明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



三島没後40年近く経っている段階で、自衛隊関係者内では、三島に関して語られることは少ないようである。自衛隊にとってもそれほどの事件だったということであろう。三島の体験入隊時のことが内部の人間に語られる機会は少なく、興味深い。三島は上半身を鍛えることには執着したが、それに較べて下半身は細い。私がアダージョで三島を制作した時、当初ボクサーのイメージでトランクスを穿かせていたのだが、上半身に較べて下半身が細くバランスが悪い。実際そうだとしても、私はここで三島のバランスの悪さに目を持っていくのは本意ではなく、むしろ邪魔であったので、せっかく下半身を作っていながら急遽空手や柔道着のようなズボンに変更した。ビルドアップ以降の三島は、何かというと裸になりたがり写真に撮られたがったようだが、撮る側にしても、スターの三島に気を使って妙なことを強調しなかったはずである。一番気にしていた背の低いことを、現在知らない人が多いことでも判る。撮り方によっては次回撮らせてもらえなくなる、くらいのことはあったのかもしれない。 三島がまだたいした訓練をうけていないのに係わらず、綱渡りの訓練をしたいといいだし、夫人を呼び、わざわざ記者を集めて披露したらしい。三島は得意の上半身の力でこなせると踏んだのであろう。颯爽とロープを渡る所を見せたかったに違いないが、こういうところは実に子供っぽい。バランスが取れずに落下しロープに宙吊りに。ミニスカートにブーツで激を飛ばす夫人。「情けない」と落ち込む三島。 著者はながらく自衛隊に体験取材をしてきて関係著書もあるようで、口数の少ない隊員の証言にも、隊内の微妙な空気を伝えてくれている。事件以降三島作品を一切読まない、という隊員もいるが、あの日バルコニーの下から野次っていた隊員とは別に、実際訓練の日々を共に過ごした隊員には、三島の真摯な姿は感銘を与え、尊敬の念を未だに胸に秘めるように持ち続けているのが良く判った。 同じく自殺した隊員マラソンの円谷幸吉についても触れられているが、水に浮かない体質のカナヅチの円谷。慌てる様子も見せず、泳ぎながら沈んで行き、そのたび助けられたという。律儀で真面目にも限度がある。東京オリンピックの時、男は後ろを振り返るな、という父親の言葉を守ったおかげで、競技場内でゴール寸前にヒートリーに抜かれたのではなかったか。川端康成が絶賛した遺書も私にはただ不気味である。その点三島は、褒められたいと可笑しいくらい懸命なところのギャップが私にはなんとも魅力的である。

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