日本語朗読劇と英語翻訳朗読劇の活用による小学生のために使える英語とするための英語授業の総合教育化(日本語朗読劇付き)[2] 

2020-08-10 10:52:31 | 教育
 小学6年生用日本語朗読劇台本『5郎んちの父さんと母さんの離婚危機』

     (1)

 日曜日の公営住宅の1郎の部屋に仲間が3人来ている。仲間は5人。
4郎「3郎、テレビゲームしよう」
3郎「また餌食になりたいんだ?」
4郎「バカ言え、今度は勝つ」
3郎「同じセリフをいつまで続ければ、気が済むんだか」
4郎「今日から俺は勝ち続ける」
3郎「ハイ、ハイ。勝ち続けてください」
1郎「そろそろゲームソフトも新しいのを1本ぐらい入れないと」
2郎「大丈夫だよ。同じのだって、結構楽しめる」
3郎「正月のお年玉、みんなで少しづつ出し合って、中古を買おうか」
1郎「未だ4ヶ月も先の話じゃないか」
2郎「4ヶ月なんか、すぐに来る」
1郎「5郎、遅いな。いつも約束の時間には遅れたことがないのに」
4郎「お袋に『日曜日ぐらい勉強しろ、勉強しろ』って、言われて、出て来れないのかも」
2郎「5郎、俺んち中ではトップの成績だからな」
3郎「クラスでは真ん中より下だけど、五郎の母さんだけ、教育ママしている」
1郎「俺んち父さんは、『勉強なんかできなくたって、体さえ丈夫なら、どうにかなる』っていつも言っている。勉強でうるさいことは言わない」
4郎「1郎、いつだったか言ってたな。『宿題やっていたら、宿題なんかしなくたっていい。何も書かずに出せばいい』って」
1郎「あんときは物凄く酔っ払っていた。酔っ払っているときに言ったことは、『俺、そんなこと言ったか?』って、覚えていないことが多くて、当てには 
ならない。『勉強なんかできなくたって、体さえ丈夫なら、どうにかなる』っていうのは酒を飲んでいないときも言っているから、信用できる」
2郎「1郎ちは父さんしかいないから、俺んちみたいに父さんと母さんから、『遊んでばかりいないで、少しぐらい勉強しろ』って言われないからいい」
1郎「洗濯したり、ご飯を作ったり、母さん代わりのことさせられているから、勉強しろとまで言えないのだと思う。だから、『体さえ丈夫なら』って言っているのだと思う」
4郎「俺んちは2郎んちと同じで、父さんと母さんからも、勉強もしろ、運動もしろってうるさい」
3郎「俺んちはテストの採点や通信簿の成績を見たあと、『もう少し勉強しなければなあ』って嘆く」
4郎「そんときだけなら、いいじゃないか」
3郎「嘆いたあと、『お父さんもお母さんも成績はよくなかったけど、少しぐらい上回って欲しい』って付け足す」
1郎「自分ができなかったのに子どもにだけいい成績を求めるよりもいい」
4郎「俺んちは最後には『高校ぐらい、受からないようなら、おしまいだぞ』ってハッパかけてくる」
1郎「5郎、来たかな」
3郎「来たようだ」
5郎「ごめん、遅くなって」
1郎「時間厳守ってわけじゃないけど、何だが元気がないな」
5郎「うん・・・・」
1郎「遊んでばかりいないで、勉強しろって言われたのか」
5郎「そんなこと、言われない」
 首を弱々しく振る。
1郎「じゃあ、何で遅くなったんだ?」
5郎「まあ・・・・」
1郎「俺たちの間では秘密なしって、約束し合っているじゃないか」
3郎「忘れたのか?」
5郎「忘れてはいない」
1郎「じゃあ、遅くなった理由を言えよ」
5郎「出かけようとしたとき、母さんから『あんたは私の子じゃないからね』って、いきなり言われた」
1郎「何だって?鼻の穴が広がっているとこなんか、母さんとそっくりじゃないか。カバの子を豚の子と言うようなもんじゃないか」
5郎「ひどいなあ・・・・」
2郎「そうだよ、カバの子はカバの子。豚の子は豚の子。変えることなんかできるもんか」
3郎「どこからどう見たって、母さんそっくりだ」
4郎「親子そのものじゃないか」
2郎「DNA鑑定して貰えよ」
1郎「いや、鼻鑑定で間に合う」
 5郎を除いて、笑い合う。5郎、付き合い笑い。
1郎「何かあったのか、お前と母さんの間で」
5郎「何もなかった。いきなり言われた」
1郎「いや、何もなければ、そんなことは言わない。どこからか貰われてきたってことか?」
2郎「橋の下から拾ってきた子だっていうのはよくある話だけど」
4郎「俺は小さい頃、何度も言われた。言うことを聞かなければ、橋の下に戻すからって言われた」
1郎「作り話と分かっていれば、戻したければ戻せって話だけど、そんときどうした?」
4郎「助産婦さんが近所の人で、『私が取り上げたんですよ。大きくなったね』って、会うのはときたまだけど、会うたびに言われているから、母さんから橋の下物語を最初言われたときは何のことなんだろうとピンと来なくって、『ああ、そう』と言っただけで聞き流した。三度目か四度目に言われたとき、助産婦さんを連れてきて、確かめて貰うことができたけど、どういうふうに捨てられていたのか、季節はいつか、聞くことにした」
1郎「どう答えた?」
4郎「夏の涼しい日にダンボールに入れられて捨てられていた」
1郎「誕生日はいつだっけ」
4郎「8月3日」
1郎「一番暑い頃だけど、夏の涼しい日っていうのは怪しいな。暑い日にしたら、赤ん坊が汗をかいていたことになって、残酷過ぎると思って涼しい日にしたんじゃないのか?」
4郎「そこまでは考えなかったけど、『何時頃見つけた?』『夕方6時頃』『当時住んでいた家から、その川まで何キロ離れていた?』『2百メートルかそこらで、散歩コースになっていた』
段々睨めつけるような恐い顔になってきて、『橋の名前は』と聞いたら、『いい加減にしなさい』って、怒鳴られてしまった。それ以来、言われなくなった」
1郎「拾ってきた子ではなくて、『あんたは私の子じゃないからね』って、どういうことなんだろう」
5郎「『私の子じゃなくて、お父さんの子だから』って言われた。『私は育てだだけ。いつかはお父さんが育てることになるからね』って」
1郎「いきなりそんなこと言われたって、面食らうよな」
5郎「面食らう」
2郎「面食らう」
3郎「面食らうに決まっている」
4郎「面食らわなかったら、どこまで頭が悪いんだって、疑われる」
5郎「おい」
4郎「ゴメン、ゴメン。つい・・・・」
5郎「つい、何だ?」
4郎「口が滑った」
5郎「本当のこと、言ったってことじゃないか」
1郎「テレビでやってた外国映画で高校生の親父が『頭が悪くたって、出世する奴がいる。俺はなれなかったけど、同じ頭が悪くても、出世するような悪い頭になれ』って言っていた。随分前に見た映画だけど、なぜか覚えている」
3郎「そうだよ。『頭が悪いな』って言われたら、『出世する悪い頭なんだから』って言い返せばいい」
1郎「頭が悪くても、出世する悪い頭だからをおまじないにすればいい」
4郎「5郎一人だけのおまじないにするのは勿体ない。みんなのおまじないにしよう」
2郎「いい、いい、賛成」
3郎「全員賛成」
1郎「5郎、『あんたは私の子じゃないからね』なんて、いきなり言われるなんて、おかしいな」
2郎「おかしい」
3郎「どこをどう考えても、おかしい」
4郎「おかし過ぎて、笑っちゃう」
1郎「どこからどう見たって、5郎はお前んちの母さんの子なのにな」
2郎「テレビでは、『あんたは本当はお父さんの子じゃないんだからね』っていうのはよくある」
3郎「ある、ある」
4郎「あるある大辞典」
1郎「お前んち父さんと母さんの間に何かあったんじゃないか?」
5郎「何かって?」
1郎「何かって、何かさ」
5郎(考える顔)「昨日、夜中に何か声が聞こえると思って、目が覚めた。最初、何の物音か分からなかったけど、隣の部屋で父さんと母さんが何か話しているんだって分かった。普通の声の調子ではなかった」
2郎「前にもあったことか?」
1郎「前にもあったことなら、目が覚めたら、またかあと思う」
2郎「ああ、そうか」
5郎「声を抑えていたけど、何か言い争っているように聞こえた」
1郎「お前んちの父さん、最近、変わったことないか?」
5郎「変わったこと?そう言えば、1ヶ月程前から1週間に1日、帰って来ない日があって、おとついが帰ってこない日だった」
1郎「おとつい?おとつい帰ってこなくて、次の日に帰ってきたときに言い争うのではなく、夜中になってから、言い争うのか?」
4郎「子どもの前では言い争わないようにしているのかもしれない」
1郎「お前んちもそうか」
4郎「まさか・・・・。平気で言い争う」
2郎「俺んちも平気で言い争う」
3郎「子供がいたって、お構いなしだ」
5郎「うちもそう」
1郎「え、何だって?おかしいじゃないか。次の日に帰ってきたときに言い争わずに5郎が寝てから、言い争うなんて」
5郎「帰ってこない次の日は帰りが遅いから」
4郎「遅いって、何時頃?」
5郎「さあ、分からない」
1郎「なぜ?」
5郎「最初に帰ってこなかった日、次の日も、俺が寝るまで帰ってこなかったから、二日続けて帰ってこないんだなと思っていたら、朝になっていたから、遅くに帰ってきたんだなって分かった」
3郎「確か、5郎、テレビを見ていて、9時から10時の間に寝るって言ってたな?」
5郎「うん」
1郎「帰ってこなかった日の次の日はいつも5郎が寝てから帰ってくるのか?」
5郎「うん」
1郎「そうか。浮気だな」
5郎「どういうこと?」
1郎「最初の日は女のところに泊まったとしても、次の日、普通に帰ってきて、同僚と飲み過ぎて、酔っ払ってしまって、同僚のところに泊まってしまったとか、何だかんだと誤魔化すことができる」
4郎「テレビでときどきやってる」
1郎「ところが、浮気がバレてしまった。それで泊まってきた次の日は遅く帰ってくるようになった」
5郎「なぜ?」
1郎「お前んち母さんが隣の部屋で寝ている5郎の目を覚ましてしまう程の大きな声を出すことができないのが分かっているからだ」
5郎「でも、この間は目が覚めてしまった」
1郎「帰ってこない日の次の日の夜は5郎に気づかれないようにいつも声を低くして言い争っていたんだけど、5郎がおとついまで気づかなかっただけなんだ。きっと」
3郎「納得がいったようだな」
1郎「5郎の母さんが『私は育てだだけ。いつかはお父さんが育てることになるからね』って言ったのは別れた場合、5郎は父さんの方に引き取らせることになっているか、引き取らせようとしているか、どっちかじゃないか?」
4郎「『あんたは私の子じゃないからね』っていうのと、どう関係あるんだか」
1郎「父さんの方に引き取らせるのを5郎に納得させるためなのかもしれない。そうだ、テレビでやってた大衆演劇で本当は手放したくない子どもをおっかさんが『あんたは私の子じゃないからね、あんたは私の子じゃないからね』って、子どもに言い聞かせながら追いやるシーンがあった」
3郎「5郎んち母さんがいくら大衆演劇のおっかさんを演じても、顔が似てたんじゃ、5郎の今の年齢では信じさせることはできないと思う」
1郎「そうだな。5郎、信じたのか?」
5郎「びっくりして、頭がこんがらがって、俺は母さんの子じゃないんだって思った」
1郎、2郎、3郎、4郎(同時に)「信じたんだ」
1郎「5郎んち父さんと母さんが別れた場合、5郎を5郎んち父さんの方に引き取らせるつもりで言ったのだとしたら、別れる話がかなり進んでいるかもしれない」
5郎「俺はどう見たって、母さんの子だ」
1郎「別れた場合、5郎はどっちに引き取られたいんだ?」
5郎「父さんと母さんは別れない」
2郎「例えばの話だから」
5郎「どっちか分からない。母さんかも」
3郎「5郎は5郎んち母さんから、『あんたは父さんの子じゃないからね』って言わればよかったんだ」
4郎「どっちも言われたくないよな」
3郎「例えばの話」
5郎「うーん。よかったかもしれない」
1郎「5郎は自分の顔とかあさんの顔が似ていることに気づいていたんだ」
5郎「思ったことはなかったけど、気づいていたのかもしれない」
1郎「順を追って考えてみよう。俺んちは別れようというとこまでいったとき、俺をどっちが面倒を見るとか、どっちが引き取るとかの話になったけど、一度だって、母さんから『あんたは私の子じゃないからね』なんて言われたこともないし、父さんからも『お前は俺の子じゃないからな』なんて言われたことはない」
3郎「1郎が父さんの子じゃなければ、1郎は今、1郎んち父さんと一緒に暮らしていない」
1郎「いや、血の繋がっていない親子が同じ家で暮らす話はときどきテレビでやってる」
4郎「5郎んちはそういう家だったのか」
1郎「5郎と5郎んち母さんは血が繋がっている」
3郎(笑いながら)「繋がっていないなんて言ったら、5郎と5郎んち母さんに悪い」
5郎「バカにしてるな」
3郎「別にバカにしていない」
4郎「だけど、5郎んち母さんは『あんたは私の子じゃないからね』って言った」
2郎「俺んちはもう決めてある。妹は母さんが。俺は父さんが。『わたしたちが別れることになったら、あんたはお父さんに引き取られていくんだからね。今からちゃんと覚悟しておかなければならないのよ』って、ときどき言われる。でも、まだ別れない」
1郎「いつも喧嘩したあとだろ?」
2郎「喧嘩したあとのこともあるけれど、そうでないときもある」
1郎「喧嘩までいかなくても、父さんと母さんの間で何か我慢できないような嫌なことがあったあとなんだ。2郎がいないときに何かあったときは2郎が気づいていないだけってこともある」
2郎「そう言えば、朝起きたときいきなり言われたことがある。言われ慣れしているけど、寝ぼけ眼のとき急に言われたから、びっくりした」
1郎「5郎んちも、別れるとか別れないとかの話にまでいっていたなら、別れた場合、5郎をどっちが引き取るかまで話していると思う」
4郎「5郎んちの父さんの方が引き取るか、母さんの方が引き取るか、どっちかの話だとしたら、5郎に『あんたは私の子じゃないから』ってことまで普通は言う必要がない」
1郎「そうだな。言う必要がないことまで言った。でも、言う必要があったから、言ったはずだ」
3郎「何だか、頭がこんがらがってくる」
1郎「普通は言う必要がないんだけど、5郎んち母さんからしたら、言う必要があったから、言ったんだろう。必要がなければ、言わない」
2郎「その必要が何なのか分からなければ」
1郎「情報が少な過ぎる。『私は育てだだけ。いつかはお父さんが育てることになるからね』って言ったってことは別れるとか別れないとかの話にまで進んでいるのは確かだと思うが・・・・。5郎、情けない顔するなよ。よくある話じゃないか」
3郎「俺んち父さんなんか、一度浮気がバレて、父さんが着ているものは洗濯しなくなって、ご飯は弟を入れて4人分だったのが、父さん抜きで3人分しか作らなくなって、父さんが夜勤で遅くなると、三人が先に風呂に入って、入り終わったあと、お湯を抜いてしまったり、最後に『二度と浮気はしません』と誓約書を書かせて、やっと元に戻った」
4郎「その誓約書は額縁に入れて、壁に吊るしてあるんだろ?」
3郎「4郎んちも、そうなのか?」
4郎「俺んち父さんは母さんから、『もし約束を破ったら、玄関の壁に吊るし変えるからね』って言われてる」
2郎「玄関じゃ、たまらない。すぐ人目について、近所にも浮気が知れてしまう。でも、浮気封じにはいい手かも」
1郎「男のお前が感心してどうする?」
2郎「5郎んちでも使えると思って」
1郎「別れる、別れないまで行ってたら、『浮気はしません』なんていう誓約書は書かない」
2郎「あー、そうか」
4郎「まあ、武雄んちもシングルマザーだし、花子んちもシングルマザーだし」
2郎「シングルマザーは結菜んちもそうだし、さくらんちもそう」
1郎「教頭の福知山桃子先生もシングル・マザーで、男の子を二人、育てたっていう」
4郎「体育の杉浦と付き合っているっていう噂があるピアノが弾ける山中詩穂先生もシングル・マザーらしい」
3郎「悠斗んちはシングルファザーで、大樹んちもシングルファザーだし」
1郎「俺んちもシングルファザー。ほかにも探せば、ほかのクラスにも、先生の中にも、シングル・マザーだ、シングルファザーだっていうのがいるかもしれない。5郎んちも、万が一、別れることになったとしても、そういったうちの一つになるだけじゃないか」
5郎「俺んちは別れない」
1郎「うまくいくように祈るけど、5郎んち父さんは1ヶ月も前から1週間に1日、泊まって帰ってきて、母さんの方が『いつかはお父さんが育てることになるからね』って言った。ある程度覚悟しておいた方がいいかもよ」
5郎「俺んちは別れない。そんな父さんや母さんじゃない」
1郎「こういうことかもしれない。5郎んち母さんは5郎を引き取ってくれるなら、別れてもいいって条件をつけた。5郎んち父さんは別れることになったとしても、5郎を引き取ることはできないと言っている」
5郎「どういうこと?」
1郎「5郎んち母さんは父さんに自分と別れさせないようにするために相手ができないと言っていることを要求しているのかも知れない」
3郎「そうか。どうしても別れたければ、引き取りたくない5郎を引き取らなければならなくなる」
4郎「5郎んち父さんが別れる方を選んで、5郎を引き取ることになったとしたら?」
1郎「5郎んち母さんは別れさせないために5郎を引き取れと言っただけで、本当は望んでいないことだとしたら、それが裏目に出た場合の用心に『あんたは私の子じゃないからね』とか、『私の子じゃなくて、お父さんの子だから』とか、『私は育てだだけ。いつかはお父さんが育てることになるからね』とか、無理に5郎に言い聞かせているのかもしれない」
2郎「1郎はどっちを予想している?5郎んち父さんが別れる方を選んで、5郎を引き取るか、5郎を引き取ることができないからって、別れない方を選ぶか」
1郎「相手の女がどんな女なのか、情報が全然ない。5郎んち母さんよりも若くて、美人なら、勝ち目はないかもしれないし、5郎んち母さんが5郎を引き取ってくれるなら、別れると言っているのかどうかも、はっきりしたことが分からない」
3郎「そういう条件をつけているのは確かさ。鼻を見ただけで親子だって分かるのに、『あんたは私の子じゃないからね』なんてこと言えない」
1郎「別れる条件としている5郎を引き取ることが5郎んち父さんができないと言っているとしたら、相手の女が幼い子持ちで、5郎、12歳だろ?」
5郎「うん、12歳になった」
1郎「12歳にもなった男の子の子育てまでさせるのは悪いと思っているのか、相手の女が子どもがいるいないに関係なく、引き取るのは厭だと言っているのか、どちらかなのかもしれない。とにかく情報が少ない」
2郎「相手の女が厭だと言っているとしたら、5郎んち父さんは別れることができない。喜べ、5郎」
1郎「確かなことは何も分からないんだから、5郎を元気づけるにしても、覚悟を決めさせるにしても、確かな情報がなければ」
4郎「じゃあ、確かな情報を手に入れればいい」
1郎「簡単に言うなよ。相手の女がどこに住んでいるのかさえ、分からないんだから」
3郎「5郎んち父さんを金曜日の仕事帰りに女の家まで後を尾けたら?」
1郎「5郎んち父さん、何で通勤してるんだ?」
5郎「車」
1郎「じゃあ、尾行も車でなければ、できない」
2郎「テレビではタクシーを掴まえて尾行する」
1郎「テレビだから、うまく掴まる。うまく掴まったとしても、小学生の集団が『あの車の後を尾けてください』なんて頼んだら、たちまち怪しまれてしまう」
4郎「スマホで位置が確認できるGPS端末を5郎んち父さんの車に取り付けたらどうかな。小学生がランドセルなんかにぶら下げておくやつ。5センチ角程だし、テレビの刑事ドラマで見かける」
1郎「カネがかかるんだろ?調べてみろよ」
4郎「ちょっとスマホで調べてみる。あった、あった。2年間の利用料金込みでGPS端末価格が1万4000円。で、3年目以降の利用料金が月額440円。GPS端末価格が5280円で、利用料金が月額600円。端末価格が8580円で、月額利用料が748円などがある」
1郎「一度しか使わないのに5千円だ、1万円だと使っていられるか?」
4郎「こんなに高いとは思ってもいなかった」
1郎「誰かに借りればいい。1、2年生の弟がいて、使っているうちはないか?」
全員「・・・・・」
1郎「いないだろうなあ。どこんちも大事に育てて貰っているようには見えないからなあ」
4郎(スマホを見ながら)「浮気調査用GPS発信機5日間レンタル9800円、365日使い放題返却不要3万8280円なんていうのもある。いや、参考までに調べただけだから」
3郎「小さい頃遊んで貰った親戚のおじさんがオートバイ通勤している。オートバイなら、尾行できる」
1郎「おじさんて、いくつなんだ?」
3郎「33歳。弁当屋に務めていて、朝5時から午後2時までだから」
2郎「頼めるのか?」
3郎「タンス動かすとか、棚を取り付けるとか、頼めば、すぐ来てくれる」
1郎「理由を言って、頼んでみろよ。今度の金曜日。5郎、5郎んち父さんの写真、1枚用意しておけよ。それに車のナンバー、メモしたやつ」

     (2)

 その週の土曜日の朝の学校。
1郎「3郎、オートバイのおじさんから報告あったか?」
3郎「あった。永田町2丁目の永田ハイツ。10部屋あるシャレた2階建てのアパートで、2階に向かう玄関が自動ドア付きの内階段で、建物の真ん中に取り付けてあって、2階の左側から2番目の8号室に住んでるんだって。他の部屋を探す振りをして、5郎んち父さんがその部屋に入っていくところまで後を尾けて、見届けたって言ってた。名字は森。表札に森とだけ書いてあったって」
1郎「5郎、昨日は帰ってこなかったんだな」
5郎「帰ってこなかった。今日はいつものように俺が寝てから、帰ってくると思う」
1郎「4郎、スマホの地図アプリで永田ハイツを探し出せるか」
4郎「ああ。あった。ここから4、5キロ離れている。自転車だと、15分か、20分程度だな」
1郎「見せてみ。住宅街のようだな。見張るにいい場所がなかったら、ハイツを挟んだこの四つ角とこの四つ角近くの、電柱があれば、電柱の陰に二組に別れて立って、一人ずつ、交代でハイツの前を行ったり来たりしよう。近くにスーパーか何か、自転車を止めておくとこないか?」
4郎「100メートル程離れたところに神社がある」
1郎「じゃあ、神社を集合場所にして、月曜日にそこで夕方5時に集まることにしようか?」
2郎「今日、学校終わってから、すぐに行けば、1時頃には着くけど?」
1郎「女の方が土曜日でも仕事ならいいけど、土日休みで、ずうっと部屋にいると、仕事帰りを狙って、どんな女か、確かめることができない」
2郎「そうか」
1郎「月曜日が定休日のとこもあるけど、土日定休よりも少ないだろうから。月曜日がダメなら、火曜日にまた行けばいい」
4郎「でも、5郎、早く知りたいだろう?」
5郎「早く知りたいけど、ちょっと怖い」
4郎「今日行って、ダメなら、月曜日にまた行けばいい」
1郎「そうか。じゃあ、普段の心がけを信じて、今日行くか」
4郎「俺たち、普段の心がけがいいもんな」
2郎(笑いながら)「俺も今日でもいい」
3郎「俺も今日でいい。どうせ、俺たち遊ぶ以外にすることはないんだから」
1郎「じゃあ、今日にしよう。女が5時までの仕事に賭けて、みんな一旦うちに帰って、昼飯食べてから、俺の部屋に集まって、神社に4時に着くように出かけよう」
2郎、3郎、4郎(同時に)「よし、決まった」
1郎「永田ハイツに行ったら、4郎と俺とで誰か住んでいる人間を探している振りをして2階まで上がってみる。『このアパートじゃないな』とか呟いて、一旦敷地の外に出る」
2郎、3郎、4郎、5郎(同時に)「分かった」
1郎「ハイツの前を行ったり来たりするために地図でも持ってった方がいいかな」
3郎「家に本になっている道路地図がある」
1郎「それを広げながら、歩けばいい。もう一組はスケッチブックでも広げながら歩くか。ボールペンを握っていて、何か書く振りをしながら」
5郎「分かった」
1郎「誰かスケッチブック持っていないだろうか」
2郎「山田がいつも持っている。絵を描くのが好きだから」
1郎「借りられるか?」
2郎「と思う」
1郎「じゃあ、借りてきてくれ」

 神社。  
1郎「4郎のスマホの地図で見たとき、吉田ハイツの敷地よりもずっと狭かったけど、教室よりも狭い敷地だな」
4郎「自転車を停めておける」
2郎「この町に来るのは初めてだ」
4郎「俺も初めて」
3郎「俺も」
5郎「俺も」
1郎「お賽銭を投げて、うまくいくように祈ろう」
4郎「俺、今日の小遣い、ジュース飲んで、使っちまった」
2郎「俺もジュースに使ってしまった」
3郎「俺も」
5郎「俺は今日は小遣いなし」
1郎「大丈夫、ジュースのカネ以外に5円、用意してきた」
4郎「食事の買い物に使うカネを小遣いに使ったら、父さんに怒られるんだろ?」
1郎「大丈夫。怒られたって、殴られたりしない」
3郎「スーパーに行くたびに家計簿のノートにレシートを貼っておいて、月末に財布の残金と合っているかどうかチェックされるって言ってたな」
1郎「差し引き合計したときの1円単位のおカネは面倒臭いらしく、チェックしない。5円玉、10円玉、100円玉の1枚や2枚、なくしやすいから、足りないのがときたまなら、『なくしてしまったのか』程度で済む。500円玉となると、1枚足りなくても、『お前、自分の小遣いにしたな』と怒られる。今回は5円だから、問題はない」
4郎「じゃあ、1郎にお賽銭、投げてもらうか」
1郎「代表して、5郎に投げて貰おう。5郎にいい結果が出なければ、何にもならないから」
4郎「じゃあ、5郎、投げろよ」
5郎「俺がお賽銭投げて、うまくいくかどうか」
1郎「自信を持て」
5郎「じゃあ、俺にやらせて貰う。何てお願いしたらいいのかだろう」
1郎「願い事は口にしない方がいいって言うけど、構わない。俺が最初に願い事を言うから、自分に願い事がなければ、俺に続けてもいい」
4郎「じゃあ、みんなそうしよう」
 一斉に柏手を3回ずつ打つ。
1郎「5郎んち父さんの女が5郎んち母さんよりも美人でなくて、歳も取っていますように」
2郎, 3郎、4郎、5郎(同時に)「5郎ち父さんの女が5郎んち母さんよりも美人でなくて、歳も取っていますように」
 全員して再び柏手を3度打つ。
1郎「自転車をこのまま置いて、永田ハイツまで行って、怪しまれないように張り込もう」
2郎「張り込みなんて、初めてだ。緊張する」
3郎「俺も初めてだ」
4郎「俺も初めてだ」
1郎「5郎も初めてだろ?」
5郎「うん」
1郎「緊張しているな。5郎んち父さんが取られる心配はない女に見えるか、取られてしまいそうな女に見えるかで、腹の決めどころが違ってくるからな」
3郎「5郎んち父さん、そんなに女にモテるふうには見えない」
4郎「俺は5郎んち母さんしか知らないけど、5郎は父さんの子でもあるんだろ?」
5郎「だと思う」
4郎「5郎は父さんの子でもあるんだ。5郎の父さんはたいしてモテやしない。安心しろ」
5郎「たいしてモテないと思う」
1郎「あの、長い生け垣があるところだな」
4郎(スマホを見ながら)「そのようだ」
1郎「建物の横に吉田ハイツと書いてある。ここだ」
2郎「なかなか立派なアパートだ。こんなアパートに住んだことはない」
3郎「俺もだ」
1郎「ちょっと待て。ウインカーを出している車が後ろから来た。道の反対側に移動して、3郎、地図を広げろ。広げた地図をみんなで覗き込んで、俺が覗き込んでいる振りをしながら、様子を窺ってみる」
4郎(3郎が広げた地図を横から覗きながら)「確かこのアパートのはずだな?」
3郎「もう一つ先の通りかもしれない」 
2郎「そうだな。もう一つ先の通りかも」
1郎「赤の軽ノッポ。運転手はよく見えない。性別不明。色から言ったら、女の可能性大。スピードを緩めた。若い女だ。中に入っていった。顔を上げるな。バックミラーで見られているかもしれない」
3郎「いい調子だ、実況中継」
1郎「助手席に女の子が乗っている。幼稚園か保育園の制服を着ている」
2郎「顔を上げてよかったら、合図して欲しい」
1郎「運転席をこっちに向けて車をバックさせ、駐車させている。結構美人だ。4郎、目指す女かどうか分からないけど、車から降りるところをいつものように腰のところから動画撮影できるだろ?」
4郎「任せてくれ」
1郎「ドアを開けながら、こっちを見た。車から降りた。真正面からのショットをうまく撮ってくれよ。車の前を回って、助手席から降りた女の子と手を繋いで、向こう向きに歩き出した。今のうちなら、顔を上げても大丈夫だ」
4郎「後ろ姿を見ただけでも、5郎んち母さんよりもずっと若く見える。スタイルも全然いい。5郎んち母さんからはぴっちりした白のジーンズは想像できない」
2郎「若いときは穿けたかもしれないが、うちの母さんと一緒で、太ももの途中で引っかかってしまうはずだ」
3郎「後ろ姿だけで美人に見える」
1郎「相手の女だとまだ決まったわけではない。2階に向かう玄関の方に歩いていく」
4郎「自動ドアだ。3郎のおじさんが言っていたとおりだ」
2郎「2階に住んでいるんだ」
1郎「2階の廊下は建物の向こう側だ。どの部屋に入っていくか見えない」
3郎「建物の向こう側に回ってみよう」
1郎「いや、2階の左側から2番目の部屋のベランダに洗濯物が干してある。部屋の女なら、すぐに取り込む」
4郎「1郎んちは洗濯をするのも、干すのも、取り込むのも1郎がやるんだったな」
1郎「ああ・・・。カーテンが開いた」
2郎「女の影が映った」
1郎「地図に目を落とせ。俺が様子を窺う。4郎、動画を撮れ」
4郎 (スマホのディスプレイを見ながら)「同じ女だ」
1郎「ああ、同じ女だ。あの若い女が5郎んち父さんの女だ。決まりだな。引き上げよう。分かれば、もう用はない」
4郎「決まりだな」
3郎「5郎んち父さんとあの女の組合せがピンとこない。5郎、どう思う?」
5郎「何が何だか、訳が分からない」
1郎「5郎は何も知りたくないかもしれない。俺も父さんと母さんが別れるときはずっと目を閉じていたい気持ちだった。受け入れることができることだけ、受け入れていった」
4郎「5郎、元気を出せ」
5郎「うん」
3郎「俺たちがついている」
2郎「俺もついている」
1郎(4郎にだけ聞こえるように声を小さくして)「さっき撮った動画、うまく撮れているか」
4郎「うん、このとおり撮れている」
1郎「5郎んち母さんはこんなシャレた格好をするときがあるのか?」
4郎「ないと思うよ。若いときはあったかもしれないけど」
1郎「昔の話か」
4郎「1郎が神社で『5郎んち父さんの女が5郎んち母さんよりも美人でなくて、歳も取っていますように』って折角祈ったのに、効き目がなかったな。賽銭の5円が少な過ぎたのかな」
1郎「賽銭の額は関係ないと思うよ。千円、弾んだとしても、結果は同じだから」
4郎「今の時間だと、4時半に仕事を終えて、幼稚園か保育園に子どもを迎えに行って、帰ってきたといったところだな」
5郎「俺んち父さんの子かな?」
1郎「おお、びっくりした。急に声をかけてきたから。最近だろ、帰ってこなくなったの?」
5郎「1ヶ月程前から」
1郎「5郎んち父さんの子じゃないと思うよ。顔も似ていないし」
5郎「俺んち父さんの子じゃない」
2郎「よかったな。知らぬ間に妹ができていなくて」
5郎「うん、よかった」
3郎「テレビドラマでは知らない兄さんがいた、弟がいた、姉さんや妹がいたって話はよくある」
1郎「保健の田口先生ぐらいの年齢に見えたから、まだ30前じゃないのか」
4郎「同じくらいかもしれない」
3郎「同じくらいだ」
2郎「田口先生もオシャレだ」
1郎「5郎んち母さんはいくつなんだ」
5郎「確か38歳とか言っていたのを聞いたことがある」
1郎「年齢では明らかに勝ち目はないな」
4郎「勝ち目はない」
5郎「30過ぎてから産んだ子かもしれない」
1郎「ない、ない。30前に見えるんだから23、4の頃の子じゃないか。片や5郎んち母さんの方は中年太りが大分進んでいる」
5郎「2郎んち母さんも、3郎んち母さんも、4郎んち母さんも、中年太りが進んでいるじゃないか」
4郎「俺んち母さんはそんなに進んでいない」
1郎「誰かと勝負しなければならないわけではないから、立場が違う」
4郎「俺んち母さんもたいして中年太りしていないけど、若い誰かと勝負しなければならなくなったら、慌てるかも」
5郎「母さん、少しは痩せればいいのに」
1郎「残酷なことを言うようだが、勝負の真っ最中だとすると、年齢だけではなく、スタイルもオシャレなところも、顔の点でも勝ち目はないな」
3郎「5郎んち父さんは5郎んち母さんとどうしても別れたければ、5郎を引き取らなければならない」
1郎「5郎を引き取ったら、8号室の女は子ども2人の世話をしなければならないから、女の方が5郎を引き取るのは厭だと言っていて、5郎んち父さんは女の言うとおりに5郎は引き取ることができないと言っているのかもしれない」
5郎「どこかへ行ってしまいたい」
4郎「どこか行く当てがあるのか?」
5郎(弱々しく首を振って)「いや」
1郎「5郎んち母さんは『相手はどんな女のよ』って最初に聞いたのかもしれない。それで幼い女の子が一人いると分かって、二人は面倒見れやしないだろうと考えて、5郎を引き取ってくれるなら、別れてもいいと言い出したのかもしれない」
4郎「じゃあ、5郎んち母さんが5郎に『あんたは私の子じゃないからね』って言ったのは?」
1郎「そりゃあ、やっぱり・・・・、(少し考えてから)もしもだよ、8号室の女が5郎んち父さんとどうしても一緒になりたくて、一緒になるには5郎を引き取って、面倒をみるしかないと覚悟したとしたら?」
3郎「5郎んち父さんは5郎んち母さんと別れることができる」
1郎「5郎んち母さんが自分と5郎んち父さんを別れさせないために言い出したことで、それが失敗した場合は?」
4郎「5郎を手放すことになる」
1郎「5郎を手放すのがもし本心でないとしたら?」
2郎「5郎んち母さんは別れたくなかった5郎んち父さんと別れる上に5郎まで手放すことになる」
1郎「5郎んち母さんはあとになって、『やっぱり5郎は私が引き取る』とは意地でも言えないから、計画が失敗して、5郎まで手放すことになった場合に備えて、『5郎は私の子じゃない』って自分に言い聞かせていたのかもしれない」
4郎「自分にだけ言い聞かせればいいことで、5郎に『あんたは私の子じゃない』なんて言う必要はないと思う」
1郎「5郎にも覚悟させなければならないと思ったんじゃないのか」
2郎「悪いのは5郎んち父さんとあの女だっていうのに」
4郎「少しぐらいスタイルがいいのと年が若いのと顔がきれいなのを鼻にかけて、5郎んち父さんを騙したんだ。5郎んち父さんは何も悪くない。悪いのはあの女だけだ」
1郎「トバッチリが5郎のところまで来てるんだから、あの女だけの問題にすることはできない」
4郎「そうか。そうだな。5郎んち父さんも悪い」
1郎「あの女に引き取られることになっても、どこをどう見ても、5郎は5郎んち母さんの子だから」
3郎「そうだよ。5郎んち母さんの子であることに変わりはない」
5郎「うん」
1郎「最初は慣れるのが大変だろけど、あの女が5郎んち母さんの代わりをするだけなんだ」
2郎「隣のクラスの野田、知ってるだろ?」
5郎「知ってる」
2郎「野田んち父さんは最初の野田んち母さんと別れて、新しい母さんと一緒になった。最初は嫌がっていたけど、今では『お母さん、お母さん』と呼んで、一緒に遊びに行ったりしている」
1郎「前の母さんもときどき野田に会いに来て、車でどこかに遊びに連れてって貰ってるって言ってたな」
2郎「言ってた、言ってた」
1郎「二人も母んがいて、二人の母さんに遊んで貰えるなんて、贅沢だな」
3郎「俺んち父さんも母さんと別れても、誰かと再婚してくれると、母さんが二人できて、別々のところへと遊びに連れてって貰えるかもしれない」
4郎「3郎、そんなこと父さんや母さんの前で言うなよ。『二人を別れさせるつもりか』って、殴られてしまうかもしれない」
1郎「3郎んち父さんも、5郎んち父さんみたいにほかに女がいたら、『喜んで別れてやる』なんて言い出すかもしれない。やっぱり言わない方がいいな」
3郎「俺んち父さんはそんな父さんじゃない。一日も帰ってこない日なんてない」
1郎「5郎、心配するな。例え引き取られても、新しい母さんにそのうち慣れて、新しい母さんと一緒に遊びに行ったり、前の母さんとも、どこか遊びに連れて行って貰ったりするようになるかもしれない」
5郎「うん・・・・・」
1郎「元気を出せ。自分が元気を出さなければ、誰が元気を出すんだ?」
2郎「俺が代わって元気を出してやる」
3郎「代わって、どうする」
 (ほかの4人は遠慮なく笑うが、5郎は元気なく笑う。)
4郎「5年生になって、スマホを持ち始めた頃、撮りためていた写真を間違えて消してしまって、物凄く落ち込んだ」
3郎「無料の復元アプリがあることを教えて貰って、全部復元できたときはたちまち元気を回復することができたって話だろ?何度も聞いている」
4郎「この話、5郎には初めてだよな」
5郎「もう何度も聞いている」
4郎(大袈裟にびっくりする。)「え、え、え、えー・・・・」
1郎「5郎を笑わせようとしたな」
4郎「いや。初めてする話だと思った」
1郎(笑いながら)「ウソつけ」
 (1郎、2郎、3郎、4郎、笑う。5郎は先程よりも元気を出して笑う。)
1郎「5郎は母さんの方に引き取られたいんだろ?」
5郎「うん」
1郎「5郎んち母さんの方に勝ち目がなくて、5郎んち母さんと5郎んち父さんが別れて、どちらの子になったとしても、それで5郎の人生が終わるわけじゃないんだから」
5郎「うん。分かってる」
1郎「まだまだ続くんだ。中学、高校へ行くなら、中学、高校へと続く」
4郎「大学へ行くんだろ?」
5郎「分からない。考えたこともない」
1郎「大学へ行けば、大学と続くんだ。行かなくても、いつかは社会に出て、5郎の人生は続いていく。ここで元気をなくしていてどうする?元気を出していこう」
 (1郎、拳を握った腕を突き上げる。)
2郎、3郎、4郎(同時に腕を突き上げて)「元気を出していこう」
5郎「うん、元気を出していく」

     (3)

 (次の週の月曜日の朝の教室)
5郎「日曜日にあの女が訪ねてきた」
1郎「何だって?いよいよ正体を現したか?宣戦布告か?」
5郎「宣戦布告というわけではないけど」
1郎「仲直りに来たわけじゃないだろ?」
5郎「『このとおり新しい子が生まれるから、5郎君を引き取ることはできません。幼稚園に通ってる子も抱えているんです』って言った」
1郎「新しい子だって?」
5郎「大きくなっているお腹を両手で重そうに抱えていた。重過ぎて、息が切れるようだった」
1郎「おとついの土曜日に見たときはお腹は大きくなかったじゃないか」
5郎「えっ?えー?。そうだったけか」
1郎「4郎、動画見せてやれ」
4郎「ほら、見てみろ。どこをどう見たって、お腹なんか大きくない」
5郎「ホントだ」
4郎「白い、細いズボンを穿いていて、スラーっとしている」
1郎「5郎を引き取りたくないから、急いでお腹の中に子どもがいることにしたんだ」 
3郎「いつだったか、テレビのお笑い番組でやってた。男に騙された女が服の下にぬいぐるみを入れて、お腹を大きくして、その男が新しく掴まえた女と一緒にいるところに行って、『お腹の子はこの男の子よ。もうすぐ産まれるんだから、堕ろすことはできない。この男の形見に産んで育てる』」
2郎「見た見た。騙した男が新しく掴まえた女は社長令嬢で、その女は男に『結婚前に女の一人や二人作ったってどうでもいいことだけど、よその女が産んだ子どもは財産争いの元になるから、どうにかして』と言い、男は台所から包丁を持ってきて、『お腹の子だけ消すわけにはいかないから、お前も一緒に消えて貰うことにする』」
4郎「社長令嬢は両手を広げて、逃げる女の行く手を遮ろうとするが、女は殺されたらたまらないって、ソファの上だろうと、テーブルの上だろうとヒョイヒョイと飛び乗って、ところ構わずに逃げ回った」
3郎「男が『お腹にもうすぐ産まれる子がいるのに身軽に動き回り過ぎないか?』」
2郎「『私が身軽なのはお腹の子がぬいぐるみだからなんだけど、あんたが身軽に私から逃げていくことができたのは真心が風船より軽かったからよ』」
4郎「『うるせえ。風船より軽かったから、カネのある方向へと風に流されていくことができたんだ。子どもがぬいぐるみなら、お前まで消えて貰う理由がなくなった。帰れ、帰れ』」
2郎「『あんたに私を消す理由がなくても、タダで引き下がるわけにはいかないのよ』」
3郎「服の下から大きなタヌキのぬいぐるみを取り出して、『タヌキめっ』って投げつけた」
4郎「ぬいぐるみが男に当たると、破けて、中に入っていたたくさんの1万円札が舞い散った。男と社長令嬢はびっくりして、二人共、四つん這いになって床に散った1万円札を掻き集めにかかった」
2郎「女は『おもちゃの1万円札だからね』って言って、部屋を出ていった。男も社長令嬢も掻き集めるの忙しくて、女が言ったことが耳に入らず、狂ったように1万円札を掻き集め続けた。ゼ・エンド」
1郎「5郎は見なかったのか?」
5郎「見た」
1郎「だったら、話に入れよ」
5郎「ごめん。あんまりみんながテンポよく繋いでいったから、入りそこねた。1郎は見なかったの?」
1郎「見たけど、5郎がいつ話に潜り込むか気になって、そっちの方に気を取らていた」
 (1郎、2郎、3郎、4郎、笑う。5郎、照れ笑いする。)
1郎「ぬいぐるみを入れていたのか何を入れていたのか分からないけど、お腹を大きくした女は何を言いに来たんだ?」
5郎「『このとおり敏夫さんの・・・』、俺んち父さんの名前なんだ。『子どももできるし、前の夫との間にできた3歳の保育園児も抱えていて、5郎君を引き取って世話ができる程、手が回りませんから」
1郎「つまり女は5郎を引き取らないまま、離婚を承諾してくださいって言いに来たんだ」
4郎「宣戦布告じゃないか」
5郎「俺を引き取らずに俺んち父さんと一緒になるからっていうことは言わなかった」
4郎「言わなくたって、言ったのと同じなんだ」
1郎「5郎を引き取ることができないから、敏夫さんと一緒になるのは諦めますなんて言ったのか?」
5郎「言わなかった」
1郎「そんなことを言ったら、5郎んち父さんの子どもに見せかけて、腹を大きくした意味がなくなってしまう」
3郎(女の声色で)「『敏夫さんの子どもまでできたんだから、敏夫さんと一緒になるしかありません』(自分の声に戻って)っていうことなんだな」
1郎「5郎んち母さんはどう反応したんだ」
5郎「父さんに『あんたって人は。女に子どもまでつくって。勝手に作る方が悪いんだからね、私と別れるなら、やっぱり5郎は引き取って貰う。5郎は私の子じゃない、あんたの子だからね』」
4郎「父さんの返事は?」
5郎「『バカ言え、どこをどう見たってお前の子じゃないか。俺の子じゃないって言えるけど、お前の子ではないとは神様、仏様でも言えやしない』」
1郎「まあ、どう公平に見ても、5郎んち父さんの方が正しいことを言っているふうに見える。5郎はどう思う?」
5郎「父さんの方が正しいことを言っているふうには見えるけど」
1郎「お腹の子どもについては何も言わなかったのか?」
5郎「『できてしまったものはしょうがないじゃないか。できた以上、産んで、育てるには手がかかるんだ。5郎まで面倒は見れない。引き取ることなんか、できるはずはない』」
1郎「やっぱり5郎を引き取らずに女と一緒になるつもりでいる」
4郎「宣戦布告どころか、すでに戦争は勃発している」
1郎「で、5郎んち母さんは?」
5郎「『私も新しい男を見つけて、やり直すことにしたんだから、5郎の面倒は見れない。誰かさんみたいに女房、子どもがいながら、軽い気持ちで若い女を見つけて、子どもまで作ったように私も身軽になってほかの男の子どもが欲しくなったのよ』」
3郎「何だか無理して言っているように聞こえる」
1郎「5郎んち母さんが女と5郎んち父さんを一緒にさせないために5郎を引き取らせようといくら頑張っても、何だか勝ち目がないように見える」
5郎「なぜ?」
1郎「子どもができたんだからって、ウソまでついて、5郎を引き取らせようとするのを諦めさせようとしているんだから」
4郎「5郎がどっちに引き取られようと、5郎んち母さんと5郎んち父さんは別れることになるってわけだな」
5郎「4郎、スマホ貸してくれ。母さんに見せる。子どもができたなんて、すぐウソだって分かる」
1郎「ウソだと分かるだけのことで、引き取れ、引き取らないの話は続く」
2郎「5郎の運命や如何に」
1郎「大人が決めることで、5郎は答を出すことはできない」
4郎「1郎は経験しているからなあ」
3郎「経験者の言葉は重い」
1郎「5郎の気が済むんだったら、4郎のスマホを借りて、5郎んち母さんに見せればいい」
5郎「いや、やめておく」
4郎「元気を出せよ、5郎」
5郎「うん・・・・」
3郎「あんまり変わらないな」
1郎「5郎は待つしかない」
5郎「うん、そうする」
1郎「5郎、いいおまじない教えてやる。神社でした、『5郎んち父さんの女が5郎んち母さんよりも美人でなくて、歳も取っていますように』の願い事は全然通じなかったけど――」
4郎「お賽銭が5円だったことが悪かったわけじゃない」
1郎「さっき、俺、『5郎がどっちに引き取られても、5郎の人生が終わるわけじゃない』って言ったけど、5郎は自分では答を出すことはできないんだから、『母さんと父さんが別れて、俺の人生が変わることになったとしても、それで俺の人生が終わるわけじゃない』をおまじないにして、何か不安になったとき、自分に言い聞かせれば、何か効き目があるかもしれない」
5郎「ありがとう、そうする」
4郎「1郎はそんなおまじないをしてたのか?」
1郎「人から教えられたわけじゃないけど、いつ頃からか、父さんと母さんの仲が悪いことを忘れるためにおまじないにしていた」
2郎「忘れることができた?」
1郎「いや、忘れることはできなかったけど、何か自分に言い聞かせることがあると、少しは自分の支えになってくれる」
4郎「5郎、試しに一度おまじないしてみ」
5郎「ここではいい。ちゃんとおまじないにするから」
3郎「一度ここでやっておけば、二度目からは抵抗なくできるかもしれない」
5郎「母さんと父さんが別れて、俺の人生が変わることになったとしても、それで俺の人生が終わるわけじゃない」
4郎「よしよし。それでいい。俺も俺んち父さんと母さんが別れるような話になったら、自分のおまじないにしよう」
3郎「俺も俺んち父さんと母さんが別れるようなことを言い出したら、自分のおまじないにする」
2郎「俺は今この瞬間から、自分のおまじないにする。いつ父さんと母さんが別れるとか、別れないとかの話になってもいいように」
4郎「手回しがいいな」
2郎「喧嘩することが多いから、用心するに越したことはない」
1郎「別れる、別れないは全部大人が決めることで、俺たちは答を出すことはできない」

 1週間経過。
1郎「無理に聞くのは控えていたけど、1週間経つのに5郎、母さんのことも、父さんのことも、あの女のことも、何も話さなくなったな」
4郎「1郎の忠告どおりに例のおまじないを唱えて、どうなるか様子を見ているのかもしれない」
1郎「5郎と5郎んち母さんからしたら、5郎んち父さんが女と別れてくれるのが一番いいんだろうけど、そんなふうになるようには思えない。5郎は一つの試練を背負うことになって、それを乗り越えていかなければならない」
4郎「みんなで支えてやれば、乗り越えていける。な、3郎」
3郎「乗り越えていける。な、2郎」
2郎「大丈夫。みんなで支えよう」
4郎「5郎が来た。最近、いつもは始業時間ギリギリだけど、今日は少し早いな」
1郎「どうした、5郎。目を吊り上げて。」
5郎「に、に、に・・・・・」
1郎、2郎、3郎、4郎(同時に)「落ち着け」 
5郎「に、逃げた」
1郎「誰が?」
4郎「ニワトリでも逃げたのか」
3郎「ニワトリなんか飼っていないはずだ」
5郎「父さんが逃げた」
1郎「父さんが?逃げた?どういうことだ」
5郎「母さんが言ってた。『逃げた』って」
1郎「落ち着いて話してみろ」
5郎「何が起こるのか、怖くなって、みんなには黙っていたんだけど、いつものように金曜日に帰って来ないのではなく、火曜日から帰ってこなくなった。夜遅くに帰ってきて、次の日の朝、いるってこともなかった」
1郎「そんなこと、初めてのことか?」
5郎「母さん、初めてだって言ってた」
1郎「そのまま放っておいたのか?」
5郎「『どうせ帰ってくる。放っておけばいい』って怒ってた。『5郎には悪いけど、5郎を引き取れないんだったら、別れてやらないんだから』って」
4郎「それで、そのままにしておいたんだ?」
5郎「日曜日の昼ちょっと過ぎに父さんの会社の上司からうちに電話があった。母さんは、『ちょっと外出しています』と言ってから、『少し気分が良くなったから、リハビリを兼ねて散歩に出かけたところです』とか、『スマホを置き忘れてしまったもんですから』とか言っていた」
3郎「会社は日曜日は休みじゃないのか」
5郎「休みだけど、俺んち母さんにどんな電話だったか聞いてみた。体の調子が悪いから、二三日休ませて貰うからって火曜日の朝、会社に連絡が入ってからずうっと休んでいるけど、今週の水曜日の商談を月曜日に繰り上げてくれないかってお客さんの方から急に電話が入ったから、いいですよって答えておいたけど、月曜日には出てこれそうか、帰ってきたら聞いて、私のところに電話を入れて欲しいって頼まれたんだって」
1郎「5郎、一気に喋ったな。お家の一大事感がモロに伝わってくる」
5郎「いや、いや、いや・・・」
1郎「まあ、落ち着けよ。それで5郎んち母さんが『逃げた』って言ったのは、そのまま家に帰ってこないのを予感したからだろうか?」
4郎「どういうことなんだ?」
1郎「5郎んち母さんびっくりしたろ?家に帰ってこないだけではなく、会社も休んでいたんだから。そのことを会社の上司に話したのか?」
5郎「話さなかった。『家に戻り次第、電話するように言っておきます』と言って、電話を切った」
1郎「相手が5郎んち父さんの会社の上司だから、どうにか落ち着いていれたけど、5郎に当たり散らさなかったか?」
5郎「当たり散らすことはなかったけど、ピリピリしていて、怖かった。『会社を休んで、どこへ行ってるのよ。あの女のところに決まってる』」
1郎「5郎はあの女が住んでいるハイツを言ってしまったんだ?」
5郎「母さんの顔から目を逸らすことができなかった」
1郎「住んでいるところを知っているから、普通に母さんの顔を見ることができなかった」
5郎「『あんた、知ってるの?あの女の住んでるところ。知ってるんだね』って。知らないって言いたかったけど、言えなかった」
4郎「それで教えた」
5郎「タクシー呼んで、母さんと一緒にあの女が住んでいるハイツに行った」
1郎「もぬけの殻だったんだ」
5郎「8号室のベランダ側の窓に『空室』と書いた大きな紙が貼ってあった」
1郎「大家を探し出して、どこへ引っ越したのか聞いたのか」
5郎「聞かなかった。『ああ、やっぱり逃げたんだ』って言って、タクシーで帰ってきた。タクシーに乗っている間、何も口を利かなかった」
1郎「5郎がシングルマザーの子の仲間入りする瞬間なんだ。覚えておいた方がいい。5郎一人だけがシングルマザーの子というわけではない」
4郎「武雄んちもシングルマザーだし、花子んちもシングルマザーだし」
2郎「結菜んちもシングルマザーだし、さくらんちもシングルマザーだ」
1郎「教頭の福知山桃子先生もシングル・マザーで、男の子二人、育てたっていう」
4郎「体育の杉浦と付き合っているっていうピアノが弾ける山中詩穂先生もシングル・マザーらしい」
3郎「悠斗んちはシングルファザーで、大樹んちもシングルファザーだし」
1郎「俺んちもシングルファザーだ。ほかにも探せば、シングルマザーだって、シングルファザーだってたくさんいるはずだ。一人親は5郎一人というわけじゃない。シングル・マザーの子になったとしても、5郎の人生が終わるわけじゃない。元気を出せ」
5郎「うん」
4郎「昨日はよく眠れなかったろ?」
5郎「眠れなかった。母さん、すっかり気が抜けたみたいになってしまって、夕ご飯の支度に取り掛かったのが夜10時を過ぎた頃で、食べ始めたのが11時近くだった。朝になって、今日は仕事する元気が出ないって言って、パート先に電話して、休んだ」
3郎「よく休むのか」
5郎「今まで全然休んだことはなかったと思う。今まで全然休まなかった」
2郎「5郎んち母さん、どこから見ても元気そうだったからな」
1郎「大丈夫だよ。5郎んち母さんもそのうち元気が出てきて、ほかに父さんになる男を見つけて、その男の子どもを生むなんてこともあるかもしれない」
4郎「そしたら、5郎、父さんが二人もできる。羨ましいな」
3郎「前の父さんとも仲直りして、遊びに連れて行って貰うところが2倍に増えるかもしれない」
2郎「お小遣いも一人よりも二人の方が多く貰える。いいな」
1郎「もし新しく子供ができたとしても、新しい弟か妹をちゃんと迎えてやれよ」
5郎「うん、そうする」
1郎「俺んち父さんも新しい母さんを見つけて、弟か妹をつくってくれればいいんだけどな。そしたら、酒の量が少しは減るかもしれないのに」(終)
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