この制度は4年後に見直す」という妥協案をEU側に示したのだ。

一方で、もうひとつの大きな懸案事項であった単一市場の問題については、「まずは〈第三国〉となり、あらためて貿易協定の締結を目指す」とした。

メイ前首相が、なんとか単一市場にだけは留まりたい、としていたのに対し、国家の主権を回復するのと引き替えなら、単一市場から抜けても構わない、と開き直ったようなものである。

(中略)この合意に最初に異を唱えたのが、これまで保守党内閣とスクラムを組んでいた(閣外協力していた)北アイルランドの民主統一党で、「アイルランド島とブリテン島とを隔てている海峡に,新たな国境線を設けるに等しい」として、議会での採決では反対票を投じることを早々に表明した。(後略)【2019年10月27日 林信吾氏 Japan In-depth】
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一方、北アイルランドでは、結局は紛争再燃につながる「厳格な国境管理」が復活するのでは・・・との懸念があります。

****取り残される北アイルランド、紛争再燃に拭えぬ不安****
1970年代、英国からの分離をめぐる紛争の舞台となった英領北アイルランドの中心都市ベルファスト。レンガ造りの古い建物が並ぶ一角では12日の総選挙を控え、「ノー・ハードボーダー」(厳格な国境管理はいらない)と記した選挙ポスターが至る所で目についた。

ジョンソン首相が欧州連合(EU)と合意した離脱協定案に反対する地元政党が掲げた。陸続きのアイルランドとの国境で、税関や検問所を置かず、自由に往来できる現状が失われかねないとの警鐘だ。
 
「多くの市民も不安を感じている」。こう語るのはベルファストに住むリー・ラビスさん(48)。国境管理が導入されれば「歴史が繰り返される」と表情を曇らせた。かつて英軍兵として紛争に従事した過酷な経験がよみがえる。
 
紛争では英国からの分離とアイルランドへの帰属を求めるカトリック系住民、英国統治を望むプロテスタント系住民が対立。カトリック系のアイルランド共和軍(IRA)など双方の武装組織がテロを繰り広げ、98年の和平合意までに約3500人が犠牲になった。(中略)
 

離脱問題の最大の難問はアイルランドとの国境で、和平により実現した自由往来を維持する方策だった。ジョンソン氏は本土と北アイルランド間で税関検査を行うなど、事実上の国境線を海に引くことで解決を目指すが、検討中の検査法では技術的に密輸を完全に防ぐのは難しいといわれる。
 
(イングランド生まれで北アイルランドに派遣され、凄惨な戦闘を経験した)ラビスさんはアイルランド国境付近で、いずれ監視などが必要になるとみており、カトリック系過激派が反発して監視の要員やカメラを攻撃することを警戒。守る設備などを置けば国境管理とみなされ、さらに標的になると恐れる。
 
「ジョンソン氏は国境管理をしないというが、だまされてはならない」。ラビスさんは語気を強めた。(中略)
 
北アイルランドを本土から事実上置き去りにする協定案には、プロテスタント系からも逆風が吹く。ジョンソン政権に閣外協力し、EU離脱を支持する北アイルランド民主統一党(DUP)は早々と反対を表明した。
 
プロテスタント系過激組織の元メンバー(62)は「家族はIRAの攻撃にさらされながら、英国に残ることを求めてきた。今、英国から切り離されてはならない」と憤る。(後略)【12月10日 産経】
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他方、この新合意によって北アイルランドはイギリスとEUという“二つの顔”を持つ事実上の関税特区となり“漁夫の利”を得ることにもなる・・・との指摘も。

****事実上の経済特区になる英領北アイルランド****
新離脱協定案が可決されると、2020年1月末までに離脱が実現することになります。そうなると注目されるのは、英領北アイルランドがどうなるかですね。

新離脱協定によって同地域は、EUの関税同盟と、物品貿易におけるEU単一市場に実質的に残ることになります。ただし、法的には、英領北アイルランドは英国の関税領域に属します。アイルランド共和国との国境で検問を実施しなくてすむようにする措置です。

これは、英領北アイルランドにおいてプロテスタント系とカトリック系の住民紛争が再燃するのを避けるための措置ですね。1998年にまとめられた「ベルファスト合意(聖金曜日合意)」を維持する。税関手続きなどのために目に見える国境を設ければ、過激派テロの標的となって、紛争が再発しかねません。

ただし、この措置により、関税の手続きが複雑になります。例えば、次のような具合です。英本土から、英領北アイルランドを経由してEU加盟国であるアイルランド共和国に物品を輸出する場合、英領北アイルランドで陸揚げする際に、EU関税を徴収する。この物品がアイルランド共和国に至らず、英領北アイルランドで消費される場合は、徴収した税を業者に払い戻す。

庄司:そうですね。ただし、この措置は一方で、英領北アイルランドを実質的な経済特区にするものです。英領北アイルランドに立地する工場で生産した物品を、アイルランド共和国を経由することで、検問を通ることなく、かつ関税を徴収されることなく、EUに輸出できるわけですから。EUの規制・ルールに従うので非関税障壁もありません。
 
他方、米国のトランプ政権がEUに対して自動車などを対象に制裁関税をかけることがあっても、「英領北アイルランドは英国の関税領域に属する」と主張し、これを逃れることができる可能性もあります。
 
こうした利点に気づいた外国の製造業がこの地に拠点を移す可能性があります。英領北アイルランドは十分な電力の供給力があり、人件費も安い。よって投資が増えるかもしれません。
 
見ようによっては、英領北アイルランドは漁夫の利を得たと言うことができるでしょう。(後略)【2019年12月16日 日経ビジネス】
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【自治政府復活も、プロテスタント系勢力とカトリック系勢力の異なる思惑】
いろんな不安・懸念・可能性を抱えた北アイルランドですが、そもそもこれまでカトリック系・プロテスタント系の対立で自治政府が樹立できない状況が続いていました。

ようやく自治政府樹立にはこぎつけたようです。一歩前進ではありますが、同床異夢は相変わらずで、前途は多難です。

****英領北アイルランドで3年崩壊していた自治政府が復活 継続に向けて未だに残る不安****
英領北アイルランドで不在状態が続いていた自治政府が11日、復活した。

北アイルランドでは、英国統治を望むプロテスタント系勢力と、アイルランドへの併合を求めるカトリック系勢力の根強い対立が原因で3年前に自治政府が崩壊。英、アイルランドの両政府の仲介で政府復活にこぎつけたが、両勢力の間には今も対立の火種がくすぶっているとの見方もあり、自治政府が維持されるかどうかは不透明だ。
 
北アイルランドでは、1960年代以降、プロテスタント系とカトリック系による紛争があり、3千人以上が死亡。1998年に和平合意し、両勢力による自治政府が統治してきた。
 
しかし、両勢力はエネルギー政策をめぐり2017年1月に再び対立し、和平を支えてきた自治政府が崩壊。紛争再燃を防ぐため、英、アイルランド両政府が昨年5月から自治政府復活に向けた協議を続けてきた。

協議の末、英本土との一体性を主張する北アイルランド民主統一党(DUP)とカトリック系のシン・フェイン党が10日、自治政府の再建で合意。アイルランド議会が11日開かれ、自治政府が3年ぶりに復活を果たした。
 
自治政府の復活をめぐっては、アイルランド内では実現を懸念する声が多かった。DUP幹部の大半は今でも、反カトリックのプロテスタント組織に所属し、「紛争時の憎しみが今も残る」(住人)。(中略)
 
DUPがシン・フェイン党との“和解”に応じた背景には、1月末に控える英国の欧州連合(EU)離脱がある。ジョンソン英首相がEUと合意した離脱協定案では、現在の経済関係を維持する今年末までの「移行期間」終了後に、北アイルランドを含む英国全体が関税同盟から離脱。ただ、北アイルランドの関税手続きは当面、EUルールに従い、国境付近の税関検査を省く方針だ。
 
一方で、北アイルランド議会が、EUルールの適用の是非を移行期間終了後の数年ごとに判断できる仕組みになっている。地元住民によると「北アイルランドが英国から切り離された」と協定案を批判するDUPは将来、EUルールから抜けるためにシン・フェイン党と取りあえず手を組み、自治政府を復活させたとみられている。
 
だが、アイルランドとともにEUに残留することを望んでいたシン・フェイン党が、EUルールから離脱するDUPの方針に議会で反発するのは必至だ。両党が今後も衝突する可能性は高く、自治政府の継続が不安視されている。【1月12日 産経】
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リビア  ロシア・トルコの後押しで東西勢力の停戦合意 今後については不透明

2020-01-12 22:29:17 | 北アフリカ

(会談前に握手するトルコのエルドアン大統領(右)とロシアのプーチン大統領(左)=8日、イスタンブール【1月9日 共同】)

 

【ロシア・トルコの呼びかけで停戦合意】
シリアと並んで「アラブの春」の失敗例とされるのがリビア。

久しく東西勢力の内戦状態が続いていましたが、(東部ハフタル将軍支持の)ロシア・プーチン大統領と(西部・暫定政権支持の)トルコ・エルドアン大統領の呼びかけによって「停戦」が実施されることになりました。

****リビア 東部軍事組織が停戦受け入れ表明 和平の動き進むか焦点 ****
国が東西に分裂して戦闘が続く北アフリカのリビアで、首都の攻略を目指している東部の軍事組織が12日からロシアとトルコの停戦の呼びかけに応じることを明らかにし、各国が介入して西部の暫定政府との間でエスカレートする戦闘が収まるのかが焦点です。

リビアでは、9年前、民主化運動「アラブの春」で独裁的なカダフィ政権が崩壊したあと、国が東西に分裂し、去年4月から東部の軍事組織が、国連などが認める西部の暫定政府がある首都トリポリの攻略を目指して軍を進め、戦闘が続いています。

こうした中、軍事組織を支持するロシアと暫定政府側に立つトルコが12日からの停戦を呼びかけ、ハフタル氏が率いる軍事組織は、11日夜、停戦に応じることを明らかにしました。

暫定政府を率いるシラージュ首相もハフタル氏側が戦闘をやめるなら停戦に応じる立場を示していることから、各国が介入してエスカレートする戦闘が収まるのかが焦点となります。

また、ドイツの仲介で、リビアの和平に向けた関係国による国際会議の開催が調整されていて、今回の停戦が守られ、リビアの和平の動きが進むことが期待されています。【1月12日 NHK】
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【LNAの首都進攻作戦の停滞】
リビアは2011年の民主化運動「アラブの春」でカダフィ長期独裁政権の崩壊後、内戦が続き東西に分裂しています。

国連が主導し、西部トリポリに拠点を置くイスラム色が強いシラージュ暫定政府をトルコやカタールなどが後押ししています。

一方、東部の(カダフィ政権でも軍事参謀長の地位にありましたが、その後カダフィ大佐と離反した)ハフタル将軍が率いる「リビア国民軍」(LNA)をロシアやサウジアラビア、エジプトなどが支援しており、双方は激しく戦闘を続けてきました。

EU内でも、イタリアは暫定政府を、フランスはハフタル将軍を支持していると言われています。このあたりはリビアにおける利権をめぐる争いとも見られています。

様相に変化が見られたのは昨年4月。東部のハフタル将軍率いるLNAが首都トリポリへの進軍を発表、武力によるリビア統一を目指すことに。

しかし、首都進攻作戦は暫定政府側の激しい抵抗にあって、思うように進みませんでした。
そもそも、政治的にはハフタル将軍にとって“悪くない”流れにあった昨年4月、なぜ敢えて軍事作戦に踏み出したのか・・・という疑問もありました。

****リビア民兵組織将軍の、裏目に出たトリポリ進軍作戦*****
<内戦の雄として政治力も兼ね備えたハフタル将軍が、首都陥落という勲章欲しさに勇み足を踏んだ>

東西両政府の分断が続くリビア内戦に新展開があった。東部を支配する民兵組織「リビア国民軍(LNA)」のハリファ・ハフタル将軍が、西部の「国民合意政府」が支配する首都トリポリを武力制圧すると宣言したのは4月4日のこと。早くも複数回の空爆を行い、住民2000人以上が市外へ脱出している。

なぜハフタルはこの時期に軍事攻勢を選んだのか。彼の率いるLNAは国内最強の武装勢力だが、最近のハフタルは政治力も付けていて、戦わずして権力を握る道もあったはずだ。4月14〜16日に予定されていた国民会議(国連主導で内戦終結と大統領選挙に向けた枠組みを決める会議)では、最強の政治指導者と認知される可能性が高かった。なのに彼は首都への進軍を決めた。

およそ合理的な戦略とは言えない。ハフタルは強さを誇示したい幻想に酔っている。だから選挙や交渉ではなく、戦闘なり策略なりで国家指導者の座を得たいと思っている。(中略)

17年のベンガジ解放宣言以降、LNAは犠牲者を極力出さないよう、少しずつ支配地域を広げてきた。この3年に東部で「石油の三日月地帯」の油田や石油ターミナルを占拠。現地でカネをばらまいて既成事実を積み上げる手法を取り、抗争の泥沼化を避けてきた。

16年9月の三日月地帯に続いて、今年2月には南西部のシャララ油田も制圧したが、どちらも派手な戦闘はなく犠牲者も少なかった。

以前からトリポリ制圧を口にしてはいたが、実際に兵を動かすことはなかった。そして順調に支配地域を広げるにつれ、彼は欧米の政府や国際会議に招待されるようになった。

油田地帯をほぼ掌握した時点で、国際社会からもリビアの真の実力者、まともな交渉相手と認められる一歩手前まで来ていた。

交渉失敗なら火の海に
つまり、過去1年間の戦略は功を奏していた。それでも彼は、トリポリを掌握して政治的・軍事的支配者の地位を確立するという夢を捨てられなかった。この誇大妄想のせいで、彼はせっかく手にした地位を失うような行動に出てしまった。

するとフランスやイタリア、イギリス、アメリカ、そしてUAEが共同声明を発表し、事態の即時沈静化を求めるとともに、国際社会は国連主導の国民会議による和平プロセスを支持すると明言した。この時点で、彼の作戦は裏目に出たといえる。(後略)【2019年5月4日号 Newsweek】
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【LNA,ロシアの支援でシルト奪還 トルコは暫定政府支援で派兵 激化する代理戦争の様相】
ハフタル将軍の首都進攻作戦は軍事的には停滞していましたが、ここにきてようやく「成果」も。

*****リビア民兵組織、北部都市を奪還 トルコ派兵開始で緊張高まる****
リビアの元国軍将校で実力者のハリファ・ハフタル氏率いる民兵組織「リビア国民軍」(LNA)は6日、北部沿岸の都市シルトを奪還した。
 
首都トリポリから約450キロ離れたシルトは2016年以降、国連が正統性を認めているリビアの国民合意政府(GNA)に掌握されていた。
 
しかしLNAの報道官は6日、数時間の戦闘の末にLNAの戦闘員らがシルトを掌握したと発表した。
 
GNAはこの件を認める発表をまだしていないが、同市内のGNA系の軍司令官は匿名を条件に、シルトが奪取されたことを認めた。(後略)【1月7日 AFP】
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LNAがシルト奪還という成果をあげられるように“急に強くなった”背景には、ロシアの傭兵の活躍があるとも伝えられているようです。【1月11日 「中東の窓」より】

一方、暫定政府側を支援してきたトルコはリビアに派兵することで、更に暫定政府支援を強化することに。

エルドアン大統領のこの決定には、単に軍事的に劣勢に立つ暫定政府支援だけでなく、その見返りとしてキプロス・イスラエル沖の天然ガス開発において、“締め出されていた”トルコに有利な排他的経済水域(EEZ)をリビア暫定政府との間で合意することでトルコの権利主張を可能にすることにあったとされています。

また、産油国であるリビアへの影響力を強め、将来のエネルギー確保につなげる狙いもあるとの指摘もあります。【1月7日 産経より】

****トルコ、リビアに派兵へ 地中海の天然ガス田巡る思惑も****
トルコのエルドアン大統領は(2019年12月)26日、混乱が続く北アフリカのリビアに派兵する方針を明らかにした。リビア西部の首都トリポリを押さえる暫定政府と交わした軍事協力の覚書を根拠にするとみられる。

ただ、東部ベンガジを拠点とする武装組織はエジプトなどの支援を受けており、情勢がさらに複雑化することになる。
 
エルドアン氏は26日、首都アンカラで演説し、「(暫定政府から)派兵の要請があったので受け入れる」と話した。1月8日か9日に国会承認を経て、派兵する見通しを示した。
 
トルコは先月、暫定政府と軍事協力の覚書に合意。暫定政府の部隊に訓練や武器を提供するほか、共同軍事計画に関して助言したり、人員を派遣したりすることなども定めている。
 
今回の派兵には、トルコが参入を狙う東地中海の天然ガス田開発も関係する。トルコは、産出したガスをパイプラインで欧州に送ろうとする沿岸国の計画から排除されてきた。

そこで、東地中海の対岸にあるリビアの排他的経済水域(EEZ)と自国のEEZを合わせてパイプラインの敷設予定ルートをふさぐことを狙い、リビア暫定政府の協力を取り付けるために派兵を決めたとみられる。
 
リビアは2011年の「アラブの春」でカダフィ独裁政権が崩壊後、国家が分裂して内乱状態が続く。背景にあるのはイスラム組織「ムスリム同胞団」をめぐる中東主要国の対立だ。
 
同胞団を敵視するエジプトやアラブ首長国連邦はベンガジを拠点とする武装組織「リビア国民軍(LNA)」を支援。一方、同胞団に融和的なトルコやカタールがトリポリの暫定政府を支えてきた。

リビア国民軍は今年4月、暫定政府に加わる同胞団のシンパや、過激派を排除するため、トリポリに向け進軍していた。今後、トルコが実際に派兵すれば、混乱に拍車がかかるのは必至だ。【2019年12月27日 朝日】
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いずれにしても、ロシア・エジプトの支援で軍事攻勢を強めるハフタル将軍・LNA、これに対抗する形で暫定政府支援の派兵を行うトルコ・・・ということで、いよいよ“代理戦争”が激化することが懸念されていました。

【シリアと同じ構図 停戦合意が機能するのか?】
こうした状況の打開を目指したのが、ロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領の会談でした。

****ロシアとトルコ首脳、リビア停戦を要求 和平の仲介役へ****
内戦状態が続く北アフリカのリビア情勢を巡り、ロシアのプーチン大統領は8日、トルコのエルドアン大統領と会談し、戦闘を続けるリビアの暫定政府と「リビア民主軍」(LNA)の双方に対し、12日午前0時で停戦するよう求める共同声明を発表した。対立する両勢力に影響力を持つロシアとトルコが仲介を主導し、和平を目指す考えだ。
 
リビアでは、西部トリポリを拠点とする暫定政府と、東部が拠点のLNAの間で戦闘が激化。暫定政府を支援するトルコが5日、リビアへの派兵を開始したと明らかにし、緊張が高まっていた。ロシアはLNAを支援しているとされ、プーチン氏の出方が注目されていた。
 
ただ、暫定政府とLNAはこれまでの停戦でも長続きしておらず、両勢力がトルコとロシアの求めに応じて停戦に合意し、維持できるかは見通せない状況だ。
 
共同声明では、反体制派の最後の拠点イドリブ県に向けアサド政権が攻勢を強めるシリア情勢を巡っても、ロシアとトルコで連携して解決を目指す姿勢を強調し、中東で米国の影響力が弱まる中、地域の安定に向け向け共同で取り組む姿勢を打ち出した。【1月9日 朝日】
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「リビア民主軍」(LNA)側は停戦合意を拒否することを表明していましたが、傭兵派遣などで後ろ盾となっているロシアの圧力には抗しきれなかったようで、冒頭記事の「停戦合意」という話になっています。

問題は、この停戦が機能するのか、いつまで続くのか?という点ですが、似たようなロシア・トルコの合意で停戦が成立したはずのシリアで、今イドリブに対する政府軍・ロシアの激しい攻撃が行われているように、リビアにおいても同様の展開になる可能性も多々あります。

特に、もともと「リビア民主軍」(LNA)側は停戦合意に否定的だったこと、昨年4月に政治的妥協ではなく軍事的勝利にこだわる形で首都進攻を始めたハフタル将軍の性格などからすれば、停戦がいつ破綻してもおかしくないとも言えます。

ただ、ロシアの後押しなしでは首都攻略も難しいというところで・・・どうでしょうか?

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