近衛兵一聯隊勤務 武山信二中尉は、新婚間もないという理由から、二月二十六日に決起した仲間から何も知らされずに置いていかれ、鎮圧軍として仲間を打つことはできないと、妻と共に自決する。という話であるが、青年将校の中には、乳飲み子を残して決起した人物もいる。新婚だから知らせずにおこう。というのは不自然な気がする。そんな理由で置いていかれては、残された方がたまらないだろう。第一師団が満州に派兵されることが決まっており、これを昭和維新を妨げるためと判断していた皇道派将校が、渡満までに事をを起こすであろうことは、統制派の中ににも予想する空気があった。仲間から知らされなかったから、というのは呑気すぎないだろうか。79年、当時話題になったNHKのドキュメンタリー番組「戒厳司令『交信ヲ傍受セヨ』」は、戒厳司令部が、敵味方に係わらず関係者の電話を盗聴しており、記録した録音版が発見され、それを元に作られていたが、暗号さえ知っていれば関係者の妻でさえ、事件現場を行き来できた状態である。作中の武山中尉は26日の朝から28日の日暮れまで鎮圧側として警備をし、交代を命じられて、一晩帰宅を許され「おそらく明日にも勅命が下るだらう。奴等は叛乱軍の汚名を着るだらう。俺は部下を指揮して奴らを討たねばならん。・・・・・・俺にはできん。」というわけで“二人がどれほどの至上の歓びを味はつたかは言ふまでもあるまい”という「最後の営み」のあと、二人は自決する。しかしその日の朝にはすでに決起軍は反乱軍となっていたはずで、家に帰ってセックスしている場合ではなかっただろう。 「戒厳司令『交信ヲ傍受セヨ』」でおそらく私を含め、もっとも視聴者を驚かせたのは、北一輝と安藤輝三大尉の会話だったと思うが、当時のプロデューサーが書いた『盗聴二・二六事件』中田整一(文芸春秋)によると、その北が安藤に資金の提供を打診する会話は、北を黒幕にでっち上げるため、戒厳司令部が北に成りすましたものだったことが明らかにされている。
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