ケイの読書日記

個人が書く書評

「白痴 4」 ドストエフスキー著 亀山郁夫訳  光文社古典新訳文庫

2018-11-06 12:57:38 | 翻訳もの
 「白痴」の最終巻。これで完結。
 訳者は「世界一美しい恋愛小説」と書いているが、これが恋愛小説とは、とうてい私には思えない。四角関係というより、一人のとびっきり美しくて恐ろしく気位の高い女ナスターシャが、2人の男と1人の女を振り回す話に思える。本当にハタ迷惑な女。
 ここら辺のところは、読み手によって意見の分かれる所だろう。
 例えば、皆川博子などは、ドストエフスキーの小説の中でも、特にこの「白痴」が好きみたい。彼女の小説「冬の旅人」や「倒立する塔の殺人」の中で、登場人物に夢中で読みふけったなどと言わせている。

 私は…そんなに素敵な小説とは思えないなぁ。一番残念に感じるのは、主人公・ムイシキン公爵の性格が、うまく掴めない事。誰かに、彼の性格を説明しようとしても出来ないよ。とてつもなく善良な人?! でも、こういう人は、相手の犯罪行為を誘発するだろうね。誰も傷つけるつもりが無くても、全員が傷ついてしまう。

 ナスターシャに関しては…この最期が一番彼女にふさわしいと思うし、幸せだと思う。このまま年齢を重ね、若さと美貌を失うという緩慢な死よりも、ロゴージンの執着心に殺された方が…ね。

 アグラーヤは、この若く美しい女性の高慢な鼻が、最後にポキッと折れたのが素晴らしい。いや、正直に書こう。ざまーみろ!

 主要登場人物の性格に、イマイチ感情移入できないというだけで、脇役の登場人物には、心惹かれる人が多い。
 例えば、イヴォルギン元将軍。彼は退役軍人で、大昔は戦場で功績をあげたようだが、今ではすっかり酒好き・女好き・博打好きの鼻つまみ者。立派な奥さんや子供たちもいるが、他の肉付きの良い未亡人にのぼせ上って、泥棒行為を働く。博打や酒で首が回らないのに、愛人に貢ごうとしたのだ。事はすぐ露見するが、老人はせいいっぱい虚勢を張る。だが、根が善人なのだ。良心の呵責を感じ、病に臥せって死んでしまう。
 このイヴォルギン老人のほら話が、すごーーーーく面白いのだ! なんと、1812年ナポレオンのモスクワ侵攻の時、子どもだったイヴォルギン少年は、ロシア人ながら、ナポレオンの小姓を務めたというのだ!!!! 「ナポレオンが鷲のようなまなざしを私に投げかけた時、わたしの目は、それに応えようときらりと輝いたに違いありません」「ロシアの心は、祖国の敵のなかにさえ、偉大な人間を見分けることができるのです!」と老人は昔を思い出して語る。
 そう、イヴォルギン老人は、なかなか雄弁なのだ。手癖が悪いだけで。

 この「白痴」を①巻から最終巻まで読むと、ロシア人がいかに演説好きかが分かる。ほとんど全員が叫んでいる。自説を。

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