団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

和解は誤報か

2016年11月30日 | 強制徴用

  三菱マテリアルの衝撃的なニュースを第 23 回の「強制連行3千人超と和解へ」で取り上げましたが、これを当のマテリアルが否定しているのだそう です。どちらが本当なのでしょうか。  

  桜チャンネルの動画がありました。 

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   ということで、三菱 マテリアルで探して見ました。ありました。

  お 知らせ

  2015年7月24日
  本日の一部報道について

  本日一部報道機関において、当社が元中国人労働者やその遺族と和解する方針を固めたとの報道がございましたが、当社 が発表したものではありません。
   報道された案件について現在、さまざまな話し合いを含め検討を行っていることは事実ですが、現時点にお いて決定した事実はございません。開示すべき事項を決定した場合には、速やかにお知らせいたします。

                                                             以 上

  これは、やはり、誤報でしょうか。多くのマスコミが事実のように報道していますが、これも、やはり、中国の工作なの でしょうか。
  それにしても、こんな大事なニュースを当事者たる三菱マテリアルで確認もせずに報道したと言うのはやはり、何かあり そうですね。

  何とも、恐ろしいマスコミです。


翁長知事が初めて普天間視察

2016年11月30日 | 沖縄

  これ程呆れるニュースは珍しいですね。何と、あの翁長が知事になって初めて普天間の視察をしたのだそうです。ここまで無責任な話は、ちょっとないでしょうね。やはり、並の人間ではないようです。あれだけ売国奴であることを、隠さないだけのことはありますね。

  産経ニュースより   2016.11.22

  就 任後約2年でやっと… 翁長雄志沖縄県知事が初めて普天間視察

 沖縄県の翁長雄志知事は22日、米軍普天間飛行場を一望できる宜野湾市の高台を訪れ、佐喜真淳宜野湾市長とともに同飛行場を視察した。騒音の実態や運用の状況を直接確認するのが目的で、公務での正式な視察は平成26年12月の知事就任後初めて。

 翁長氏は、佐喜真氏から飛行場の危険性や、早期返還を願う市民の思いについて説明を受け、「県民は等しく同じ気持ちで一日も早く返還してほしいと思って いる。この問題の解決に全力を傾注したい」と応じた。普天間飛行場に続き、27年3月に返還された同市 の米軍西普天間住宅地区、嘉手納町などの米空軍嘉手納基地も視察した。

 普天間飛行場について翁長氏は、政府が仲井真弘多前知事時代に約束した31年2月までの運用停止を求めている。  

  これで、沖縄の人達は、流石翁長と喜んでいるのでしょうか。沖縄県人の目を覚まそうと活躍してくれている我那覇さん達には気の毒ですが、やはり、沖縄はアメリカに返還しましょう。
  とは言っても、トランプさんは要らないと言うかも。となると、イスラエルはどうでしょう。このままでは、沖縄は日本人に見放されるのじゃないでしょうか。いい加減に覚悟をしてください。


★和田の鯨~これまでも、そしてこれからも

2016年11月30日 | クジラ

  子供の頃にお世話になったあの美味しい鯨の肉が、シーシェパードに代表される外国の左翼による捕鯨禁止運動によって殆ど食べられなくなってし待っています。
 
 その捕鯨禁止の欺瞞に挑んでくれている、10月17日 (月)、第851回の「アカデミー賞選考委員に挑む『ビハインド・ザ・コーヴ』」などを取り上げ的ましたが、国内で、そうした運動に含まれないツチクジラを有効に利用しているところがあることを葛城奈海さんが紹介してくれています。

 

 こうやって、日本の伝統を守ってくれているところがあるのは嬉しいですね。何時の日か、大手を振って鯨を堪能できる日が来てほしいものです。
 というか、鯨肉が地球を救う日も来るのじゃないでしょうか。何時か、鯨の牧場も実現して、地球の食料不足を補うようになるかもしれません。
 

 参考: 外房捕鯨株式会社


★愚かしい国連中心外交

2016年11月30日 | 国連

  あんな役立たずの腐敗しきっている組織を利用して、日本を貶めることに励んでいる反日売国左翼が送り込んだ日本人を、28 日(月)、第1266回の「国連日本人委員長を『即時解任せよ』」取り上げましたが、その国連の酷さを、何時もの高山正之さんが「クズ機関」と徹底的に貶してくれています。

  日本人の国連至上主義には、何とマッカーサーが絡んでいるようです。結局日本の劣化の仕掛けは、全てGHQ絡みと言っても間違い無いですね。
  そのGHQに押し付けられた憲法を70年も押し頂いて変えることもできない日本は、本当に恥ずかしいですね。

  後半はパチンコ問題。憲法・国連・パチンコ大好き日本人は、やはり、もう終わりかも。 
 
  国連は12分過ぎから。パチンコは38分頃から。

  果たして、日本人は目覚めることができるのでしょう。と言うか、目覚めなければ、消滅でしょう。


★★「ロンドンスモッグ」とは?

2016年11月30日 | 国際

  昨日、中国の大気汚染を取り上げましたが、その先例とも言えるロンドンのスモッグについてGIGAZINEが詳しく書いてくれています。結構長いですが、勉強になります。

 ロンドンが克服した問題を、中国が果たしてできるでしょうか。私には、そうは思えません。もう一つ心配な国がインドですが、こちらはきっと克服してくれるのじゃないかと期待しています。
 つまりは、共産党という恐ろしい政権が、そんな人民の為の政策をやるとは思えないからです。 

  GIGAZINE(ギガジン)より   2016年11月21日

  史上最悪規模の犠牲者を出した公害「ロンドンスモッグ」とは?

 1952年12月5日から9日にかけてロンドンで発生した非常に濃いスモッグは、住民の呼吸器官や体に大きなダメージを与えて、合計1万2000人の犠 牲者を出しました。これがのちに「1952年の大スモッグ」「ロンドンスモッグ」と呼ばれる、大気汚染としては史上最悪規模の公害です。

  Persistent sulfate formation from London Fog to Chinese haze

 Scientists have figured out the terrifying reason London fog killed 12,000 people - ScienceAlert

 パリが「花の都」と呼ばれるように、ロンドンは「霧の都」と呼ばれますが、ここでいう「霧」とは朝方に街中が真っ白に覆われる「フォグ(フォッグ)」の ことではなく、薄ぼんやりと街を包み込む「スモッグ」のことです。「スモッグ」という語が初めて世に出てきたのは、1893年1月19日付けのロサンゼル スタイムズに「a witty English writer」によって書かれた文章だとのこと。ただ、一般的には1905年に開催された公衆衛生学会において「Fog and Smoke」という論文を発表したアンリ・アントワーヌ・デ・ヴォー医師がロンドンで見られる「霧」のことを指して造った語(smoke+fog)だと言 われています。

 スモッグの原因を生み出していたのは石炭でした。石炭と人類の関わりは古く、中国・瀋陽では新石器時代(紀元前4000年)の石炭製の装飾品が見つかっ ています。中国の撫順鉱山では紀元前1000年ごろに銅を溶かすための燃料として用いた記録があり、2世紀にはローマ人が現在のスタッフォードシャーで採 炭を行っています。ただ、長らく木や木炭のほうが主流でした、

 スタッフォードシャーなどブリタニア(現在のイギリス)で行われていた採炭はその後、ローマがブリタニアを失って以後は下火になったらしく、10世紀ご ろには記録が途切れているそうです。しかし、13世紀には活気を取り戻しました。そしてこの時期からロンドンは「空気の質が悪い」と言われるようになりま した。

 イギリスでは燃料として用いる木材が他の地域よりも早く採れなくなったために石炭への依存度がどんどんと高まり、1700年には世界の石炭の6分の5が イギリスで採掘されるようになりました。そして、大気の状況も悪化の一途を辿りました。「もし石炭がエネルギー源として使えなければ、1830年代には水 車小屋に適した場所がなくなっていただろう」とも表現される産業革命によって、ヴィクトリア朝時代のロンドンではのちにスモッグと呼ばれることになる霧が たびたび発生、まさに「霧の都」と呼ばれるにふさわしい状況になっていました。

 大気汚染と健康被害との関連は古くから知られていて、19世紀には死者数が発表されていました。1909年にはグラスゴーとエディンバラで1000人以上が死亡。それからも慢性的に犠牲は出続け、その頂点が「1952年の大スモッグ」でした。

 1952年12月、ロンドンは高気圧に覆われ冷たい霧が出て、市民は暖房にいつもより多くの石炭を使用しました。無風状態も手伝って、煤煙はロンドン上 空に分厚いスモッグの層を形成することになりました。その濃さは「前が見えなくて車が運転できず、交通が混乱」「劇場ではオペラが見られず上演中止に」と いうほどのものでした。高気圧と無風の影響によって、スモッグは5日間にわたってロンドンに居座り続け、その間に屋外・屋内を問わず、有害物質が蔓延する ことになりました。この時期、ちょうどロンドン市街の交通網が路面電車からディーゼルバスに転換されたところで、それまでよりも石炭の使用量が多かったと いうのも不運な点でした。

 スモッグが出るまでの1日の死亡者数は300名ほどで推移していましたが、スモッグが発生すると1日に400人以上が亡くなるようになり、最大で1日 900人ほどが亡くなるという事態に陥りました。スモッグは12月9日に天気が変わると消えましたが、そこまでに亡くなった人の数は4000人。また、ス モッグが消えても死亡率はスモッグ発生以前の数字に戻ることはありませんでした、政府は当初、スモッグが消えた後に亡くなった人はインフルエンザによるも のだと考えましたが、その死亡率は翌1953年冬の数字に比べて4倍という異常な高さで、これだけの数がインフルエンザで亡くなるためには致死率が2倍で ある必要があるというほどでした。

 大気汚染の健康影響研究|環境儀 No.21|国立環境研究所

 以後、これを教訓とした規制が進められ、1954年にロンドン市法が、1956年・1968年に「大気浄化法」が制定され、暖炉の使用が禁止となりました。

 しかし、実は石炭を燃やしたあとに放出された物質がいかにして霧に浸透するのか、その化学の部分は詳しくはわかっていませんでした。これを調べたのがテキサスA&M大学のレーニイ・チャン氏らのチームです。

 チームは今まさに大気汚染に苦しめられている北京と西安で調査を実施。その結果、NO₂(二酸化窒素)とSO₂(二酸化硫黄)に霧の水滴が混ざって相互 作用が起き、硫酸塩ができることがあるとわかりました。霧が蒸散すると残った硫酸塩が濃縮されて「濃縮硫酸塩の粒子」になって人々に害を与え、スモッグが なくなったあとも強い酸性の雨を降らせる、というわけです。

 ただし、「ロンドン・スモッグ」と中国で起きているスモッグでは大きく異なる点が1つあります。それは、ロンドン・スモッグが強酸性なのに対して、中国のスモッグは中性であるという点です。

 これを細かく調べていくと、発電所からSO₂が、自動車からNO₂が発生しているというところまでは往時のロンドンと似ていましたが、中国では急成長と都市化によって窒素肥料を大量生産・大量使用していて、NH₃(アンモニア)が大量放出されていることがわかりました。

 中国でも大気汚染をそのままにしているわけではなく、SO₂排出規制に力を入れていますが、チャン氏らはNO₂とNH₃の排出も規制することが硫酸塩生成対策に効果的であると指摘しました。

 ロンドンが「スモッグの都」ではなくなったように、中国のスモッグが「そんな時代もあった」と回顧されるようになる日が早く来ることを願います。

  最後の方は、ロンドンのスモッグと今の中国の大気汚染が違うとか、早く無くなるようになどと甘いことを書いていていますが、そんなことが期待できる国 じゃないでしょう。つまりは、国民のことなど考えてい無い中共がそんなことをするとは思えない。

  その上、中国は大気汚染の上に水の汚染もあります。もう打つ手はないのじゃないでしょうか。その解決法は、中国の崩壊しかないということでしょう。
  つまり、中国の延命の為に金を注ぎこむ金融業界や産業界が手を引くべきなのです。世界だけでなく中国人民を救うのは、それが一番でしょう。
  

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