北朝鮮の核実験に対抗して日本の「核保有の議論」を自民党政調会長中川昭一が6月15日(06年)のテレビ番組で語ったと翌16日の『朝日』朝刊に出ていた。
「核があることで攻められる可能性は低いという論理はありえるわけだから、議論あっていい」
「欧米の核保有と違ってどう見ても頭の回路が理解できない国が(核を)持ったと発表したことに対して、どうしても撲滅しなければいけないのだから、その選択として核という(論理はありうる)」
他日次のような釈明が記事となっている。「私は非核三原則をいじるとは一言も申し上げていない。私はもとより核武装反対論者だ」
これに対して麻生外相は18日の「衆院外務委員会で「非核三原則は政府の立場として変わらないが」、「核保有の議論について『この話をまったくしていないのは多分日本自身であり、他の国はみんなしているのが現実だ。隣の国が(核兵器を)持つとなったときに、一つの考え方としていろいろな議論をしておくのは大事だ』と述べた」(『核保有「議論は大事」 麻生外相』06.10.19『朝日』朝刊)と盧態度を示している。
同『朝日』の同日夕刊には麻生外相が「『日本は言論統制された国ではない。言論の自由を封殺することにくみしないという以上に明確な答えはない』と述べた」と出ている。
「核保有の議論」に関して「言論の自由」が保障された国だから、「封殺」するわけにはいかないということだろう。
同夕刊記事は続けて、「また、麻生氏は17日夜、自民党議員との会合で、同党の中川昭一政調会長が『核保有の議論はあっていい』と発言したことについて、『タイミングのいい発言だった』などと支持する考えを表明していたことも、複数の出席者の話で分かった。
同会議には同党新人議員の十数人が出席。麻生氏は、中川氏の発言は北朝鮮の核武装を抑止する効果がある、と言う趣旨の説明をしたと言う。――」
非常にもっともらしく聞こえるが、見え透いた安っぽいレトリックに過ぎない。「核があることで攻められる可能性は低いという論理はありえる」とは、核を〝保有する方向〟に向けた議論であろう。「欧米の核保有と違ってどう見ても頭の回路が理解できない国が(核を)持ったと発表したことに対して、どうしても撲滅しなければいけないのだから、その選択として核という(論理はありうる)」という主張も、例え結果としてそれが議論だけであって、核保有にまで至らなくても、核を〝保有する方向〟への議論としなければ、辻褄が合わなくなる。第一議論だけですよでは、「北朝鮮の核武装を抑止する効果」など出てこない。
まさか〝保有しない方向〟への議論を提案しているわけではあるまい。核を保有していない国が〝保有しない方向〟への議論をするのは自己矛盾以外の何ものでもない。
つまり「非核三原則をいじ」らない、「非核三原則は政府の立場として変わらない」の前提を絶対とするなら、「言論の自由」云々とは関係なしに「核保有の議論」(保有する方向への議論)は存在させてはならないわけである。例えば核廃絶を自らの主義・主張とし、核廃絶を訴える運動を起こしている者に「核保有の議論」(保有する方向への議論)は許されるだろうか。例え議論だけであったとしても、「非核三原則をいじると一言も言ってな」くても「非核三原則をいじる」ことになる。
断っておくが、保有したい衝動を抱えている政治家の存在・状況に対して、保有させないという議論は成り立つ。
これらを逆説するなら、「非核三原則」に反対する者(核武装論者)のみに「核保有の議論」(保有する方向への議論)は許される。
「言論の自由」は保障されている、だから何を議論してもいいとは限らない。にも関わらず、「言論の自由」をご都合主義に振りまわす。
安倍首相は首相になる前に衆院特別委で次のように述べているという。「我が国が自衛のための必要最小限度を超えない実力を保持するのは憲法によって禁止されていない。そのような限度にとどまるものである限り、核兵器であると通常兵器であるとを問わず、これを保有することは憲法の禁ずるところではない」(ONLY NEWS 「【総裁選】「語録」から見る安倍新総裁 靖国、歴史、改憲、核」)
安倍氏にしても麻生氏にしても中川氏にしても、日本の大国表現として核武装衝動を自らの血としている。ただ「非核三原則」を掲げている関係と世論の手前があって、騒ぐ血を抑えているに過ぎない。その衝動が北朝鮮の核実験に対する対抗心から、不用意にチラッと覗いてしまったといったところだろう。
例え「核保有の議論」が許されるとしても、日本に対して常に軍事大国化の疑いを持っているアジアの国々の疑心暗鬼を高めるだけであろう。疑心暗鬼を掻き立てているのは安倍・中川・麻生といった政治家の靖国参拝や戦前肯定・戦後否定の歴史認識、戦前の日本に都合の悪い歴史的事実の否定等が示している日常普段の国家主義的態度である。
国連安保理事会の北朝鮮の核実験に対する制裁決議に反対して北朝鮮代表が2回退出している。北朝鮮がかつての日本が国際連盟を脱退し孤立化し、それをきっかけに破局へと向かったように国連を脱退して日本の二の舞を演じないとも限らない状況となっている。19日(06年10月)の『朝日』夕刊が『金正日総書記 「チャウシェスク」と同じ運命に』との見出しで、ル-マニア紙が報じていることを伝えている。
「【ウイーン=関本誠】金正日(キムジョンイル)総書記はチャウシェスクと同じ運命をたどるかもしれない――。ルーマニアの主要紙が17日、核実験で孤立を深めている北朝鮮について、こんな記事を掲載した。『ソ連がチャウシェスクを排除したように、中国は金正日排除を望んでいる』との見出しで報じている新聞もある。
一連の記事の発端は15日付英紙サンデー・タイムズ。89年に独裁政権が崩壊したチャウシェスク大統領に対する即決裁判と処刑の映像を、金総書記が幹部らに見るよう命じた、などと報じた。その後、ルーマニア各紙がこの報道を引用し、チャウシェスク政権と北朝鮮に関する記事を載せ始めた。
主要紙ナツィオナルによると、金総書記は、世界の大国が自らをルーマニアの独裁者と同じ運命にしようと企ててるのではないかと恐れ、政権幹部らとともにチャウシェスク政権崩壊の事例を研究しているという。
同紙は、北朝鮮の核問題に対する唯一の解決策は、金正日体制を変えることだという主張が広がっていると指摘。将来の政権崩壊の可能性を報じた。
エベニメントゥル・ジレイ(今日の出来事)紙は、中国がルーマニアのような革命を望んでいるとという一部の中国人研究者の見方を紹介した。
同紙は、北朝鮮の体制をめぐり、中国がルーマニアの事例を詳細に研究してきたと伝えたが、チャウシェスク政権崩壊直後に大統領になったイリエスク氏は『中国からの接触はなかった』と述べ、報道を否定した」――
北朝鮮が外交的に孤立化を深め、経済制裁による内政悪化と併せた打撃によってルーマニアのチャウシェスク政権同様に金正日独裁体制が崩壊する可能性は否定できない。国際社会がその崩壊をどう管理するか、そのことのシナリオを前以て準備することの方が「核保有の議論」よりも金正日独裁体制に対する圧力となるのではないだろうか。
最後の足掻きとして戦争を仕掛けてきた場合の軍事作戦の立案、発生した場合の難民の数の予想と各国応分の引き受け等の対処方法、金正日独裁体制を崩壊させた後の北朝鮮の民主化と経済復興に対するそれぞれのコスト負担、最終的に南北統一に向けた事業のシナリオを米・ロ・中国・韓国・日本が中心になって(中ロが参加しない場合は、両国を除いて)仕上げ、公表する。
核を搭載したミサイル攻撃を同じ予想するなら、それが現実となったときは金正日独裁体制を軍事的に打倒しなければならないのだから、「核保有の議論」をするよりも、金正日抜きの北朝鮮確立のシナリオを準備することの方が遥かに現実的ではないだろうか。