(支持者の声援に応える新未来党のタナトーン党首(2019年12月14日、バンコク)【12月25日 日経】)
【政治的に利用される憲法裁判断】
タイに対しては非常に失礼な話ですが、タイ民主主義における三権分立とか、司法の独立というものは有名無実で、軍に代表される既存秩序・権益を重視する政治勢力と司法は表裏一体の関係にあると思っています。
その印象を強めたのが、2008年9月、タクシン派に担がれた形のサマック首相(当時)が、TVの料理番組に出演して約16000円の謝礼を受け取ったことが、“副業禁止”に反するとして憲法裁判所判断で失職した事件でした。
****TV料理番組出演が“副業“****
サマック首相をタクシン元首相の傀儡と批判し、その辞任を求める反政府団体「民主市民連合」(PAD)が首相府を占拠、辞任を拒否するサマック首相との間で膠着状態にあったタイの情勢は、あっけないと言うか、唐突な形で首相辞任に動きました。(中略)
サマック首相は、流血の事態を招くことは世論の批判をあびることになりかねないため、強硬手段でのPAD排除を避け、この間プミポン国王への謁見などで事態の解決をはかってきました。
しかし、長引く混乱に対する議会・与党内からの批判、更にPADと与党支持者の衝突などもあって、ついに9月2日、バンコクに非常事態を宣言しました。
非常事態宣言下では、アヌポン陸軍司令官に事態収拾の指揮権が委任され、5人以上の集会が禁止されることになっていましたが、先の軍事クーデターの結果に懲りている軍は、今回の混乱に関与することを拒否。
アヌポン陸軍司令官は、デモ隊の強制排除は「事態をさらに悪化させる」と指摘。「法と議会の制度に基づき解決されるべきだ」と述べ、当面は実力行使しない方針を示しました。
このため、市民連合は「非常事態宣言を恐れる必要はない」と首相府の占拠継続を宣言し、サマック首相の最後の切り札であった非常事態宣言も軍の協力を得られず有名無実化していました。
サマック首相は事態解決の目処が立たず、PAD側も国民の支持を大きく広げることができない・・・そんな両者の“手詰まり”状態のなかで飛び出したのが、首相の料理番組出演を違法とする9日のタイ憲法裁判所の判決でした。
判決は、サマック氏がテレビ出演で5000バーツ(約1万6000円)を受領したことが「雇用に当たる」とし、大臣の副業を禁じた憲法に違反するとの判断を判事9人の全員一致で下しました。
判決は首相の即時辞任を求め、現政権は議会が新首相を選出するまでの30日間の暫定内閣とすると命じています。(後略)【2008年9月11日ブログ“タイ TV料理番組出演でサマック首相失職 民主主義における司法の役割”より再録】
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この“事件”の前後でも、しばしば司法判断でタクシン派政権が瓦解する、タクシン派政党に解党命令がでるという事態が繰り返されています。インラック前首相も同様事情で失職・亡命に追い込まれています。
【立憲君主制の転覆の意図で訴えられた「新未来党」】
最近、その支持の高さから、タクシン派に代わって「標的」とされているのが「新未来党」とタナトーン党首です。
****タイ政党支持率、民主派野党が30%で1位****
タイ国立開発行政研究院(NIDA)が昨年12月に18歳以上のタイ人を対象に実施した世論調査(回答者2511人)で、政党支持率1位は野党第2党の新未来党で30.3%だった。
2位は野党第1党でタクシン元首相派のプアタイ党で20%、3位は軍を母体とする政権与党パランプラチャーラット党で16.7%、4位は連立与党の民主党で10.8%だった。
「首相に相応しい政治家」として最も支持を集めたのは新未来党のタナートン党首で31%。2位はプラユット首相で23.7%、3位はプアタイ党のスダーラット元保健相で12%だった。
新未来党はタイ自動車部品大手タイ・サミット・グループの創業者一族で富豪のタナートン党首が中心となり2018年に設立された。
2019年3月の下院(定数500)選では、民主主義への完全復帰、クーデターを繰り返すタイ軍の抜本改革、プラユット軍事政権(2014~2019年)が作成施行した民主主義を制限する現憲法の改正などを訴えて、バンコクの中間層、若者らの支持を集め、81議席を獲得、プアタイ党、パランプラチャーラット党に次ぐ第3党に躍り出た。
プラユット政権、軍を中心とする保守派は新未来党に強く反発し、2019年4月には、アピラット・タイ陸軍司令官が「国外で学んだ左翼思想を持ち込むな」「立憲君主制の変更を企てれば内戦になる」などと警告した。
同年11月、タナートン党首が下院選に立候補した際にメディア会社の株式を保有していたことが選挙法違反だとして、憲法裁判所が同党首の下院議員資格をはく奪。
12月には、新未来党が下院選の際にタナートン党首から1億9120万バーツを借り入れたことが政党法違反にあたるとして、選挙委員会が同党を憲法裁に告発した。
有罪の場合、新未来党は解党処分を受け、タナートン党首ら幹部は参政権を失うとみられる。【1月6日 newsclip.be】
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軍に代表される既存秩序・権益を重視する政治勢力と司法は表裏一体の関係にあるような“お国柄”ですので、軍事政権が看板を付け替えただけのプラユット政権を支える軍部に批判的な立場を明らかにして、若者らの支持を集めている「新未来党」が違憲がどうかが憲法裁判所の判断に委ねられ、21日にもその判断が示されるという件については、「やれやれ、またか・・・。タイの民主主義もいよいよ終末だね」と、解党命令が出るものと予想していました。
それは私一人の思い込みではなく、多くのメディアも同様でした。
****タイ改革派の野党、解党命令の恐れ 若者支持多い第3党****
タイで軍政を引き継いだプラユット政権に対峙(たいじ)する野党「新未来党」に、憲法裁判所が二十一日、解党を命じるかどうかの判断を示す。
同党は改革を求める若者らの支持が厚く、解党となった場合、抗議活動に発展する可能性がある。昨年三月の総選挙から十カ月。タイの民主主義に再び後退の気配が漂う。
争点は新未来党による立憲君主制の転覆の意図の有無。「国王を国家元首とする民主主義の下」ではなく、「憲法による民主主義の下」と記載した党規約や、党幹部による「法を犯せば誰でも例外なく罰せられる」との発言が王室の権威に重きを置く王党派から問題視され、訴えられていた。
同党は総選挙で経済格差の是正や軍改革を掲げ、下院の定数五〇〇のうち八十一議席を獲得。結党一年で第三党に躍り出た。
解党されれば党幹部の公民権停止や、議席が他党に再配分される可能性があり、過半数をかろうじて上回るプラユット政権に有利となる。
タイでは二〇一四年、貧困層を地盤とするタクシン元首相派の政権を覆す軍事クーデターが発生。昨年の総選挙で形式的には民政移行したが、軍政トップのプラユット氏が親軍勢力に有利な法制度のもと、連立工作で首相として続投した。
憲法裁は昨年の総選挙前には、タクシン元首相派の政党に解党を命令。親軍勢力や王党派など保守層に支えられた現政権の影響が及ぶとの見方は強く、三権分立で独立しているはずの司法が、対抗勢力弾圧の手段となる懸念がある。
新未来党はタナトーン党首が昨年末の世論調査で、将来の首相にふさわしい人物のトップになるなど、保守層には早期に抑え込みたい思惑がある。
憲法裁は昨年十一月、同氏が憲法の規定に反し、メディア関連株を保有したまま立候補したとして議員資格の剥奪を決定。さらに、同氏が結党時に党に融資したのは違法として、解党を求める選管の申し立ても受理している。
強まる圧力に、新未来党は民意を追い風にしたい考えだ。昨年十二月の抗議集会には、数千人規模の市民がバンコク中心部に結集。
今月、政府に異議を唱えるランニングイベントでは、タナトーン氏ら党幹部が姿を見せ、参加者の声援を集めた。参加したアパレル店経営のベンジャラットさん(33)は「景気の停滞や腐敗など現政権は問題ばかり。こういうイベントは初めてだけど、声を上げなければと思った」と話した。【1月20日 東京】
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“憲法裁は政治の実権を握る軍の影響下にあるとされ、同党の解党は避けられないとの見方がある。”【12月25日 日経】というのが、一般的な見方でした。
一方の新未来党はタナトーン党首の側はランニング大会で政府への抗議を表明していました。
****タイ 政府へ抗議表明のランニング大会 若者ら約1万人参加 ****
(中略)ランニング大会は12日朝早く、首都バンコクの公園で開かれ、主催者によりますと、1万人余りが参加しました。
タイでは去年、民政復帰したあとも軍出身のプラユット氏が政権を率いていることに若者を中心に反発が続いていて、大会に参加した人たちは「プラユット首相は出ていけ」と声を上げたり、首相になぞらえたイラスト入りのTシャツを着たりして、およそ2.5キロを走りました。
タイでは2014年のクーデターの後、5人以上が集まる政治集会が禁止され、現在は認められているものの、公共の場での集会は届け出が必要です。
主催した学生活動家たちは、ランニング大会を通じて市民が政府に抗議する場を確保したかったとしていて「政府は権力の乱用をやめ、人々に権利と自由をもたらさなければならない」と主張しています。
また、大会には去年の選挙で軍政からの脱却を掲げて躍進し、現在、憲法裁判所に解党を申し立てられている野党の党首も参加し「民主主義を取り戻すには首相は退陣しなければならない」と話していました。
一方、12日はバンコクの別の公園でプラユット首相を支持するウォーキング大会も開かれ、政権に賛同する人たちと反発する人たちの双方が野外で主張しあう1日となりました。【1月12日 NHK】
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【今日のところはひとまず・・・・】
そして今日21日、憲法裁判所の判断が示されましたが、“意外な”判断でした。
****タイ憲法裁、野党「新未来党」に無罪判決 解党はひとまず回避****
タイ憲法裁判所は21日、昨年の下院選で躍進した野党「新未来党」について、立憲君主制の転覆を企てた事実はないとの判断を示した。これにより、同党の解党は回避された。
同党は、立憲君主制の転覆を企てたとの訴えについて、野党の弾圧を目指す政治的な動機に基づくものだと反論していた。
同党に対する訴えには、世界征服を目指しているという説もある秘密結社「イルミナティ」とつながりがあるなどの申し立ても含まれていたが、すべて退けられた。
9人の判事の1人は、同党が立憲君主制を転覆する行動を取ってはいないとの判断を示す一方、同党のマニフェスト(政権公約)について、「憲法が定める民主主義の原則」に従う、という文言を「国王を国家元首とする民主主義体制」に改定すべきだとの見解を示した。
ただ、今回の判決で解党の危機が去ったわけではないとアリストらは指摘している。同党は他にも複数の告発を受けている。
選挙管理員会は先月、憲法裁判所に対し、新未来党がタナトーン党首から多額の融資を受けたのは政党法違反だとして、解党を命じるよう申し立てを行った。 【1月21日 ロイター】
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“ひとまず”“今日のところは”といったところです。
「新未来党」、タナトーン党首への支持の高さを考えると、ここで事を荒立てるのは得策ではないとの判断でしょうか。(その支持の高さゆえに、政権・軍部側が新未来党・タナトーン党首を標的にしている訳でもありますが)
“解党を強行すれば大規模なデモなどに発展する懸念がある”【12月25日 日経】
政権側からの「あまり調子に乗るんじゃない。さもないと次は・・・」という「警告」「恫喝」でしょうか。
新未来党がタナトーン党首から多額の融資を受けたのは政党法違反だとする訴え、こちらも厄介そうです。
まだ、第2幕以降が続きそうです。