ケイの読書日記

個人が書く書評

「日の名残り」  カズオ・イシグロ  土屋政雄訳 ハヤカワ文庫

2017-11-19 15:30:56 | 翻訳もの
 この本は、佐野洋子がすごく褒めていたので以前から読んでみたかったが、のびのびになっていた。カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞したおかげで、本屋の店頭に平積みになっていたので、さっそく買う。

 1956年、ダーリントンホールの執事であるスティーブンスは、現在の雇用主のアメリカ人・ファラディ氏から「自分がアメリカに帰国している間、旅行でもしたら?」と勧められ、短い旅に出る。ファラディ氏の車を借りて、イギリスの美しい田園風景を眺めながら、様々な思い出が胸をよぎる。
 長年仕えてきたダーリントン卿への敬慕、女中頭への淡い恋心。二つの大戦の間に、邸内で催された外交的に重要なパーティの数々。

 ダーリントン卿は、第1次大戦後、敗戦国となったドイツのあまりの窮状に心を痛め、賠償金の支払いを少しでも軽減しようと、自分の屋敷に各国の要人を集め、パーティを開きながら根回ししていた。
 そうだよね。国際会議当日ですべてが決まる訳じゃない。前段階で決まるんだ。社交の名目で、あちこちで意見交換されるんだろう。こういったダーリントン卿の紳士的な気質にナチスはつけこみ、利用していった。結局、第2次大戦後、卿は対独協力者として、社会的に葬られることに…。
 そして1953年、廃人同様になった卿は亡くなり、屋敷は売りに出され、使用人と一緒にアメリカ人の手に渡る。

 ファラディ氏はとても気前の良い人で、執事であるスティーブンスの旅行中、フォード車を使っていいし、ガソリン代もファラディ氏が持つという。アメリカ人だから大雑把で細かい事を言わないし、理想的な雇用主。でも、スティーブンスの心の中には、過ぎ去りし華やかな思い出が、輝きを増して生き続ける。


 ダーリントン・ホールで華やかな社交行事が頻繁に行われていた時には、執事スティーブンスのもとで17人の雇人が働いていたし、その前は28人もの召使が雇われていたこともあったそうだ。
 1人の貴族が28人もの人を雇用できるという、財政的な基盤を持っているのがすごい。だってその28人は、屋敷内でサービスを提供するだけで、対外的に働いてお金を稼いでくるわけじゃないんだもの。

 お客様がたくさんいらっしゃる時の執事の仕事も、24時間勤務。夜更けまでお酒を欲しがる客もいるし、体調不良を訴える客もいる。もちろん現代では、ブラックすぎて問題になるし、ありえない話だろうが。
 そして女中頭も激務。多人数を泊めるのは本当に大変。この時代、セルフサービスでお願いします、とは言えないんだろう。

 この女中頭に、スティーブンスは淡い想いを抱いていた。彼女の方も好意を持っていたが、スティーブンスがあまりにも石頭なので、他の人と結婚し、お屋敷を辞めてしまう。
 このへんの感情の行き違いをスティーブンスは「もしもあの時、ああしていたら…」と絶えず自問するが、今更どうしようもない。
 しかし、お互いに好意を持っている事がハッキリしても、職場結婚というのは、彼の職業観からでは、できなかったと思う。

 スティーブンス、1日は夕方が一番美しい。人生もまた夕暮れが一番いい時間なんだ。楽しんで!!

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