団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

★民主党を叩き潰す方法

2015年07月03日 | 反日売国奴左翼・在日

  マスコミと一緒になって自民党の揚げ足を取 り、やりたい放題の反日売国民主党を撲滅させるいい方法はないものかと思ってましたが、阿比留さんが又、素晴らしいこと を書いてくれています。こんな方法があったんですね。橋下さんも少しは良いことをやっていたようです。
  
  産経ニュースより     2015.6.25 06:00更新

  【阿 比留瑠比の極言御免】「教育の中立性」を嫌う民主党の本音は「日教組の手足を縛るな」 
 
    民主党の体質は、いつまでたっても変わらない-。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたのを受けて、同党の「主権 者教育のあり方検討ワーキングチーム」がまとめた中間報告を読んでの感想である。そこにはこう書かれていた。

  「『政治的中立性』という言葉に縛られ、現実にある課題や争点を避け、学生の思考力、判断力の涵養(かんよう)を怠 るような教育のあり方は『主権者教育』とは言えず、再構築されるべきだ」

  「教職員に対して、既存の法令以上の制限を課す必要はない」

  一見もっともらしいが、民主党の幹事長を務めた日教組のドン、輿石東参院副議長がかつて、こう述べていたことを連想 させる。

  「(日教組は)政権交代にも手を貸す。教育の政治的中立などといわれても、そんなものはありえない」(平成21年の 日教組「新春の集い」あいさつ)

  つまり、中間報告の真意は「わが党の有力支持団体である日教組の手足を縛るな」ということだろう。枝野幸男幹事長は 先日、党の労組依存体質を批判した長 島昭久元防衛副大臣を注意したとのことだが、労組、特に日教組や自治労など官公労の支持・支援がなかったら民主党はどう なるか。

  興味深いのが、今年4月の大阪での統一地方選の結果である。民主党は大阪府議選(改選前8議席)に9人が立候補して わずか1人しか当選せず、大阪市議選(同6議席)では出馬した11人が全滅した。

  大阪が維新の党の本拠地であることを差し引いても極端な結果だ。これについて閣僚の1人は、「大阪市と大阪府がそれ ぞれ24年と25年に、橋下徹市長の主導で『職員の政治的行為の制限に関する条例』を作ったのが大きい」と指摘する。

  もともと政治的に中立であるべき地方公務員や教職員は、地方公務員法や教育公務員特例法などで政治活動に一定の制限 を受けている。ところがこれらは「ザル法」で、刑事罰の適用もある国家公務員と異なり、地方公務員や教職員は事実上、野 放し状態だった。

  これに対し、大阪府・市は懲戒処分として「免職」も可能とする条例を制定したことが、統一地方選の結果に表れたの だ。民主党の前大阪市議はこう話す。

  「影響は大きかった。条例が、もともと本心では選挙運動に積極的ではなかった職員や教師らに、『もう活動しなくてい い』というお墨付きを与えた」

  つまり、自治労や日教組などの動きが鈍れば、民主党はたちまちじり貧になるということである。

  地方公務員や教職員の政治活動に国家公務員並の罰則規定を設ける法改正については10年前、自民、公明両党が幹事長 会談でいったん合意したが、地方自治 体の現業職に支持者の多い公明党が党利党略でひっくり返した経緯もある。だが、公明党は大阪府・市の条例には賛成してい る。

  「統一地方選の大阪での選挙結果は、公明党説得の材料となる」

  ある閣僚はこうも語っている。法改正の意味はもちろん、それだけではない。本来の職務に専念したい地方公務員や教職 員にとっても、選挙のたびに政治活動に費やす時間や労力を省ける。ひいては地域住民や子供たちのためにもなる。

  「この法改正はやらないとダメだ」

  安倍晋三首相も周囲にこう話すなど、首相官邸は法改正に前向きだとされる。教育正常化を進める上で、避けては通れな い問題である。(政治部編集委員)

  やはり罰則が一番効くんですね。こんな素晴らしい方法を取ってくれた橋下さんには感謝しないといけないですね。
  これは、早急に自民党に取り組んでもらいたいですが、相変わらず腰の引けた情けない議員さん達ばかりですから、きっ と無理でしょうね。何とも、情けないことです。
  もういい加減目覚めないと折角の機会を潰してしまい、又しても国民からそっぽを向かれ政権交代なんてことになる可能 性もありそうです。やはり、本当に 国を思う2大政党が実現しない限り無理なのでしょうか。何とも、情けない議員達です。これも、やはり有権者の責任でしょ うか。こんなことでは本当に日本を 取り戻すことは夢に終わりそうです。


★こんな日本のために父祖は命を捧げたのか

2015年07月03日 | 日本再生

  渡部さんが転倒して暫く休んでいた「頂門の一針」が 再開されました。その間、常連の平井さんもご自分のブログの更新も遠慮されていたのですが、再開と共に、素晴らしい話題 を書いてくれています。
  リンクは、ご本人のブログからです。頂門の一針では平井さんの投稿を一番の楽しみにしているので、その律儀なブログ 更新には感心するとともに残念に思っていたのですが、渡辺さんも無事に復帰ということで又、楽しませてもらえます。

  今回は、石原慎太郎さんの本を紹介してくれていましたが、その内容が素晴らしので取り上げさせてもらいます。石原さ んもこんな良い本を書くんですね。最近は、どうもおかしなところも見えるので少し疑いの目で見ていたところもあります が、今回は素直に評価します。

  ガツンと一発よ り

  私 の「身辺雑記」(234)from「ガツンと一発」 発行日:6/28

  …略

  衆知6/19「石原慎太郎・戦後70年の回顧―歴史の十字路に立って」序章から。

  <*こんな日本のために父祖は命を捧げたのか

  戦後70年を経た日本は、物欲第一の時代を迎えてしまったようだ。振り返ってみると、戦後この方日本が享受してきた 平和は世界の中で未曾有のものだったとも言える。

  国家を只ならぬ緊張に哂す事態に遭遇することなく、アメリカに隷属することでの「平和の代償」を意識することもなく 半世紀あまりを過ごせたのは人間の歴史の中でも稀有なことではあるまいか。

  しかし、「平和の毒」というものは明らかにある。私は最近の日本の様相を眺めると、この言葉を是とせざるを得ない。 政治が何を行うかは所詮、国民が何 を望み欲しているかによって決まってくる。ならば今、大方の日本人が何を最も求め欲しているかといえば、端的にいって物 欲を満たすこと、煎じつめれば、 「金」でしかあるまいに。それも当面の生活を満たすための小金でしかない。

  「大欲は無欲に似たり」というが、国民が抱いているものは日本という祖国の再起のための大欲には程遠く、政治は「国 家」不在で小金に迎合する低俗な資質しか持ち合わせていない。

  逆立ちしてもあり得ないような高福祉低負担の虚構の存続を国民は望み、それを補填するためのいかなる増税にも反対を 唱える。いかなる政党も選挙の度にそれに媚びへつらって従うしかない。

  「民意」なるものが物欲第一に向かうならば、それでは国家がもたないと説き伏せる指導者がいて然るべきだろうが、そ もそも今の日本人にそうした指導者を望む意志があるのかも疑わしい。

  こんな日本をもたらすために、私たちの父祖はたった一つしかない命をあの戦争に数多く捧げたものだったのではあるま いに。

  *ある戦争未亡人のつくった歌

  平成24年10月。私が任期途中で都知事を辞し、国政復帰という挙に出た一番強い所以を改めて明かせば、それ以前に 靖国神社で聞いた90歳になる戦争未亡人のつくった歌に強い共感を覚えたことにあった。

  彼女は歌っていた。

  『かくまでも 醜き国に なりたれば 捧げし人の ただに惜しまる』と。

  この方は20歳前後で結婚され子供ももうけた。しかし、御主人がすぐ戦死し、その子供も恐らく父親の顔を見ていはし まい。戦後は亡夫の両親の面倒を 見、やがては子供も結婚し孫も出来、曾孫も出来たかも知れない。その人が90を超えた今この日本を眺めてこの歌をつくら れた。

  私の家内の父親も、家内が母親のお腹にいる間に戦死している。家内の母親は早世してしまったが、もし今も生きていた ならきっと同じ感慨を抱いたに違いないと思う。

  こうした日本の醜い姿を外国が眺めて軽蔑し、強い侮りとなって日本に対し理不尽な言動を仕掛けることを我々はもはや 何とも思わなくなってしまってい る。かつては領土を不法に奪われ、今また領土を侵犯されようとしてい、近い過去には多くの同胞が拉致されてある者は殺さ れある者は還ることも出来ずに行方 も知れずに放置され、それらの相手国はいずれも核兵器を保有し我々への恫喝を続けている。

  こうした情けない祖国の実態を眺め、この戦争未亡人があの戦のために死んだ御主人を、自分の青春を想起しながらただ に惜しむという心情を吐露されたのは、私には、むべなるかなという気がしてならない>(以上)…以下略

  これは良いですね。と言うことで、情報元をサーチしてみました。PHPでしたが、その紹介文が又良かったので、こち らも取り上げます。ここでも、石原さん男を上げています。この心意気を次世代の党で活かしてほしかったですね。残念で す。 

   PHPオンライン 衆知|PHP研究所よ り 

  石原慎太郎、戦 後70年の回顧『歴史の十字路に立って』 | PHPオンライン 衆知|PHP研究所

   石原慎太郎、戦後70年の回顧『歴史の十字路に立って』

   2015年06月11日 公開  PHP研究所学芸出版部

   「戦後70年」――。いかにも重い響きがある。何しろ70年といえば、人の一生に相当する。その重い、節目の年に、歴史の生き証人として誰 の本を出版し、何を世に問うべきか。そんなことを昨夏より漠然と考えていたのだが、私の脳裏に真っ先に浮かんだのは「石 原慎太郎先生に戦後70年を語って もらう」という企画だった。

  むろん、石原先生の企画となれば他社との激しい競合も予想され、太いパイプがあるわけでもない自分が依頼 したところで断られるのは目に見え ている。「実現は無理か……」と断念しかけたが、戦後70年企画について考えれば考えるほど「やはり、石原先生しかな い」との思いを払拭できない。そこ で、石原先生と旧知の人物の紹介という形で、玉砕覚悟で思いのたけを綴った手紙をしたため、アポイントを申し込んだ。ま だ、年末に解散・衆院選挙が行われ るとは予想されていない時期のことだった。

  僥倖というか、一番乗りの申し込みに、石原事務所の厚い扉は開いた。当時の石原先生は、「日本維新の会」 から分党した新党「次世代の党」を 設立し、最高顧問に就任していた。「まあ、日本にとって一つのけじめの年だから、やってみようや」ということに相成っ た。

  だが、好事魔多し。ご承知のとおり、昨秋より年末にかけて永田町は選挙戦に突入し、出版企画どころではな くなった。選挙の結果、「次世代の 党」は惨敗し、石原先生は政界引退を表明。秘書に連絡を入れて様子を探ったところ、「本人も疲れており、しばらく時間を ください」とのことだったが、この 絶好のタイミングを競合他社が見逃すはずがない。実際、錚々たる複数の出版社からオファーが舞い込んだ。だが石原先生 は、「仁義だから」とブレることな く、「君のところで」とおっしゃってくださった。胸が熱くなった。

  そして桜の咲く季節になり、先生のお宅で書き下ろし原稿を頂戴した。「力が入ったよ、疲れた」との言葉と ともに。一晩かけて通読。大袈裟ではなく、身体中どころか精神全体が充足感に満たされるほどの“玉稿”だった。

  亡き高見順氏は作家と時代の関わりについて「時代と一緒に寝る」と表現したが、石原先生こそはまさに戦後 70年という時代と一緒に寝た作家であり、伴走した政治家だろう。その意味でも本作は、今夏の日本人にとって必読の一冊 との自負と自信が私にはある。

  本当に、石原さんを見直しました。もう少し若ければ次世代の党の拡大に先頭に立ってもらいたかったものですが、上手 く行かないものです。
 
  それにしても、この戦争未亡人の 『かくまでも 醜き国に なりたれば 捧げし人の ただに惜しまる』の詩はまさに 今の日本の堕落を見事に書かれています。日本人全てが反省すべきでしょう。
  これでも、靖国参拝を反対する人は日本人じゃないですね。

  偶然でしょうか、ねずさんが、素晴らしい動画を探してくれています。

  ねずさんの ひとりごとよ り  2015年06月27日

  特 攻隊と米士官の証言

  外人がここまで分かってくれているのに比べて何にも分かっていない日本人は本当に情けないですね。これも、GHQの 工作とはいえ、もういい加減日本人も目を覚ます時でしょう。


ホンダ大丈夫でしょうか

2015年07月03日 | 日本的経営の崩壊

  今年からマクラーレンホンダというF1の名門で参戦しているホンダが苦戦しています。第5695回の「本田宗一朗さん」で西村幸祐さんと関野通夫が対談の動画でホンダ魂が無くなったのじゃないかと心配されていました。
  私も、宗一郎さんの時間を忘れて好きなものに全霊を上げて打ち込むという良い意味での古い日本的な泥臭さがなくなったのじゃないかと心配していました。
  そんな時、これは大丈夫だろうかと思うような記事がありました。 

   日本経済新聞より   2015/6/29

   ホンダ、英語を社内公用語に 20年目標
 
  ホンダは29日、2020年を目標に社内の公用語を英語にすると発表した。地域をまたいだ会議やグローバルで共有する文書の作成に英語を用いる。言語 を統一して地域間のコミュニケーションを密にし、グローバル化を推進する。楽天などの新興企業に続き、老舗の大手企業でも公用語を英語に切り替える動きが 広がってきた。

  同日開示した「サスティナビリティー(持続可能性)レポート」に英語の公用語化を明記した。国や地域間で情報共有する場合の使用言語を20年までにす べて英語に切り替える。情報発信する側が英語の資料や文書を用意し、会話も英語で行う。従来は日本語で作成した資料を日本人駐在員らが現地語に翻訳してい た。

  英語を母国語としない従業員向けに英語強化の学習プログラムを充実させ、役職者の昇格要件にも英語力を加える考え。国内だけの会議では引き続き日本語など各地の言語を用いる。

  日本企業では楽天が10年に社内公用語を英語にする方針を打ち出し、12年から実施している。カジュアル衣料品店「ユニクロ」のファーストリテイリン グも英語の公用語化を掲げる。自動車関連ではブリヂストンが中期経営計画に英語の公用語化を明記。日産自動車は提携先の仏ルノーとのやりとりを英語で行っ ているが、公用語にはしていない。

  一見、時代にあった素晴らしい取り組みのように思えるのでしょうが、私は、逆に、これは、日本人の良さを捨てて世界に迎合することになるのじゃないかと変な心配をしてしまいます。
  確かに、上部層は英語は必須でしょうがそれを社内公用語まで行くとやり過ぎじゃないでしょうか。どうも、宗一郎さん魂の伝統が失われてしまうような気 がします。と言うか、こんな政策が出て来ると言うことは、既にもう宗一郎さんからの伝統は無くなっているのかもしれません。
  
  楽天やユニクロが採用していると言うだけでも胡散臭さを感じるのですが、こんなことは私が個人的に思うだけであって、杞憂であってくれればそれに越したことはありません。余計なお世話と言われそうですね。

でも、何となく違和感があります!