12月定例会初日。いつものようにインターネット中継を見ていた。
上半身がやたらとかゆいので搔きむしったら、蕁麻疹みたいに丘状にはれ上がって、今度は痛くて患部にドルコイマーチ軟膏を塗りたくった。蕁麻疹を起こすような食べ物あ食べていないし、かぶれかな?とにあれ朝いちばんで診療所へ行った。いつも飲んでいるタケキャブも終わりだし、と。
受付に行くと、「支払いですか?」「いえ。今日は私の薬をもらいに。ついでに咳が出るので咳止めと・・」というと、「咳が出るのですね。なら、別室で問診します」と胃カメラを飲んだ部屋に連れていかれた。うふ、またコロナを疑っての隔離だな、一人の方がむしろ安心、だって逆にコロナをうつされる心配がないから。眼鏡をかけて持参した漫画「乙嫁語り」14巻を読んでいる。看護師さんが来て血圧と体温を測っていった。漫画を読み終わったころ、赤松先生が見えた。「この咳、もう何か月も続いているんですよ。毎月ここに来て薬を処方してもらっているんですよ。ここで処方した薬を真面目に飲んでも一向に収まらない。で、市販の咳、痰の薬を買って飲んだけど、ちっとも効かない。空咳ぐらいならいいんだけど、咳込むと苦しくて。慢性気管支炎なんですかね。カルテにあると思うので薬は持ってきませんでした、というとカルテが出ないのだという。なら処方された薬はお薬手帳に貼ってありますから見てください、と手帳を渡す。咳はまだしも、このかゆいかゆい何とかできませんか。とても辛いです」
結局、かゆみ止め、と咳にはツムラの漢方を処方してもらいセイジョーで受け取ってきた。薬剤師さんがこの時期の皮膚のかゆい乾燥肌が原因のことが多いから、乾燥させないように、皮膚に湿度を与えて、と言われた。湿度をってどうすればいいんですか?お風呂の後、ローションや乳液で皮膚を潤わせるんです、へ~、そんなもの使ったことがない。何を使えばいいのかな、隣で教えてもらおう、と隣に行ったがレジが混んでいて相談できそうもないので帰ってきた。
小田百で牛乳を3本ガラガラに入れて引きづって来た。小田百では仲間たちと会っておしゃべりしきり。
鼻が悪いと言っている割には意外と鼻がいい。そこはかとなく香っている香りに気が付くのだから。歩きながら、はて今どき香っている花があるのだろうか、といいながらあたりを見回しているのが常。色づいた桜の葉が、紅葉もきれいだが、いい香りだ。
下から荷物をもってえっちらおっちら階段を上ってくると、ふとフェンスの向こうに咲いている花に目が行った。あれ?山茶花、いや違う、これはお茶の花だ。久しく見たことはなかったが、そういえばお茶の木があったっけ。お茶の木、よく、生き残っていたなぁ。強くはないがそこはかとなく香る。
穏やかな自然界とは裏腹に、現実は血なまぐさい事件が多発している。防衛費の拡大、外圧もあり、予測はしていたが、とうとう来たかぁ、とショック。
あ~、先が短くてよかったな、戦時戦後を子孫に味わせたくなかったんだけどな。
11月15日(火)訪問診療2回目。自宅に来てもらった。7畳の私の部屋はデンと長机が真ん中を占め、その上にはPCのモニターが鎮座している。電話、筆記用具ティッシュ、薬、書類の山・・といったものが横に並ぶ。座ったままなんでも事足りる無精者の部屋。papasanと診療のスタッフ3人が入るととても狭い。診療は15分そこらだから、忘れないように希望は大きくメモしておいた。
支払いの合理化、と薬の28日分を30日分に変えてもほしいの2点。言い出すより早く、スタッフから今日は診療費はここで決済しますという言葉。先月診療所の窓口で、ワザワザ診察代を待たされて支払うので、訪問診療の意味がないと苦情を言ったのが受け入れられたようだ。あの時は「決まりですから」と言われたけど、いうことは大事だな。
18日(金)一碧湖畔にある20世紀美術館へ行ってきた。ほんと久しぶり。常設展の展示物はよく覚えている、なんせ何度も通っていたから。行く度に売店で売っているピカソの大ぶりのハンカチ スカーフかな?を買っていた。旅行に行くときポシュットに入れていて親しくなった人にあげていた。それが1枚だけ残っていたのを明日買ってくるからと和美さんにあげてしまった。絵を見るより先にそれを探したけどなかった。え~、売ってないの~がっかり。
隣の蕎麦屋で昼食をとった。こんなお店なかったよな。そういえば近くカシニョールのきれいな女の人の絵ばかり飾っている美術館があったっけなと聞くととっくに廃館してしまったそうだ。一碧湖の周りには美術館がいっぱいあったがほとんどつぶれたそう。税金対策もあって、あっちこっち美術館が出来た時代があったなぁ。