「寡黙なる巨人」 多田富雄著 集英社
多田富雄さんが脳梗塞で倒れたのは2001年5月2日。アメリカから帰り、東北の恩師のもとを訪ね、その足で列車を乗り継いで金沢の友人を訪ね、そこで倒れ、金沢医大病院へ運ばれたのだった。それからの壮絶な闘病生活、リハビリ生活。多田さんは世界的な免疫学者、そして医師でもある。奥さんは内科医、私たち素人とは違い、健康には留意していた人の突然の脳梗塞による右半身不随、摂食・嚥下もままならず、言葉を失い、意思伝達も出来ない状況から、少しずつ回復して、それも「昔より生きていることに実感をもって、確かな手ごたえをもって生きている」という。その1年間の記録がこの本の内容である。
おそらくPapasanが嚥下障害にならなかったら、こういった本を紐解くことはなかっただろう。人生とはまさに出会いである。多田さんは若き日、文学青年で、江藤淳たちと同人誌を出していたくらいだから、文章もこなれていて読みやすい。題名の寡黙なる巨人とは、再生する自分の中に存在し始めた、話すことも不器用な新たなる巨人、しかし確実に存在する巨人、それを指している。
Papasanがプリンを食べて、ちょうど1週間になる。ひとさじのプリンが、彼のこれからの人生を変えたといっても過言ではない。当たり前の、ごくごく自然の嚥下が何かの原因か未だに分からないが、出来なくなって、3週間の入院の末、強引に退院したら、もちろん本人の努力はあったものの、とにかくごっくんと飲み込めたことは、奇跡とか言いようがない。それにしても多田さんと比べたら、嚥下以外は正常だったから、ほんとに幸いだったと言える。
日本の医療ではリハビリが遅れている、と多田さんは指摘する。リハビリは科学でなくてはならない。しかし、日本のリハビリは整形外科が中心となって来たから、つい最近まで骨折後のケアとかリュウマチの機能回復などのものが主流だった。
リハビリには3つのカテゴリーがある。歩行訓練を中心とした運動の訓練、Physical therapy(PT)、日常の仕事を中心とした訓練、Occupational therapy(OT)、言語療法、Speech therapy(SP)。この3つがなければリハビリとはいえない。アメリカでは3つがうまく機能するようにリハビリテイション医学が成立している。東京大学でもリハビリテイション科が独立したのはごく最近、それもST、OTだけでSTはない。STの療法士は少ないし、学問としての完成度も一番低いようだ。これから如何に人材を育てるかにかかっている。
たった3週間の入院だったが、Papasanにして見れば3週間はながったようだが、とにあれ、脳梗塞の気という判断で梗塞を溶かす薬の投与、それとチューブを使っての食品の投与。すぐに歩くことも、正常になったし、チューブでの食事が素人でも可能なら、入院している必要はなかった。あとはリハビリ以外に処置はない。だから本会議にも出席したし、チューブをつけたままだったが、湯河原との広域行政の会議にも出席、と公務もこなせたのである、そこでリハビリに私の視点が向かった。それもあいまって、多田さんの日本でのリハビリ医療が置かれている現状指摘にはうなづくことが多い。
Papasanが受けたリハビリは寝ていることで失われる運動機能回復、それと嚥下が出来るように刺激する2種類のリハビリだ。骨折後だったので、自分の自由がままならなかったから、じゃなければ野次馬、リハビリの見学に行ったんだが、物理的に出来なかったので、詳しいことは分からない、伝え聞いいただけからの判断である。入院時は内科、そして神経内科、そして最後は耳鼻咽喉科と担当はかわった。ここの病院でもリハビリに重点が置かれているようには思えなかった。それはよんどころなければ、外科手術をして、胃に直接管を通すということを医師たちは口にしていた。口から食物を食べることの意義を私は人一倍感じているから、それはいやだ、できれば口から食べさせてやりたいと思っていた。だからネットで嚥下障害のリハビリをしている専門病院を探したのだ。近くでは、東名厚木病院と伊東の丘リハビリセンターが見つかった。嚥下障害から回復した患者も多いと書いてあった。リハビリが可能かどうか診断してもらった方がいいかも、と思った。
でともかく、こういう病院を見つけたのだが、と内容をプリントし、診察にいったとき、担当医に相談して紹介状を書いてもらおうと持たせた。紹介状は書けないという。どうして?紹介状がなくても診察ぐらいは受けられるかも、と厚木病院へ電話をすると、紹介状はともかく処置がされている状態なら、経過処置をしりたいので、医師の報告が必要だといわれた。おやまぁ、患者は病院を選ぶ権利もないの??紹介状は無理でも、経過処置は本人が希望すれば出さないことはないのではないかと、処置をした神経内科に申し込もうと言っていたその日、嚥下が出来るようになって、不必要になってしまったが、すこぶる考えさせられた。
もうひとつ、鍼灸は普通は保健が効かないが医師が鍼灸マッサージの治療が妥当と判断してくれれば、保険適用になる。そこでこれも頼んだのだが、断られた。素人目にはなんか縄張り争いみたいに感じられたが。小田原医師会の中には鍼灸をマッサージを有効と認めている医師たちがかなりいる。医学とは単に科学的な要素だけでなく、心的要因も大きなウェイトを占めているはず。この世の中には奇跡のようなことも多々ある。私はあまり奇跡を信じる方ではないが、それでも奇跡があってもいいだろうとは思っている。人間は全能ではないのだから。それは人間の手を通して科学的にはまだ解明されていない何かが伝わっているのかもしれない。実際多田さんは役に立っていると書いている。
リハビリとはRehabilitation 「機能回復・社会復帰の支援活動、復権、名誉回復」などの意味がある。多田さんはいう、「リハビリは単なる機能回復ではない。社会復帰を含めた、人間の尊厳の回復である。」と。