Cogito

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小さな絵

2013-06-30 08:48:49 | 日記・エッセイ・コラム

少しずつ片付けをしている。日頃開けることもない戸棚からは、こんなものがあったんだ、というようなものが出てくる。小さな戸棚には、紙揃え機、大型のビューワ、大量のB4紙、Todayを発行していたときに役だっていたものだ。印刷機は早々に処分したが、小物はしまってあったので忘れられていたようだ。紙揃機は、嫁入り先が決まった。試しにこのB4紙を揃えてみて、具合がよかったら、持って行ってもらおう。紙揃え機は振動で印刷した紙を揃えるのだが、新しい紙をかけると、紙の間に空気が入るので、印刷がうまくいく。

                                                

大型のビューワ、これは使う人がいるだろうか。箱の上面にガラスが貼ってあり、中から光が当たるようになっている。下からの光で、原画を写すのに便利だった。私はネガやポジを並べて、写真の編集に使っていた。が、写真用の小型のビューワとレンズを買ったので、大きなビューワを使うことはなくなっていた。本来はデザインをする人が使っているみたいだが、よくわからない。だれか使う人はいないかなぁ。

                                                    

引き出しの中から、花を描いた小さな油絵が出てきた。これはベラルーシのアンドレイさんの娘、インナが16歳ぐらいのとき描いたものだ。明るくていい絵だった。それを見て、「インナ、いいセンスしているよ」とほめたのを覚えていて、プレゼントされたものだった。家に置いていても、いずれゴミになってしまうだろう。ミンスクに送れば、家族の思い出の作品、飾ってもらえるだろうと、ツノダに持って行って、額装してもらった。ガラスは割れるといけないので、プラスチック板をかけてもらって、金曜日、航空便でそれを送った。で、午後3時だったので、時差は6時間だから、たぶんもう出社している時間だろうと、アンドレイさんの職場に、絵を送った旨のメールをした。

夜、アンドレイさんからのメールを見つけた。

なんと、アンドレイさんは定年で、金曜日が最後の出勤だった。これからは年金生活(pension)になる。次からは新しいアドレスにメールしてくださいと書いてあった。遠い異国の地から、仕事最後の日に立ち会うかのように、私からのメールが届いて、その偶然を「interesting」と表現していたが、アンドレイさんは感慨深かったようだ。

うん、ドラマが書けそうだ、と空想を膨らませている。もっともインナの絵を写真に撮っておくのを忘れた。

                                                 

思い出と言えば、デニスの子どものときの写真も出てきた。古くてピントも甘い写真だが、デニスの家族には思い出の写真だろう。いまはともかく、当時の人が複製を持っているとは考えにくい。これも送り返してやりたいのだが、デニスの住所がわからない。ウラジミールさんの転勤で、モスクワに行ったまでは分かっているのだが、その後は知らない。

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おやまぁ

2013-06-27 20:19:43 | 動物記

カーテンの上に顔を出しているのは、小さなトカゲ。ネコに捕まって、夢中で逃げてカーテンに上ったのだろう。可愛いので一枚。ただしコンデジ。もちろん、これ一枚で外に逃がした。尻尾は自切していた。でも無事でよかったね。もう捕まるんじゃないよ。                                                                    

P1020816

                                                                                                                                 

ついでにクモ情報も。

頭上にはイエオニグモが網を張っている。このクモはソケットの横に産み付けられた卵のうから孵った家付きグモである。ケシ粒くらいの小さなクモが、いまではすっかり成体になっている。その横の方にも半分ぐらいの大きさのやはりイエオニグモがぶら下がっている。この間までは♂もいたんだが、いまは姿が見えない。

片付けで戸棚を開けたら、ユウレイグモがいた。こんなところで餌が捕まるのかな、と戸を閉めた。風呂場にはオオヒメグモが数匹網を張っている。先々週、外出から帰ってきた時、椿の枝に網をかけているアオオニグモを見つけた。めずらしい。カメラを持ってこようと思って家に帰ると、他の用事があって、アオオニグモのことは忘れてしまった。翌日思い出して、昨日の場所を探しに行ったのだが、雨も降っていたこともあり、見つからなかった。その後ずっと探しているが未だお目にかかっていない。

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ネコの誕生日に

2013-06-23 22:42:23 | 動物記

6月23日は、沖縄の日。黙祷!いつもしわ寄せばかりかけて申し訳ない。

                                                 

P1020773

ガーナ♂ 屋根で何やら音がする。なんだろう?

                                                

2匹のネコ、ガーナとベリーズの誕生日をこの日にした。家に来たのは8月1日だが、獣医さんの診立てだと、6月下旬の生まれではないかということだったので、沖縄の日を忘れないために、この日にしたのだ。

                                                     

お前たち、1歳になったんだよ。

2匹の若者たちは、力が余っているように、日がな暴れまわっている。雨が降っていなければ、外で狩。トカゲが一番の獲物。静かなのは、寝ているか、食べているとき。ほんと、若い。勉強好きで、前の教室には行っている。

一歳になったのだから、鈴を外そうかと話したら、所在が分かるのと、雀たちが警戒するように、当分つけておこうということになった。

体重測定をした。

ガーナ  4.4kg

ベリーズ 3.5kg

                                                                                                                                 

P1020812

ベリーズ♀

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逝くもの、来るもの

2013-06-22 11:11:03 | 動物記

P1020800

台所にいると、papasanが盛んに私を呼ぶ。ネコがトカゲを捕ってきたのかな、それとも蛇かな。「どうしたの?」と叫ぶと、「とにかく、ちょっと来て」という。玄関に行くと、ドアの向こうにシンコがいる。「シンコ、生きていたんだ」と言いながら、シンコのそばを見ると、なんと4羽のヒヨコがシンコに教えられて、餌箱から餌をついばんでいる。わ~、これは驚き!!

                                                

ネコがいないうちに、とかごを持ってきてヒヨコだけを入れた。母ちゃんから離されたヒヨコはひときわ大きな声でなく。待ってなさいよ、すぐ母ちゃんを入れてあげるから。小型のケージを持ってきて、洗って、水を拭いて新聞紙を敷いた。まず、シンコを入れ、かごからヒヨコを取り出して入れて、餌と水をやった。ヒヨコたちは不安だったらしく、母ちゃんのお腹にもぐっている。

P1020803

二回目の洗濯が終わったので、出しに行くと、どこからかヒヨコの鳴き声が聞こえる。どこだろう、声を頼りに探すと洗濯機の横のすだれが立てかけてある奥に、卵がたくさんあり、ヒヨコが一羽、ないているのを見つけた。ヒヨコをつかみ母ちゃんの中に入れた。今度は私が「papasan、papasan、ちょっと来てよ」と叫んだ。papasanが拾い集めると卵は12個あった。それ以外に、孵りそこなったのか、殻が割れた卵も一つあった。温かいからと母ちゃんに抱かせたが、母ちゃんは踏ん切りをつけて立ったらしく、もう温めようとはしなかった。おいてきぼりをくったヒヨコは足が曲がらず、立てないでいる。餌のそばに置いてやっても餌を食べようともしない。いずれ死ぬ運命だ。

全部あわせると18個の卵を温めていたのだろう、孵化率は悪いが、それにしても下がコンクリートなのに、よくぞ孵ったものだ。孵りそこないの卵は全部カラスにやってしまった。カラスは器用にくわえて持って行った。

                                                   

P1020806

そもそも掃除を始めたきっかけはこのシンコだった。鶏の姿が見えなくなったときは普通、二つの理由が考えられる。一つは外敵にやられたか、病気か、事故か、いずれにしても死んでしまったとき、もうひとつは抱卵。まず抱卵を疑った。そこで家中探して、片付けを始めたのだった。抱卵始めたら、取り上げるつもりだった。もう鶏は増やしたくない。家の中にはいなかった。シンコは鶏の中では一番若い。鶏系である。どちらかと言うと、我が家の鶏は抱卵したことがない。いや、抱卵しかけても、孵したことはない。だからシンコが抱卵しているとは考えにくかったのである。抱卵しているとしても、餌を食べには出てくるはずである。それなのに全然姿を見ない。となると不慮の死、夏草の下で遺体になっているのだろう、と思っていた。

ヒヨコの面倒を見ているシンコ、もう増やしたくはなかったが、孵った以上、捨てるわけにはいかない。しかたがない、飼ってやろう。ゴータマの代わりが、なんとこんなに多くなってしまったとは。

                                                        

カラスの様子を見ていたら竹やぶにいるリスを見つけた。タイワンリスのようだ。伊豆半島にはたくさんいる。ここらへんにもやってきたのだろうか。

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ゴータマ

2013-06-21 13:52:19 | 動物記

コリー犬のゴータマが死んだ。老犬で、この夏は越せないとは思っていたが、先週までは、散歩にもどうやら行けたし、庭にも出ていた。戻る時、段差が高いので、泣いてはいた。仕方がないのでしっぽを、ぐっと持ち上げて、何とか自力で戻らせていた。。

水曜日の夜、急に歩けなくなった。しっぽを持ち上げても、前足に力が入らないらしく立てない。水は飲んだが、好物の肉は食べなかった。失禁した。うん?いよいよかな。ゴータマはpapasan犬である。泣くので、きっとpapasanのそばにいたいのだと寝室に引きずってきた。失禁してもいいようにネコのトイレマットを敷いて。

木曜日、papasanは東海大学病院へ出かけた。「ゴータマ、papasanが帰ってくるまで、死なないでよ」と案じていた。「ゴータマ」って呼ぶと、顔を上げて水を飲んだ。昼過ぎ、papasanが帰ってきた。それからずっとゴータマのそばにいた。

夜、和美さんが来て話をしていると、ゴータマがしきりに泣いているのが聞こえた。和美さんの声が聞こえるから来たいんでしょ、と言うと、和美さんがゴータマのそばに行って話しかけていた。いま思えば、あれは和美さんにお別れが言いたかったのかもしれない。

朝、6時過ぎ、ゴータマは息をしているように私には見えたが、papasanがゴータマが死んだ、と言った。触ってみると、もう硬直が始まりはじめているように思えた。静かな顔をしていた。苦しまなかったようだ。よかった。12歳半だった。

もう犬を飼うことはない。もう、とても面倒は見られない。自分のことだけで精いっぱいになる。papasanには、以前から、この犬が最後だとは引導を渡してある。

とはいえ、ずっと家族だったし、大きな犬だったから存在感はあった。パスカルがいなくなったときは、未だゴータマがいたから、さほど感じなかったが、これから折りに触れて、さびしくなるだろう。

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