今日は、滅多に人の悪口を書かないねずさんが必ず取り上げる沖縄の卑怯な知事の話です。何の縁か、この最低の
泉守紀(いずみしゅき)が沖縄を見捨てて赴任したのが香川県なのです。何とも嫌な縁です。
それにしても、今と比べたら比較にならない素晴らしい先人が多い時代にこれ程までに卑劣な奴もいたということは、やはり何時の時代にも卑怯ものはいるということです。これは、仕方のないことなのでしょう。それが人間というものでしょう。
何時ものように全文をリンク元で読んでください。ねずさんが朝鮮人に見せる怒りと同じような怒りをぶつけてくれています。
もちろん、素晴らしい人も出てきます。
ねずさんのひとりごとより 2019 年 12月22日
沖縄の2人 の県知事
・・・略
しかも、事は迅速を要する。
すでにサイパン島は陥落しています。
次は間違いなく、沖縄なのです。
時間がない。
ところがこうした動きに「待った」をかけた者がいました。
当時の沖縄県知事の泉守紀(いずみしゅき)です。
この男、頭は空っぽだけど、態度だけはでかい。
昭和18(1943)に、沖縄県知事に赴任したのだけれど、着任早々から、やれ「沖縄は遅れている」だの「だから沖縄はダメだ」などと、県の職員たちを見下し、こき下ろし、県庁職員たちの反感を買っています。
この男は、沖縄県の離島民の疎開についても、「待った」をかけました。
「沖縄県が戦場とならないために努力するのが軍の仕事である」
などと、わかったようなことを言い出して、県が疎開行動に協力するのを拒み続けたのです。・・・中略
彼は、ただ反対するばかりです。
対案はいっさい示さない。
いまどきの野党と同じです。
あげくの果てが、現地軍との交渉不調であるとして、この問題を内務省と陸軍省に棚上げしてしまいます。
つまり、沖縄県の民間人の疎開や、戦災に関する責任を負わず、いっさいを東京に丸投げしたのです。
さらに泉は、翌、昭和20(1945)年1月12日には、「現地軍から要請のあった県内疎開を政府と協議する」と言う名目で東京に上京します。
そして裏から手をまわして、香川県知事の発令を受け、結局沖縄から逃げてしまう。・・・以下略
今は、この泉のようなのがごろごろしているのが日本の現状でしょう。特に、国会に多い様な気がするのは気のせいでしょうか。
と言うより、「日本に住んで日本国籍を持ち、日本語を話すけれど日本人でない者」達が蔓延っているのもありそうです。