言葉の問題で終わらない見識の問題、総理大臣たる資格の問題――
麻生首相が11月19日に行われた全国知事会議での地方の医師不足問題に言及した発言が問題となっている。同日付の「47NEWS」記事≪首相の医師をめぐる発言要旨 全国知事会議≫がその要旨を伝えている。
<医者の確保をとの話だが、自分で病院を経営しているから言う訳じゃないけど、大変ですよ。はっきり言って、最も社会的常識がかなり欠落している人が多い。ものすごく価値判断が違うから。それはそれで、そういう方をどうするかという話を真剣にやらないと。全然違う、すごく違う。そういうことをよく分かった上で、これは大問題だ。
小児科、婦人科(の医師不足)が猛烈に問題になっているが、これは急患が多いから。急患が多いところは皆、人が引く。点数が入らない。点数を変えたらいいんです。これだけ激しくなってくると、医師会もいろいろ、厚生省も、5年前に必ずこういうことになりますよと申し上げて、そのまま答えがこないままになっている。
これはちょっと正直、これだけ激しくなってくれば、責任はおたくらの話ではないですか。おたくってお医者さんの。しかも、お医者の数を減らせ減らせと言ったのはどなたでしたか、と申し上げて。党としても激しく申し上げた記憶がある。臨床研修医制度の見直しについてはあらためて考え直さなきゃいけない。>・・・・・・
砕けた私的な場ならまだしも、襟を正し、真剣に対応しなければならない全国知事会議という公の場で「おたくら」という言葉を使う。「おたくら」は他人に対して「お前ら」と相手を下に置いて呼びかけるよりは少し上に置いて直接呼びかける言葉のはずだが、そこにいない医師に対して「おたくら」と言う。「お前らの話ではないですか」と言うよりは少しましな「おたくらの話ではないですか」だったということになる。
医師たちは「お前ら」と呼びかけられるよりは少し真っ当な呼びかけの言葉で取り上げられた。元々我が日本の総理大臣・麻生太郎の言葉に品がないなとは思っていたが、医師たちは何とも有難い扱いを受けたものである。
不特定多数の医師という社会的集団に対して「最も社会的常識がかなり欠落している人が多い」と評価した。いわば医師集団の属性(「そのものに備わっている固有の性質・特徴」『大辞林』三省堂)と看做し、そのように価値づけた。
このことは私自身は持ち合わせていないが、日本の総理大臣ともなると持ち合わせていなければならない、持ち合わせているべき見識(「物事の本質を見抜く優れた判断力。またそれに基づくしっかりとした考え、識見」『大辞林』三省堂)を如何に欠いているかという問題でもあり、さらに医師なる人間集団に対する差別、集団差別に相当する価値観であろう。日本民族を頂点に置く民族差別主義者だけのことはある、国家権力の立場にある者の下位集団に対する集団差別であろう。
麻生太郎というご大層な人間から見たら、社会的地位の高い医師ですら、「最も社会的常識がかなり欠落している人が多い」ということなら、私のような社会の底辺で暮らす貧乏人はどれ程に「社会的常識」が欠落していると見られているだろうか。何しろ麻生財閥の御曹司なのだから、一般国民は相当に見下されていると見なければならない。
「地方が元気にならなければ、日本は元気にならない」と地方を思いやる発言、総理大臣になって秋葉原への凱旋演説で「皆さん自身が生きる力を持たなければならない。暗い顔するヤツはモテないよ。モテたきゃ明るい顔をしろ」といった国民を元気づける発言はみな選挙向けで、麻生政治は愚民政治を本質としているのだろう。
全国知事会議での麻生首相の発言に対するぶら下がり記者会見での記者との遣り取りを11月19日の「毎日jp」記事≪首相VS記者団 医師の友人は「波長の合わねぇのが多い」11月19日午後6時17分~≫が詳しく伝えている。
<◇全国知事会議での発言
Q 総理。今日、知事会議で……。
A 知事会議。はいはい。知事会議って新聞記者いたんじゃないのか?
Q その中で文脈として「医者には社会常識が欠落している人が多い」と取れるような発言があったんだ
が、その真意をうかがいたい。
A ああ、お医者さんになったオレの友達もいっぱいいるんだけれども、なんとなく、そう言った意味で
、何となくちょっと、全然話とは、意見が、全然、普段からオレとは波長の合わねぇのが多いなと。
友達が多いせいか、そう思っていまして。うちも医者、いっぱいいますから、そう思ってて。何て言
っただって?ちょっと今覚えてねぇけど。
Q 「医者は最も社会常識が欠落している人が多い」と取れる。
A ああ、そう、そう、そう意味じゃあ全くありません。だからそう言った意味で何て言うの?まともな
お医者さんが不快な思いをしたというんであれば、それは申し訳ありません、そりゃ。
「首相VS記者団」とは
首相に対するいわゆる「ぶら下がり」取材のやりとりをそのまま活字にして掲載しているものです。
「ぶら下がり」とは、永田町に多く見られる取材方法の一形態で、記者団が取材対象者を囲み、立ち話形式でいろいろ質疑する、一種のミニインタビューのことです。少ない質問で短時間ながらもその時点で必要不可欠なことを聞き出す場として、通常の記者会見やインタビューとは差別化して使っています。取材対象が首相の場合は、ほとんどが首相官邸内で行われます。
語源ははっきりしませんが、記者が対象者にぶら下がっているように見えたことから誰かがそう言い始め、いつの間にか定着したようです。ニュースに映像が必須のテレビ業界にとって特に重要な取材の場になっています。
最近は、主に首相に対するものが「ぶら下がり」の代名詞となっています。「ぶら下がり」のやり方としては、かつては首相が官邸内や国会内を歩いて移動中に記者が共に歩きながら両脇から一問一答するのが主流でしたが、01年4月に就任した小泉純一郎元首相から、官邸内で時間と場所を固定して行う形になりました。テレビを通じて国民に直接訴えかけることで世論の支持を高める狙いがあった、と言われています。
「ぶら下がり」に対する歴代首相の対応はそれぞれで、歩きながらのやりとりで当意即妙だったのは中曽根康弘元首相です。「ポンポンと木魚をたたくように聞くな」と記者団をけん制したこともありました。森喜朗元首相は失言を恐れ政権末期には記者の質問を一切無視、安倍晋三元首相は、就任当初「ぶら下がり」の回数を減らすようメディア側に求め、記者団との関係が一時ぎくしゃくしたこともありました。>・・・・・・・・
「普段からオレとは波長の合わねぇのが多いなと」――「オレ」とか、「合わねぇ」とか、麻生太郎の品性がそのまま表れた言葉ではあろうが、医者に対して相当に蔑んだ言葉となっている。
「まともなお医者さんが不快な思いをしたというんであれば、それは申し訳ありません、そりゃ」にしても、「したというんであれば」と、不快な思いをするに決まっていることを仮定の話に格下げする感覚は見事である。世間一般の当たり前の人間としての実感能力を欠いているからこそできる何も感じないままの責任回避であろう。
麻生発言の謝罪を求めて20日に首相官邸で面会した日本医師会会長の抗議の後の竹嶋康弘副会長の次のような発言が不快な思いをしていることの証拠となる。
「国政をつかさどるトップの発言として軽率すぎる。麻生総理大臣からは、しっかりとした謝罪のことばを頂いたが、発言を撤回し謝罪したからといって、すべての会員が納得するわけではない」(NHKインターネット記事)
9月12日の自民党総裁選で麻生候補は失言癖を問われて、次のように答えている。
「一国の指導者ともなると、何事も軽々と申していない。いつも寸止めで踏みとどまってきた。ご安心を」
自分がきっちりと口にしたことさえ裏切る。「寸止め」どころか、失言のタレ流しといたところではないか。「一国の指導者ともなると、何事も軽々と申していない」――
ところが麻生太郎なる「一国の指導者」の実態は「軽々と申して」ばかりいる。
総合誌に解散をぶち上げる論文を書きながら、その言葉を裏切って平気で先送りする。定額給付金を所得制限なしと言いながら、所得制限を設けると言い出したと思うと、所得制限は自治体の判断に任せると丸投げする。
道路特定財源一般財源化地方配分の1兆円を地方交付税として配分すると言いながら、その舌の根も乾かないたった1日経過しただけで交付税に限る必要はないと言い出す。郵政会社の株式売却について、「株は高くなったときに売るのが当たり前だ。(株式市場の)株価が下がっている真っ最中に売る奴がどこにいるんだ、という話だ」(「msn産経」)と勇ましいことを言っておきながら、これもその発言で舌の根がまだ濡れているうちに経済状況も見ながら慎重に売却すると軌道修正「asahi.com」)する。
自分の言葉に責任を持たないからこそできる数々の失言であり、腰の坐らない跡を絶たない政策の揺れ・猫の目のようにくるくる変る軌道修正であろう。
自らの言葉に責任を持たない一国の総理大臣の性格構造とは国民の負託に責任を持たない性格構造にそのままつながる対応関係にあるはずである。
総理大臣の資格も資質もない政治家を我々は日本の総理大臣に据えている。
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