平成20年9月9日(火)
荒尾特産の梨を紹介しましたが、ぶらついているうちに、以前華やかだった所がさびれている様子が気になりました。
山小屋会館は十数年前までは当市の代表的な大型レストランで、結婚式等各種宴会で賑わったところでした。倒産して長い間取り壊されもせず廃墟となっています。看板も残ったままです。専務はN大の相撲部出で、九州場所を終えた横綱を初め関取衆が必ず訪れる所でした。昔日の面影は微塵もありません。

このレストランが経営していたパチンコ屋も廃墟のままです。

すぐ東隣にある赤田ゴルフ練習場です。閉鎖されて随分経ちます。その昔、プロゴルファーになる前、尾崎将司も通っていたことがあります。西鉄ライオンズを退団した頃です。どんこも若い頃、良く通い、話し好きのご主人から指南を受けたものです。

練習ボールは放置されたままです。広大な敷地は荒れるに任せ、夏草が伸びていました。

「野球経験者はスライスする癖があるけん、早く直さにゃ」。ご主人のアドバイスが今にも聞こえそうな気がします。麦わら帽子が昔のまま残っていました。

このゴルフ練習場から歩いて10分もかからないところに赤田公園があります。桜の頃、紅葉の頃と大勢の客で賑わった公園です。中ノ島には貸しボートやを営む店がありました。

近年、北側に駐車場や展望台等が整備されましたが、休日でさえ訪れる人がほとんどいません。素晴らしい景観なのになぜかさびれる一方です。

店舗兼住まいだった家は釘付けされて、ゴミが散乱していました。犬の吠える声が聞こえました。飼い犬が残っているのか野犬なのか、姿は見えませんでした。子どもが小さい頃には良くボート遊びにきていました。壊れたボートの残骸が湖面に浮かんでいました。

次には元気な荒尾をアップ出来ればと思っています。

荒尾特産の梨を紹介しましたが、ぶらついているうちに、以前華やかだった所がさびれている様子が気になりました。
山小屋会館は十数年前までは当市の代表的な大型レストランで、結婚式等各種宴会で賑わったところでした。倒産して長い間取り壊されもせず廃墟となっています。看板も残ったままです。専務はN大の相撲部出で、九州場所を終えた横綱を初め関取衆が必ず訪れる所でした。昔日の面影は微塵もありません。

このレストランが経営していたパチンコ屋も廃墟のままです。

すぐ東隣にある赤田ゴルフ練習場です。閉鎖されて随分経ちます。その昔、プロゴルファーになる前、尾崎将司も通っていたことがあります。西鉄ライオンズを退団した頃です。どんこも若い頃、良く通い、話し好きのご主人から指南を受けたものです。

練習ボールは放置されたままです。広大な敷地は荒れるに任せ、夏草が伸びていました。

「野球経験者はスライスする癖があるけん、早く直さにゃ」。ご主人のアドバイスが今にも聞こえそうな気がします。麦わら帽子が昔のまま残っていました。


このゴルフ練習場から歩いて10分もかからないところに赤田公園があります。桜の頃、紅葉の頃と大勢の客で賑わった公園です。中ノ島には貸しボートやを営む店がありました。

近年、北側に駐車場や展望台等が整備されましたが、休日でさえ訪れる人がほとんどいません。素晴らしい景観なのになぜかさびれる一方です。

店舗兼住まいだった家は釘付けされて、ゴミが散乱していました。犬の吠える声が聞こえました。飼い犬が残っているのか野犬なのか、姿は見えませんでした。子どもが小さい頃には良くボート遊びにきていました。壊れたボートの残骸が湖面に浮かんでいました。

次には元気な荒尾をアップ出来ればと思っています。
さびれたものに視線を向けられたとは。
華やかな時代からさびれて行く過程のドラマを
想像したりしました。
その後離婚して、こんな風に荒れ果てて・・・・
さびしい限りです~~
万田の方には新しいホテルが完成間近ですよ。。
「亀の井ホテル」
シングル4800円
写真に撮ろうと思いますが、交通量が多くて
いつも素通りです・・・
高速道路が通って一般道沿いにあったドライブインやレストランが、無残な姿をさらしているのを見かけます。
街へ出ても田舎へ行ってもあまりに早い移り変わりに戸惑うばかりのババです。
反映した場所が・・悲しいですね!!
ボールが帽子が泣いてるように見えますとん子には
時代の流れでは如何し様もなかとかね!!
利用されていない公共施設も問題になっていますし
「夏草や 兵どもが 夢の跡」そのものです
照明機やボールが虚しいですね。利用していた所だと尚更でしょう
秋風が吹き始めましたが、不景気風やナンチャラ議員のホラは吹かないでほしいです
荒城の月の3番か4番です。
私は好きです。
天上影は替らねど
栄枯は移る世の姿
写さんとてか今もなお
ああ 荒城の夜半の月
秋の似合う 景色ですね。
空が青いのが わびしさを強調します。。。
特に思い入れがあります。
多くの結婚式に列席したり、知り合いの方の叙勲のお祝い等にも出ました。
長女は東京の六本木の教会で結婚式をしたので、おいでいただけなかった地元の方へは、この山小屋会館でお披露目をしたのですよ。
取り壊されず、廃墟のままの姿には心が痛みます。
聡明な女性でしたよね。
宴会の幹事も何回かしたので、彼女にもいろいろお世話になっていました。
あそこを通る度に侘びしい思いをします。
「山小屋へ行こう」と言えば、娘たちは飛び上がって喜んでいました。
今、市議会議長になっておられるNさん一家ともご一緒したものです。向こうは2男2女、こっちは3姉妹で幼稚園児を引率しているようでしたよ。
世のならいとはいえ、つらく淋しいものです。
ドライブインなども客足の予想が外れ、あっという間に閉鎖というのを良く見ます。
取り壊すお金もなくて、無惨に廃墟のままに佇んでいるのは見るに忍びないですよね。
店舗に限らず、主が亡くなり、住む人がいなくなった
住まいもあちこちに見られる昨今です。
いきなり東北弁になりましたばってん
つぶれた原因は経営者が手を広げすぎたとは
街のうわさです。真偽のほどは分かりまっせん。
イギリスから来た人を招待したことがありますが
ワンダフル!と感激していたレストランでした。