Cogito

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

オレオレ、ですかね?

2012-02-28 14:59:37 | インポート

昨夜9時過ぎ電話があった。すごいひどい声で、耳の悪い私には聞き取れない。「だれ?」と聞くと、息子の名前を言ったような気がした。「すごい声、どうしたの?」と聞くと、「風邪を引いて喉が痛い」のだという。夕方、会ったのだが、そのときは変わりなかったが、急に具合が悪くなったのかも。「私も鼻水が垂れて困っているのよ、あんたからうつされたのかも」「医者に行った方がいいかな、内科?外科?」「内科に行った方がいいよ」「「9時半からだった?」「知らないけど、たぶん」そんな話をして「お大事に」と言って電話を切った。すると折り返すようにもう一度、ひどい声の電話が入った。「言い忘れたけど、携帯、壊しちゃったんだ」「ふ~ん、携帯ないの?貸してあげようか?」「代替を借りたから大丈夫。新しい電話番号を言うから控えて」「すぐ近くなんだから歩いていけるよ。それよりご飯食べた?」「喉が痛くて食べられない」「じゃ~、紅茶でも甘くして飲んで、温かくして休みなさいね」と言って電話を切った。

                                                         

明日はNちゃんの誕生日祝いで、イチゴのデコレーションケーキを作る約束になっている。でも風邪気味なので、作業は明日にしよう、と、前の教室に行って、どうも風邪をうつされたらしい、熱は無いからインフルエンザではないからね、と言って戻り、早々に布団に入った。11時ごろ、物音がした?息子だ。「大丈夫?」と聞くと「なにが」という返事。「風邪を引いたって電話をよこしたじゃ~」と言うと、「電話なんかかけないよ」「えっえっ~、じゃ~、あの電話、なんだったんだ」

                                                         

朝、八時半、警察に電話をしようとした。真鶴の交番は0044の筈。ところがつながらない。何回もまわしたら、この電話は使われていませんというコメントが聞けた。「あらやだ、どこにかければいいんだろう。そこで110番に電話し、住所氏名を言って、オレオレ詐欺かも知れないから、被害にはあわなかったけど、一応お知らせしておきたい、というと、「ここでもかまいません」と親切に対応してくれた。程なく折り返し、電話が入り、110番は神奈川県警・横浜に届くけど、お宅は小田原警察管内だから、小田原警察に電話しておきました、という連絡。「小田原警察の電話番号知らないんです。どこへかければいいか教えておいてください」と言うと、0465-32-0110を教えてくれた。

                                                         

続いて小田原警察から電話が入った。今度はこと細かく聞き、夫の名前、私の生年月日、息子の名前を使ったとあれば、名簿の流出先があるからと、息子の生年月日や出身校やなども聞いた。そして「注意してください、ご親戚やお友達にこんなことがあったと、知らせてあげてください」

                                                         

余計なことをいうオバサンが「オレオレだったら、リサーチ不足ですよね、お金なんかないのに」と言うと、相手は笑いながら「カードで借りることが出来ますよ」と言った。あ~そうか。といったって、大金は借りられないけどね。

                                                         

息子が来たので、経緯を伝えると、「夕べ帰ってきたとき、会ったでしょ」「あれから急に悪くなったのかと思って、心配したんだよ」「親父さんはひっかるとは思っているけど、mamasanがね~」と言って笑った。Papasanも「mamasanが引っかかった」とうれしそうに笑っている。ふん!実害にあったら、笑ってなんないれないよ。

                                                         

ケーキを仕上げて、両手がふさがっているとき、電話が入った。9時40分。「医者に行ってきた」と電話の声。昨日の男だ。携帯からかけているのは分かったが、番号は覚えられない。ペンと紙は近くにあるのだが、あいにくと手がふさがっている。「あんた、だれ、どこにかけてるの?」と言うと、うちの電話番号を言ったが、途中、間違えた。「違いますよ」「すみません」と電話は切れた。医者へ行ってきた、しかも9時40分、夕べから一連の筋書きはできていたのだろう。

                                                         

息子の声でなかったのは確かだが、でも風邪で声がしゃがれたと言われ、まして耳も悪いからよく聞き取れない、うまく誘導されてしまっている。思えば、息子なら愛称で名乗るのだが、実名を言ったのはおかしい。内科、と外科とどっちに行ったらいい?、なんてばかげた質問はしない、と気がつくのだが、自分が風邪で寝込もうと思っていたところだったので、かぶってしまったみたいだ。冷静に、なんて言っているが、いざとなると呑み込まれる危険性はある。

さっそくみんなに吹聴している。

みんな、気をつけてね~!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

いそがしい

2012-02-25 20:11:12 | 動物記

朝、台所に立つと、すっかり顔なじみになって、目ざとく私を見つけてメジロ、ヒヨドリ、スズメがやってくる。シフォンの需要が多くなった。今日も焼いた。

                                                        

1ケ月ほど前から、なれなれしいスズメが窓近くまで来て餌をねだるようになった。それにチュンと名づけた。「チュン」と呼ぶと、フェンスの上、しかも正面に来て、シフォンを待っている。小さく切って投げてやるのがいいのだが、スズメは小さいから、小さいかけらを上手にスズメに投げるのは難しい。その点、フライングキャッチが出来るヒヨは、少しぐらい目標がそれても取っていく。チュンと声をかけながら、スズメの目を見ながら投げる。一生懸命取ろうと努力しているのは分かるが、落とす確率は大きい。たまに10cmぐらい飛び上がってフライングキャッチもどきをする。落としたのは他のスズメに任せて、取れるまで頑張っている。チュン、もう一度。チュン、もう少し左。言葉が通じるかのように指図に従う。なんとも可愛い。

スズメに餌場を荒らされているシロハラやアオジやメジロは、それでも前面に出て、じっと私の顔を見る。で、そっちにシフォンを投げてやるのだが、スズメの群れは手ごわい。この寒さで餌が少ないのかなぁ。今日はイソヒヨドリの♂も来た。シフォンを拾ったかどうかは確認できなかったが、落ちた崖にもぐったのはわかった。

コタツに入ってテレビを見ていると、「あ~あ~」と今度はかぽたちが呼ぶ。かぽは慣れているから手から取っていく。かぽにやると、遠くからハシボソが様子を窺っている。お腹がすいているんだろうと、ハシボソにもおすそ分け、投げてやる。窓を閉めるとすかさず拾っていく。かわいくはない。

とはいえ、野鳥に餌をやっているときは、きっと鬼婆も優しい顔をしているんだろう。ありがたいことです。

                                                                                                                                                             

毎日の特訓のせいか、チュンも上手になった。確立は80%、フライングキャッチもするようになった。群れてそばにいても他のスズメはまねようともしない。これも個体の能力の差なんだろうか。

Papasanも目を細めて鳥たちに餌をやっている。カラスがじっと目を見ながら手から貰って食べている、かわいいね、なんて喜んでいる。よかったね。人生、得をしているよ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キクラゲ

2012-02-18 19:46:38 | 

P1010853

沖永良部島のいとこが生キクラゲを送ってくれた。大きなキクラゲ、しかも肉厚。さっそく味付けを変えて炒めてみた。スープにも入れた。こりこりとして美味しい。乾燥キクラゲを戻したものとは食感が違う。もっと歯ごたえがある。まさにクラゲだねぇ。乾燥キクラゲを戻して、私がよく使うのは、おからを炒るとき。シイタケとは違う食感があるから、油揚げ、ニンジン、ネギ、シイタケに細く切って入れている。あのコリコリはゼラチン質。

                                                         

生の美味しさを分かち合おうと、みんなに分けたが、二人家族では1袋も食べきれない。そこでキクラゲのレシピを探したり、保存の方法を探したりした。保存方法としては冷凍があった。いったん熱湯をかけ、水分をよく拭いて冷凍するとあった。そのままでも、刻んでもよいと書いてあった。でも面倒なので、そのまま冷凍することにした。一枚、一枚皿に並べ、冷凍してから、ジプロックニいれもういちど冷凍庫に入れた。こうすればくっつかないからだ。餃子のとき、ばらばらに冷凍して、袋に入れて冷凍しているからこの方法を使ったのだ。冷凍したものの味はどうだろう?

                                                         

キクラゲはキノコの仲間である。中華の食材として知られている。中国語の「木耳」は形から来ているのだろう。木に生えている耳。うん、わかりやすい。日本語のキクラゲは、木のクラゲ、こちらは食感から来ているネーミングだろう。いまでこそクラゲはめずらしい食材ではなくなっているが、キクラゲの名付け親は、クラゲを食べていたことになる。いつごろからクラゲが日本で食べられるようになったかはちょっと分からなかった。日本でも「耳茸(ミミタケ)」という名もあるようだ。

そこで興味を持って、キクラゲを調べてみた。なんと英語では「Jew's ear」、フランス語では「oreille de Judas」 ドイツ語では「Judasohr」 いずれも「ユダヤ人の耳」という意味である。耳は分かるけど、なんでユダヤ人なの?なんかいやな感じはしたが、探すとこんな記述が見つかった。「ユダヤ人の耳」とはイエスを売った「ユダの耳」をさしている。その後、ユダは後悔して、首吊り自殺している。そのユダが首をつった木がニワトコで、キクラゲはニワトコに多く生えるから、というものである。あらま~、ひどい話。こじつけもいいところ。おそらく欧米人はキクラゲを食べないから、こんなこじつけをしたのだろう。ニワトコならずとも落葉樹にはキクラゲは生える。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

星の王子さま

2012-02-17 22:16:58 | アート・文化

毎日ひとつのことしかしない。昨日木曜日はマッサージの日。ケーキを作っておいてあげようと思ったのだが、水曜日、さすがに疲れてやる気が起こらなかった。気だけではもう何にも出来ない。

今日は、眼科に行こうと予定しておいた。出るついでに、郵便局で用事を済ませた。11時過ぎに行く予定だったが、ちょっと早すぎて10時半には着いてしまった。患者さんが大勢待っている。この分じゃ~、また1時間以上待つことになる。結局1時間半待った。Ipadを持ってきたので、ニュースを読んでいる。

思い出して、文庫から「あのときの王子くん」をあけて読んだ。Ipadを買ったばかりのとき、わけも分からずに入れてしまった電子書籍だ。「あのときの王子くん」なんてタイトルだったので、てっきり童話だと思ったのだが、開けてみると、「星の王子さま」だった。「星の王子さま」とはご存知、サン・テ グジュペリの作品である。サン・テグジュペリの作品はそのほか「夜間飛行」「人間の土地」「南方郵便機」とこちらは翻訳で読んでいる。

                                                        

「星の王子さま」(Le Petit Prince)は岩波書店が著作権を持っていたのだが、40年過ぎて著作権が失効したので、2005年からどどっと新しい翻訳が出て、いまでは20冊にもなっているそう。これはその一冊だったのだ。岩波書店の発行したのは内藤濯さんの訳。もちろんこの本は何回も読んだし、持ってもいる。フランス語の原書、英訳もある。うん?この英訳は、ネパールにあ-げたかな??

「Le Petit Prince」との出会いは、学生のとき。フランス語のテキストだった。とても気に入った。授業では終わりまでは読まなかったので、後は自分で何度も何度も読んだ。一時期、星の王子さまがブームのようになり、やたらともてはやされた。

「あのときの王子くん」は内藤濯訳が染み付いてしまった年代には違和感がある。例えば、星はかせ、なんて言葉、一般的なんだろうか。宇宙に関心のある今の人たちには、天文学者でよかったんじゃないかな。無理してる感じが各所で見られた。原作のフランス語の言い回しも覚えているので、なおのことだ。ただ、翻訳ではなく、サンテグジュペリの認識、フランス人のいやみとでも言った方がいいかもしれないが、気にかかることが数箇所出てきた。

ちょうど「図書2月号」の表紙に見かけない言葉の「Le Petit Prince」の表紙が載っている。説明を読むと、トルコ語版だった。「Le Petit Prince」は何カ国かは忘れてしまったが、かなり多くの国で翻訳されているはず。Le Petit Princeの初版は1943年、作者がアメリカに亡命していたUSAで発行された。サンテグジュペリはパイロットであった。1944年7月31日、偵察飛行に飛び立って、消息不明となった。私が読んでいた時代はここまでだったが、彼の愛機が地中海で見つかり、引き上げられ、遺品から彼のものだと確認されたそうだ。彼を撃墜したパイロットも分かり、サンテグジュペリだと分かっていたら、撃ち落とさなかったものを、という言葉も伝えられている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

紅白梅図屏風

2012-02-13 13:35:58 | アート・文化

MOA美術館にある光琳の紅白梅図屏風は3、4年に一度くらいの割りで見に行く。見に行くというより会いに行くという言葉がふさわしいような気持ちである。子どものころから慣れ親しんできたから、いつも作品の前に立つと、思わず「お久しぶり」と声をかけたくなる。

                                                         

今年は行こうね、1月27日~3月2日まで、日程を見て、そう言っていた。とはいうものの期間があると、つい行きそびれてしまうことが多い。

                                                         

昨夜の日曜美術館はこの紅白梅図屏風がテーマだった。科学技術で、光琳がどのようにしてこの絵を描いたのか解明しようというのだった。焦点は中央に流れる水の部分。そう、左右の紅梅、白梅の緻密な描写に対して、デザイン的な、それが故に、生き生きとしている、あの流水の部分である。日本画家が、それを苦労して再現していた。おもしろかった。あの黒は硫化銀だったのだ。江戸時代、工芸には硫化銀は使われていたそうだが、絵画には使われていなかったそうだ。細かい技術も、苦労して再現されていた。

そういう観点からじっくりと見てみよう。

先回茶道具展のとき、ロビーに飾られていた複製の紅白梅図屏風は、このCG版だったのかもしれない。じっくり見なかったが、鮮やか過ぎたから。近々行くからよく見てこよう。そうか光琳は呉服屋さんの生まれだったな、あの流水のデザインは帯にも使えそうだ。

                                                         

NHKの日曜美術館の説明から

「日本美術を代表する尾形光琳の「紅白梅図屏風」(国宝)。所蔵者のMOA美術館と東京理科大学が行ってきた最近の科学調査によって画期的な新事実が出てきた。「紅白梅図」全体の背景となっている金地は金箔(ぱく)であり、中央の水流全体は銀箔であることが分かったのである。
今回の調査結果を元に、尾形光琳がこの水流をどのように描いたのか、日本画家の森山知己が原寸大で忠実に「紅白梅図」の右隻(紅梅)を再現してみる。江戸時代の極薄の銀箔を特別に製造してもらい、その銀箔を硫黄で黒く硫化させる。そして、さらに金箔を貼ってその上から「たらしこみ」という琳派独特の手法で梅を描く。その「紅白梅図」の再現から、改めて尾形光琳のデザイン感覚のすばらしさが、改めて確認できる。」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする