顔も忘れてしまったくらい、何十年ぶりに、知り合いが訪ねてくれた。私に用があったわけではなく、なんでも真鶴に借家、借部屋を探しているとのことだった、う~ん、真鶴は空き家だらけだけどなぁ。
秦野のHさんから電話をもらった。一人暮らしを気遣って時折電話をくれるんだ。優しい人。Hさんは旧小田原合庁の一階にあった、消費生活センターの職員だったが、2市8町の消費者グループの連携を図ってくれた。おかげで2市8町の消費者団体とも親しくなった。消費者活動が盛んな楽しい時代だった。
そんな思い出話をして、当時の仲間たちは如何しているかな、という話になった。なん人かの電話番号はノートに残っている。で、親しかった人から電話をかけてみた。「電話に出ることができません」次は留守、数軒かけてみて、そうか、トップの人たちは私と同年配。といことは静かに暮らしているんだろう、で、Hさんに電話をして、深追いはやめる、と伝えた。しかしはたと考えた。平穏な生活を続けることだけがいいことではないはず。時折変わった風が吹いて忘れていた脳が活性化することもあるんじゃないか、と。
でまた、電話をかけ始めた。案の定、思い出して、思い出して、くれているようだった。最初は些細な思い出だが、話が弾むと少しづつ思い出してくれるようだった。