明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



昨日ヤフーオークションにて『グヤトーンLG-80T』を18000円で落札。ギタリストのチャーが、兄のお下がりで初めて手にした機種として知られる。 私が初めて手に入れたのもこれであった。もっとも私の場合は中学生の時、父方の田舎の親戚の納屋に打ち捨てられていたのをもらってきたのであった。糸巻きのペグの部分は一つ無かったし、塗装は剥がれ、惨憺たる状態であったが音はちゃんと出た。ボディが薄くて軽く、ぶら下げるとヘッドが下がった。あまりみすぼらしいので黒いラッカーで塗りなおした。 当時一緒にギターをかき鳴らした幼稚園からの幼馴染に真っ先に知らせたいところだが、数年前に亡くなってしまった。想えば彼が秋葉原で、おそらく輸出用のノーブランドのギターを1000円で買ってきたのが電気化の始まりであった。恐ろしくネックが太く、塗装の下に透けて見える木目はどうみてもラワンである。彼はギターを買う前にコードブックを買うような男で、自作のアンプはすでにあった。友達が持て余したドラムセットを彼が借りてくるまで、私が“打撃音”担当で、段ボールやタッパウエア、ハイハットシンバル代わりの蒸し器などを叩いた。それらを叩くスティックだけはラディック製であった。  高校に入ると、同級生のAを交えて和菓子屋のNの家の二階で、相変わらずやかましいことであった。当時すでに外国製エレキのコピーモデルが流行しており、海外からの噂話だけを元に作られたようなLG-80Tなど非常にしょぼく感じたもので、そのうち私によって再び打ち捨てられることとなる。Nの家が大きな音を出しても大丈夫なのは、通りに面していて、アンコを練る機械の音にまぎれているのだと思いこんでいたが、Nのお袋さんといまだに付き合いのある母によると、我慢も限界に来ていたらしい。 現在精神科の医者をしているAは、最近多少時間ができたようで、一度貸しスタジオに行こうという。私などそんなところへ行くほどの腕もないが、大きな音が出せるのならと思っている。そういえばAはダブルネックのエレキギターを自作している。ウチに持ってきたとき、たまたま居合わせた友人が「患者が作ったんじゃないのか?」といった異様な姿で、ボディには生贄のような形代が封じ込められている。なんでそんなことをするのか私は特に聞かなかった。彼との付き合いが未だに続いているのも、私が“そういうこと”をいちいち気にしないからであろう。あのギターの音だけは聴いてみたいものである。AはボロボロのLG-80Tを覚えているだろうか。

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