
「どう」
「はっ」
「わかった」
「えっ」
「判る訳なかろうが」
「そうですかねえ」自分勝手である。
「ドルじゃあなくて日本円でやれよ」「ほら、千円が五千円、五千円か千円が一万円になるというやつ。それはないんか」
「ありますよ」
「ぎょっ あるのかよ」
「ただですね ないのがあるんですよ」
「じゃあ できまいが」
「いや それができるんですよね」
「はあ できんと言ったり出来るといったり訳の判らんことを なんでや」
「五千円札を持っていないだけなんですよ」
「判った判った そげなことはどぎゃんちゃよかけん早くやれや」いらいらしてきた。
担当に「日本の金の方が判り易いよのう」「はい そっちの方がいいと思います」初めての反応である。しかも確実だ。